薄明かりの地平線13 稽古と宝物庫 上
祐司とパーヴォットはパーヴォットが神学校に行かない日を中心に近所にあるリファニアの伝説の傭兵であるゲルドの道場に通っている。
ゲルドは実戦派の武芸者で戦闘行為のほとんどは戸外で行われるという理由から、かなり寒冷な日でも道場の開口部を全て開け放して屋外と変わらないような状態で稽古をさせていた。
また道場の横は材木屋の資材置き場で、そこに資材が少ない時はゲルドは材木屋から場所を借りて表でも稽古をした。
降雪のあるような時期には資材は全て屋根のある倉庫に入れられているので、体を暖める意味合いもある稽古の最初に行う素振りなどはゲルドがあまりの寒気にようやく開口部を閉めてくれた道場で行ったが、剣道の”地稽古”に相当するような実戦を想定した稽古は戸外で行われていた。
ただ十二月三十日の冬至から新年までの間の余日という時期のリファニアは厳寒の季節であるとともに極夜である。
正午前後の多少明かりがある時間帯でも目の前数メートルほどに誰かがいると識別できる程度である。
無論このような状態で普通は武芸の稽古はしないが、前述したようにゲルドは実戦は時場所を選ばないので季節季節の一番あり得る状態で稽古をするべきだという方針だった。
戸外は薄暗いので相手のいる場所がなんとなく判る程度でどのような構えをしているのかは判然としない。
ただこのような状況では祐司は相手が発する巫術のエネルギーによる光がより細かく見極められて正確な居場所やどのような行動を次の瞬間に取るかがよりわかり易くなっており、パーヴォットは人より夜目が利くというアドバンテージがあった。
このために祐司とパーヴォットは二人とも師匠のゲルド以外にはほぼ無敵だったが、どうしてもゲルドにはよくて引き分けにしか持ち込めなかった。
口惜しがったパーヴォットが「師匠は道場での”地稽古”より表の”地稽古”が得意なのは師匠がここ(稽古場)の様子をよく知っているからですか」と師匠が有利だとばかりに聞いたことがある。
するとゲルドは数本の丸太を弟子たちに運ばせてくるとパーヴォットが指示して好きな場所においていいし、また雪に埋めてどこにあるのかわからなくしてもいいと言った。
パーヴォットはさも丸太が埋まっているかのようなフェイントまで用意してから、ゲルドと地稽古を行ったがゲルドに連続して技を決められた。
ゲルドは「相手の位置や動きは匂いでわかる。負ければ命がないと常に思える境地になればわかることだ」と涼しい声で言った。
むろん表で稽古する時は着込むだけ着込むので、武器を持った感覚や身体の動きに微妙に制約があることがわかった。
特に手には親指と他の指に分かれた二股の分厚い手袋をするので、武器を手にした時は通常とは相当の違和感があった。
この着込むだけ着込んで戦うという練習の成果は祐司が参加した”マグラの巫女”ベニターネと”マグラの神官”ディトハルトの捕縛の時に役だった。
祐司はリファニア人より素早く動けて相手の動きを一秒弱程度だが早く察するというアドヴァンテージがあって、今まで幾多の修羅場をくぐり抜けてきた。
そして当代有数の剣士であるブルニンダ士爵やカマル・バルドゥイノと祐司は勝てないまでも互角に剣を交えてきた。
(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて あやかしの一揆、逆巻く火の手13 伯爵館包囲戦 五 ブルニンダ士爵 参照)
(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ オラヴィ王八年の政変21 剣術師範カマル・バルドゥイノ 参照)
ところが初老という年齢のゲルドにはいつの間にか押されっぱなしになってしまう。
祐司はこの理由をゲルドが徹底した実戦派である事だと思っている。ゲルドの剣法は日本でいえば示現流である。
ただ示現流が初手を必殺の一撃として打ち込んでくるのに対して、ゲルドは最初は軽くあしらいながら勝機を見いだすと突然斜め上から振り下ろすように斬りかかってくる。
その勢いはパーヴォットではまともに受け止めることが出来ずに、ようよう剣筋をそらせる剣の動きをすることで防いでいるが二撃三撃と連続に打ち込まれるとそれも間に合わなくなり手にした木刀を持ちきれなくなって叩き落とされてしまう。
