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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
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逆巻く渦に抗して2  パーヴォットの機転 下

祐司がリューディナと、よろしくやっている時にパーヴォットは心細い思いを我慢して時を過ごしていました。

 シスネロスの比較的大きな通りでは、道の両側にある家の軒先に手の指を広げたくらいの高さの木製の歩道が設けられていた。降雪期や道がぬかるむ融雪期に歩行をするスペースである。


 パーヴォットはそこに腰掛けて祐司が夏の旅にと買ってくれた麦わら帽子を被って半刻ほども座っていた。


 パーヴォットの座っていたあたりは職人の住居が多い地域で、商店が集まった地域とはまた違った雰囲気を醸し出していた。



挿絵(By みてみん)




「おい、スーラはいるか」


 突然、パーヴォットの隣を日焼けした男が通り過ぎて直ぐ近くの家の戸口で怒鳴った。


「どうした。今、ちょっともどって飯を食ってたところだ」


 家の中から同様の日焼けした男が出て来た。呼んだ男も出て来た男も大工や屋根葺きなどの野外で仕事をする職人らしかった。


「市民総会を要求する著名をくれ」


 やって来た男は手に持っていた画板のようなものをスーラとよばれた男に差し出した。


「おー、いよいよかい。市参事会のお偉方もぶっとぶぞ」


「ここんとこだ」


「指輪印でいいかい。知ってのとおり字はからっきしだ。名前は後で誰かに書いて貰ってくれや」


 スーラという男はやって来た男から貝殻に入った木炭を松ヤニで練った黒い印地を受け取った。そして、指にはめていた指輪の一方を印肉に押しつけてから画板の張ってある羊皮紙に指輪印を押した。


 リファニアでは識字人口が少ないために契約の時に印を使うことがある。商人だけでなく職人までが印を持っているのは、さすがにシスネロスだとパーヴォットは感心して見ていた。


「捕り物があったそうだ。リヴォン亭って宿屋で刃傷沙汰だそうだ」


 訪ねてきた男が言ったリヴォン亭という名でパーヴォトは聞き耳をたてた。


「こんな時にかい。喧嘩か?」


「強盗らしい。抵抗した主人が斬りつけられたらしい。下手人は逃げたそうだ」


「すみません。宿のご主人はどうなりました。リヴォン亭のご主人は顔見知りなんです」


 パーヴォットはたまらずに、画板をスーラという男から受け取って次の家に急ごうとしている男にたずねた。


「いや、死んだとは聞いてねえよ。怪我ですんだんじゃないか。安心しな。死んだらもっと大騒ぎだよ」


 そう言うと男は去って急ぎ足で去って言った。


 よく状況はわからないが、宿の主人を傷つけたのはバルタサルたちに違いないと思った。もし、宿の主人が自分達を庇おうとして傷つけられたのならと思うと居ても立ってもいられなかった。


 一度、宿屋に戻ろうかと思い悩んでいると、大勢の男達が周囲に集まってきた。袋詰めの荷物を積んだ荷車から男達が馬やラバの背に荷を積んでいた。


 本来なら荷車で運んだ方が大量の荷物を運べるのだが、わざわざ駄積にするには北クルトへ向かう隊商なのだろうとパーヴォットは思った。荷車ではキリオキス山脈を越えることができないからだ。


「おい、ひょっとしてパーヴォットじゃないのか」


 パーヴォットの後ろから声をかけてきた男がいた。パーヴォットが振り返ると、ヘルトナで見知った傭兵の一人だった。キンガが存命の頃には何回か家にきたこともあった。


「傭兵さん」


「ユウジ殿はどうした」


 パーヴォットはできるだけ手短に今の状況を説明した。


「拙いことになってるわけか。ただ、こっちも拙いことになっててな。本来なら、ここの警備隊にお恐れながらって訴えればすむが、今はそんな状況じゃないんだ。それこそ飛んで火に入る夏の虫になるぞ。できるだけ早くシスネロスを出るんだ」


 傭兵は、回りを気にしながらパーヴォットに切羽詰まったように言った。


「何があったんですか」


「市参事のお偉いさんが殺された。市内はもうすぐ大騒ぎになるぞ」


 傭兵はさらに声をひそめて言った。


「ひょっとして、モンデラーネの間者にですか」


「いいや、シスネロスの職人らしい。殺された市参事は外交担当で嫌っていたヤツも多いそうだ。シスネロスの傭兵隊はそちらに手を割かれるから、宿屋の主人を襲った連中は逃げ切るだろう」


 傭兵は眉間に皺を寄せて、事態はパーヴォットにとって拙いことに向かっていることを言葉以外でも伝えた。


「こんな時に仲間で争ってどうするんですか」

 

