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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
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逆巻く渦に抗して5  独立不羈の旗印 三

「一度、市参事会を休会とします。取りあえず情報を集めましょう。それまでは各自で対応策を検討してください。わたしは市庁舎で治安回復の指揮を取ります」


 モンデラーネ公の使者殺害の報が伝わって、しばらく静寂に包まれていた市参事会会議室で最初に声を出したのはハタレン市長だった。


 その声に数名の市参事が部屋から出て行こうとする。その背後からハタレン市長は声をかけた。


「第六刻(午後二時)に市参事会を再開します」



 非交渉派のランブル市参事にとってもモンデラーネ公の使者殺害は予想外の出来事だった。

 ランブルは無産市民の決起を背景にして市参事会に圧力をかけて発言権の拡大を考えていたにすぎない。


 ランブルは今回のモンデラーネ公の要求は自己の権力拡大の機会と捉えており、威勢のいいスローガンを自分自身が信じている訳ではなかった。


 交渉を行うことになっても独立自治を声高に唱えて市参事会から無産市民出身の市参事枠を増やす、さらには投票制度を認めさせて自分の配下を市参事に送り込める仕組みを考えていた。


モンデラーネ公の使者殺害によってそのような悠長なことは言っておられなくなった。この事態をモンデラーネ公に謝罪して不利な条件で交渉に臨むか、徹底抗戦の二択しか残されなくなった。


 もし、前者であれば暴徒の中からリーダーを見つけ出して処罰を与える必要が出てくるだろう。さらに、今回の暴動の責任を自分自身が取らされる可能性もある。最悪の場合はモンデラーネ公に引き渡されて処刑されるかもしれないとランブルは想像していた。


 このためランブルは徹底抗戦に持ち込むしか道は無くなった。シスネロスに徹底抗戦をさせるには強引に自分がコントロールできると思える市民総会に権力を握らせるしかなかった。



