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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第四章  リヴォン川の渦巻く流れに
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自治都市シスネロスの街角2  故買屋

挿絵(By みてみん)


シスネロス市街略図  シスネロスを取り巻く線は城壁を示している。市門は複数あるが、正門である東門だけをしめしている。




 次の日、祐司はシスネロスの神殿に参拝することから始めることにした。シスネロスは不完全ながらも方形の街区をもっており、街の中心に神殿や市の行政施設が集まっていた。


「今日はお祭りなんでしょうか」


 人出の多さにパーヴォットが真顔で祐司に聞いた。よく聞く台詞だと祐司は思った。


 祐司は樹皮紙の地図を広げてみた。B5程度の大きさの樹皮紙に木版画であろう手書きのシスネロスの地図が刷ってあった。祐司の目からは出来の悪い、中途半端なイラストマップである。


本来は銅貨3枚だそうだが、三日以上宿泊すると言うと亭主がタダでくれた。


 シスネロスは流石に商人の街である。知恵者がいるらしく、地図の中の裏面は各種の優良店と銘打った店の紹介があり表の地図と照合するとどこにあるのかわかるようになっていた。


 地図によるとシスネロスは中央盆地第一の都市といっても、南北東西ともほぼ一リーグ半(約二.五km)に足りないほどの大きさで、東京の区で最も小さい台東区程度の三分の二ほどの面積である。


 シスネロス市の北側は、最終抵抗拠点ともなるドノバ候の公邸や、高位の郷士などの屋敷が建ちならんでいるのでシスネロス市民の居住都区は全体の四分の三ほどになる。


 シスネロスの東にモサメデス川を挟んで、ドノバ州の領主がシスネロスに滞在する時のためのお屋敷が建ち並んでいる。


 ここは市壁はないが屋敷ごとに防衛施設に転用できるような石壁が設けられている。


 市壁の西にある湿地帯にも排水を完了した部分に新市街地というような地区が広がって低めの市壁で囲まれているが、広さは南北に一リーグ(1.8Km)、東西に至っては三百メートルもない。


 新市街地の部分は地図では街路も描かれておらず、紹介される店もない。暗に行くなと言っている感じがした。


 話では新市街地を含めた狭小な地域に十二万を越える市民と、一万近い長期滞在者が住んでいるという。

 また、周辺の農村からは日々多くの生鮮食料品を販売するために農家が露店市場につめかける。


 シスネロス市は隣接する農村地帯も市域で、リヴォン川とその支流であるモサメデス川の合流点にあるシスネロスを頂点にした逆三角形の形をなしている。


 この範囲はシスネロスから北へ十リーグに及んでおり、そこの人口は七万人という。モサメデス川の東岸、それにリヴォン川両岸に市民権を有する住民が住む直轄領があり、そこの人口が合計で十万である。


 シスネロス市民、シスネロス郊外住民と直轄地住民総数二十九万人がドノバ州の一等市民であるシスネロス市民である。


 もし戦時になれば、短期に一万から二万の市民軍を編成できる。根こそぎ動員なら五万近い動員力を誇っている。

 ただし、防衛軍という市民軍の性格上、直轄地防衛のためにかなり兵力を割かなければいけないが、それでも、シスネロスは経済力とともに武力でも並みの領主が叶う相手ではない。



 二階建にまれに三階建ての家が続く通りは肩を触れ合わんばかりに人が行き来していた。高層建築がないため、街路に当てられる面積が狭く、余計に人口密度があがっているように感じるのだろと祐司は感じた。


