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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
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自治都市シスネロスの街角9  餞別

 祐司がかなり危なそうな仕事を押しつけられてから二週間が経った。薬草の在庫確認が全て終わったことと薬草の仕入れ時期がそろそろ峠を越えだしたことでアスキナの店での仕事は急激に減っていた。


 そのかわりに、二日に一度はヌーイから夕食を食べにこいと使いが来るようになった。断る理由もないので数回パーヴォットとご馳走になりに行った。


 ヌーイは祐司に、様々なシスネロスが抱えている問題を問うた。貧困問題や住宅問題、はては理想的な君主のあり方などという問もあった。できるだけ祐司は聞いた話だといって、現代日本の制度を思い出しながら返答した。


 ヌーイは祐司の話を咀嚼して幾つかの有用であろうという事項をドノバ候に報告していた。

 祐司もヌーイが誰かに話すために根掘り葉掘り聞くのだろうとは感づいていたが誰に話すのかということは聞かないでいた。



 祐司が商売で入手した持ち金を計算すると、宿代や食費を除いてもシスネロスに来た時と同額の持ち金になっており水晶を買い戻した痛手は償われていた。

 それに、ヌーイから貰った謝礼金を加えると、これから収入が、まったく無かったとしても一冬を乗り切るくらいの十分な路銀ができたと祐司は判断した。


 すでに、季節は夏を迎える時期にさしかかっていた。夜はほとんど白夜状態になり真夜中に二三時間薄暗くなるだけだった。祐司は今年の夏の終わりまでには南西海岸にたどり着く予定が道はまだ半ばにも達してはいない。


 現代日本の生活に慣れた祐司はリファニアの生活は街でも村でも大差ないだろうと思っていたが、流石にリファニアでも有数の都市であるシスネロスの生活は一頭抜きんでたものだった。

 野宿を覚悟しなければならない安全とは言いかねる旅と、凶作による疲弊が酷いと言われている地域へ向かうことの憂鬱さが、祐司の出立を先延ばしにさせていた。



「そろそろ出発するべきだろな」


 祐司に出立を決心させたのは、神殿でパーヴォットに筆写させている”太古の書”の写しを

これ以上やらせても無駄になることと、肌身で感じる街の変化だった。

 

 最初の理由はシスネロスが新興都市であり、神殿もこの数十年で規模が大きくなってきた。そのため、二三の異説の解説を記した写本以外には、ごく一般的な”太古の書”の写本しかなく祐司の求めるできるだけ原本に近い古い写本がなかった。


 そして、二番目の理由はシスネロスに迫ってきた危難である。


 祐司が最初にその危難について聞いたのは、宿屋の食堂で聞いた”黒い嵐”という言葉だった。最初はリファニア特有の気象現象かと思った。


 しかし、それがリファニア中央盆地北部で近年急速に勢力を伸ばしてきた君主のことだとわかると祐司は食堂での情報以外に、”黒い嵐”についてアスキナや、ヌーイの息子であるクチャタが妻子と共に帰還して招かれたヌーイ家で話を聞いた。


「モンデラーネ公はスェデンさんやナニーニャさんを苦しめていた人ですね」


 パーヴォットが呟いたことをきっかけにして、祐司はスェデンとナニーニャの話をヌーイにした。


 祐司はキリオキス山脈西斜面の避難小屋でモンデラーネ公に関連した人物にかかわったことがある。

 スェデンとその恋人のナニーニャは子供の頃にモンデラーネ公に献上されてモンデラーネ公に奴隷のような扱いを受けていた。


 祐司は逃亡したスェデンとナニーニャという巫術師見習いの恋人達をヘルトナの守備隊長ジャベンジャに守備隊つきの巫術師候補として紹介してやったのだ。 


 祐司はその時の経緯を、ヌーイに話した。


「自分で養成した巫術師部隊はモンデラーネ公の自慢だ。その者達はまだヘルトナにいるのか」


 ヌーイは興味深そうに手を組んで聞いた。


「さあ、ヘルトナには向かうように言いましたが」


「ヘルトナで雇われているとよいな」


 ここで、ヌーイは一呼吸置いた。


「で、その巫術師たちに渡した紹介状は誰宛てに?」


「ヘルトナのジャベンジャ守備隊長です」


 祐司はヌーイが、モンデラーネ公のもとにいた逃亡巫術師から情報を聞きたいのだろうと思った。ひょっとしたら、スェデンとナニーニャを手元にスカウトする気かもしれないと思った。


