逆巻く渦に抗して3 独立不羈の旗印 一 -ドノバ州内戦-
前話の終わりから再び時間が半日ほど遡る。
祐司がリューディナと楽しいひとときを過ごし、パーヴォットがシスネロスを脱出したこの日は、三日前に到着したローゼン大公バッカウ・ガバセナ・モンデラーネの使者が持参した親書にたいする返事を、シスネロス市庁舎の会議室で市参事会が協議していた。
返事を出す期限は、返事が相手方に到着するまでに間があることを考慮すれば明日に迫っていた。
モンデラーネ公の権威を認めて、一時的な軍資金の貸与や多少の儀礼的な譲歩を要求されるという程度の要求ではないかと判断していた市長と市会市参事は、属国以下にシスネロスを貶める要求に目をむいた。
前々日、前日の会議はまとまらず、今日も早朝から始まったドノバ候臨席の市長と市会市参事によるシスネロス市における最高決定機関である市参事会はすでに日が高くなっていても何も結論を出していなかった。会議は堂々巡りを繰り返していた。
その為、一時休会になり、再度集合した会議の冒頭に市参事のビルケンシュトが椅子に腰も座らないまま市長に質問した。
「ダッカンジャ・ハタレン、あなたは、当初どのような返書を書くおつもりだったのですかな」
「今はわたしは市長だ」
ハタレン市長はその質問には答えずに憮然とした口調で言った。シスネロス市の市長は主幹市参事と呼ばれる六名の古参市参事から一年ごとに互選で選ぶ。
ハタレンと同様の古参市参事であるビルケンシュト市参事がつい仲間気分で言った呼びかけをハタレンは訂正させたのだ。
ハタレン市長は今日で事態を打開を図る一手を打つつもりだった。それには、形式的に参加しているドノバ侯爵を除いて市参事会の中でも筆頭という権威にもついすがりたくなっていたからだ。
「では市長に同じ質問をします。どのような返書を書くつもりですか」
ビルケンシュト市参事は丁寧な口調で言い直した。
「選択の余地はあるまい。拒否だ。ただし、拒否するのは飲めない条件をだ」
ハタレン市長は断固とした口調であいまいな答えを言った。
「それでは交渉にならない」「もともと交渉することなどない」
交渉派、非交渉派の市参事が同時に不平を言い立てる。その中で、黙っている数名の市参事にハタレン市長は目配せをした。
市参事のズラーボン・ルヴァルドが手を挙げて発言する。
「我々は交渉のたたき台を提案したい」
「我々とは誰ですか」
重要議題がある時に議長を勤めるハタレン市長が手で騒ぎを制しておもむろに言った。
「わたくしと、市参事ガイドネ・ドストレーム殿、ドナン・アズエイ殿の三名だ。二日前からたたき台として協議をした。先程ようやくまとまったのだ。是非考慮して聞いて欲しい」
ルヴァルドがあげた市参事はいづれも有力市参事である。その有力市参事の共同提案となっては聞かないと言うわけにはいかない。
市参事一同がお互いに顔を見合わせた。そして市長の腹が一気に交渉へ市参事会をまとめたいといういう意向らしいと悟った。
「是非に聞きたい」
自治貫徹派の急先鋒であるマッキャン・ランブル市参事が意外にも賛同した。他の市参事は訝しげな顔をした。
休会前には一方的に親書を無視するようにと長い演説をして他の市参事を辟易とさせていたからだ。
独立自治を旗印に外部との交渉に関してはランブルの妥協を知らない意見で市参事会を混乱させるランブルが交渉派の話を聞こうと言い出したのは確かにおかしかった。
ランブルは職人の代表として選出された市参事なのだが、独立不羈を誇るシスネロス市民の中でも職人はその傾向が一層強く、ランブルはその申し子のような男だった。
祐司が街角でアジ演説を行っているのを何回か見たマッキャン・ランブル市参事は市参事の中では唯一、三十代で街での支持者は多いが市参事の中では異端の新参者といった扱いであった。