「あそこが、シスネロス第一のアハヌ神殿だ」


 祐司は地図で確認するとパーヴォットに前方に見える四階建ての木造建築を指さした。


「あんな大きな物をどうやって建てたんですか。神の御業でございましょうか」


 また、パーヴォットが感心する。祐司の目からみれば、東大寺の大仏殿の方が余程大きい。感覚的には大きなお寺の本堂といった位である。


「ユウジ様、お荷物を持ちましょう」


 パーヴォットが祐司に言った。パーヴォットは護身用の剣以外は手ぶらで、祐司は剣を腰に差して貴重品を入れたポシェットを下げている。

 どういうことのない荷だが、パーヴォットは従者が手ぶらというのはおかしいと思ったのだろう。


「それでは頼む。取られないようにたすき掛けにして持ってるんだぞ」


 祐司は財布代わりにしている革袋だけをポシェットから取りだして、その長い革紐を自分の首にかけるとポシェットをパーヴォットに渡した。


 神殿の中は市民や巡礼者で賑わっていた。神殿の入り口に賽銭箱のようなものがある。

 入場料がわりという感じである。祐司は奮発して小銀貨1枚を賽銭箱に入れた。


 神殿での参拝は日本の寺社のように手を合わせて終わりとはいかない。神殿の前の店や籠に入れて売り歩く子供から乾燥させた香草を粉状にしたものを買い求めて神の像の前で燃やすのである。


 香草の粉は日本の焼香に似ているが遙かに長く燃える。燃えている間は跪いて手をあわせたりして自分の願いを頭に思い描いて祈るのだ。


 香なので煙たくはないが神殿の中は煙で充満していた。大勢の参拝者がいるため、跪けない者の多くは立ったまま祈りを捧げていた。


 祐司達も何カ所かある大きな石の焼香台のようなものに人をかき分けるようにして香草の粉を置いた。焼香台のような石の上には火の付いた炭があり、その火を麦わらで貰って香草の粉に火をつけた。


 祐司はこれからの旅の安全と、パーヴォットがキンガの故郷で受け入れられることを祈った。


「さあ、神官詰め所に行くぞ」


 祐司の本当の目的はアハヌ神殿に保管されている古代の書を見せてもらうことにあった。


「どうした」


 祐司は突っ立て黙っているパーヴォットをせかせた。突然、パーヴォットは膝をつくなり両手の指を組み合わせて祐司を拝むような格好になった。


「ユウジ様、申し訳ありません。盗られました」


 パーヴォットは泣き入りそうな声で言った。そして、肩にかけていたポシェットの革紐を祐司に見せた。

 それは、革紐だけだった。紐についてる肝心のポシェットはなかった。祐司はあわてて革紐を確認した。


 鋭い刃物で切られたようだった。ナイフかハサミのような物で切ったのだろう。


「いつ気が付いた」


 祐司はこのウスノロと言う言葉を飲み込んで聞いたが自分でも言葉に険が立っているのがわかった。


「今です」


「最後に確かにあったのはいつだ」


「礼拝をする時にお香に火をつけました。その時は絶対ありました」


「礼拝で気を取られている間か?いや、気が付きそうなもんだな。きっと、礼拝が終わって気が緩んだ時だ」


 少し祐司は気が落ち着いてきた。しかし、盗まれたポシェット本体には、グネリの紹介状、クチャタの手紙、いくらかの銀貨、そしてなにより日本から持ってきた大規模に巫術を無効に出来る水晶が三つ入っていたのだ。


「申し訳ございません。わたしを成敗するか、お売りください。それで、償いを果たしとうございます」


 突然、パーヴォトが土下座するように地面に臥して祐司に泣くような声を上げ始めた。


「こら、人が何事かと見ている。立ってくれ」


 すでに人垣が出来はじめている中を祐司は無理矢理にパーヴォットを立たせた。


「一度、宿に戻ろう」


 祐司は本当に取られた物の確認と、信頼できそうな宿屋の主人に善後策を相談したかったのだ。



 祐司は宿屋にもどると、まず部屋で盗られた物を再確認した。そして、食堂のカウンターにいた主人に顛末を説明した。


「故買屋で買い戻すしかございません」


 主人は迷わずそう言った。よくあることなのだろうと祐司は思った。そして、よくあることならそこそこの金で品物が戻ってくる確率は高いだろうと思った。取られた手紙は祐司以外に使い道が無く、水晶はリファニアでもそんなに珍しい物ではないからだ。


