”小さき花園”の女4 いわゆる女将
できるだけ現象を説明しようというスタイルで書いています。少し理屈っぽい感じですので軽く読み飛ばしてください。
リファニア、祐司の世界ではグリーンランドでは冬至の日が一年の最初である。ただし、冬至の間は極夜であり太陽が見られないため夏至から180日目が冬至とされていた。
一年は12ヶ月というのは同じである。どの月も30日であり、余った五日ないし六日は余日として一年の枠外とされていた。
リファニア暦は比較的多くの地域で使用されているという。
さて、このリファニア暦の11月も末になると極夜が始まった。極夜といっても一日中完全に暗闇になることはなく、正午前後の数時間は夕方程度の明るさにはなる。
祐司の世界でも近代以前の極夜のある地域では一日の大半を寝ているような状態で過ごさざる得なかったようであるが、スヴェアのいる母屋では、巫術によって部屋の上からほの明るい光が照っている。
ところが祐司が母屋に入るとたちまち、その光は失われてしまう。
「この部屋を照らす巫術はそこそこの巫術師なら使えるから、ユウジが異能の者だとすぐに見破られてしまう。なんとか考えねばな。ユウジは巫術に対して無敵な状態であるが、今のままでは鞘から抜きはなった生身の剣だ」
夏のうちからスヴェアは何度もこの言葉を繰り返していたが、有効な方策は思いつかなかった。
祐司に与えられた倉庫中の小部屋は窓が無く原始的な暖炉の火が唯一の照明だった。その薄暗い環境のなかで祐司は時々、ペンライトで照らしながらノートに簡単な日誌を綴っていた。
ペンライトの電気容量が気になってきた祐司はスヴェアに相談してみた。
「では、この光のもとはデンシとかいう精霊か?」
スヴェアの言葉に祐司は少し疲れたため息を出した。電気について一時間ほどかけて原子と電子の概念を図説で説明することまでしていたからだ。
「何の巫術を使用せずとも作用するか。不思議な物よのう」
スヴェアはペンライトをつけたり消したりしながら考え込んだ。
「おい、ユウジお前の持ち物を全て見せろ」スヴェアは突然大声を上げた。
祐司はあわてて自分の部屋からリュックに荷物を詰めて母屋に運んできた。
「うかつだったな。ユウジが異界よりきた者であり、われの常識が通用せぬ存在であるとわかっておりながら持ち物を吟味せんとはな。」
祐司は一つ一つの持ち物について説明をした。いいかんげん疲れたきた時にスヴェアは祐司が山で採集した水晶を指さして聞いた。祐司は水晶は道具ではないため説明をしていなかった。
「これはユウジの世界の水晶か?」
「はい。でもたいしたものでは」
「少しここで待っておれ。時間がかかるかもしれんから食事を摂っててよいぞ」
スヴェアは祐司が並べた水晶をしばらく眺めていた。そして、スヴェアは鍋つかみのような大きな手袋をはめて、一番小さな質の悪い水晶を一個手に握ると奥の寝室へ入っていった。
小一時間ほど祐司は待っていたがスヴェアが部屋から出てくる気配がないので食事の準備を始めた。
食事の準備と言っても作り置きの堅いライ麦のパンをナイフで切り、山羊のチーズと茹でたジャガイモを皿の上に置き、燻製肉と軒先の木箱に冷凍保存した野菜でスープを作る。味付けは岩塩だけである。
それに、軒先の冷凍保存した素朴な風味のリンゴと野菜でこましな部分をサラダにしてヴィタミンを補う。
冬になってから同じメニューが続いていた。テーブルの上に料理ともいえない簡素な食品が並ぶ。祐司はパンを薄く切ってから木の枝にパンを刺して暖炉で炙りトースターにして食べた。
「ユウジ、両方とも解決じゃ」
大声を出してスヴェアが部屋から出てきた。
「この水晶を握っておれ。それから外に出ろ」