 パーヴォットは呆れたような声を出した。


「極秘の情報が入ってな。シスネロスの連中は市内にいる市民以外の人間を拘束するつもりだ。それももう直前に迫っている」


 傭兵はパーヴォットの耳のすぐ傍でささやくように言った。


「何でそんなことを?」


「理由はよくわからん。間者でも恐れているのかもしれないが、一網打尽というのはあまりに手荒すぎるしな。ともかく一刻も早く市外に出るんだ」


「傭兵さんは、どうしてそんなことを知っているんですか」


「傭兵には戦友ってのがあちらこちらにいるもんだ。迷っているヒマはない。すぐに市街に出るんだ」


「でも、ユウジ様と一緒でなければ」


 パーヴォットの信者証明書はユウジの従者であることが記載されている。従者が単独で市外に出るとなると逃亡を疑われる。


「そうだな。一人では拙いな」


 傭兵は困った顔で言った。


「こんなものはありますけど」


 パーヴォットはいつも信者証明をいっしょに持ち歩いているユウジの書き付けを見せた。傭兵は何も言わずに見ている。字が読めないらしい。パーヴォットは慌てて内容を読んだ。


「この書き付けを所持してる従者、ローウマニ・パーヴォット・ハル・キンガ・ヘフトル・ディ・クルト=ノヴェは単独での行動を許可してる。著名ジャギール・ユウジ・ハレ・マコト・トオミ・ディ・ワ と書いてあります。ユウジ様がシスネロスに着いた日に書いて持っておくように言いました」 


「さすがにユウジ殿だな。しかし、書き付け程度では非常時には無視されるかもしれん。で、大体、お前さんが男装していることが怪しいしな。女の服に着替えてもなんで女が一人でって余計に疑われるしな。まあ、書き付けは無いよりはましってとこかな」


 傭兵は暫く考えてからパーヴォットの肩に手をおき、顔を近づけて言った。


「そうだな。一か八かだ。オレらに付いてこい。隊商に紛れ込むんだ。ここは入るときは厳しいが出るときはちゃんと人数を数えないことはよくある。

 咎められたら、さっきの手紙を見せて先に市外で待つように言われたと言い立てろ。男装の理由は本当のことを言った方がいい。それでダメだったら悪いが諦めてくれ。庇ってやりたいがオレにも護衛の任務があって隊商に迷惑を及ぼすことはできないからな」


