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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
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輝くモサメデスの川面4  老婆の招き

 祐司とパーヴォットはダウディアンニ準男爵領を通過してから、更に四つの小領主の領地を経て三日後に自治都市シスネロスの領域に入った。


 州としてはドノバ州といい、中央盆地の南西部の過半を占める大州として知られている。


 そして、今まで出会ったことのなかった街道を行き違う人々にも出会うようになった。大概はそれぞれの領主領に所用ある行商人や縁者の人々であった。祐司は巡礼宿舎でアヒレス村の千年巫女神殿を含めたクルト盆地への巡礼達に出会った。


 千年巫女への崇拝はかなり広い範囲に広がっていることを祐司は初めて実感した。また、神官長であるグネリが辺鄙な田舎の神殿にいる理由も理解できた。


 標高はかなり下がって、汗ばむまではいかないが、服の袖を半袖にして心地よいというくらいに気温が上がってきた。

 森の木々は落葉広葉樹が主体になり、その落ち葉で土壌が肥えているのか土の色まで心なしか変わってきたように感じられた。


 いわゆる亜寒帯の痩せたポドゾル土壌(注:文末参照)から、多少養分の多い褐色森林土(注:文末参照)になったのだと祐司は思った。


 所々にある開豁地には方形の大麦畑やライ麦畑が広がっていた。北クルトで広く栽培されている耐寒性の高いエン麦は見られなかった。

 リンゴやチェリーといった果樹も植えられており、季節柄、花を咲かせて風景に華やかさをもたらしていた。耕地の周囲には大概、数軒の家畜小屋をともなった木造藁葺きの農家があった。


「ここは豊かな土地なのですね」


 いつでも聞こえる小鳥のさえずりを聞きながらパーヴォットは、北クルトのどこか寂しく音の少ない風景を思い出してため息をついた。


「もうすぐ春のさかりといっていい時分だからな」


「どのくらいで、シスネロスにつくのですか」


「頑張っても明日だな。話ではシスネロスの東には付属都市があるそうだから、その付属都市で宿をとろう。ともかく久しぶりに風呂に入れるってことだ」


「ユウジさまは本当に風呂がお好きなのですね」


「パーヴォットもいっしょに行こう」


 パーヴォットは恥ずかしそうに黙って下を向いてしまった。祐司も言った言葉を取りつくろうとすると、余計に泥沼にはまりそうだったので黙っていた。



 やがて二人は大河と言ってよい川に出た。今までひたすら西に向かっていた道は、川沿いのより大きな道と合流した。大きな道は、川の大きさからはかなり低い自然堤防上を川に沿って南西に延びていた。