スヴェアは質が悪くて水晶とも言えない小石を祐司に渡した。訳がわからず祐司が水晶を握ってスヴェアに従って表に出る。スヴェアは小声で何かを呟くと両手を大きく広げた。灼熱のプラズマの固まりのようなものがスヴェアの前に出現した。
「ユウジ、水晶をかざせ」
プラズマの固まりのようなものはユウジの方向へ飛び出した。ユウジは水晶を両手で持って顔の前にかざした。
プラズマは祐司の目の前で消滅した。つづけさまに数発のプラズマが飛んできた。最後の一個はバチッというような音がして消滅した。
「いいぞ家に入れ」
一足先に母屋に入ったスヴェアは巫術で部屋を明るくした。ユウジはそれを見て立ち止まった。自分が母屋に入れば巫術の効力が無くなってしまうからだ。
「何をしている」
「せっかくスヴェアさんが明るくしたのに」祐司は母屋のドアの外でためらいがちに言った。
「いいから入れ。ただし水晶は握っておれよ」
スヴェアがきつい目で祐司を睨みながら命令する。
祐司は母屋に入った。六畳で二十ワットというほどの明るさだが暖炉が照明という環境では眩しいくらいの明るさである。そのどこからとも無く差してくる明るさは消えなかった。
「どうして?」
「ユウジの体は触媒のように巫術を中和する。おまけに巫術の力はユウジに引き寄せられる。しかし、それ以上に巫術の力を引き寄せる働きをするものがある。
異界の結晶体だ。ユウジの体に吸い込まれるように流れていた精霊の力は水晶へ流れていく。この結晶は巫術の力をため込む」
「まだ、説明になってません」
「まあ、急ぐな。水晶には精霊の力を貯める容量というのもがある。先ほどの巫術でその水晶の限度一杯まで精霊の力を貯めた。それは水晶とも言えぬほど質が悪いものであったから、あの程度の巫術で容量が一杯になった。
しかし、まだ極僅かづつだが精霊の力は水晶へ導かれていく。流れる量は僅かだから普通の巫術も得られるという理由だ。精霊の力がユウジの持つ無限の穴に吸い込まれるようなことはない」
「この水晶の中の力はどうなるんですか」
「どうにもならない。ただ貯まっているだけだ。ただ、腕のある巫術師にとっては垂涎の的だな。」
「どしてですか?」
「入り用な時に取り出せるからな。ユウジは我しか巫術師を知らんからわからんが、かなり優秀な巫術師でも常に巫術を起こせることはない。空振りも結構多いのだぞ。
その時にこれがあればいつでも安心した巫術が使える。ただし、コントロールして取り出すのは少々腕がいるがな。下手な術師では何も出ないか、噴き出してきて己を害してしまうかもな」
「そうなんですか」
「なんせユウジはわれしか巫術師を知らんからな。さて、もう一つの問題だ。これも解決した」
スヴェアは大仰に椅子に座りながら言った。そして、祐司のペンライトから取り出した電池を机の上に置いた。
「この電池とやらを光る棒に入れてみよ」
スヴェアの言葉のように祐司は電池をペンライトに入れてスイッチを入れた。かなり弱っていた光量はもとの勢いを取り戻していた。
「いったいどうやったんですか?」
「今、説明する。まず、電池を取り出せ」
スヴェアは祐司から電池を受け取ると、机の上に右から最初に持っていった小さな水晶、電池、祐司の持っていた新しい水晶の順番に並べた。
「わしは小さい方の水晶に巫術で、祐司がデンシの精霊と呼ぶ雷の精霊の力を満たした。そして、更に力を送るとあふれた力は別の水晶に移動していく。その時に電池にデンシの精霊がたまる」
「正確には二つの水晶の間を電気が循環しているのだと思いますが僕の想像を超えた現象です。これも巫術のエネルギーに関係しているのでしょう」
祐司は今までの経験からこの現象を考察してみた。
「そうだ、”岩の花園”で出会った怪物が僕に突進してきて姿を変えたときは、電気が弾けるような音がしました。巫術のエネルギー中には電気的な物があるのかもしれません。
