表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
72/1173

輝くモサメデスの川面6  渡河船

挿絵(By みてみん)

リヴォン川の支流と言えどもキリオキスの雪解け水を集めて流れるモサメデスは大河である。リヴォン川との合流点に近いタイタニナの河原から対岸を見ると、その大きさがわかる。




 シスネロスは中央盆地、盆地と言うには広大で中央平原ともいうべき地域である。その盆地の東部をキリオキス山脈に沿うように北から南に流れて行くのがリヴォン川である。

 

南北に長大な長さを誇るキリオキス山脈の水は全ては一旦、その支流であるモサメデス川に流れ込むためリヴォン川との合流点近くでは、モサメデス川は大河の様相を持っている。


 タイタニナはこのモサメデス川の東にある渡河点として発達した街である。タイタニナ付近でモサメデス川の川幅は、初夏には雪解け水を集めて半リーグをかなり越えるほどにもなる。


 雪解けの水を集めた流れは速く水深も数尋(十メートル)近くあると言う。


 また、日本の河川と違って河川敷や中州というものがほとんどない。氷河が融けて流れ出してから数千年ほどの若い河川だからだろうと祐司は思った。


 速い流れと深い水深、途中で橋脚を支えるような中州も浅瀬もないため、モサメデス川にリファニアの技術で橋を架けることは困難である。

 このため、渡河には渡し船が利用される。その渡し船も対岸に着くと、半リーグあまりも下流に流されて着くという。


 タイタニナから対岸に着いた舟は、岸から馬で曳いて1リーグほど上流へ運んでからタイタニナへもどる。


 タイタニナから十二リーグほど先のシスネロスへ直接向かう舟もあるが、元に引き戻す手間からかなりの金額を取られる。またその舟も小型船で馬を載せるには貸し切り状態にしなければならない。


 祐司は一般的な対岸への渡し船を利用することにした。シスネロスへの直行舟よりは安いといっても、人間二人に、馬とラバで銅貨50枚という結構な値段だった。



 舟は長さが二十メートル、幅が二メートルほどの舟を三艘並べてその上に板を張った原始的な三胴舟である。ほんの岸に近いところで竿を使う以外は無動力である。

 ただ、速い流れに乗って舟がどんどん下流に流れる。舟の大きな舵をロープで固定して徐々に対岸に近づくのを待つだけである。


 祐司達が舟に乗ったのは、午前中の早い時間で大勢の渡河を待つ人々がいたために、臨時便みたいな急遽用意された舟であった。本来、用意された舟の少しばかり後をついていくようにして出発した。



 乗り合わせているのは馬に荷を載せている商人が数名と背負子のようなものに、山のような荷を背負った商人とも運び屋ともつかないような男女が十人近く乗っていた。

 料金を払っているところを見るといくら荷物が多くても自分で運ぶ分には追加料金はかからないようだった。


「緊張していないか」


 祐司は妙に身体に力が入っているパーヴォットに声をかけた。


「沈みませんよね。パーヴォットは泳げません」


 多分パーヴォットは舟というものに初めて乗るのだろう。


「歩かなくても進むから楽じゃないか」


「パーヴォットは自分の足で歩きたいです」


 パーヴォットは真剣な顔で祐司を見て言った。



「ユウジ様、昨日の神官様がいらしゃいますよ」


 パーヴォットが舳先に座っている男を指さした。確かにトリンカ神官である。祐司達は最後の方に乗り込んだのでトリンカ神官が乗っていたのを見落としていたらしい。


「ハヤル・トリンカ、あなたも対岸にご用事ですか」


 祐司は驚かさないように、ゆっくりした口調でトリンカ神官の背後から声をかけた。


「おや、ユウジ殿ですか。この季節は四半刻おきに船が出ますから、乗り合わせるとは奇遇ですな。わたしはこれから対岸にある神殿へ儀式にまいります」


「対岸にも神殿があるのですか」


「もともとタイタニナの守護神は川の神でもあり渡河の安全を祈願します。それで、この渡河点には両岸に対になった神殿がございます。ただ、対岸の神殿は規模が小さくて神官もおりませんのでネズミの日にはわたしが礼拝を行っております」


 さわやかな川風に吹かれながら何気なく祐司が聞いた。


「それはご苦労様でございます。でも、毎週となると渡河料もバカにはなりませんね」


「まあ、神官ですからそれはそれで」


 トリンカ神官の横には礼拝に行くにしては、布でくるんだ不相応な大きさの荷物があった。多分、神官は顔パスか低料金で乗れるのだろう。荷物は誰かに頼まれた物にちがいない。


「ユウジ様、大きな舟がやってきます」


 パーヴォットの声に祐司が顔を上げる。川下から対岸寄りに派手な旗を幾つも掲げた舟が川をのぼって来るのが見えた。祐司の基準では小さなフェリーほどの小型船だがリファニアではかなりの大型船なのだろう。


「あれは何ですか」


「ああ、御座舟です」


 トリンカ神官は手短に説明を始めた。


 シスネロスが統治するドノバ州の形式的な君主はシスネロスに館を構えるシスネロスに敗れたドノバ侯爵の分家であった、ヒネス子爵の血筋の新ドノバ侯爵である。


 シスネロス市参事会の方針で、旧ドノバ侯爵との戦いで、シスネロス寄りの行動をしたり中立を守ったことでドノバ州に残っている領主は、年に一度はシスネロスの新ドノバ侯爵のもとへ参内することを要求されている。