パーヴォットは片手剣だが祐司は両手剣でゲルドより一回り体格が大きく何よりも若いがそれでも片手で打ち込んで来るゲルドの木刀には凄まじい圧力を感じる。
ゲルドは剣の力強さは力では無くコツだと常々言っており、またそれは個々が体得するしか得ることが出来ない技だとも言っていた。
ただゲルドが現代日本の剣道を行えばゲルドは肩や肘、果ては足首といった甲冑の弱点を付く場所ばかりを打つので一本は成立しない。
実戦では面、胴、籠手は最も厳重に防備されている箇所なのでゲルドの指南する武芸では攻撃対象外である。
またゲルドが面、胴、籠手といった箇所に有効部分を打ってもゲルドに”残心”がないとして有効打にしてもらえないだろう。
そのため初段程度の相手にもゲルドは相手の竹刀を叩き落として相手の反則負けを誘うしか勝つことは出来ないだろう。
ただ戦場では”残心”など必要は無い。
もし戦場で剣道五段六段といった実質的に最も強豪の者を相手にしても短時間で戦意を喪失するような手傷を負わして退けてしまうだろう。
剣道は武道と言われるが戦後はスポーツとしてその側面が重きを置かれたことで、リファニアで行われる生き残ることが第一の目的で、その上で何をしても勝てばいいという理念の武芸とはかなり距離のあるものになっている。
戸外でも練習を重視するゲルドではあるが、十二月三十日の冬至から新年までの間の余日という時期のリファニアは厳寒の季節であるとともに極夜である。
流石にゲルドも新年の十日までは稽古は休むと言った。
祐司とパーヴォットがオラヴィ王九年の最後の武芸の稽古をゲルドの道場でしたのは、リファニア暦の十二月二十八日でグレゴリー暦では十二月二十日である。
オラヴィ王九年の最後の稽古の日はちょっとした吹雪になって、最後の四半刻(三十分)ばかり行った野外での稽古が終わると祐司とパーヴォットをはじめ師範のゲルドとその弟子達も真っ白といったような状態になった。
さらに数分の道のりだが屋敷に帰る道のりではほとんどホワイトアウト寸前といった状態になった。
そして祐司とパーヴォットが屋敷に帰り着くと出迎えた女中のナデラと大きな秘密を持っているであろう同じく女中のエジェネルが「そのお姿では背格好以外ではユウジ様とパーヴォット様だとはわかりません」と言うほどの雪だるま状態になっていた。
「この季節はいつもこんな感じですか」
体に付着した雪を払いのけながらパーヴォットが聞いた。
「いいえ、今年は特別だと思います。雪の量も多く御座います。この分では新年までに一度雪下ろしを頼まなければならないと思います」
ナデラはそう言って祐司の外套を背後から脱がした。
パーヴォットの外套はエジェネルが脱がしてくれたが、エジェネルは本当は貴族であることを祐司から聞いて知っているパーヴォットはこそばゆい感じがした。
「雪下ろしの件はヘルドルさんに相談してみよう」
祐司は大家タイストの執事であるヘルドルの名をあげた。
雪下ろしはマルタンの低所得者にとっては仕事がなくなる冬季に稼げるアルバイトといった感覚である。
ただエジェネルという訳ありな少女を抱えている上に、祐司とパーヴォットもモンデラーネ公やランバリル子爵の関係者に逆恨みされているかもしれないので雪下ろしを頼むのは誰でもいいというワケではない。
祐司がナデラに母屋まで使いに行ってもらいパーヴォットと食堂でまったりとした時間を過ごしていると、半刻(一時間)ほどして大家であるタイスト自身が祐司の屋敷にやってきた。
やってきたのが執事のヘルドルであれば執事と言えども使用人なので食堂で対応してもよかったが大家のタイストなので祐司とパーヴォットは応接室に移動した。
双方で簡単な挨拶の交換が終わるとタイストが口を開いた。
「まず雪下ろしの件ですが、明日、母屋の男の使用人が行いますのでお気になされずに。ただ一人に銅貨二三枚ほどの酒手を出すと精が出ると思います」
タイストに言われてみれば祐司とパーヴォットが使用しているといっても屋敷は、タイストが所有する離れであるので所有者が雪下ろしを手配するのは当たり前である。
ただ酒手を出す出さないについては微妙なところがあり、自分の身分や地域差も加味されるのでリファニア人でも悩ましい問題であるのでタイストのように金額まで含めてはっきり言ってくれるほうが祐司には助かる。