シスネロスの市参事は四通りの方法で決まる。
まず二十名中の十名は高額納税者の互選で決まる。いわば大商人である。ただ、市参事会は結構多忙なために、すでに後継者に家業の主導権を譲ったか、番頭や手代に仕事を任せられる老舗の商人でないと兼務は難しい。反対に市参事に選ばれるような商人は信用があることになる。
次に四名は高位の行政官の退職者から選ばれる。平時は実質的に市参事会を主導するのはこの四人である。
また、慣例で市長になれる古参市参事の中でも、このグループの出身者が市長に優先的に就任する。
そして残りの六人のうち四人は市民の推薦数で決まる。選挙ではないので零細商人、職人、医師などの技能職、商家の店員といったグループが組合を組織して、話し合いで自分達の代表を市参事会に送り込んでいる。
そして、最後の二名はシスネロスの市民権をもった近在の直轄地の農村代表である。人口比からいえばシスネロス市の市壁内に住む市民権を持った住人と市民権を持つ直轄地の農村住民の割合は二対一の割合で農村住民の方が多い。
市参事を議員として考えた場合はひどくシスネロスの都市住民に有利な配分である。ただ、農村代表は有能な村長クラスの人間が送り込まれてくる。
しかも、シスネロス市参事会は多数決で物事を決めるというよりは、各出身母体の利益確保を図るための調整組織の色合いが強い。僅か二名の農村代表と言えども、市参事会の中での発言権は大きかった。
同じ直轄領でも市民権を持たない農民は市民権を持つ農民の三倍はいる。このことから、市参事を送り込める市民権を持った農民はシスネロスの市壁の外では優遇された存在だと満足していた。
交渉案を提案したズラーボン・ルヴァルドは一番多い高額納税者の市参事でシスネロスの有力な穀物商である。市参事としての年数は十年ほどでの中堅である。長老格の市参事の信頼が厚く市参事会では必ず長老格の露払いのような発言をする。
共同提案者のうちガイドネ・ドストレームはシスネロスの市会市参事会で長年書記を担当してきた。会議に必要な書類は必ず用意するなど目端が利くことから三年前に行政官枠から市長によって市参事に推薦された。
モンデラーネ公の勢いは当分続くと考えて、その安定した勢力圏での商権拡大を唱えていることから積極的交渉派と目されている。
三人目のドナン・アズエイは七十代半ばという、リファニアではかなりの高齢者で市参事の最長老である。
直轄地で村長を長く勤めた後に、連合村会の長から市参事になった人物である。人口の多い農村部の取りまとめ役であるから、他の市参事と比べものにならないほど分厚い支持層を持っている。
いくら武装しているとはいえ市壁に守れないために、モンデラーネ公軍による略奪の危険性を孕んだ農村部の立場からは戦いを避けたいのがドナン・アズエイの本音である。結果的には多少の譲歩をしてでも戦争は避けたいのである。
これらの有力市参事の共同提案を前に、ランブル市参事が話を聞かないといっても通用しないことはわかりきっている。
しかし、ハタレン市長は何故、積極的にランブルが話を聞くと言ったのかという疑念を払うことが出来ず、疑念はいつまでも淀みのようになって頭の隅に渦巻いていた。
「前段として交渉をした場合に我々の独立自治が守られるか。またそれが可能かどうかを我々は考えた。諸君もいっしょによい知恵を出して欲しい」
そんなハタレン市長の疑念を知って居るのか知らないのかはわからいが、ズラーボン・ルヴァルド市参事は簡潔に前置きを述べると提案を説明しだした。
なおも話続けようとするルヴァルド市参事を制してハタレン市長が、会議が再び紛糾しないように釘を刺した。
「では、ルヴァルド市参事に提案を説明してもらいます。皆さんは話を聞いた後で質問を行ってください。途中で話の腰を折らないように」
