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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
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キリオキスを越えて12 祐司の”情けは人の為ならず"

「さて、もう一人か」


 スェデンとナニーニャの姿が小屋の中に消えると、そう言いながら祐司はワタネの方に近寄った。


「どうして野盗の仲間になった」


 観念したように、仰向けに転がっているワタネに祐司は声をかけた。


「博打だ。こんな体じゃ稼げねえ。で、博打をしたら負けが込んで、何でもするって言ったら仲間になれと。テポニナも引きずりこめって脅かされたんだ」


 ワタネは、言い訳だがごく普通の口調で返事をした。


「もとは鉱山仲間だろう。なんで、テポニナさんに執着する?」


「あいつは、自分ではわかってないが、ちょっとした魔性の女だ」


「どういう意味だ?」


「お前さん、わからないかい。あいつはすこぶる男好きのする女だ。銀山は男の世界だ。女はババアの賄い婦くらいだ。そこに亭主とテポニナがやってきた。

 亭主は金でテポニナを抱かしてたんだよ。確かにオレもテポニナの亭主に金を出して抱いた。ボシガットやハンバンもテポニナで遊んでいた。オレはそれが我慢ならなかった。それでも、男かと。だから、本気で寝取ってやった」


 祐司はワタネの話した内容に少し混乱した。真相はテポニナに聞くしかないが、その勇気は祐司には無かった。



「小屋のオレの荷物の中に、毛皮の巾着がある。その中の金をテポニナに渡してやってくれ」


「殺した行商人の金なら、遺族に渡す」


「いや、行商人の金は革の巾着の中だ。ただ、ボシガットに巻き上げられたからからっぽだ。多分、やつは金を身体のどこかに隠していると思う。その金は行商人の家族に届けてくれ。


 二年前のオレなら死んだ人間の金なら、あんたと同じように、なんとか遺族に届けようと普通に考えるまっとうな人間だったんだ。あんたのおかげで、それを思い出したよ」


 ワタネの口調がしみじみとしたものに変わった。何かきものが落ちたような感じだった。



「消えろ。今度見かけたら、どんな土地でも、そこのお上に突き出すぞ」


 祐司の言葉に、ワタネは何を言っていいのかわからない顔をする。


「まだ、ナイフを隠し持っていたらだがな」


 祐司は呟くように言った。しばらく、ワタネは黙って空を見ていた。祐司がワタネの顔を見ると涙が流れていた。


「ユウジさん、もしオレの命があって再び出会った時に、あんたが困っていたら絶対に助ける」

 

「あんたが、言うようにボシガットの身体検査をするよ。丁寧にな。ただし、もうすぐ、正義感の強い郷士の息子が帰ってくるぞ」


 祐司はそう言いながら、ワタネに背を向けるとボシガットの方へ向かった。


 祐司はまずボシガットが鉢巻きのように頭に巻いて伸び放題の髪の毛を束ねていた布を外すと、それを猿ぐつわかわりにしてボシガットの口の自由を奪った。


 ボシガットの身体を探ると、首から大きめの巾着をぶら下げていた。中には九枚の金貨と二十五枚の銀貨が入っていた。


 一家で少しばかり贅沢をしても一年は暮らせるほどの金額である。


 途中で、ボシガットが首を上げて何かを言いたそうにした。祐司はワタネを完全に信用していた訳ではないので常に背後の気配には気を配っていた。


 祐司が我慢できなくなり振り返るとワタネが足を引きずりながら、森の方へ向かっていた。すぐに、ワタネは森の中に姿を消した。



 しばらくして、ハカンが戻ってきた。


「ユウジ殿、すまない。逃げられた。やはり、土地勘があるらしくて上手くまかれた。ただ、右手を庇っていたので骨を折ってるのかもしれない。怪我をして武器もなければ、しばらくは、悪さはできまい」


 ハカンは、自分の剣を鞘に戻して、盗賊が捨てていった抜き身の剣を左右に持っていた。


「申し訳ありません。わたしもワタネに逃げられました。目を離した隙に縄を切られてしまいました。愚かなことに、ナイフを持っているかどうか確かめなかったわたしの責任です」


 祐司は気取られないように、少し俯いてすまなそうに言った。


「いや、騒ぎで舞い上がってしまい、ナイフのことを失念していたのはわたしもだ」


 ハカンは特に咎めるような様子も、ワタネを追いかけようとも言わなかった。


「ボシガットを小屋に運びましょう」


 祐司の提案に、自分も同じようなことを考えてきたらしくハカンがすぐに反応した。


「家畜小屋に戸板があった。それに乗せて運ぼう」



 スェデンにも手伝ってもらうことなり、ハカンが見張りをしている間に祐司がスェデンを呼びに行った。祐司はついでに、パーヴォットを屋根に登らせて周囲を見張らせた。


 万が一、盗賊の残党や新たな盗賊がいた用心である。


「ユウジ様、キリオキス・エラの方から、隊商らしいものが来ます」


 戸板にボシガットを乗せて、祐司達三人で運ぼうとしているとパーヴォットが大声で知らせてきた。


 やがて姿を現したのは、三人の護衛を含めて、十数人ばかりの男達と三四十頭ほどの、荷物を背負った馬やラバである。話しによれば、隊商はヘルトナの行商人の一団だった。


 話しによれば、去年、ドノバ州で毛皮の行商を行ってから北クルトに帰ろうとしたところ、例年よりずっと早く降雪があり、峠のルートが閉ざされてしまった。そのために、冬の間は、ドノバ州での滞在費を稼ぐため、運送屋もどきや商売を細々と続けながら春を待ってたらしい。