これまで酒手と訳しているが、日本の心づけや欧米のチップともリファニアの酒手は少し概念が異なる。
リファニアでは本来成すべき仕事を相手が自分に行っている場合は酒手を出す必要はない。
飲食しているおりに料理を運んでくる給仕は成すべき仕事をしているのであるから酒手は無用であるし、旅籠で小僧や下男が部屋まで荷物を運んでくれてもそれが彼らの本来の仕事の一部であるので酒手は出さない。
酒手を出すのは本来の仕事ではないことを行ってくれた場合である。タイストの家の男性使用人は執事のヘルドルを筆頭に御者、料理人、二人の下男がいる。このうち雪下ろしは御者と下男がするのだろうが雪下ろしは本来の仕事ではない。
そのために割増しの賃金として酒手を出すのである。
ただややこしいのは運送関係の仕事である。
祐司は二度目にタイムイヤ山頂のチュコト神殿奥の院に行った時は荷物を運んでくれた強力に規定の手間賃の他に酒手を出している。
(第八章 花咲き、花散る王都タチ 王都に舞う木の葉24 チュコト神殿再訪 中 参照)
また王都滞在中に行った十二所参りのおりにワッチ湾を渡海する渡船を雇った時には料金に酒手込みの金額を祐司は出した。
(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ 北風と灰色雲43 十二所参り 三十七 リファニアのストーンヘンジ 参照)
さらに野盗がいるサムロム峠を越える時に護衛を頼んだ馬借ヴァルビン組の組長チェストミルは荷駄の一行に同行してもらうので料金はいらないが、酒手を出してやって欲しいと言っている。
(第十二章 西岸は潮風の旅路 春風の旅12 ヴァルビン組 参照)
強力や船頭、馬借の人夫は成すべき仕事を請け負っているので、本来のリファニアの基準なら酒手を彼らに出す必要はないが酒手が彼らの主な給金ということになる。
このために自分や荷を運んでくれた者には酒手を出すというのがリファニアの慣習である。
このあたりはアメリカ合衆国の飲食業や宿泊業に従事する者が本給は低賃金でチップでそれをまかなっている感覚に近い。
さらに王立水軍の輸送艦フェアズ号でマルトニア(現バッフィン島)に渡航した時は輸送艦の借主であるバーリフェルト男爵家が既定の借り上げ価格に加えて乗員に対して酒手を出している。
(第十一章 冬神スカジナの黄昏 春の女神セルピナ2 マルトニアへの航海 ニ -輸送船フェアズ号- 参照)
もちろん王立水軍の乗員は公務員であるが、中世世界リファニはおおらかで臨機応変である。
ただ祐司とパーヴォットがチュコト神殿からの帰路にヴォガ川を下る川船に乗った時や。寒参りでヴォガ川の渡船を利用した時は酒手を出していない。これは乗合船だったからである。
(第八章 花咲き、花散る王都タチ 王都に舞う木の葉25 チュコト神殿再訪 下 参照)
(第十一章 冬神スカジナの黄昏 王都の陽光15 寒参り 七 -モリゼ湖神殿~王都へ- 参照)
タクシーの運転手にチップを出すことはあるが、バスの運転手には誰もチップを渡さないのと同じ理由である。
雪下ろしの件が片付いて、冬至を過ぎて四日目にマルタンにおける祐司の世話係ともいえるシェルヴィス神官が久しぶりに祐司の屋敷にやってきた。
「シェルヴィス神官、どのような御用事で?」
祐司は簡単な挨拶の後でシェルヴィス神官に尋ねた。
「はい、先日パーヴォットさんがパラナ湖で得た金の腕輪を今朝正式にマルヌ神殿の宝物庫の収納物といたしました。
少し汚れを落とすなどの作業をしますのでまだ展示はされていませんが、年明けには新規の奉納物として展示されます。もちろん奉納者としてパーヴォットさんの名前が説明文とともに書かれます。
マルヌ神殿が続く限りはあの腕輪を奉納したのはパーヴォットさんであると伝えます」
「それは有難いことで御座います」
シェルヴィス神官の説明にパーヴォットは深々と頭を下げながら言う。
リファニア第一の神殿の宝物庫に自分の奉納物があるとなれば、信心深いリファニア人であるパーヴォットはそれだけで有難がってしまう。
マルヌ神殿への奉納物はそれなりに由緒来歴のあるものでなければならないので、金があるからといって誰にでも奉納できるものではない。
