自治都市シスネロスの街角7 危険な仕事
祐司が午前中アスキナの店で二三時間働くと市外に出て薬草も集める。午後はヌーイの家で歓談してから、武芸の鍛錬や買い物という生活を始めて四日目、祐司は昼食を同伴しろと言う薬商アスキナに神殿近くの料理屋に連れて行かれた。
店に着くと店員はアスキナの顔を見知っているのだろう、黙って二階の個室に案内した。
中にはヌーイが待っていた。
「ユウジ殿、今日は特別に頼みがある」
ヌーイはいつもの好々爺とした感じとは異なった武人のような口調で言った。
祐司はアスキナがヌーイのことを言わずにここに連れて来たということと、ヌーイの様子から面倒ごとに巻き込まれようとしているのを直感した。
「ユウジ殿は百発百中で毒のある薬草を見分けられると言うのか」
怖そうな目で祐司を睨みつけながらヌーイが聞いた。
「いや、そのです。あの、そう、百発百中などとは誇大な表現です」
祐司はどぎまぎして慣れている筈の”言葉”が中々出てこなかった。
「ユウジ殿が鑑定を始めて下さってから苦情の出る薬草はありません。百発百中といっていいでしょう」
祐司の傍らにいたアスキナが笑いながら言った。
「おもしろい。薬草以外ではどうだ」
ヌーイはアスキナにたずねた。
「毒があるという薬草を少しばかり粉にしてパン種に混ぜて焼かせました。それでもユウジ殿は毒のある薬草が混じったパンを見分けました。
量が少ないとかなり時間がかかるようです。でも、毒が強い場合は直ぐに見分けました」
アスキナの口調もいつもの商人風の言い回しではなく上官に報告する兵士のような口調である。
「え、あれはワザとパンに細工をしたのですか」
祐司は二日ほど前の出来事を思い出しながら聞いた。
アスキナが祐司が指摘した巫術のエネルギーがある薬草を、粉にしてパンに混ぜたもの持ってきた。そして、アスキナは、このような状態でも毒の薬草を見分けられるかと聞いたのだ。
「役に立ちそうだな」
祐司を無視するように、ヌーイは勝手に話を進める。
「ユウジ殿は一願巡礼の上に孫の命の恩人だ。秘密を知りすぎて始末するようなことになっては目覚めが悪い。さりとて、ユウジ殿の希有な毒を見分けるという巫術の才を使わぬのも悔いが残る」
「自分の命を危険にさらす秘密など知りたくもありません。帰してください。第一わたしは巫術など使えません。害があるかどうかはなんとなくカンでわかるとしか言いようがないんです」
嫌な予感ばかりする祐司は、正直に懸念を表してヌーイが具体的な要求を出す前に断りを言った。
「そう邪険に言うことはない。巫術でも魔術でも、カンでも何でもいいんだ。ユウジ殿の力が必要なのだ。ユウジ殿には危害は加えぬ。反対に謝礼を出そう」
「話を聞いた以上は断れないということですよね」
祐司はヌーイの口調から断るという選択肢がないと気付いた。
「ユウジ殿は頭の回転が早くて助かる」
「これに着替えてくれ」
ヌーイは傍に置いてあった布袋から一式の服を取り出すと祐司に渡した。
ヌーイの取りだした服は、男性の家事使用人が着ているようなニッカボッカに似たゆとりのあるスラックスと前開きのベストだった。使用人服といっても丁寧な仕上げでかなりの大家が使うお仕着せの使用人服らしかった。
祐司が着替えると、ヌーイは入ってきたドアではなく部屋の奥にある小さなドアから祐司を連れ出した。
祐司達が部屋から去るのと入れ替えに一人の男が入って来た。故買屋のガバリである。
「おや、ガバリもこの店に来ておったのか」
「はい、ヌーイ様に馬車を手配してくれと頼まれました。わたしらが市門を越えるときに時々使います馬車でございます。