「大きな川ですね。クルトにはこんな大きな川はありません。リヴォン川でしょうか」


「これは中央盆地を流れるリヴォン川の支流でキリオキスの水を集めて流れるモサメデス川だ。リヴォン川はこれよりずっと大きいだろうな」


 祐司は陽光に照らさせれている川面を見ているうちに、川の岸辺の一角に淡い光を発する場所を見つけた。


 どうやらキリオキスから運ばれた巫術のエネルギーをため込んだ細かな砂が流れが淀んだところに溜まったものらしい。


「ちょっと旅の埃を落とそう」


 祐司はそう言うと靴を脱いで光を発する砂を踏みながら川に足をつけた。水はかなり冷たかった。


「今日は風呂に行くのではありませんか」


「パーヴォットもこいよ。気持ちがいいぞ」


「わかりました。馬とラバを連れて行って水を飲ませてやります」


 パーヴォットも裸足になると、左右の手で馬とラバの手綱を牽きなが川辺へやってきた。


 馬とラバが仲良く水を飲み出すと、パーヴォットは勢いよく川に走り込んだ。


「うわぁー、冷たい」


 パーヴォットはあわてて岸にあがった。


「ユウジ様は平気なのですか」


「多少冷たいが、だんだんいい気持ちになってきた」


 祐司は川から出てくると、もう一度、光がかなり薄くなった砂の上に立って言った。


 祐司は完全に光が消えたことを確かめると、靴を履くために尻を地面につけた。ふと、視線をあげるとパーヴォットも靴を履くところだった。


 小さく、足首の細い白い足なんだなと祐司はしばらく見惚れていた。その足の周りにパーヴォット特有の淡い白い光が見えた。


 その光を見ていると同じ色の光を放つスヴェアのことが思い出されてきた。


「ユウジ様、どういたしました」


 ぼっとしていた祐司にパーヴォトが怪訝な声で言った。


「いや、早くいこうか」


 祐司は年甲斐もなく少しばかり赤面しているだろう自分が余計に恥ずかしかった。


 道は川辺を外れて落葉松が混じった広葉樹の森の中に入っていく。


森はクルトでは見られないほど濃い色あいをしていた。道は完全に太陽の光が木々の葉によって遮られている。しかし、下生えもかなり生えている日本の山道を思い出す道だった。


「ユウジ様、きっとキノコやコケモモの実がありますよ」


「あるだろうな。採りたいのか?でも、キノコは毒キノコも多いぞ。見分けはつくのか」


「はい。カラマツダケ(ハナイグチ)とセイタカダケ(ササクレヒトヨタケ)は知ってます。それ以外は採りません。宿屋に着いたらキノコは料理してもらいましょう。なんなら、わたしが料理してもいいです」


 パーヴォットはそう言うが、リファニアの宿屋では客が持ち込んだ食材を料理してくれるのかはどうかは祐司は知らなかった。ただ、手にあまれば土産がてらに引き取ってもらえばいいだろうと考えた。


「パーヴォットはキノコ料理が好きか」


「はい、母が休みの時はキノコ狩りに連れて行ってくれました。そして、キノコ料理は母に教えて貰いました」


 祐司はパーヴォットの品のいい言葉遣い、キンガを父と呼び、リャニーメルという母親を母と呼ぶことからリャニーメルという女性はどん底のような生活はしていても、いい育ちで得た物は最後まで失わずに娘に伝えていたのだと思った。



 パーヴォットはキノコのことで頭が一杯で祐司の許しがでることだけに気が回っているようだった。


 祐司も薬草の採取をする気になった。


「じゃ、ここらで探してみるか。ただし、道から離れて遠くに行くんじゃないぞ。何かあったら角笛を吹くんだ」


 祐司とパーヴォットは道から外れて、大きな木と藪で道から見えない場所に馬とラバを繋ぐとそれぞれが目的の物を探し始めた。


 祐司はいつも薬草探しをする時のように目を凝らして周囲をなぞるようにゆっくり見た。祐司は微妙な色彩の差から薬草を見つけ出すのである。

 この能力に気がついたのは最近であるが、緑の濃い場所に来るとその能力のありがたさがよくわかった。


 この能力は日本にいた時にはなかったのもので巫術のエネルギー、特に巫術のエネルギーを排斥する能力と何かの関係があるのだろうと祐司は考えていた。

 リファニアの人間は、祐司が持っている色彩識別能力と比べても劣った能力しかない。特に緑系統の色について顕著であると祐司は判断していた。


 祐司は少しの間に、クルトでは希少とされる二種類の薬草を数株見つけた。それを馬のところに持って帰り薬草を入れて置く革袋に入れた。


 そして、パーヴォットの灰色の瞳はこの風景をどのような色合いで見ているのだろうと想像しながら、もう一度薬草を探しに行こうした時に角笛の音がした。



 祐司は馬の荷から短槍を取り出すと、音のする方向へ全力で走り出した。


 音は祐司がいた川辺に近い方のではなく、道を挟んで少し登った場所から聞こえてくる。緩やかな登りを数十メートルほどあがると、ちょっとした広場のようになった場所に出た。