 ランブルは市参事会から近くにある”ランブル組”が寄り合いに使っている二階建ての商家に出向いた。これは熱心な支持者が提供してくれたものだった。


「市民総会開催の要求署名はどれくらい集まっている」


 ランブル市参事は、建物に入るなり配下に聞いた。


「手元には三万七千ほどは集まっています。まだ、署名を集めていますからすでに四万は集まっているかと」


「市民総会の要求書を一刻後に市参事会に持ってこい。それまで、できるだけ多く集めるんだ。署名を集める人間を増やせ。オレはそれまで市庁舎前に集まった連中に話をする。

 できるだけ燃えて貰わんと困るが、また、暴発でもされたら収集がつかなくなるからな。市庁舎の前に留め置いて意気をあげさえておく」


 そこで、ランブル市参事は黙り込んだ。次に何を言うのかと配下たちも黙ってランブル市参事を見つめる。


「おい、飯の用意をしろ。オレに空きっ腹で演説させるつもりか」


 突然、大声を出したランブル市参事に驚いた二三人が飛び上がった。


「はい」


 悲鳴のような声を上げて、秘書役の配下が部屋から飛び出していった。


「職人組合に動員をかけろ。グループにして統制しやすくしておく。ともかく、これ以上の跳ね上がりは出すな」


 ランブルは簡単な食事を摂る間にひっきりなしに指示を出した。そして、憮然とした表情で市庁舎前に向かった。


 ランブル市参事は広場でアジ演説を始めた。




 市庁舎に隣接する市参事会の建物にはドノバ侯爵のための控え室がある。さらに、その奥に小部屋がある。

 そこに、市参事の個室控え室からこっそりと抜け出てきたハタレン市長、そしてガイドネ・ドストレーム市参事以下の交渉派市参事が蝟集していた。


「市民総会の方向で進めたらどうだ」


 時々、地鳴りのように聞こえてくる広場に集まった市民達の歓声を聞きながらドノバ侯爵が唐突に言った。


「何とおっしゃいました」


 ガイドネ・ドストレーム市参事は自分が老いてドノバ候の言葉を聞き違えてかと思った。


「どのみち戦いは避けられん」


 ドノバ侯爵はハタレン市長と市参事たちの顔を見て、少し間を置いてから言葉を続けた。


「このことは、家宰のバナゾ・チェレステが一言あるようだから説明させよう」


 ドノバ候の斜め後ろに影のように立っていた男が前に出て来た。


 バナゾ・チェレステという男は年齢不詳だが、かなりの高齢であることは確かだった。頭はほぼ禿げ上がって耳のあたりに僅かに白髪が残っていた。


 バナゾ・チェレステは、シスネロスの屋敷の管理や、ドノバ候の公人活動を取り仕切る家宰だった。表だった場所には出てくることはないが、ドノバ候寄りの市参事からはドノバ候の軍師とも噂される人物である。


「今回のモンデラーネの動きは性急過ぎます。シスネロス領に接するリヴォン・ノセ州を把握したことでいずれこちらに打って出ることは予想できました。しかし、こちらの外堀、それもごく一部を埋めたに過ぎません。下準備があまりも粗雑です。手段も選んではおりません」


 バナゾ・チェレステは淡々として口調で言った。


「モンデラーネ公に弱みがあると」


 ハタレン市長が問う。


「モンデラーネは常勝軍という看板を背負って恫喝を行います。ただし、その軍は大食らいです。昨年はモンデラーネの領地はかなりの凶作だったとのこと。

 我らの市民は独立不羈どくりつふきなどという高尚な目的の為に戦うそうでございますが、モンデラーネはもっと単純なことで戦いたいのではないのかと思います」


 バナゾ・チェレステは、そう言うと微笑んだ。


「物資略奪、それも食糧略奪ですか?」


 今度はドストレーム市参事が聞いた。


「だろうな。だから戦いは避けられん」


 ドノバ候もバナゾ・チェレステもが黙っているのでハタレン市長が覚悟したように言った。


「ならばシスネロスは内部で争っている訳にはいかないのでしょう」


 ドストレーム市参事が諫めるように言う。


「内部争いがない集団などないわ」


 ドノバ候は傍目から嬉しそうな感じで言った。


「失礼を承知で言います。そのような一般論を今言われても」


 ドストレーム市参事がちょっとムッとした感じで言い返した。


「あなたは古参市参事であるが、まだまだ熱いのう。いや、それを咎めたり、揶揄やゆしているのではない。あなたのような情熱が無くなってしまったら、タダの偽善者だ」


 ドノバ候の父親が若い息子にいうような物言いにドストレーム市参事は気持ちが萎えてしまった。


「ドノバ候、失礼いたしました」


 そう言って俯いたドストレーム市参事にドノバ候は、今度は陽気な声で話しかけた。


「内部争いの力を相手に向ければいい。シスネロスでも追い詰められた者がいる。予定外の行動へ突き進むしかないヤツだ。いずれつまずく。ロバは何処に行こうが馬にはなれぬという諺があるだろう」


 言い終わると、ドノバ候はバナゾ・チェレステの方に顔を向けた。バナゾ・チェレステはほんの僅かに微笑んだ。


「市民総会で決まったことなら、誰も後で文句は言えまい。たとえ戦で手ひどい被害を受けてもな。いつも市参事会を批判しておる連中に我らの苦悩を知って貰う良い機会だ」


 少し間を開けて、ハタレン市長がドノバ候の真意をようやく悟って口を開いた。市参事達が顔を見合わせる。


 この場に集まっている市参事は、いずれも頭が切れる者ばかりだ。口に出さずとも、ドノバ候の計略を理解してすぐさま、その方向から論議を始めた。


 まず、ドストレーム市参事が意見を出した。


「万が一、戦いに敗北してモンデラーネ公の軍門に降る。最悪の場合はシスネロスを占領されることになりましたら」


「そんなことにならないように手は打つ。わたしにも手駒はある。ドノバ親衛隊は少数だが精鋭だぞ。

 それに、市民軍司令のバガリ・ブロムクや傭兵隊のキャナン・ディンケ司令には話を入れている。モンデラーネにはかなわないがヤツらも一端の指揮官だ。それに、ややこしいことはワシが引き受けるからモンデラーネと違って戦いに専念できよう」