 ただ、祐司はそれ以上、ヌーイとは、スェデンとナニーニャに関する話をすることはなかった。




 ”黒い嵐”こと、バッカウ・ガバセナ(美称で剛胆の意味)・アウトドル・ハル・アリスチド・モンデラーネ・ディ・ローゼンは領地の名前からローゼン候、もしくはローゼン侯爵、さらにはモンデラーネ公爵という名で呼ばれている。


 ローゼン侯爵はかつてリファニア北東部に広大な領地を持っていたモンデラーネ大公家が有していたローゼン州太守としての爵位である。


 モンデラーネ大公家は本家が絶えた場合にリファニア王位を請求できるリファニア王家の傍系である。このため通常は領地の名で呼ばれる敬称ではなく家名がモンデラーネという敬称となっている特異な家柄だった。


 その初代は五百年前の王である第四十三代リファニア王の三男メルツデである。第四十四代リファニア王は長子ササエスが継いだが嫡子はデネルデル王女しか残さなかった。

 そこで次男ホトスが第四十五代リファニア王に即した。三男メルツデは優柔不断で気弱な性格の次兄ホトスにホトスが亡くなれば自分に王位を譲るように圧力をかけていた。


 メルツデが強い気だったのは当時中央政界で大きな影響力をもったケリビャエル伯爵の長女を娶っていたからである。

 ホトス王は自分の長子を長兄ササエスが残したデネルデル王女と結婚させて、ササエス王の王妃の出である南部の重鎮イルミコトット伯爵を味方にした。


 ケリビャエル伯爵家勢力とイルミコット伯爵勢力が一触即発になった時に、ホトス王がメルツデを必死で説得してメルツデに一家をたてて本家筋の直系に男子が絶えたならば王位を譲ると約束した。

 そして当時まだリファニア王に残されていた中央盆地北部の種々の広大な所領の統治を総覧する太守の地位と公爵位を与えた。この時にメルツデがたてたのが”統治を継ぐ者”という意味があるモンデラーネの家名をつけた家である。


 しかしメルツデの死後幾ばくも経たないうちに相続争いを起こしてモンデラーネ公爵家は数家に分裂してしまった。

 さらに時代を経るに従い家老職などに武力や、強引な婚姻で領地を奪われてモンデラーネ公爵家本家は州どころか一郡の五分の一ほどの領地しかない小領主に転落した。


 その中でリファニア北部の小州ローゼン・エラ州の過半を領地として持っていたのが分家のローゼン伯爵家である。


 ローゼン伯爵家は中央盆地北東部の過半が山岳部のローゼン・エラ州の領地を守って、周辺地域の抗争に関与せず数百年間なるべく他者と関わらないように逼塞してきた家である。


 このローゼン・エラ伯爵家の分家がモルノイク男爵家で代々家老職を務めて四代前に主家から武威を背景にしてローゼン・エラ伯爵位を簒奪した。

 そして南のローゼン州北端に少しばかりだが領地があったことを足がかりにして先々代の時代から拡張政策に転換してローゼン州を武力併合によって一元支配した。


 さらに先代の時代には中央盆地への出口を塞いでいた二つの子爵家を二十年にわたる抗争の果てに滅ぼした。

 その後本家のモンデラーネ公爵家からローゼン州の太守を示すローゼン候の爵位をこれも武威を背景に譲位させた。


 その後を当代のローゼン公が十七年前に継いだのだ。当主になり程なく当代のローゼン候はシスネロスには及ばないがパナーナという自治都市を傘下に治めたのを手始めに着々と周囲の切り取りを始めた。


 シスネロスでローゼン公が評判が悪いのは自分達と同じ自治都市を攻略してその自治権を取り上げたからである。

 ただ冷静に祐司が話を聞くとパナーナの自治権を取り上げたというのは、シスネロス商人と同様に他地域との商人に対するパナーナが持っていた有料の売買許可などを廃止したことらしい。