馬車を店の裏において帰ろうとしたときに、ユウジとかいう一願巡礼を連れましたアスキナ様をお見かけしました」
ガバリはアスキナに親しげにしゃべりかける。
「そうか。ここ二年ほどは会っておらなんだな。それよりガバリ、様づけは止めてくれ。わしとおぬしは、ヌーイ様に拾われた同輩でないか」
「そう思っておりますよ。でも、薬草問屋、それも大店のご主人に故買屋の親父が様をつけるのは分相応ですよ」
「そうなったのはたまたまだ」
アスキナは少し肩を持ち上げて言った。
「たまたまではありません。ヌーイ様が互いの才能を発揮できる場所に置いて下さったのですよ。わたしは今の仕事が楽しくてなりません」
「しかし、先日、ヌーイ様がハカー一家にユウジ殿を連れて乗り込んだというのはまことか。無茶にも程があろうに」
「お孫さんの命の恩人だそうです。ヌーイ様は義理堅いですからな。わたしらに声をかけて下されば、如何様にもいたしましたのに。
なにより公私混同が大嫌いなお方だ。今回のことは私用と判断されてご自分一人で出かけられたようです。それより、その報告をわたしにせずにヌーイ様をハカー一家に黙っていかした手下は折檻してやりました」
ガバリの話を聞いてアスキナは手下の身の上に同情した。そして、ヌーイの人柄に惚れ込んでいる自分に改めて気が付いた。
「ヌーイ様の話ではユウジ殿はハカーに一歩も引けを取らずに盗品を買い戻したそうだな」
「ヌーイ様はこれと見込んだ人間はとことん世話をする振りで…」
「使い倒すだろう」
アスキナがそう言うと、アスキナとガバリは二人で笑いあった。
「ユウジという一願巡礼はこの部屋に戻ってこれますかな」
笑い終わった後、ガバリが少し悲しげな顔でアスキナに言った。
「賭けるか。どうだ銀五枚で」
アスキナは真顔で言った。
「いいでしょう。わたしは戻ってこられる方に賭けます」
「困ったな。オレも戻って来られる方に賭けようとしたんだ。でも、どうして、戻って来られる方に?ヌーイ様なら私情を捨てて、少しでも機密を守る方を選ぶのでは」
アスキナはガバリの言葉に戸惑った。
「いや、ユウジという一願巡礼には帰って来て貰いたい。度胸のある気持ちの良い若者だ。殺されたとなると夢見が悪い」
「ガバリにそう言わすとはたいした若者だ。ユウジ殿は人がいい。でも、お人好しではない。適正な価格から少し負けて相手に利を与えようとする。
相手からすれば欲がないように思える。そう思えるから騙される心配もしなくなる。商人の手本だな。一願巡礼というが商売をしていた匂いがする。それもまっとうな商売だ」
アスキナは日頃の祐司の様子を思い出しながら言った。
祐司が商売をするのは富貴を求めてではなく自分の目的の為に路銀を無理なく稼ぎたかっただけである。
「大欲は無欲に似たり」という言葉はリファニアにはなかった。もし、祐司の真の目的を知れば。ヌーイだけだなく、祐司を気持ちのいい若者と考えている二人も躊躇無く祐司を殺そうとしただろう。
そう、自分の目的の為にこのリファニアを滅ぼそうとする祐司を。
祐司とヌーイは薄暗い階段を下りると店の裏に出た。そこには、二頭立ての軽快そうな二輪の馬車があった。
「すまないが、ユウジ殿は馬車の荷物箱に入ってくれ」
それから、このお面を付けてくれ。この箱から出るときに、箱の中にある面をつけていないとかなり面倒なことになる。面はユウジ殿の命を守るためだ」
「荷物箱って?」
祐司が馬車を見る限り荷物箱などはついていなかった。
「ここだ」
ヌーイがいつの間にか馬車の床を持ち上げた。そこは人がようやく一人入れるほどの空間があった。
「ここにですか」
「少しの辛抱だ」
嫌がる祐司は無理にヌーイに馬車の床下に押し込まれた。
