自治都市シスネロスの街角5 にわか薬師 上
祐司がヌーイの家を出る時には、かなり遅い時間になっていた。そこで、祐司は翌日薬草のサンプルと短槍をパーヴォットに持たせて紹介してもらった”雨傘薬種店”という屋号の薬屋に出かけた。
ヌーイに紹介された”雨傘薬種店”という店はヘルトナで通った薬屋とはまったく規模の違う大きな店だった。店先にいた手代のような男にヌーイの書き付けを渡すと五十ぐらいの恰幅のよい男が出て来た。
男は一目で高価な品物とわかる半袖だが長い丈のマントのようなようなものを羽織っており店の主人のようだった。
「ヌーイ様のご紹介ですか。わたしはここの主のアスキナと申します。で、どのような品をお持ちでございます」
店主の口調から、ヌーイは店主にとって一目置くような関係らしかった。
「わたしは巡礼で祐司と申します。手紙にも書いてありますが少々ここで商売をする必要に迫られております。
お手間を取らせますが品物を見ていただきたいのです。まだ、売買許可を取っていませんのでサンプルだけ持ってきました」
「では、奥の方へ」
祐司とパーヴォットが案内されたのは店の奥にある商談用らしい小さな部屋だった。部屋と言っても廊下の一部が窪んだような場所で、薬草に一時置き場でもあるらしく薬草が壁に設えられた細かな木の格子の扉がついている棚に積まれていた。
祐司は壁に付けるようにして置かれた机の上に持って来た薬草のサンプルを置いた。
「ほう土養タケとは珍しいですな。こちらは小幸草と水甘草ですか。いかほどお持ちで」
「土養タケは大小ありますが三十ほど、小幸草と水甘草は乾燥したものがそれぞれ十オンスほどです。それに乾燥中のものが倍ほどあります」
祐司はヘルトナでの経験からできるだけ冷静な口調で答えた。
「お一人でそれだけ集めるにはかなりかかりましたね」
「良い品です。後の品を確認せねばなりませんが、このサンプルと同じなら先程おっしゃった量ですと銀5枚というところでしょうか。
ヌーイ様のご紹介ですからできるだけ勉強しております。貴方様が御足労を厭わずに、他の店で商談されても銀3枚からよくて4枚でございます」
しばらく薬草を吟味していたアスキナが祐司に言った。
「厳しいですね。まあ、全部の品を見て判断してください」
祐司はそう言ったが、ヘルトナでの相場からすれば多少有利かと思える金額だった。
「これは一つしかありませんが、どの位になりますか」
祐司は懐から取りだした小袋の中身を机の上に置いた。細長い芋虫の死骸から、同じように細長いキノコが出ている。虫に寄生した菌類が成長した物で漢方薬で言う冬虫夏草である。
スヴェアによるとリファニアでは希少な物であるが薬効はほとんどない。しかし、その希少さと、滋養があるという迷信から高値で取引されるらしい。
「ほう、”神の悪戯草”ですな。申し訳ありませんが、この手の物は人が造った偽物が出回っております。店に詳しい者がおりますので鑑定させてもらってよろしいでしょうか」
「どうぞ」
アスキナは冬虫夏草を懐から出した樹皮紙に巻いて店の奥に行った。入れ替わりに女中がハーブ茶を運んできた。
冬虫夏草
祐司はハーブ茶を飲みながら周りを見回した。祐司は微かだがうずたかく積まれている薬草の中から薄い光を放っている物を見つけた。
しばらくすると、アスキナが戻ってきた。
「本物でございます。ヌーイ様のご紹介で御座いますのでややこしいやり取りはいたしません。銀十八枚でお願いできますか」
祐司は思わず舌を巻いた。銀十八枚となると今宿泊しているそこそこの宿屋にパーヴォットと二人で半月以上も宿泊できる金額である。
高いのか安いのか相場はわからないが、先程の薬草の見積もりからアナキンという男が手荒な稼ぎをするようなことはないと祐司は判断した。その判断のために祐司はワザと後から冬虫夏草を出したのである。
「結構です。その値段で売ります。ただ先程言いましたように売買許可を取っておりません。品物はお預けしますので明日にでも支払いをお願いいたします。その時に残りの薬草も持ってまいります」