 

 ドノバ候は力強く言った。


「ドノバ候、わたしは血を流す争いごとには知識が不足しております。勝利のための秘密もございましょうが、できる範囲で我々が負けない根拠を説明していただかますか」


 ルヴァルド市参事が真顔で聞いた。ルヴァルド市参事は戦いに負けると言うことは、どのような惨禍をシスネロスにもたらすものなのか不安で堪らなかった。


「まず、野戦を行う。ただし、これはこちらの事情で致し方のないことだ」


 ドノバ候は、すぐさま返事をした。


 市長と市参事達は、その理由がわかっていた。穀物の収穫前で備蓄食糧が少ないのである。籠城となり、周辺農地を押さえられ、モンデラーネ公軍に補給がある状況で兵糧攻めになるのは避けたかった。


「勝てますか?」


 更に、ルヴァルド市参事が聞いた。


「勝つ必要はない。四分六か三七でモンデラーネ公軍が勝ってもいい。野戦で消耗させるのだ。我々は堂々と退却してシスネロスに籠もる」


「総崩れになる恐れはありませんか」


 アズエイ市参事も心配げに聞く。


「そうならないうちに戦いを切り上げる」


 ドノバ候は動じない。


「こちらの都合だけで戦いを切り上げられますか?」


 アズエイ市参事は、自分でもしつこいと思いながら少し顔を傾けながら聞いた。何しろ、シスネロス直轄地の住民の運命、自分の生命財産までにも関わることであるから、アズエイ市参事は少しの疑念も聞かずにはおかれなかった。


「もちろん、戦闘地域からの離脱は難事だ。ただ、ドノバ近衛隊が殿軍となり、必ずシスネロスの主力を離脱させる」


 そのアズエイ市参事の心の中を見透かすかのように、ドノバ候は自信たっぷりな口調で言った。

 そのように言い切られると、アズエイ市参事は「わかりました」と返事をするしかなかった。


「その上で焦土戦術ですか」


 ハタレン市長は恐る恐る言った。モンデラーネ公軍の接近の報に、この戦法を頭に描いた者は多くいた。ただ、自分が発案者のように思われるが嫌で口にしてこなかった。


「シスネロス周辺だけでいい。シスネロスを囲みながら遠方まで略奪せざる得ない状況にすればいい。我らの農村市民たちはよい働きをしてくれるだろ」


 ドノバ候はさもそれが自然だというような口調で答えた。


「補足発言をしてよろしいでしょうか」


 バナゾ・チェレステが声を挟んできた。


「よろしい」


 ドノバ候が許可するバナゾ・チェレステは、全ての市参事に説明するように言った。


「焦土といっても、まだこの季節は穀物は実も入っておりません。農家に貯蔵してある食糧を移動させるだけでいいでしょう。

 万が一、包囲戦になれば、それも長期化が明らかになった時点で直轄地軍などの外部兵力を遊撃的に利用して畑を焼き払っても間に合います。

 いくら二万の大軍でも、シスネロスを包囲しながら、全ての農地に寝ずの番を着けることはできません」


「恐ろしいことをさらりと言いますな」


 近在代表のアズエイ市参事は、少し眉をつり上げて言った。


「そういった事態になった時はドノバ全体で焦土となった地域の住民を支えねばならない」


 ドノバ候は手でバナゾ・チェレステを下がらせながら言った。


「まあ、負けない策を考えておく。ワシとてドノバの勝利を願っておる」


「ドノバ?」


 ハタレン市長はドノバ候の言葉の一語をごく小さな声で呟いた。ハタレン市長はドノバ候がシスネロス市ではなく、ドノバ州という表現をしたことが心に残った。


「ただ、こちらが目に見える形で勝利するのも拙い。ランブルとその一党は英雄になる。そして、己の力を過信して今までの周辺領主との宥和的な関係は破棄されるだろう。その先はシスネロスの破滅だ。