「では、一つ目、都市内での自治は認めるが外交権はモンデラーネ公がもつこと」
ルヴァルド市参事が数枚の羊皮紙を手に持って説明を始めた。
「これは、基本的に相手をたてる。真っ先に要求したものだから先方の主要な願いだと思う。ただし、自治は我々が自身で獲得したものだから自治を尊重するとしてもらう」
ルヴァルド市参事が目配せをすると、ドナン・アズエイ市参事が解説するようにしゃべり出した。
「リファニアは形式では一国なので外交権とはあいまいな表現だ。政治的な近隣との同盟を大公に許可無く行えないとあるが、これはいままで行ったことがなく、予定もないから受け入れても問題ないと考える。しかし、近隣との経済的な取り決めは行えるかどうか確認する」
国家間の外交交渉という概念が希薄なリファニアでは、真っ向からドナン・アズエイ市参事に理由を申したてて反対する市参事はいなかった。外交権の委譲に対して賛成も反対もその損得が判断できないのだ。
「モンデラーネ公がシスネロスに関して他と取引のような取り決めを行うことはできないということを確認すべきでしょう。勝手にシスネロスを、誰かに売られては堪らない」
ドノバ州以外との交渉を担当しているギューバン・ビルケンシュト市参事が、ドナン・アズエイ市参事を睨むようにして言った。
「それは、当然の条件だ」
ハタレン市長が重々しく言った。
その他に誰も何も言わないので、ルヴァルド市参事は二つ目の要求を読み上げた。
「二つ目、モンデラーネ公が庇護してきた旧ドノバ侯爵の子であるドノバ候爵パウティスをシスネロス元首へ復帰させること」
騒ぎが大きくなる前にルヴァルド市参事は、わざと大声で叫んだ。
「候爵僭称者パウティスの復帰。これは認められない」
「当たり前だ」「絶対反対だ」「それだけは認められん」
それでも口々に反対を述べる市参事たちの声で会議室は騒然となった。
シスネロス市参事会の反応には理由がある。それは、祐司が以前、聞いたシスネロスが独立してドノバ州全体を統治するようになった経過である。
この自治の拡大に関する経験はシスネロス市民の誇りであり自分達の英雄譚なのである。
その経緯は以下のような話である。
シスネロスは二世代前に、それまで形式的に従属していたシスネロスを含む中央盆地中部南東部の一角を領有するドノバ候爵に対して要望書を提出した。
それは、ドノバ侯爵に対する貸付金の棒引きを条件に、さらなる自治権の拡大とシスネロスの負担で拡大した農地のおよびその農村に対するシスネロスの徴税および治安行為の実行を領主に権利金を出す代わりに認めるようにという要望だった。
リファニア商人の発想では、正規の領主に対して領地の引き渡しと言った最終的な借金返済を迫ることはできない。江戸時代に各藩が膨大な借金を商人から借りながら破産した藩がなかったことで分かるだろう。
領地は領主の財源であっても領主の私有地ではない。統治を認められた、あるいは実力で統治を行う地域である。
だからシスネロスの商人達は候爵領として、ドノバ州の四分の一近い面積を占めるドノバ候ホノビマ家直轄領での徴税権を買うという提案をしたのだ。一定額の税を候爵家に納める代わりに徴税の手数料を稼ごうという魂胆である。それならば治安維持などの行政負担も背負わなくてすむ。
だが、領主にとって命である徴税権は社会福祉的な行政事案が皆無なリファニアにおいて行われる最低限の行政行為である治安維持の原資であり行政そのものであった。
そのためシスネロス側もいきなり要求を突きつけたわけではない。候爵家の分家や家老に対して数年かけて準備交渉をしていた。この新しい借財返済方法は様々な場面を想定しながら形になりつつあり、候爵家も受け入れる方向で進んでいた。