「そうでしたな。では、よい品を見せてもらいましたので、番頭をいっしょに売買認可証書発行所について行かせましょう。
ユウジ様は一願巡礼ということですので神殿の証明書も求められると思います。ただ、うちの番頭がいっしょでしたら直ぐに売買認可証書を発行してもらえます」
便宜を図ってくれるアスキナに対して祐司は少し迷ったが思い切って言った。
「失礼ですが、この品には毒が混じっております」
祐司は格子棚の中に見える薬草を指さして言った。
「本当に失礼ですぞ。言いがかりをつける騙りですか」
アスキナの顔が見る見るうちに赤くなった。
「滅相もございません。では、こういたしましょう。ここに銀を三枚置きます。これで、この薬草袋のわたしの指定する部分を売ってください。そして、その部分をあなたの店の誰かに服用させてください。何事もなければもう三枚銀貨を出します」
祐司は袋から銀貨を三枚取り出すと机の上に置いてアスキナを見つめた。
「どの品ですか」
アスキナが一息ついてから聞いた。
「下から二番目の右の方にある薬草の束がありますね。その一番上になっている薬草です」
アスキナは戸棚の鍵を開けて祐司の言う薬草を取りだした。そしてその薬草を祐司の目の前に掲げて言った。
「何かあればどういたしましょう」
「それはあなたがご判断ください」
薬草が目の前にありその光の色合いまでよく監察した祐司は確信を持って言った。アスキナは大声で店員を呼ぶと薬草を渡して短い指示を与えた。
「しばらく時間がかかるかもしれません。奥に控え室のような部屋がございますのでそこでお待ち願います」
アスキナが祐司とパーヴォットをさらに店の奥に招いた。
「そう時間はかからないと思います」
祐司は案内された小さな部屋の椅子に座りながら言った。
半刻(一時間)ほどしてアスキナが戻ってきた。
「新しい客が来て対応に追われていました。”神の悪戯草”だというものを持ち込んできましたがまっかな偽物でした」
アスキナはそう切り出すと商売の苦労話を色々と話し始めた。しばらくすると難しい顔をした番頭が部屋に入って来た。
「旦那、あれはいけません。」
「どうした」
「ベドの野郎に直接食べさせたんですが見る間に顔が青くなって吐き出しました。わたしはほんの一切れ飲み込みました。味や匂いはどうってことなかったんですが、わたしも胸がむかついて吐き出しました」
番頭が難しい顔で言っているのはまだ吐き気があるのかもしれないと祐司は思った。祐司がみたところ先程の巫術のエネルギーを持った薬草はかなり強力な作用をもたらすであろう暗い光を放っていたからだ。
「どうしてわかりました」
アスキナは今までの商人風の温和な顔つきが消えて少し威厳の漂うような表情で聞いた。祐司はその言葉に押されるように小声で答えた。
「わかるとしか。わたしの持って生まれた力のようです」
「こちらへ」
アスキナはそれ以上、祐司を問い詰めることなく店の一番奥にある倉庫に、祐司とパーヴォットを連れて行った。
「ここの品で毒の混じっておるような物がありますか」
漢方薬にハーブ系のアクセントが混じった臭いの充満する倉庫にはあちらこちらに籠に入れられた薬草が並べられていた。
祐司はその一つ一つを丁寧に見て回った。
「この二つです。全部服用しても死ぬようなことはありません。作用はずっと穏やかだと思いますが、服用して少し経てば先程と同じようなことになるでしょう」
祐司は一斗缶ほどの大きさの籠に二つアスキナの前に運んできて置いた。
「試させてもらいます。お言葉では少し時間がかかるようですから、その間に番頭といっしょに売買認可証書を貰ってくればよろしいかと」
祐司はアスキナの言葉に従って、番頭といっしょに売買許可書を貰いに市正門近くにある売買認可を担当する役所に出かけた。
グネリとヘルトナ市のブレヒトルドという二人の神官長の紹介状だけでもかなりの効力があった上に、タイタニナの遭難事故での祐司の活躍を記したジャギール・クチャタの手紙もある。
とどめに大店の番頭までがついてきているということでほとんど待たされることなく、一ヶ月有効の売買許可証が発行された。