「ところで宝物庫の収納物は虫干しの意味もあって少しづつ展示されます。ですが宝物庫自体は出入りできません。
しかし新規の奉納者にはお礼ということでこれを公開いたします。明日、勅使ルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルド様がマルヌ神殿参拝後に宝物庫をご覧になりますが、その後でしたらパーヴォットと同行者としてジャギール・ユウジ殿にも見学してもらえます」
シェルヴィス神官の申し出にパーヴォットは祐司の顔を見た。
「わざわざそれをお伝えに来てくださり恐縮です。是非に行かせていただきます」
祐司の言葉にパーヴォットは喜色満面になった。
「いやお気になされずに、タイストさんに野暮用があったのです」
祐司はシェルヴィス神官とタイストの発する巫術のエネルギーによる光を見て、あながち言っていることは嘘ではないとわかった。
宝物庫見学の件だけを伝えるなら配下の神人を使いに寄こすだろうから、それなりに多忙なシェルヴィス神官がわざわざ来ることはないだろう。
翌日、祐司とパーヴォットはシェルヴィス神官に言われた時間にマルヌ神殿に馬橇で出かけた。
ただマルヌ神殿に到着した時は神殿奉行であるルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルド勅使が丁度宿泊している本陣へ帰るところで少しばかり正門横の衛所で待たされた。
予定ではルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルドは祐司とパーヴォットがマルヌ神殿に来る半刻(一時間)前に帰るということだった。
ルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルドの一行が馬橇で去ると、正門から出てきた見知った顔のシェルヴィス神官の配下の神官補が祐司とパーヴォットをすぐに宝物庫に案内してくれた。
マルヌ神殿の宝物庫は神殿の敷地の一番北で本殿のさらに奥といった場所にある。そこは付属図書館の建物もあるので祐司にとっては何度も来たことがある場所である。
マルヌ神殿の付属図書館は蔵書百数十万というだけあり、三階建てで収容人数が万単位の大型の体育館ほどの石造りとモルタル壁を併用した建物である。
その隣にある石と石との間をモルタルで埋めた石造りの建物が宝物庫である。大きさは付属図書館の半分ほどであるが図書館と同様の三階建てで中学校や高校にある体育館より一回りほどの大きな建物である。
宝物庫の前にはシェルヴィス神官の他に二人の神官が待っていた。
「お待たせしたようで申し訳ありません。ルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルド様は宝物庫の見学は今日で三度目になるのですがいつもご熱心で今日も予定を大幅に越えてしまったのです。
それを見込んでこの時刻に来ていただくことにしたのですが、予想よりまだ長く見学されました」
シェルヴィス神官は平身低頭という感じで話しかけてきた。
リファニアの畿内ともいうべき王都があるホルメニアは文化水準が高いことから教養人が多い王都貴族の中でもルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルドは名の知られた文化人でもあるという評価なので祐司はさもありなんと思った。
「ところでこちらの方々は?」
祐司はシェルヴィス神官と一緒にいる二人の神官のうち一人は祐司とパーヴォットを宝物庫に案内してくれた神官補と同じシェルヴィス神官の部下だとわかったが、もう一人の初老といった年恰好の神官には見覚えがなかった。
「この方はプリャーニル・セレスノド神官です。宝物庫の管理と痛んだ宝物の補修を担当しております。今日は案内をしていただけます」
シェルヴィス神官に紹介されたセレスノド神官は「今日はなんなりとお聞き下さい」と簡単な挨拶をした。
セレスノド神官は神官服を着てはいるが雰囲気はどこか大学教授といったような感じだと祐司は思った。
「では、入りましょう」
セレスノド神官は手にした鍵で宝物庫の扉を開けた。
宝物庫に入った部分はがらんとした前室になっていた。