ところが、当時の候爵が急死したために、まだ二十歳そこそこの三男が新しい候爵位を継いだ。
本来なら帝王学を授けられ、ある程度は治世について実務がある長子がいたのだか、半年ほど前に病死してしまっていた。さらに、次男は平民の娘に入れあげて駆け落ちしたために義絶されていた。
このため、分家の入り婿がせいぜいと思われていた三男にお鉢が回ってきたのだ。
この若い候爵は過剰なほどの貴族意識、選民意識を持った人物だった。勇ましさだけは人後に落ちないとしても、若くて暗愚という当主は経済的従属関係にあるシスネロスを単なる領地内の一都市としか見ていなかった。
シスネロスの徴税権要求に対して不敬の罪ありとして、市会市参事メンバーの引き渡しを求めたのだ。もちろんシスネロスは拒絶した。激怒した新候爵は領地内の伴系貴族に動員をかけた。
その結果、領主層は候爵に同調する領主、借金の一部棒引きや新規の借財を約束されてシスネロスに好意的中立を保つ領主に二分された。
広大な中央盆地の南東部の一角であるドノバ州における内戦の始まりである。シスネロスは慌てて市民軍を動員するとともに、資金力にまかせて傭兵隊を雇用した。
戦闘はシスネロス包囲戦から開始されたが、候爵が動員できた兵力はシスネロスの守備兵力をすこしばかり超える程度で攻城兵器などの重装備は間に合わせのものしかなかった。
個々の局面で大きな戦術的効果をもたらすため、リファニアの軍事行動に必要不可欠の巫術師に至っては候爵の直卒する軍は先代からの義理で参戦した十数名程度の巫術師しかいなかった。侯爵の命で出陣してきた領主軍の巫術師を加えても巫術師は五十人に足りなかった。
それに対してシスネロスはシスネロス市民軍に元から所属していた三十人程の巫術師に加えて、傭兵百名分の給与を必要とする名高い巫術師を筆頭に五十名以上の戦闘に特化した巫術師を揃えていた。
これでは候爵がいかに意気込んでもシスネロスへの強襲は不可能であるため、兵糧攻めしか取る手段はなかった。
ところが、攻城軍を揃えるのがやっとであったことと、本来ならシスネロスの商人に兵站を肩代わりさせていたために候爵軍は、兵糧攻めに必要な自軍への兵站組織がまったくの無力だった。
このため、本来なら自領でありながら近在の集落から年貢前納を武力にまかせて飲ませて食糧を調達せざる得なかった。
この包囲作戦は候爵側にも大きな負担がかかっていたが、それ以上に商業活動を封じられたシスネロスに打撃を与えていた。時間は候爵の味方だったのだ。
候爵が兵站を整備して、徴税する地域を広げて特定の地域に過重な負担がかからないように注意すればシスネロスが交渉に応じて軍門に下る可能性は十分にあったのだ。
ところが数週間の包囲と不活発な攻撃の後に、中途半端に軍事的な才能があった候爵は包囲を続けながら自身が一軍を指揮して日和見的な領主達を不服従を理由に攻撃を始めた。
これは奇襲攻撃になり親類衆でもある三つの領主がたちまち壊滅する。同族でありながら、これらの領主は家族家臣ごと根絶やしにされた。
震え上がった他の中立的領主もおっとり刀でようやくシスネロス包囲に兵を送ってきた。
候爵としては、シスネロス側の後詰めになったかもしれない向背定かならない領主を叩きつぶすか、自分の手元に置くことで、さらにシスネロスを兵糧攻めにして戦意を低下させてから一気にかたをつけるつもりだった。
候爵は包囲軍が半減したにもかかわらず攻勢にでなかった市民軍というものを烏合の衆として軽蔑していた。
そして、家臣団の反対を押して行った一時的な軍事的成功に酔っていたため候爵は自分に都合の悪い情報は受け付けなくなった。
効果の薄い攻城戦が更に数ヶ月続く。
しかし、新たな領主軍が加わったことで非力な兵站は破綻した。そして、ついにこれ以上の食糧供給や軍事行動に対する賦役の負担に耐えられなくなった近在の農村が大規模な一揆を起こした。