 こちらは守りきって、モンデラーネは撤退を余儀なくされた。しかし、こちらの犠牲者も予想以上に出たというくらいがちょうどいいな」


 ハタレン市長の疑念など気付くこともなくドノバ候は話を続けた。


「感服します。ドノバ候の冷静沈着さには」


 ハタレン市長は頭を下げながらドノバ候に言った。


「いつも傍観者であったからな。岡目八目と言うだろう」


「ともかく論議している間はない。今は決断の時だ。今言った策が上手くいかなくなったらその時に手を考える。まあ、幾つかの別案もバナゾ・チェレステが準備もしているから追い詰められたと思うな」


 ドノバ候はその場にいる市参事の顔を一人一人眺めながら言った。


「わかりました。交渉派の市参事には今のお話を根回ししておきます。そして、市長として最後まで交渉の窓口は開いておきます」


 ハタレン市長が代表者として、ドノバ候に返事をした。


「それは、ビルケンシュット市参事に任せておけばいい。戦いになるにしても、数日の余裕は欲しい。それを、稼いで貰う必要があるからな。

 また、戦いはその後の講和までが勝負だ。モンデラーネの家臣とも個人的な繋がりがあるビルケンシュットならしっかりやってくれるだろう」


「そう言えば、ビルケンシュット市参事の姿が見えませんが」


 ドノバ候の言葉にアズエイ市参事が訝しげに言った。ビルケンシュット市参事もこの会議に出ることになっていたからだ。


「交渉には表もあれば、裏もある。名は言えんが、モンデラーネ公の側近の使者が来ている。モンデラーネ公側全部が好戦的なワケではない。戦いを回避したいと思っておる勢力もある」


 ドノバ候は少し含み笑いをしながら言った。


「ビルケンシュット市参事は、表と裏の両方の窓口と言うわけですか」


 ドストレーム市参事も少し笑いながら言った。


「ともかく、モンデラーネ公の使者に対する不始末はできるだけ早くして、こちらの真意を伝える必要がある。ビルケンシュット市参事ならうまく対処してくれよう」


 ドノバ候は自信たっぷりに言った。しかし、ドノバ候の計画で唯一の予測不能な出来事がおこることは、神ならぬドノバ候、そして軍師役のバナゾ・チェレステは知らなかった。




 その出来事はドノバ候のいた市庁舎から、数ブロックしか離れていない場所で起こった。



 先程まで、屋敷の一室で話をしていた男を裏口から出すと、ビルケンシュット市参事は市庁舎に向かうために屋敷の門から出て来た。


 市参事会会議に遅参すると連絡をしたが、六刻を大分回っており、ビルケンシュット市参事はかなり急いでいたために周囲に対する注意が散漫になっていた。


 その、ビルケンシュット市参事に道端にいた職人風の男が走り寄った。


「裏切り者!死ね」


 ビルケンシュット市参事がその男に気が付いたのは、男が大声で叫んで指呼の間に男が近づいてからだった。


 ビルケンシュット市参事は胸に異物が侵入したことを感じた。それは心臓近くの大動脈を切断していた。

 ビルケンシュット市参事は気が遠くなり男が二撃目を加えようと短刀を胸から引き抜いた時には足を折って倒れ込んだ。


 ようやく家人と秘書官が、男を取り押さえようと男に掴みかかり短刀を持った手を押さえた。

 まるで、それが合図のように、付近にたむろしていた十数人ばかりの男達が一斉に、家人と秘書官に襲いかかった。


 そして、家人や秘書官を、隠し持っていた短い棍棒で殴りつけてからビルケンシュット市参事の屋敷に押し入った。




挿絵(By みてみん)



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