頭髪が半分以上白髪になった、田舎風の衣装を着た老婆がパーヴォットの右手を持っている。パーヴォットはそれを振りほどこうとしながら左手で角笛を吹いていた。


「ユウジ様、このおばあさんが変なことを言って手を離してくれないのです」


「おばあさん、手を離してください。この子はわたしの従者です。何か、あなたに失礼なことをしたのですか」


 祐司はなんとかパーヴォットの右手首を掴んだ老女の手をこじ開けようとしたが、恐ろしい力で握られた手は少しも動かなかった。


「デリエナ、デリエナ、帰ろう。母ちゃん探したよ」


 祐司が来たときから何度も呪文のように老婆はその言葉を繰り返していた。


「この子は、デリエナではありません。わたしの従者のパーヴォットという者です」


 急に老女の手の力だ緩んだ。祐司は渾身の力でその掌をこじ開けた。自由になったパーヴォットは祐司の背中に隠れるように祐司の背後に回った。


「デリエナじゃないのかい?」


 老婆の目つきが先程とは変わった。


「お前さん達、うちの娘のデリエナを見なかったかい」


「デリエナさんが、どのような顔をしているのか知りませんが、この辺りで人は見かけませんでしたよ」


 祐司は老婆の様子を見据えながら答えた。


「そうかい。すまなかったね」


 そう言うと老婆は悲しそうな顔をして周囲に落ちているキノコを拾い出した。老婆はキノコ狩りをしている時にパーヴォットを捕らえたらしい。そして、同じように転がっていた細い蔓で編んだ籠に拾ってキノコを入れた。


 祐司とパーヴォットも黙ってキノコを拾って籠に入れてやった。


「ありがとうございます。このすぐ先にわたしのボロ屋がございます。薬草茶でも飲んでいってくださいませ」


 祐司とパーヴォットは顔を見合わせた。祐司は薬草茶というのに興味を引かれていた。


「それでは、おじゃまします」


 祐司はそう言うと老婆は森の中に入っていった。


「大丈夫だ。魔女のお婆さんじゃない」


 逡巡するパーヴォットに祐司は声をかけると老婆の後について森の中に入っていった。


 老婆の家は数分歩いた大きなモミの木の横にあった。少し傾いた木造の古めかしい小さな家だった。


 家の横には、テニスコートより少し大きいくらいの広さの柵で囲まれたちょっと開けた場所があった。その囲いの端には小さな石積みの家畜小屋がある。柵の中には、数頭の山羊がおり、祐司の方を物珍しげに見ていた。


 家の南はなだらかな下り傾斜になっており、十数本の見事な杏の木やリンゴの木に白い花が咲き誇っていた。その花は風が吹くと花吹雪のように花を散らせた。


 祐司はその風景を見て桜を思い出した。そして、ここは、ある意味、桃源郷かもしれないなと祐司は思った。


 家の中はきちんと片付けれており、老婆が狂気の世界に完全に捕らわれているわけではないことを感じさせた。


 老婆が出してくれた薬草茶は、それほど珍しい薬草ではなかったが飲むと身体が温まってきた。

 それから、祐司が何度も固辞したのだが、老婆は採ってきたキノコでスープを作って祐司達にふるまってくれた。


「おばあさん、お名前は。それから娘さんは行方がわかないのですか」


 祐司は自分とパーヴォットの紹介と巡礼であることを告げてから聞いた。


「わたしはロヴィー、ルウサ・ロヴィーと申します。ここで山羊を飼うことと、薬草茶やらキノコを採って暮らしております。娘のデリエナと二人暮らしなのですが、しばらく前からデリエナが帰ってきません」


 ロヴィーと名乗った老婆は不安そうな口調で言った。


「しばらく前というといつからですか」


 パーヴォットが聞いた。 


「しばらく前からでございます」


 しばらく、沈黙があって老婆が答えた。少しばかり、老婆の目にはパーヴォットを捕らえていた時の目の輝きがもどった。祐司は少しばかり身構えたが、目の輝きはすぐに温和な老婆の目にもどった。




「パーヴォットさん、あんたは娘にそっくりです。そうは言っても女に間違えて悪うございました。許してくださいよ」


 祐司達が老婆に別れを告げて家の前に出て来たときに、老婆はパーヴォットの手を握りながら言った。


「パーヴォットさん、近くに来たり、何か困ったことがあったらまた来てください。本当にあんたは娘にそくっりだ」


 パーヴォットは恐れることなく老婆の手を握ったまま返事した。


「はい、何か困ったことがあったら」




「とんだ道草だったな」


 街道にもどってきて出発の用意が終わると祐司がパーヴォットに声をかけた。


「でも、びっくりしたな。あのお婆さん、おかしくなっている時はパーヴォットのことを女だと見抜いたんだ。最後の方はパーヴォットもお婆さんに慣れたのかい」


 パーヴォットはラバの荷をくくり直しながら平坦な口調で言った。


「わたしにはお婆さんがいません」


 パーヴォットの祖母は、先代の南クルト公爵に妾として連れ去られていらい消息不明である。先代の南クルト公爵暗殺以降、内戦状態になった南クルトで、その行方を捜すのは難しいだろう。