 織田信長が行った楽市楽座のようなものかと祐司は理解した。


 ある特定都市の商人や職人のみが特権を有するより、より広域な地域で自由に交易や生産を行った方が経済活動が活発になる。

 祐司はより大きな目から見れば、モンデラーネ公の施策の方がより多くの人を豊かにできるだろうと思った。


 現ローゼン候は本領のローゼン州以外の征服地では苛酷な税の徴収や専売制度を引いて集めた巨額の金を王家に献上したこともあり、当代に限るという条件ながらも公爵位に王家に認めさせた。

 このため旧来のローゼン侯という爵位ではなく現在では本家筋の爵位であるモンデラーネ公(以下モンデラーネ公と表現)という名を称している。


 王国宰相に就ける公爵位はリファニア全土でも数家しか有していない。公爵位の下の侯爵位になると二十家あまりの家が持っていることから、公爵と侯爵の間には一線が引かれているという不文律がリファニアにはあった。


 本来ならばモンデラーネ公は一代にして大いなる偉業を達成したわけであるが、それではモンデラーネ公はまったく満足していなかった。


 モンデラーネ公が本来望んでいたのは大公の位である。継承順位は末席になるとはいえ大公位は王位継承権や王国摂政就任の権利を持つことになるため流石にリファニア王家が大公位を与えることはなかった。


 モンデラーネ公が大公を叙任される、あるいは叙任を強いるには幾多の有力な諸侯を屈服させた上で南西沿岸地域にまで勢力を伸ばして直接王領に脅威を与える必要があった。

 

 そして、その難事をモンデラーネ公は遂行し始めたのである。


 数百年ぶりという新公爵叙位という成果を得たことに満足せず、己の目的達成のためにモンデラーネ公は周辺への勢力拡大を続けた。そのために”黒い嵐”と呼ばれて近隣で恐れられていた。


 そのモンデラーネ公は昨年シスネロスとの緩衝地帯になっていたドノバ州北部に隣接するリヴォン・ノセ州全土の領主達を軍事的に屈服させて傘下に置いたのだ。


 いよいよモンデラーネ公の矛先がシスネロスに向ってくることは確実だった。冬から春にかけて、モンデラーネ公とシスネロス市市参事会およびドノバ候の間で幾多の丁寧だが尊大な書状のやり取りが行われた。


 そして、ついにモンデラーネ公配下となったリヴォン・ノセ州の領主軍を先鋒にして、モンデラーネ公自らがシスネロスへの侵攻を開始した事が十日ほど前に判明した。



 当然、シスネロスではその話で持ちきりである。


 ただ、余所者の祐司にはモンデラーネ公が本気でシスネロスに迫ってきてから街を退去しても良いはずであった。

 しかし、祐司がシスネロスに到着した日に見た巫術のエネルギーでカリスマ性を発揮する男の勢力が増大してシスネロスは異様な熱気に覆われつつあった。


 独立と外部権力への抵抗を街角や神殿前の広場で毎日のように説く男がその熱気の中心であった。



 その男の名はマッキャン・ランブルと言う。


 元は羊皮紙の職人であったが、市民の市参事会員推薦枠を利用して市参事会員になったという人物である。立場によってひどく評価の異なる男だった。


 ヌーイやアスキナは、あからさまに「成り上がり」「分別のない素人政治屋」と表現した。薬草の毒味をやらされているベドや宿屋の食堂に一杯ひっかけに来る職人見習いなどはランブルを神にも等しい英雄だと言った。宿屋の主人は悪くも良くも言わなかった。


 総じて、地位や財産のある者、あるいはこの世界にも極少数存在する知識階級の人々には疎ましい存在であるようだった。しかし、シスネロス市民の大半は零細な商人、職人、店員、使用人である。


 そのような圧倒的な人数の者が支持しているマッキャン・ランブルの影響力は大きく、祐司は人前で彼の評価を口にすることは避けるようにしていた。


 最近はランブルと同様の内容を説いて市民に呼びかけている男達の姿が目につくようなった。ランブル組と呼ばれるランブルの熱狂的な支持者らしかった。


 男達は演説の最後に「シスネロス万歳」「独立不羈万歳」と手を突き上げて怒鳴った。それを聞いていた市民達も一斉に「シスネロス万歳」「独立不羈万歳」と手を突き上げては大声で叫んで応えていた。