 シスネロスでは、爵位を持った領主が旅館に宿泊するわけにはいかないために贅を尽くした屋敷が競い合うように建ちならんでいるという。


 決められた参内の時期はないが、季節の事情で春から夏にかけての時期にシスネロスに領主達が家族共々集まって社交をすることが慣例になっている。


「貴族の公式訪問となるとそれなりのお供もいる。シスネロスの屋敷の維持や人件費、互いに見栄を競い合う宴などとかなりの出費ですね。

 そして、シスネロスの中枢部の方々はそれが狙いということでね。領主同士を牽制させて、金はシスネロスに落ちる」


 一通りトリンカ神官の話を聞いた祐司は、少しばかり微笑むような表情で言った。


「ユウジ様はさっしがいいですな。貴族とか領主というものはわかっていても見栄をはるのが習性ですから止めるに止められない」


 トリンカ神官も同じように少し微笑みながら言った。二人の話を聞き込んでいたパーヴォットが割り込んできた。


「なんでこんな速い流れなのに川をのぼってこられるんですか」


「巫術の力だ。巫術師が乗っているんだ。川の流れを舟に近いところだけ一時的に逆に流れさせる巫術があるんだ」


 祐司はスヴェアから聞いていた、水の流れを司る巫術の知識を言った。


「川下から川上へ水を流す。あるいは川の流れを静止した状態にさせることはとてつもない力が必要でございます。優秀な巫術師がたばにならないとできないことですから、精々、流れを遅くするくらいでございましょう」


 トリンカ神官が補足するように言った。


 御座舟は、数百メートルほどにまで近づいてきた。片舷で三十丁ばかりのオールが漕がれているのが見て取れた。オールを漕ぐ調子を取るためか、ゆっくりした太鼓の音も聞こえてきた。 


「あの旗からするとガカリナ子爵の舟ですな」


 トリンカ神官が目を少し細めながら言った。御座舟は不相応な大きさの四旒の旗を掲げていた。旗は薄目の青でいずれも後足で立ち上がった向かい合う二頭のオオカミが描かれていた。


 祐司は、先に進む渡河舟と御座舟がどんどん接近することが気になり出した。


「どちらかが避けないと危ないのでは」


「そうですね。渡河舟が優先という決まりはございます。渡河舟の船頭はみな渡河舟は勝手御免という誇りを持っており意気が高いですからどんどん進むでしょう。

 でも、御座舟となると避けてくれますかどうか。乗っておりましょうガカリナ子爵が変なことで気位が高いと」


 トリンカ神官も少し不安げに言った。


 先に進む渡河船は衝突を回避するように進路を変えだした。ただ川の流れに乗っている舟の進路を舵だけで変えるために、ひどく緩慢にしか舟は進路の向きを変化させない。


 御座舟にますます接近した渡河舟から角笛や人々の怒号が聞こえてきた。


 御座舟と渡河舟が指呼の距離に迫ってきた頃に御座舟は向きを右に向けだした。この進路変更は十分な距離があれば適切な判断であっただろう。至近距離となった状態では、舟先を渡河舟の横腹に向けることになった。


「ぶつかる」「よけろ」


 祐司を含めて、舟に乗りあわせた人々が大声で叫ぶ。


 太い木がぶつかる鈍い音がした。そして、ぎしぎしと引きちぎるような不快な音が続く。


 御座舟の衝突によって渡河舟の上に乗せている平たい甲板は大きく傾いた。傾いた甲板から人や馬が川に滑り落ちていく。

 甲板の下にある三隻の舟が次々と離れて勝手に流れていった。舟を失った甲板はただの筏のようになりようやく川面に水平に浮かんだ。しかし、その上には傾いたときにしがみついていたでろう人が僅かに残っているだけだった。


「向きを左に変えろ」


 船頭が大声をあげる。あわてて水夫たちが舵を動かす。


「よし、そのまま船を流れに乗せて、放り出された者を引き上げるんだ」


 ベテランなのか船頭は落ち着いており、的確な指示を出した。


 祐司達の渡河舟はすぐに、荷物につかまって手を振ったり溺れかけて人々がいる場所にさしかかった。 


 水夫や乗客は綱を投げ込んだり竿を差し出して溺れる人を引き寄せる。祐司もロープを投げて荷物につかまっていた数名の男女をトリンカ神官とパーヴォットといっしょに引き上げた。


「こいつはだめだ」


 水夫の声がした。祐司がその方向を見ると七八才くらいの男の子がぐったりした様子で甲板に仰向けになっている。傍らでは、両親らしい男女が子供の名前を呼んでいる。


「少し心得がありますので、見ていいでしょうか」


 祐司はずぶ濡れになっている夫婦ものらしい男女に声をかけた。


「どなたかな」


 不審げに顔をあげた男は、りっぱな口ひげを生やしていた。ちょっとした甲冑になるような皮のベストを着込んでいることからすると郷士か、上位の傭兵のようだった。


「ジャギール・ユウジ・ハレ・マコトといいます。巡礼でございます」


 祐司は名乗ると、子供の横に膝をつき、高校時代に習った救急救命の方法を行った。顎を引っ張って気道を確保すると、胸に両方の手の平を当てて心臓マッサージを行う。数回胸を押すと、子供の口から水が出て来た。


 祐司は子供の口に、自分の口をあてて息を送りこむ。二三回、マッサージと呼気の吹き込みを行うと、子供が自分で大きく息をした。そして、咳き込んでさらに水を吐き出した。


「もう、大丈夫だと思います」


「ジャンマ」


 それまで、心配げに見ていた母親らしい女が子供を抱きしめた。力はないが子供も女の背中に手を回した。


「かたじけない。あのままでは手を尽くすことも知らぬまま子供を失ったかもしれぬ」


 男は両手で祐司の手を握った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