リファニアの農村は日本の戦国時代のような武装する農村である。自衛のための武器を所持して、戦意があり、それなりの訓練は怠っていない。
農村単位による戦闘集団であるために大規模な会戦を行う能力はないが、千単位の軍勢が幾つも突如として後方に現れたようなものである。
候爵軍はシスネロスの前面で後方の輸送路どころか連絡線まで断ち切られてたちまち困窮する。家臣による常備兵力が不足しているために雇った傭兵からの脱走があいついで日々、候爵軍はやせ細る。
ここに至って候爵は全軍で本拠地までの撤退を敢行する。対峙する戦意旺盛な敵からの離脱を行いすでに敵地に等しい後方への撤退は非常に難度の高い軍事行動である。
候爵は本城に人質を取ってあることを参戦している領主に言い含め、彼らをシスネロス軍への抑えとして、自分が率いる家臣軍から撤退を開始した。
季節は冬の到来を告げる時期になっていた。候爵は長い夜を利用して密かに撤退を開始するがすでにシスネロス側の諜報活動は候爵軍内部に及んでいた。
シスネロス側は撤退の日時を掴んでいたのである。撤退を開始して本来の陣営にもどることが難しくなった時にシスネロスの巫術師による照明術が効果的に候爵軍の撤退を浮かび上がらせた。
突如、数ヶ月間閉ざされていたシスネロスの市門が開いた。満を持したシスネロス軍の追撃が開始された。抑えになるはずの領主軍はすでに調略が及んでおり動かない。
本来なら候爵直属の精鋭な家臣軍も食糧も冬用の装備も不足して体力が弱っていたために満足に戦えなかった。
たちまちのうちにシスネロス軍に候爵の殿軍から蹂躙された。撤退は敗走にかわる。その行く手には農民の一揆軍が待ち構えていた。
三日三晩のシスネロス軍の追撃と周囲からの農民軍のなぶり殺しのような攻撃の後で、候爵軍のうち本城にたどりついたものは当初の十分の一程度だった。そして、残り三分の一は候爵自身も含めて雪の荒野や森に屍となって横たわっていた。
生きている者の三分の一は半死半生で荒野や森を徘徊逃亡中であり、残りは戦時捕虜をとして高額の身代金を取られるか、戦時に認められている実質奴隷である永代年季奉公者にするために捕らわれていた。
候爵の本城へは敗走してくる候爵軍兵士より先に、人質救出のために急行した領主軍と恩賞を期待出来る候爵一族の首級と略奪を期待して、急遽シスネロスに雇用された常備傭兵以外の傭兵部隊が到着した。
精兵がシスネロスに派遣され、老人や子供のような家臣部隊のみが残っていた守備隊は、命知らずに突入してきた領主軍に、半刻もしないうちに城門を打ち破られる。その後に、悪鬼のような形相の傭兵部隊が城内に討ち入った。
大混乱の中で、この日を恐れていた聡明な候爵夫人の機転で、まだ幼児だった候爵の嫡子は下女に身をやつした乳母と僅かばかりの家臣とともに脱出に成功する。
それ以外の候爵本家の身内は最後の抵抗を行い、侯爵夫人も含めて名のある家臣とともに皆殺しになった。
まだ妊娠できる貴族の女性を戦いの混乱という状況があったにせよ、殺してしまうのはリファニアでは特異な出来事だった。
この遠因も侯爵にあった。
侯爵は分家か、その時代の最有力領主の娘を娶るという先例を無視して、自分に忠誠を誓う弱小領主からその妃を迎えていた。その領主は侯爵の威光を背景に、成金の様に振る舞ったため領主層からは憎まれていた。
その奥方の父親や兄弟は、親シスネロス派領主軍から特に厳しい追撃を受けてドノバの土になっていた。
そのために奥方の命乞いを頼む親戚も居らず、侯爵亡き後にはやっかいな存在にあるであろう侯爵夫人は領主達の暗黙の合意のもとで助けられることはなかった。
現在、四百年の歴史を誇ったドノバ候爵の居城は廃墟とかしたままである。