 祐司がどう返事しようかと思っているとパーヴォットは笑顔で祐司に言った


「お婆さん、娘さんが見つかるといいですね」



挿絵(By みてみん)




 一リーグほど行ったところで、木樵や猟師をしているらしい数軒の集落に行き当たった。

二人の中年の男が道端で斧を砥石で研いでいた。


「こんにちは」


 祐治は昔取った杵柄の営業スマイルで挨拶をした。


「よう、巡礼さんかい」


 年かさの髭面をした男が頭を上げて返事をしてきた。


「ええ、そうです。ちょっと聞きたいことがあるのですが。ああ、その前に酒があるんですが仕事の合間に一杯は拙いですか」


 祐司の言葉に、もう一人の男も顔を上げると髭面の方を見やった。髭面の男が聞いた。


「いや、そんなことはない。どんな酒だ」


「わたしはクルトのヘルトナから来ました。そこの地酒です。火酒ですがよろしいですか」


 祐司はジャガイモから作った火酒、すなわち焼酎に限りなく近い酒を水筒に入れていた。祐司はパーヴォットから金属のカップを受け取ると二人についでやった。


「なにが聞きたい」


 髭面男は酒を少しづつすすりながら言った。祐司は先程の老婆との一件を話した。


「ロヴィー婆さんはいい人だが時々おかしくなるんだ」


 若い方の男は、酒好きなのか飲み干してしまったカップを名残惜しそうに見ながら言った。


「娘さんが行方知れずなんですか」


 祐司は頃合いかと思いって本題に入った。


「デリエナって娘でね。近在でも一寸したべっぴんさんで知られていたよ。あの婆さん、亭主に若い時に死に別れて娘さんと二人で暮らしてたんだ。ところがデリエナは十四の時に熊に襲われて死んだんだ」


 残念ながら髭面男は祐司の予想していたような話をしてくれた。


「いつ頃の事ですか」


「二十年、いや、いやもっとになると思うよ。あれは今でも夢に出てくる。酷い食われ方をされてたんだ。

 その熊を仕留めるまでに、ここいらの者は、一月ばかり大変だったな。おれも大人に混じって勢子に駆り出されたが人食い熊ってんで恐ろしかったよ」


 若い方の男が思い出すように言った。それにつられて、髭面男も記憶が蘇ってきたかのように話を続けた。


「それでロヴィー婆さん、娘の変わり果てた姿を見て、これはわたしのデリエナじゃない。あの子は熊に追われて森の中で迷ってるんだって何日も泣き叫んでな。止めるのも聞かず森に入って娘を探し回ったんだ」


 それから、髭面男は最後の一滴を飲み干すとしんみりとした口調で祐司に言った。


「それ以来ロヴィー婆さん、時々おかしくなるんだ。旦那に死に別れて可愛がっていた一人娘があんなことになったなんて認められないのはわかるがな。巡礼さんもびっくりしたかも知れないが、そんな事情があるで許してやってください」


 話を聞きながら祐司は二人にもう一杯づつ酒をついでやった。


「あんた、巡礼さんの従者かい」


 髭面男はパーヴォットに聞いた。


「はい」


「あんた女の子だったらデリエナに似てるよ。オレは幼なじみだったから確かだ」


 四十歳くらいだろう髭面男が言った。


 パーヴォットは下を向いて黙ってしまった。祐司は二人にあらためて礼を言うとシスネロスへの道を急いだ。




-用語説明-


ポドゾル土壌:亜寒帯の針葉樹林に見られる白っぽい、養分に乏しい土壌。日本では北海道などで見られる。

褐色森林土:温帯の樹林地帯に分布する土壌をいう。温帯では落葉は土壌中の微生物によって分解され比較的地味の肥えた土壌になる。


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