アスキナの店に帰ると、商人風の温和な顔つきにもどったアスキナが笑顔で迎えてくれた。その後ろに少し屈んだ格好をした、やつれた感じの四十代半ばといった男がいた。
栄養状態や衛生状態の不備から現代日本より早く老けた感じになってしまうリファニアのことであるから実際は三十代だろうと祐司は思った。
「あなたのおっしゃる通りでした。時々お客様から苦情があります。ただ、薬草とは時にこのような症状が出る物だと理解していただいておりますので代金を返して無料で新しい物と取り替えることで納得してもらっております」
「ご主人、先程の件はどう判断されますか」
祐司は銀三枚をアスキナに託した件を持ち出した。
「あなたが見つけてくれなければ銀五枚は損をしてしまいました。まず銀三枚を差し上げます。明日からしばらくわたしの店で働きませんか」
アスキナは小さな革袋に入った銀貨を祐司に渡しながら言った。ただ、アスキナの柔らかい言葉と違い引き受けざる終えないような険しい目だった。
「他国者のわたしが働いていいのですか」
受けるべきかと迷っていた祐司は時間稼ぎのつもりで聞いた。
「わたしが役所に特殊技能者との契約申請をして登録料を出します」
祐司の退路を断つようにアスキナは間髪をおかずに言った。
「それでは、明日からよろしく頼みます。毒気があるかの証明はこの男をお使いください」
アスキナは自分の後ろにいた、やつれた感じの男を顎で示した。
「死なないような量を試して貰いますが、数が多くなるときついですよ。店の若い人が交代で試した方がよくはありませんか」
アスキナの後ろにいる男が少し気の毒になった祐司が思わず言った。
「お気になさらずに、その男はベドといいます。店の金を使い込みまして十年奉公になっております」
アスキナにそう言われたベドがすまなさそうに、アスキナに頭を下げたので祐司はそれ以上は何も言わなかった。
「おや、この薬草?」
店を出ようと出口に行きかけた祐司は店のカウンターの上に置いてある小さな壺に入った薬草に反応した。
「それも毒?」
アスキナが、不安げに聞いた。
「いいえ、見事な薬草かと」
「びっくりしました。それに毒が含まれるとなると損害は銀貨五十枚ではすみません。通常の品より四五倍は高いですからね。
それ以上高くしても売りにくいのでその値で止まってますが、薬効は通常の品の十倍はありますからかえってお得です。我ながら商売をしていて無情に思いますが、高価な品を買える金持ちほどお得な買い物をしますな」
アスキナはしみじみした口調で言った。どうも、アスキナも手元が寂しい時代があったようだ。
祐司が認めた薬草はスヴェアの薬草畑で祐司が栽培の手伝いをしていた物だった。祐司はヘルトナの薬問屋で色々な薬草を見て初めて気がついたことだが、乾燥させてもどこかみずみずしさが残ったスヴェアの薬草は見間違えようがなかった。
スヴェアの薬草は、ヨスタに渡り、ヨスタがヘルトナの薬問屋に売る。その薬草の一部を隊商を行う業者が買い付けて、シスネロスのアスキナの店にたどり着く。さらに、何件かの業者を経て、この薬草を必要とする病人のもとに至るのだろう。
そう考えると、仲介する者を潤しながら、品物は必要な人の手に渡る。自分はそれを必要とする人間と出会うことはない。
しかし、祐司は自分が栽培を手伝った薬草を通じて自分とその人物がリファニア社会の中で繋がっているように感じた。
二年ばかりだが、現代日本で祐司も営業をしていた。リファニアの経済より何十倍も日本の経済は複雑なはずだ。
でも、今、感じているような社会の中での生産者としての自分の位置を感じたことはなかった。いや、考えたことはなかった。
自分の手を通じて流れていく品の上流や下流はどうなっているなどとは考えずに目の前の顧客に売ることばかり考えて営業をしていた。
祐司は日本にもどって何でもいいから営業の仕事ができるのならもっと生き甲斐を感じて働けるような気がした。
「どうしました」
アスキナが黙り込んでしまった祐司に心配げに聞いた。
「いい薬草を見せていただきました」
祐司はにっこり笑った。
シスネロスの大店




