表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
85/1173

自治都市シスネロスの街角10 パンサ神の祭日

 宿に帰ってから部屋で祐司が、あらたまった口調でパーヴォットに言う。


「パーヴォット、申し訳ないが明日、神殿に行ってくれないか」


「ユウジ様、お願いでございます。ご命令ください」


「まあ、硬いことを言うな。やって欲しい内容は、この間、写して貰った”ネギャエルーガ書”の創世記に関する注釈書の一ページ分が欠落している。もとから無かったのか、写し損ねかを確かめてくれ。もし、あるのなら写してきてくれ」


「申し訳ありません。ユウジ様、わたしの失態でございます。存分に罰をお与え下さい。パーヴォットはあまりにユウジ様がお優しいのにつけ込んでいます。そして、遊びほうけることばかり考えるパーヴォットとなって増長しているのです」


 パーヴォットは祐司の言葉が終わらないうちに泣きそうな声で頭を垂れながら言った。こんな時は祐司は閉口してしまう。

 演技でオーバーに謝っているのではなくパーヴォットの場合は本心からやっているだけに後の補いが大変なのだ。


 パーヴォットは遊び呆けると言うが、祐司が起きる前には必ず起きて、前日に洗濯した衣服を祐司の部屋まで届ける。午前中は洗濯をした後に祐司の言いつけで神殿で”太古の書”の筆写を行う。


 午後は宿に預けてある馬とラバの体調維持のために市外で二時間ほど歩かせてくる。そして、自分の剣術の稽古、祐司の採集してきた薬草を整えて乾燥させる作業、夕食後は祐司が教える算数や、郷士や裕福な商家の娘の手習いというリファニアではかなり普及した写本を使って手紙や挨拶文の書き方を勉強する。


 遊ぶと言っても祐司の買い物に付いていき、祐司から貰った小遣いで菓子を買うくらいである。


 パーヴォットは満年齢で十五才になるかならない年齢なので、現代日本では児童労働で祐司が捕まってもおかしくない。 



「それから、ナレントさんの店に行って筆写用の紙を五十枚買っておいてくれ。この先、いつ補充できるかわからないからな。明後日の朝には出立するから明日は実質的にシスネロス最後の日になる。銀貨一枚を小遣いとしてやるから欲しい物があったら買っていいぞ」


 祐司は頭をたれたままのパーヴォットを構わずできるだけ陽気に言った。暫くしてもパーヴォトが頭を上げないので祐司はしかたなしに右手をパーヴォットの顎にあてて頭を上げさせた。


 パーヴォットは泣いていた。


「パーヴォット、泣くな。命令だ。すぐに自分の部屋に行ってドレスに着替えてこい」


「風呂屋は先程行きました」


 パーヴォットはきょとんとした顔で言った。シスネロスに逗留していらい風呂屋に行く時はパーヴォットは女の子としてドレスで風呂屋に通っていた。


「明日は早く寝ないといけないからな。今日は、これから”デート”だ」


 リファニアの”言葉”に日本語のデートに相当するような単語がなかったために、祐司は日本語でデートと表現した。


「デートってなんでしょうか」


「着替えてくればわかる」


 パーヴォットがドレス姿で現れると祐司は刀を腰に差して小銭をいれた財布だけを持って、訝しげな表情をするパーヴォットを宿から連れ出した。


「今日はパンサ神の祭だそうだ」


 パンサは主神ノーマの末の子で、幼児の姿をした神である。その姿のように子供の守護神である。

 多神教のリファニアでは二週間に一回くらいは、なにがしらの神の祭りが巡ってくる。シスネロスのような都市ではなし崩し的に祭りの日は休日になっている。日曜日のような定期的な休日の概念がないための代替のようなものだろうと祐司は考えていた。


 表通り出ると遅い時刻にもかかわらずいつもより多くに人出で賑わっていた。遅い時刻と言っても初夏に近い季節のため高緯度のリファニアでは、太陽はまだ煌々と空と大地を照らして空の大半が青く見えた。


「さあ、神殿の方に行って見よう」


 やにわに祐司はパーヴォットの手を握った。


「あ」


 パーヴォットは驚いて小さな声を上げた。


「デートだがら手を繋ぐんだ。いやか?」


 パーヴォットは返事の代わりに祐司の手を少し力を入れて握り返した。



 神殿に続く通りや神殿前の広場には露店が多く出ていた。棒手売のような店をもたない行商人でも祭りの日は露店を営業することが認めているからだ。


 祐司はパーヴォットの手を握りながらゆっくりをそれらの露店をひやかして歩いた。


 祐司はパーヴォットが興味を示したフリルのついたハンカチと三色の糸で器用に編み込まれた靴下、それに小さな櫛を買ってやった。


「ユウジ様も何かお買い下さい」


「オレはパーヴォットが喜んでくれる顔を見るのが好きなんだ」


「パーヴォットはユウジ様が何か好きな物を買って喜ぶと、もっと喜ぶ顔が出来ます」


「そうだな」


 祐司は広場の外れに店を出していた古着屋の前で止まった。店の両端には棍棒のようなものを持った中年の男と、若い男が立っていた。服装からすると大工とか煉瓦積みを生業にしているような感じだった。


 棍棒を持った二人の男は客が近寄ると怖そうな顔で近づいた。客は怖がって店には近づかない。露店の奥に三十ぐらいだろうやつれた感じのする女が小さな男の子を抱えて泣きそうな顔をして箱に座っていた。