 そのような場に出くわして祐司が何もしないでいると、あからさまに白い目を向けられたり、誰の味方だと問い詰められたり悪態をつかれた。



 祐司がシスネロスからの出立を決意したのは、このような状況が日々進行するシスネロスに滞在するのは潮時だと思ったからである。



 祐司は出発の日と決めた日の二日目前に祐司はパーヴォットを連れてヌーイの家に出立することを告げにいった。


「そうか。色々と騒がしいからな。いたしかたあるまい」


 ヌーイは残念そうに言った。


「わたしもいつ軍務のお呼びがかかるかもしれません。シスネロスのような街が戦いに巻き込まれるなど乱世が到来したのでしょうか」


 タイタニナから帰還してたまたま非番で家にいた息子のクチャタもしんみりと言った。


「ガナシャン・ヌーイ様、ジャギール・クチャタ様、いつぞやは大層なご馳走をいただきましてありがとうございます。ご子息もすっかりお元気になられました様子を見てわたしもうれしゅうございます」


 祐司は暗くなりがちな空気を察して危ない仕事をした次の日にクチャタが歓待してくれた礼を言った。


「これから何処を目指されるのかな」


 固辞する祐司を無理矢理に家に引き入れてリファニアの代表的なおやつであるジンジャークッキーとハーブティーでもてなしたヌーイがたずねた。


「南西沿岸を目指します。秋の訪れぬうちに王都にたどり着こうと思っております」


「そうか。王都にはわしの知り合いがおる。紹介状を書こう。金は持っておらんが色々な情報には精通したヤツだ」


 ヌーイがそう言っている間に同席していた妻のキナーリは静かに席を立った。その姿をクチャタの妻がつまらなさそうな顔で眺めていた。


 できすぎた姑がいると嫁はやりにくいのだろうと祐司は思った。


 暫くすると、キナーリは筆記用具と羊皮紙、それに女中に旅行鞄ほどの大きさの木の箱を持たせてもどってきた。


「この箱の中はわしが気ままに買ったガラクタが入っている。贅沢な餞別はやれぬがこれを持っていきなさい」


 ヌーイは女中が持って来た木の箱の蓋を開けて、矢立のような道具を取りだした。ヌーイは使い方を祐司に説明した。パイプくらいの大きさのその道具は金属製で祐司が思ったように矢立だった。

 

 パイプの柄の部分にはリファニアでは一般的な円錐状の金属の先端に隙間を入れたペンが入っていた。パイプの火口の部分はインクが入っていたが、二つの部分に分かれており二種類のインクが入れられるようになっていた。

 リファニアで用いられる羊皮紙と樹皮紙は大きく書き味が変わるためにそれに適したインクが用いられる。


 キナーリが机の上に二つのインク壺を置いた。


「よくわしがこれを選ぶとわかったな」


 ヌーイは本気で言った。


「カンです」


 そう言うとキナーリは矢立のインク入れに二種類のインクを入れた。


「それから。この矢立のここだ」


 ヌーイはキナーリから矢立を受け取ると、その柄の先を少しひねった。柄の先端が抜けて細長く薄いナイフのようなものが出て来た。


「何も無いときには役に立つ」


「このような手の込んだ物をいただいていいのでしょうか」


「ガラクタだ。構わなければ持っていってくれ」



「それから可愛い従者さんにはこれをあげよう」


 ヌーイが箱の中から取りだしたのは手鏡だった。リファニアでは鏡は金属製である。祐司が今まで見たリファニアの鏡はどことなく像がぼやけているもものだった。それはそれで暖かみのある味わいがあった。

 しかし、ヌーイが取りだしてきた直径が十センチほどの丸い鏡は、日本で見慣れた鏡のようにシャープな像を写し出していた。


「乾いた布でやさしく拭いてやればいつでも従者さんの顔がきれいに映るぞ」


「ありがとうございます」


 ヌーイが秘密を守ってくれているためかパーヴォットが女の子だとは知らないクチャタの妻が不思議そうな顔でパーヴォットを眺めていた。




挿絵(By みてみん)


ヌーイの妻であるキナーリの後ろ姿 シスネロスの中流階層の奥方の家庭内での典型的な服装である。ヌーイの財力からすれば質素な姿といえる。


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