スヴェアさんのお得意の雷の電気だ。電気エネルギーも何かしらのエネルギーに覆いかくされているのか。少なくとも巫術による明かりは電気…かな。いや、僕の知識ではわかりません」
祐司は考え込んでしまった
「ただし、あふれ出した力のほんの一部だがな。ワシが力を貸さずとも地に精霊の力が溜まった場所でこれと同じようなことをすればデンシの精霊が溜まるぞ。この小さな水晶はあふれんばかりの精霊の力が溜まっておるから大事にしおておけ」
スヴェアは祐司を無視して説明を続けた。
「あなたは天才です」祐司は感嘆の声を上げた。
「それは事実だ」
スヴェアはつまらなそうに言った。
「でも、どうして水晶に力が満ちたってわかるんですか」
「簡単で難しい質問だ。以前にも言ったが、見えるから、わかるからとしか言いようがないわ。さて、後で祐司の部屋も明かりをつけてやろう」
「ありがとうございます。今日は明るいままで食事できますね。すぐにスヴェアさんの分を並べます」
「だめだ」
スヴェアの制止は遅かった。食事の準備をするために水晶を手放した祐司に、せっかくの巫術による明るさは瞬時に中和された。
一騒ぎはあったが、その日の夕食が終わり明るい中で、久々に祐司は食後を過ごすことが出来た。スヴェアは小さな水晶を包帯で祐司の右の二の腕に固定したのだ。
「太古の昔、空がはじけて大いなる力が地表を襲った。その時には多くの町や村はなぎたおされてしまうほどのであったという。この力は地に今でも満ちている。
そして、このリファニアの地はその時に現れた地であり、大いなる力がより多く宿っている。時が経るに従ってこの力を利用する巫術を探れる人間が出てきた。」
スヴェアは聞くとはなしに語り出した。
「いつ頃のことですか」
祐司がスヴェアから聞いたところリファニアや近隣世界では西暦や元号に当たる紀元法はあるが、一般的には使用しないらしく”干魃の年”とか”病が猖獗を極めた年”といった程度の記憶が地域ごとにあるだけだという。
そのため過去の事件や人物の業績などは歴史というよりも物語としてとらえられているらしい。
「多分三千年から五千年前のことだ」
「えらく幅がありますね」
「話の腰を折るな。太古の伝承だから詳しいことはわからない。ただ、われわれの研究では四千七百年前だ。」
「我々って?」祐司は口にしてからしまったと思った。
「今は亡き敬愛する夫イェルケルとわれだ。これを記述した書物は三種類伝わっている」
「その書物はここにありますか」
祐司はスヴェアが本のことに触れたのでので話題をそらせた。
「太古の言葉で書かれたものと”言葉”に直した物がある」
「読みたいです」
「字を読めるのか」
「いいえ、習います」
「字を習いたいとは不思議な奴だ。言葉を覚えるのにこんなに苦労した者が文字など覚えられるのか」
スヴェアは確信したように言った。
「文字の種類から考えて表音文字でしょう。日本では表意文字の漢字と二種類の表音文字であるひらかなとカタカナを使っています多分、一週間もあれば覚えます」
「表意文字とは絵文字である古代文字の一種か?ほらもいい加減にしろ。そのような文字を読み書きできる者など、リファニアでも一握り、十人といないぞ」
スヴェアはのけぞって呆れた様子を表現した。
ともかく祐司の頼みで、スヴェアは八十あまりの文字と三種類の発音補助記号を板きれにコンテのようなもので書いた。祐司は一つ一つその音を聞いて、文字に対応するようにカタカナで音を表記した。
祐司はほらを吹いた訳ではない。祐司は文字を憶えるとスヴェアに言い放った日から早くも五日目には、スヴェアの前で、与えられた書物をすらすらと音読して彼女を驚愕させた。