 祐司は二人の男に構わずに店の品物を手にとって見た。男達が祐司を挟むように立った。


「ここで買うつもりかい」


 若い方の男が明らかに脅かすような口調で言った。


「良い品があって、値の折り合いがつけば」


 祐司はかまわず店の品物を手に取りながら答えた。


「にいちゃん、ここは在留民の店だ」


 年かさの男が、感情を抑制するように言った。


 在留民とはシスネロス市民ではない長期滞在者のことである。シスネロスが発展することで万という単位の長期滞在者が商売や徒弟修行のために居住している。


 祐司がアスキナから聞いた話ではドノバ州出身の長期滞在者は十年以上高額の納税を行えば市民権を与えられるが、非ドノバ州出身者には原則としてシスネロス市民権は与えられず、その子も片方の親がシスネロス市民でなければ市民権は与えられないらしい。


 そして、最近在留民を目の仇にしているのが、街角でよく演説を聞くランブルの支持者らしかった。

 ランブルの支持者は零細な商人や職人、労働者が多い。彼らは同じく零細な商人や日雇いなどの職をしている在留民と呼ばれる人々とは利害が対立するのだとアスキナが言っていたことを祐司は思いだした。


 何回か耳に入ってきたランブルの演説には在留民を排斥するような内容があった。今までは何気なく聞き流していたが、ランブルという男が本音ではどう考えているのかはしらないが彼の支持者には受ける内容の話なのだろうと祐司は思った。


「市民の店で買ったらどうだ」 


 年かさの男は、祐司が品物を値踏みを止めないのを見て少し苛立ったように言った。


「あんた達は何故ここにいるんだ」


 祐司は年かさの男に聞いた。


「在留民を快く思わない奴らがいるからな。ここの店の女の亭主は先週そんな連中に逆らって大怪我をしたそうだ」


 祐司の後ろに立っていた若い男が声を荒げて言った。


「それでオレらが間違いが起こらないようにここで見張ってやってるんだよ。そうだよな、シラミ」


 若い男は前半は祐司に、後半は店の奥で心配気に見ていた女に怒鳴った。シラミとは在留民を嘲る言葉らしかった。

 怒鳴られた女は急いで顔を縦に振った。女の息子らしい幼い男の子が半分泣きそうな顔で女に抱きついた。


「それはご苦労様です」


 祐司は軽く会釈すると再び品物を手に取った。


「おい、分からないヤツだな。ここで買ったら在留民を快く思わない連中に目をつけられるって言ってるんだよ」


 若い男が棍棒を二三回振り回してから祐司に叫ぶように言った。


「さっきから気になっていたんだが、お前さんの胸に就いている羽根飾りは何のお守りだ」


 年かさの男が若い男を手で制して祐司にたずねた。


「一願巡礼でございます」


 祐司は年かさの男の目を見ながらゆっくり言った。


「一願巡礼か。オレは初めて会うが一願巡礼というのならいたしかたないだろう」


 年かさの男は独り言のように言った。一願巡礼とはリファニアの人間なら知らぬ者のいない存在だが、一願巡礼になろうという人間の少なさと、神殿による認定の難しさから実際に一願巡礼に会う人間は少ない。

 明らかに年かさの男は一願巡礼に手を出したらどうなるのかということがわからずに判断を迷っている様子だった。


「買うんならとっととしな」


 若い男が苛立ったように言った。


 祐司はゆっくり品定めをして店番をしている女の言い値で薄手の皮の手袋を買った。



「どうなるのかと心配でした」


 店から大分離れてパーヴォットが祐司に言った。


「せっかくのデートなのに、心配をかけて悪かった」


 祐司はすまなそうに言う。


「いいえ、心配なのはあの二人の方です。ユウジ様がお強いことを知らずに身の程知らずの振る舞いをしておりましたから。でも、ユウジ様のお振る舞いにパーヴォットはすっきりしました。ですから、デートというのはとっても楽しいです」


 パーヴォットはしてやったりというような口調で言った。


「これがあれば手綱を引く手がすり切れなくていいな」


 祐司は手袋をパーヴォットに見せながら少し演技気味に笑った。パーヴォトも微笑んで祐司を見る。するとパーヴォトは祐司の肩越しに遠方を見て顔を少しこわばらせた。


「どうした」


「いいえ、多分見間違いです。前に似たような人を見たことがあるのでひょっとしたらと思っただけです」


 パーヴォットはすぐに笑顔にもどった。

 


 祐司はこの後、パーヴォットに好物の水飴を買ってやった。そして旅の無聊を慰めてくれる菓子を買い込んで宿に帰る道を進む頃には、ようやく少しばかりあたりが暗くなってきた。


 ただ頭上では深い色の青空がまだ残っている。


 行く手に大勢の人だかりが出来ていた。


「また、ランブルの演説だな。せっかくのひとときが台無しだ」


 歓声の合間に聞こえてくる聞き慣れた声から祐司はうんざりしたように言った。


「ユウジ様、お気を付けください。いくらお強くても相手の数をお考え下さい。一人で街全体とは喧嘩できません」


 最近、ランブルのシンパらしい男達が演説をしているランブルを警護するかのように、先程の店の前にいた男達と同様のバットのような棒を持って徘徊している。

 パーヴォットはその男達にランブルを非難するような内容を無用心に言わないように、祐司に注意を喚起したのだ。


「わかった。その先の路地に入って隣の通りに出てやり過ごそう」


 祐司は小声でいらついたように言った。




挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)

パンサ神の夜祭り 油と灯心で照らす提灯をパンサ神に捧げて子宝と子供の成長を願う。リファニアでは広く行われる風習である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