「宝物庫と表のドアは一度に両方は開けないことになっていますので、入ってきたドアを閉めて下さい」
セレスノド神官がそう言うとシェルヴィス神官と彼に従う二人の神官も前室に入って扉を閉めた。
「あ、すみません。言い遅れましたがジャギール・ユウジ殿の宝物庫見学に乗じて我々も見学します。マルヌ神殿に奉職してはいますが、宝物庫は滅多には入ることができないのです」
シェルヴィス神官が慌てたように説明した。
どうもマルヌ神殿の宝物庫の収蔵品は秘宝とまではいかないがかなり厳重に管理されているようだった。
「ここで靴を脱いでこれに履き替えて下さい。靴は壁際の棚に入れて下さい。手間なようですが土埃などを持ち込ませない為です」
セレスノド神官は床に並べてある革製のサンダルのようなモノを指差した。そして自分から靴を脱いでサンダルに履き替えた。
前室にはさらに奥に通じている二つの扉があった。セレスノド神官は壁際の扉を鍵を使って開けて一同を中に誘った。
そこは小さな部屋ですぐに二つの踊り場はあるが一直線に三階まで繋がっているだろう長い階段があった。
祐司はもう一方の扉の奥には出てくるための階段があるのだろうと思った。こうした最上階まで繋がる階段と各階を繋ぐ階段が別々になった造りはリファニアではよく見かける。
ランバリル子爵家の意向で動いていたバーリフェルト男爵家の女官長リュガベ・バウカゼリーナが露骨な形で事故に見せかけて突き落とされて命を失ったのはこうした長大な一直線の階段であり、先日、祐司とパーヴォットが訪れたイネル神殿の時鐘楼も同様の構造になっていた。
(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ オラヴィ王八年の政変15 オラヴィ王の顛末記 上 参照)
(第十九章 マルタンの東雲 薄明かりの地平線8 マルタンの冬至祭 八 -時鐘楼- 参照)
セレスノド神官に続いて祐司とパーヴォット達も階段を上がった。セレスノド神官は三階に行くと言ったが一層一層の天井が高く造られているのか普通の家屋なら五階分ほども階段は高さがあった。
階段を上がりきると少しばかり広い空間があり、三階に入るための扉があった。セレスノド神官はまた鍵を使ってその扉を開けた。
外から宝物庫の展示室に入るには鍵で閉められた頑丈な造りの扉を三つ開けなければならないということになる。
「では三階から見ていきましょう」
セレスノド神官が祐司とパーヴォット達を中に招き入れた。
展示室は祐司の想像通りに普通の家屋の倍近いほど天井が高く、天井付近にはかなり強力な”照明術”が施されて現代日本の美術館からすればやや薄暗くは感じるだろうが鑑賞には十分な明るさがあった。
「勅使であられますルクヴィスト子爵デンゼバ・ハルヴィルド様が来られましたのでかなり明るい”照明術”がかかっています。
この宝物庫は火気厳禁で明かりは”照明術”しか認められていません。暖房もありませんので寒いのは我慢してください」
祐司とパーヴォット達は防寒着を着たままなのでそう寒さは感じない。外は恐らくマイナス十数度といった気温だが宝物庫はかなり機密性が高いのか数度程度の気温があるように祐司には感じられた。
「ここは装飾文字で書かれた扁額と装飾本が展示されています。三十八人のリファニア王の手による装飾文字があります。
装飾文字として最も古いのは伝承ですが第七代リファニア王であるデササレ王のモノで、扁額として真筆が確実なモノは二十二代ガファスダ王のモノでマルタン参拝のおりに奉納されました。それがこれです。
歴代のリファニア王の中でガファスダ王は最も達筆といわれており、王の書簡が各地で飾られていますが、この扁額は一等抜きんでたモノです」
セレスノド神官は三階の展示室に入ったばかりの所にある大きな板に飾られた扁額を示しながら言った。
それほど隆盛ではないがリファニアにも日本と同様に装飾文字と直訳される”書道”といった芸術分野がある。
リファニア文字は祐司の世界でいえばブロック体で書き込んでいくが、装飾文字は筆記体に相当する。
そして現代のリファニアではほとんど使用されない漢字のような表語文字があり、これは二千種類ほどある。
*話末注あり