祐司は現代の日本で馬車に乗った経験はないが、大方のリファニアの馬車は緩衝装置がなく僅かな地面の凹凸でも大きく動揺した。
走っていたのはホンの十分くらいであったが祐司はヌーイに床下から出してもらった時にはまともに立てなかった。
更にヌーイの言っていた面は目に当たるものがなく目隠し状態だったのでヌーイに手を添えて貰わなければどこにも行きようがなかった。
「声を出すな」
ヌーイは低い声で祐司の耳元で囁いた。祐司は気配でヌーイの他に誰かがいるらしいことを感じた。
ヌーイは祐司の手を引くと歩き始めた。数段の階段を下りると、かなり長い廊下のようなところを歩いた。その間に三度方向転換をして四つのドアを通過したらしかった。
「さあ、面を取っていい。ユウジ殿は新米の使用人だ。執事に案内されて仕事の内容を説明されている。そのように芝居をしてくれ」
祐司はゆっくりと面を取った。祐司の目の前にはドアがあった。ドアの横にはヌーイと上等な白いストールのような服を纏った中年の痩せた男が立っていた。ヌーイの言った執事なのだろう。
ヌーイがドアを開けて祐司を中に入れた。
窓が天井近くにありる半地下室のような部屋だった。部屋の中央には長細いテーブルがあり、色々な料理が鍋や大皿に入っている。
部屋の一方には天井に届くほどの高さの備え付けの食器棚があり、数百は下らないだろう食器が収納されていた。
祐司と同じ服を着た三人の若い男が忙しそうに、皿に料理を取り分けていた。ヌーイと執事と思える男に気がつくと若い男達は仕事の手を止めて頭を下げた。
「私たちを気にせず続けなさい」
執事らしき男の言葉で若い男達はまた忙しそうに料理を取り分けだした。多分、今いる部屋は配膳室でここで料理を皿に分けて食堂に供するのだろうと祐司は見立てた。祐司が着ている服でここにいるなら違和感がないだろう。
料理の豪華さと食器の質、ヌーイが職権なり顔を利用して入り込んだことからほぼドノバ侯爵の屋敷に違いないと祐司は思った。もちろんヌーイに聞くわけにはいかないことだった。
「ここで今日、供される料理の全部だ。じっくり料理を見てくれ」
ヌーイが言う前から祐司はテーブルの上の料理を凝視していた。
「そのスープから微かですが毒気を感じます。それに、このバスケットのパンにもより微かですが毒気があります」
祐司は光を発して巫術のエネルギーを貯めた有毒な食品のことを毒気と表現した。
「毒気というとどの位の害がある」
ヌーイが少し目をしかめて聞いた。
「食べても少し気分が悪くなるかもしれませんが、気付かない程度だと思います。でも、巫術に耐性のあるという貴族でも毎日食べていると何かしらの害があるでしょう。内臓にダメージがあると思います」
祐司は具体的には生物が取り込んだ”生の巫術のエネルギー”がどのように人体に影響を与えるのかは知らなかった。
そこで、スヴェアが誤って大量の巫術のエネルギーをもった植物を食べた場合は右の腹の上の方に鈍痛を感じると言っていたことを思い出して多分最初に肝臓に障害がでるのだろうと当たりをつけて、内臓にダメージがあると表現した。
「死ぬようなことは?」
「内臓の働きが弱って病気になり易くなると思います。原因不明の慢性的な症状も出て苦痛をもたらすでしょう。
また毒は身体にストレスを与えますから風邪などにも罹りやすかったり症状が重くなるのではないでしょうか。それで死ぬこともあるかもしれません」
祐司は巫術のエネルギーを持った薬草を使う巫術師がいるという話をスヴェアがしていたことを思い出した。しかし、このような内容を話すことは余計な詮索をされる恐れがあるのでヌーイが聞かないかぎりは黙っていることにした。
「貴族でも害になるか?」