「すぐに、ガバリさんの所へ、巡礼さんを案内してくれ」


 主人は宿屋の番頭に案内を命じてくれた。案内されたのは、神殿近くの繁華な場所から一つ通りを隔てた問屋が並んでいる街区だった。番頭は荒物屋のような店に案内してくれた。


 店の中には数人の子供から三十才くらいまでの男たちが双六のようなゲームをしていた。祐司が店に入ると、そのうちの一人が目で店の奥を示した。


 この男達が窃盗の実戦部隊なのだろうと祐司は思った。


 祐司は,目で示された店の奥に座っていた温和そうな老人に、宿屋の主人から紹介されたことと、来店の目的を言った。


「しばらく、お待ち下さい」


 老人は店でゲームをしていた子供に声をかけた。子供が店の奥に入っていった。しばらくすると子供が戻ってきて老人の耳元で何事かをささやいた。


「うちにはありませんな。他の所も聞きますからもう少し待ってください。ただ、手間賃をいただけますとありがたいのですが」


 上目遣いで老人は祐司を見た。


「相場はいかほどですか?」


 祐司は下手なことは避けようと正直に聞いた。


「あってないようなものですが、あなたが一願巡礼でシスネロスは初めてと言うことですのでおまけします。銀一枚ではどうでしょうか」


 老人は祐司の胸にある羽の意味を知っていた。祐司が黙って銀貨を差し出すと、老人はさっきからの穏和な言葉とは打って変わってドスの利いた声でゲームをしてる男達に命じた。


「さあ、商売だ。すぐに聞いて回れ。品物はさっき聞いてわかってるな」



 半刻ほどで全ての男達がもどって来た。報告はかんばしい物ではなかった。


「知り合いにはそのような品物は届いておりません。大体、巡礼、それも一願巡礼さんから品物を掠め取るなんて奴は懲らしめてやるつもりでした。

 さて、手口を含めて、このような非道な行いをするのはハカー一家かと思います。しかし、盗んですぐにわかるようなやり方は素人同然でございますな。


 ただ、ハカー一家は少々やっかいですよ。他の一家なら口を利きますが、あそこは一匹オオカミみたいな組で手荒なことも厭わないんでございます。わたしら良心的なもんとは一悶着ありましてね」


 窃盗組織の親方であろう老人にそう堂々言われると、何故か老人がまっとうな人間のように祐司には思われてきて苦笑した。


「誰か、この街で知り合いはおりませんか。できるだけ偉い人がいいですが」


 老人は相変わらずの丁寧な物言いで祐司にたずねた。


「心当たりはないことはないですが、ともかく、会ってみます」


 祐司は少し考えてから返事をした。


「巡礼さん、手数料を貰った分は面倒をみます。ガンス、付いていってハカーのとこまで案内してやりなさい」


 老人の言葉に、店にいた一番年かさの男が祐司についてきた。


「知り合いがついて来てくれないなら一人でいってはいけません。その時はまた相談に来てください。無理に一人で行くとあなたが明日リヴォン川に石を抱かされて沈んでいるとも限りません」


 祐司が店を出るときに、ガバリという老人は真顔で祐司に警告した。


 祐司が息子を助けたジャギール・クチャタの手紙は盗まれてしまったが、祐司はそこに書いてあった住所はうろ覚えで記憶していた。

 ついてきた男や道行く人に尋ねながらたどり着いたのは、城下町でいえば侍屋敷の集まる一角というような場所だった。


 とは言ってもそれは景観での雰囲気である。数メートル幅のやっと馬車がすれ違える程の道の両側に、ほぼ同じ大きさの二階建ての家が、隣とほんの僅かの隙間を持って続いていた。

 空気が少し張り詰めたような感じで、道を歩いている人も少ないがお供を従えてた質素だが気位の高そうな者が多い。


 この雰囲気は案内をしてくれるという男には肌が合わないのか、しきりに周りを気にして居心地悪そうにしている。


 祐司は道行く人に尋ねてようやく目的の家に辿り着いた。



挿絵(By みてみん)

アハヌ神殿  シスネロス市の代表的神殿、シスネロスのほぼ中央に位置している。最上部の赤い屋根瓦が特徴。



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