この表語文字を用いて本当に日本の書道のような感じで書かれた扁額もあった。ただ表語文字はほとんど理解されないので、そのような扁額は下部にリファニア文字で同義のことが記されていた。
リファニア書道は筆を用いて書かれる。リファニアの墨は油煙から得られる煤、黒鉛の粉、膠から造られており”練り消し”に近い形状のモノで、これを適当な大きさに引きちぎり専用の乳鉢に少しずつ水を入れてひたすら乳棒でより細かな粒子に砕いていくという代物である。
祐司はパーヴォットが王都でヘルヴィ先生から何回か書道の手ほどきを受けているのを見たが墨を得るまでに四半刻(三十分)ほどもかかる手間のかかるものであった。
祐司は東アジアで使われる固形の墨がいかに画期的な発明品であったかをリファニアの墨を見て理解した。
ただよく砕かれて練り込まれたリファニアの墨は耐久性が高く、経年劣化でボロボロになったような樹皮紙や羊皮紙でも墨で書かれた部分だけはそのまま残っている。
装飾文字はそれ自体が珍重されるというより誰が書いたが珍重される。
「これはマルタン開祖のビヨルンス上人が書いたものを板に刻んだものでマルヌ神殿創建時に掲げられていた扁額です。
ビヨルンス上人の手による巻物になった祈祷書が三巻と手紙は十数通残っており、付属図書館の希少文書庫にありますが装飾文字として残っているのはこれだけです」
セレスノド神官が説明した扁額は横が三ピス(約九十センチ)、縦が一ピス(約三十センチ)ほどの木製ですでに周囲が欠けて細長い楕円形のようになっているが、刻み込まれた文字に流し込まれた墨が”聖地守護の神殿”という文言を浮き立たせていた。
ビヨルンス上人の扁額だけは他に何もかけていない壁に飾られていたが、他の壁にはやや離したといったような密度で種々の扁額が飾られていた。
そして一つ一つの扁額には書いた人物の名と簡単な来歴が記載された羊皮紙が扁額の横に張ってあった。
神殿の門や入り口に掲げてあった扁額が多いので、それに比例して宗教関係者の名が多いが城塞や都市の門に掲げてあったと思える扁額には複数の王名を含む貴族の名が多かった。
宗教関係者の中にはリファニアの宗教史上最も重要な改革を行ったタブリカ大神官の扁額も複数あったが、特に目立つようには飾られておらずビヨルンス上人の扁額だけが特別扱いされるのはビヨルンス上人がマルヌ神殿の開祖だからだろうと祐司は思った。
「これはここから無くなった方がいい宝物です」
セレスノド神官は壁にほとんど隙間がないほどに飾られた百は遙かに超えるであろう扁額を指差して言った。
その扁額の中には今まで見てきた扁額と比べて明らかに芸術的な価値が劣るとわかるモノが相当あった。
そしてそのほとんでは書き込んだ者の名がなかった。
「無くなった方がいい宝物?」
パーヴォットが何を言っているのだろうというような口調で聞いた。
「これらの扁額は各地の神殿から寄贈されたものですが、なくなってしまった神殿の扁額がここに集められています」
「なくなった神殿?」
パーヴォットは益々ワケがわっからないというような口調である。
リファニアには原則としてなくなった神殿は存在しない。周辺人口が減少して存在意義がなくなったりまたは存続が難しくなった神殿、或いは火災や自然災害などを被ってしまった神殿の再建が難しくなった場合には同じ州内の有力神殿が管理する祠という形にしても存続させるからである。
「タラシコットにあった神殿の扁額です。聖職者が命からがら持ち出してくれました。神殿が再建されるのならここから再び扁額本来の目的に使用するために返還します」
セレスノド神官の言うタラシコットはリファニア南東部地域のことである。タラシコットの過半は五百年ほど前からヘロタイニア(ヨーロッパ)からの移住者、リファニア人に取っては侵略者が占拠しており、リファニアの地でありながら敵対的な外国である。
そこは州単位の神殿が機能できないので、一時的にでも他神殿の補完をするということさえ出来ない。
そのためにヘロタイニア人勢力下にあった神殿の多くはマルタンのマルヌ神殿が預かりという形になっている。
また十二所参りのホルヤルデの祠のようにタラシコットにあった女神チチースの神像を預かるような形もある。
(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ 北風と灰色雲24 十二所参り 十八 妖女デスネの水筒 参照)