ヌーイの言葉や仕草は、変化しなかったが、祐司はヌーイから出る光の僅かな変化から、この質問が重要なものであることを見抜いていた。
ヌーイが顔を使って入れる貴族の厨房とは、ドノバ候関係にはあり得ない。
貴族は巫術に対して抵抗力を持つから貴族である。ただし、祐司のようにまったく巫術を無効にできるわけではない。
スヴェアの話だと、常人が”雷”の直撃で死ぬか、瀕死の重傷になるところを、最も、抵抗力ある貴族なら、しばらく麻痺する。通常の貴族なら失神くらいで免れるらしい。
「よくわかりませんが、長期になりますとやはり無害ではないでしょう。常人とことなり抵抗力が御座いますから、ゆっくり真綿でしめるような感じになるかもしれません。医師には益々わけのわからない症状になるやと思えます」
祐司は失言をしないように、言葉を選び選び答えた。
「ユウジ殿は何か対策をご存じか」
「料理が余るのであれば料理を食べた人の二倍くらいの量で同じ料理を食べれば前兆が掴めると思います。
人数をかけられるのであれば料理ごとにそれぞれが数倍の量を食べれば急性の症状が出ますからより早く探知できると思います」
「後で食べる毒味だな」
「はい、御用はこれで終わりですか」
祐司は期待半分で聞いた。その願いは、あっさり覆される。
「いや、もう一つ見てもらいたい場所がある。もう一度面を被ってくれ」
丁寧に言ってもヌーイは完全は命令口調だった。
目隠しの面を被らされて案内された場所は八畳ほどの大きさの小ぶりな倉庫のような場所だった。壁に設えた棚には種々の食材が置いてあった。
唯の食材を保管する棚であるのに、棚には彫像が彫り込まれており特別な食材か、あるいは特別な人物に供する食材を保管しておくための倉庫だと祐司は思った。
「ここには毒のあるものはあるか」
ヌーイの言葉を背にして祐司はゆっくりと棚を見て回った。
「このキノコと、二番目の棚にある小麦粉、それに三番目の棚においてある籠の野菜です」
祐司は手に取ったキノコがスープに入っていたものと同じもあることに気がついた。
「うむ、ユウジ殿、ご苦労だった」
ヌーイはそう言いながら同行している執事に目で合図をした。執事は再び祐司に面を被せた。
次に祐司が面を取ったのは出発した料理屋の裏だった。行きと同じように激しく揺られたためにふらつきながら馬車を降りた祐司はヌーイに手を取られたアスキナが待っている二階の個室に戻された。
「おかえりなさい。すぐに料理が運ばせます。手早く着替えをお願いします」
部屋に祐司が入ってくるなりアスキナは小声で言った。
「シスネロスはどうだ?何かいたらぬ事があるかな?」
給仕が料理を運んできた時には、ヌーイとアスキナは食前酒を飲みながら上機嫌で、祐司は疲れ切った顔をしていた。
「これは些少だが謝礼だ」
食事の終わり際に、ヌーイがかなり小さな革袋を祐司に渡した。口止め料も含まれているにしては、本当に些少だと思いながら祐司はそのまま受け取った。
祐司は帰ってから、革袋の中を見ると驚いたことに金貨が六枚入っていた。銀貨にして七十二枚分である。シスネロスに来て二日目に故売屋のハカーに巻き上げられた金額に相当する。
祐司は今日してきた仕事から高いのか安いのかは判断できなかったが、金額にヌーイの人柄が出ているように思った。
「それから今日息子夫婦と孫が戻った。明日夕食時によってくれ」
ドノバ候私邸
大方はベンガラ塗りのであるが、正面は漆喰で白く塗られている。玄関には太い丸太が四本使用されている。玄関の太い丸太は権威の象徴であり、玄関に丸太が四本使用できるのはシスネロスではドノバ候だけである。この屋敷は居住には居心地がよいのでドノバ候は、ここで暮らしている。