「わたしは、そのようなお願いができる立場ではありません」


 パーヴォットの言葉には、返事をせずに傭兵は子供に言いつけるようにパーヴォットに指示を出した。


「まあ、どうするにしてもここにいるんだ。少しは安全だ。これから、時間外の出立を市庁舎に頼みにいくから待ってるんだぞ」


 傭兵は隊商のリーダーを伴って、その場を離れた。


 二人が出立の許可を貰って戻ってきたのは一刻ほどもしてからだった。


 荷車から馬やラバ、それにロバへの荷物の積み込みが終わり出発するまでは、荷の点検などがあるために、また、一刻ほど時間がかかった。

 その間にも、幾組ものシスネロスの傭兵隊が急ぎ足で近くを駆け抜けたり、大勢の職人やら商売人の集団が高揚したような顔で通り過ぎた。


 彼らの話す内容から、市庁舎前の広場に行くらしい。


 ようやく、出発の準備ができたらしく傭兵がパーヴォットに声をかけた。


「もうすぐ出発だ。傭兵連中には話をしておいた」


 傭兵はパーヴォトに、一切れのチーズがのった焼きたての柔らかいパンと水筒を差し出した。


「オレらの夜食の残りだ。急いで腹ごしらえをしな」


 パーヴォットはナレントの所で昼食を食べたから飲まず食わずだったことを思い出した。気が付けば、空腹で喉もからからだった。


 パーヴォットは、傭兵に礼を言うなり水筒の水を飲み、パンにかじりついた。


「水の用意はないだろうから、その水筒はパーヴォットにやる。後は度胸が勝負だ。堂々としていろ。悪事は堂々としていた方がばれない」


 傭兵はパンに食らいついているパーヴォットに言った。傭兵の悪事という言葉に、パーヴォットは少し高揚した気分になった。


「モンデラーネ公のようにですね。シスネロスのお偉方のようにビクビクだとばれますね」


 パンをほおばりながら、パーヴォットは少し元気のある声で答えた。


「そうだ」


 少しだけ、硬い顔の傭兵の表情が崩れた。



 隊商が人混みで混雑する中を一列になってようやく出発する。傭兵は手でパーヴォットに合図をする。パーヴォットは最後尾について隊商についていく。

 傭兵はさらにその後から歩き出した。他人から見ればパーヴォットも隊商の一員に見えるだろう。


 やがて、市門が見えてきた。太陽が地平線すれすれになって本来なら隊商が出発する時間ではない。


 なにしろ後、一刻と少しばかりで夜中になる時間である。


 先頭にいた隊商のリーダーが市門で警備兵と話し始めた。パーヴォットはホンの少しばかり、隊商の列から馬とラバを離した。パーヴォットの直ぐ横に傭兵が立ってくれた。


 やがて、隊商は市門をくぐり始めた。あわてて、パーヴォットは列に付いていく。パーヴォットのすぐ斜め前を傭兵が歩く。面倒なことになりかけた時は、わたしが最後尾でしたと言うつもりなのだろう。


 パーヴォットも市門に到達した。数人の警備兵が隊商が通り過ぎるの見ている。一人は顎の動きで明らかに数を数えているようだった。


「このような時間に開門していただきありがとうございました。お世話になりました。わたしで最後です」


 傭兵が大きな声で警備兵達に声をかけて手を振る。それにつられて何人かが手を振った。数を数えていた警備兵も手を振りながら小首を傾げている。しかし、パーヴォットがその前を通り過ぎても何も言わなかった。



 半リーグばかり行ったところでようやく傭兵がパーヴォットに声をかけた。


「うまくいっただろう」


「ありがとうございます」


 パーヴォットは麦わら帽子を頭から取って丁寧にお辞儀をした。


「リーダーに話をつけてこないとな。多分、二リーグばかり行って荷がちゃんと縛られているか点検するために小休止するからその時に話す。

 ユウジ殿がお前さんを誘拐犯から取り戻したことはヘルトナでは知られた話だから、嫌な顔はしてもお前さんを同行させることは拒まないだろうよ」


 傭兵の口調も穏やかだった。


「何所までいくんですか」


「少しきついが、休まずにタイタニナまで行って朝一番の渡船でモサメデス川を渡る。そうすれば、ドノバ州と言えどもシスネロスの直轄地域から離れる。それから、野営して元気が出たら後はヘルトナへ一直線だ」


 少し間を置いて傭兵は歩きながら前を見て言った。


「パーヴォットも一旦ヘルトナに帰るか?」


「わたしはシスネロスの近くから離れる訳にはいきません。ユウジ様のお荷物を預かっております」


「シスネロスの近くといっても獣じゃあるまいし野で寝るわけにはいかないぞ。バルタサルと出会う可能性もある」


「バルタサルと出会ったらこの程度の人数の傭兵では結果は同じでしょう」


「それはそうだが」


 しばらく、沈黙が流れてから傭兵が言った。


「獣みたいに野に隠れなくても、雨露をしのぐ当てはあります。いざとなれば少しばかりですが金もあります。それより、傭兵さんはヘルトナに帰ってもすぐにここに戻ってくるのでしょう」


 パーヴォットは祐司から、いざという時のために十枚ばかりの銀貨を持たされていた。


「キンガ副長の娘さんは鋭いな。多分、ヘルトナでも情報が欲しいから、市の使節といっしょに行商人にでも偽装した間諜もどきをおくるだろうな。そんで、ここいらに詳しいオレが案内役になるわな」


「もしユウジ様にその時出会ったら、これをユウジ様に見せてください。それで、ユウジ様はわたしが何所にいるのかわかります」


 パーヴォットは小さな紙片を傭兵に渡して書いてある一言を言った。


「”子のいない母”なんて、ワケのわからない言葉で、ユウジ殿は何所にパーヴォットがいるのかがわかるのか」

 

 訝しげな様子の傭兵にパーヴォットは頭を大きく上下に振った。これで、宿の主人にユウジが会えなくなるような事態が起こってもユウジに伝言が伝わる可能性が担保されたと思うとパーヴォットは少し気が楽になった。


「傭兵さん、お名前は?」


 パーヴォットは傭兵にたずねた。顔は見知っていたが、キンガは兵長補などと呼んでいたので名を聞いたことがなかった。


「おれか。ジャギール・ポカってんだ」


 パーヴォットは卑称が祐司と同じなのに少し驚いた。ジャギールとは珍しい卑称ではないが、そう多いとも言えないからだ。


「何故、父の家に良く来ていたんですか」


「それは、あんたに会いたかったからだよ。とっても可愛い女の子だったよ。そんで、今はきれいな娘さんになった」


 ジャギール・ポカは前を向いたまま少し恥ずかしそうに言った。その様子から、ジャギール・ポカは本心を言ったとパーヴォットにはわかった。


 パーヴォットは黙りこんんだ。そして、自分でも顔が赤らんでいるのがわかった。




挿絵(By みてみん)


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