「ヘロタイニア人は神殿を破壊したと聞いていますが、神々を畏れぬ所業です。悔しいです」
パーヴォットはタラシコットの神殿から持ち出されたというある扁額を睨むように見ながら言った。
その扁額には書いた者の思いが伝わってくるような力強く太い文字で「夷狄降伏、鎮護王国」と記されていた。
王都を中心にしたリファニアの畿内ホルメニアではこの数十年「尊王攘夷」思想が喧伝されており、パーヴォットもその思想に影響を受けている。
「夷狄降伏、鎮護王国」という古風な言い回しも祐司とパーヴォットは何度か王都で耳にしたことがあった。
祐司もオラヴィ王の心の中は知らないが、オラヴィ王にとってリファニアステージにおけるラスボスはモンデラーネ公ではなく自らの地をマルブと呼称しているタラシコットのヘロタイニア人勢力である。
「その扁額はミレファの市門に掲げてあったものです。その扁額がここから無くなる時はヘロタイニア人が一目散に船でヘロタイニアに逃げ帰る時です。
もしくは我々に降って神々の教えを受け入れ、リファニア国王を臣従すべき自分達の唯一の王であると誓う時です」
セレスノド神官がパーヴォットの背後から言った。
ミレファはタラシコットのタラシック・ノセ州にあるタラシコット最大の都市で、現在はヘロタイニア人がヘルトと名をかえて居住している。
「この絵は?」
パーヴォットは壁際にひっそりとした感じで掲げられている六号ほどの絵を見ながらセレスノド神官に問うた。
「それはタラシック・ノセ州第一の神殿であったタラシック神殿がヘロタイニア人によって放火された時の様子を描いたものです。元は年代記の挿絵だったモノを絵画にしたのです。
神殿の中には蛮行を止めようとして神官達の死体と供にその家族が閉じ込められて焼き殺されたのです」
「非道です。あまりに非道です」
しばらく絵を見入っていたパーヴォットは絞り出すような声を出した。
信心深いリファニア人はどのような神殿であれ自ら破壊したり放火するなどということは想像の埒外である。
リファニア人は仇敵であるはずのヘロタイニア人の神殿さえも神々に捧げられた家であるとして尊重する。
そしてリファニア人は人を焼くという行為を嫌う。
神殿を焼いて人を焼き殺すことを行うヘロタイニア人はリファニア人からすれば恐怖と憤怒を湧き上がらせる存在である。
注:リファニア文字
リファニア文字は仮名のような表音文字です。リファニア文字は発音にあわせて七十文字あります。
また発音の補助記号も四種類あります。このために日本語よりは同音異義語は少ないのでリファニア文字だけで書かれていても日本語の仮名だけの文章を読み取るよりは楽に読めます。
リファニア文字の元になったのは漢字に似た表語文字です。この文字は類似した文字が多い上に画数が多く使用されていた時はほんの一握りの人間しか理解出来なったでしょう。
この古代文字は多くの人間に内容を伝えようというより文字をいたずらに複雑化することで文字に神秘的な力があると思わせようとしたようです。
このリファニア文字は千数百年前にヘロタイニア系の移住者が持ち込んだものです。この文字がいつ頃成立したかはヘロタイニアでそれこそ遺跡発掘を行わないと不明です。
また地域により差異も大きかったのでより広い地域に通用する文字として現代のリファニア文字が生み出されたようです。
元の表語文字は七代目リファニア王の時代に、リファニア第一の古刹であるチュコト神殿の聖職者達により正字の制定と意味の固定が行われました。
そして簡略化した字形が登場しますがすでに普及しつつあったリファニア文字に駆逐されてしまいました。
リファニア文字の元になった原リファニア文字ともいうべき表語文字はほとんど使用されなくなったことから字形の変化がなくなりました。
リファニア王国の初期には「王」や「国」などといった特定の語句にはまだ表語文字が使用されていましたので、現在のリファニア文字はリファニアに移住してきたヘロタイニア系の人間が移住を開始した時代からそう遡って普及したものではないとリファニアの聖職者や学者は考えています。
そうした古代の文章はちょうど現代日本語のように漢字と仮名というまったく性質の異なった混在させたような感じです。