 祐司は、隊商のリーダーに挨拶もそこそこにことの顛末を話した。


 リーダーは殺された行商人に心当たりがあるらしく、死体を見せて欲しいと言った。


「マガフェバです。わたしらと去年、隊商を組んでシスネロスに商売に出た仲間です。ヘルトナを出るときに、母親が具合が悪かったのと、今月が子供が生まれ月なのでどうしても先に帰ると言ってきかなかったんです。一人で先に帰ることを喧嘩をしてでも止めるべきでした」


 再び、掘り起こされた死体を見て、リーダーは悔しそうに言った。


「ところで、下手人はどういたしますかね」


 リーダーの言葉に、相談をした結果、手配人であるボシガットは、殺された行商人の家族に賞金の一割を渡すということで隊商が運んでくれることになった。


 行商人の死体は正しい埋葬場所に埋め直され、祐司は行商人の金と荷物を確認しながら隊商のリーダーに引き渡した。

 赤ん坊の埋葬のために使った布地はリーダーが遺族に説明するということで引き渡す荷物からは除外された。


 祐司達が遅い朝食を食べている間に、隊商の護衛はハンバンと手下の首を切断した。死んだ手配人の場合は証拠が必要なためであるが、祐司は塩を入れた袋に生首が詰められるのを見て少しどぎまぎした。



「少し遅くなりましたが、隊商のリーダーの話しでは今から出ればキリオキス・エラ側の次の小屋までは子連れでも明るいうちに行けるそうです。少し頑張れば最初の集落までいけるらしいですが無理はしないつもりです。

 あなた方はどうしますか。隊商は今日はここで宿泊して明日早くに北クルト側の避難小屋を目指すそうです」


 祐司はテポニナに今日中の出立の意志を確認してから、ハカン、スェデン、ナニーニャの三人に聞いた。


「ユウジ殿、例の…」


 ハカンとスェデンが同時に言った。ふたりは、驚いてお互いの顔を見た。


「わかっています。紹介状でしょう。ここに作ってあります」


 祐司は二人に、ヘルトナのジャベンジャ隊長宛の紹介状を渡した。


 腕はそこそこでも真面目な武人、腕はそこそこでも、骨身を惜しまない巫術師というジャベンジャ隊長が求めていた人材にハカンとスェデンは合っているので仕官は大丈夫だろうと祐司は感じていた。


「ユウジ殿、感謝する」「仕官できなくてもヘルトナで街の巫術師に弟子入りしようと思います」


 ハカンとスェデンは丁寧な口調で祐司に礼を言った。ナニーニャは深々と頭を下げた。



「さて、懸賞金の件だがいかがいたそう」


 ハカンは次の現実的な問題を問うてきた。


「”情けは人の為ならず”と言いたいですが、もし懸賞金が出たら三割をください。一割は遺族に渡しますから、あとは山分けです。

仕官が叶わなくとも、しばらく糊口をしのげるでしょう。まあ、本来ならナニーニャさんを入れて四等分ですが」


「わたし達は二人で一人の働きなので、それでいいです」


 スェデンはすぐに返事をした。


「わたしこそ、碌な働きはしていない」


 ハカンは困ったように言う。


「戦では後衛があるからこそ前衛は安心して戦えます。どちらの働きにも上下はありません」


 祐司はそう言ってハカンを納得させた。


「分け前はケリがついたが、問題は、わたしたちは懸賞金のかかっているヘルトナに行くが、問題は中央盆地に向かうユウジ殿だな」


 ハカンは困った顔で言った。


 祐司は懸賞金が出たら神殿為替(注:文末参照)を利用するつもりだった。


「わたしが立て替えましょう」


 その時、隊商のリーダーが口を挟んだ。


「僭越とは存じますが、ユウジ殿は、この先で出会いましたヘルトナからの隊商から、大層な武人であると聞いております。

 また、ここからシスネロスまでは、比較的治安のよい地域でございます。それに、シスネロスでは何事も金でございますから、ユウジ殿が幾ら金を持っていても邪魔にはなりません」


 隊商のリーダーはにこやかに祐司に話しかけた。


「わかりました。それでは手数料を出しましょう。懸賞金がボシガットとハンバンで銀八十枚です。

 私の取り分が三割で銀二十四枚、銀四枚を手数料として銀二十枚でいかかがですか。なかなか懸賞金が出ないということも聞いております。ここは、後腐れ無しで商売でお願いします」


「いや、ご商売に長けておりますな。このような相場は、二割でございます。本当なら手数料なしでいいのですが、そこまで、おっしゃるのならそれで結構でございます」


 結局、祐司は二十枚の銀貨を受け取り、ボシガットは縛られて馬の背に乗せられてヘルトナに連行されることになった。



 出立するまでには準備やら、ハカンやスェデン、ナニーニャに別れを告げるなど、しばらくかかった。


 祐司は最後にテポニナとその子供達といっしょに、亡くなった赤ちゃんの墓に別れをつげて、キリオキス山脈の最後の西斜面を下り森林地帯に入っていった。





-文中語句説明-


「神殿為替」

 神殿為替とは、各地域の神殿が一年に一度、宗教都市マルタンにあるリファニア最大のマルヌ神殿に上納金を送る制度である。各地域の神殿は貨幣で送るのではなく一種の為替で送る。

 その為替をマルタン神殿では特定の特許商人に売って現金化する。為替を買った商人は、送られてきた地方神殿近くへ商売に行く者などに転売するのである。



図式化すると


地方神殿→為替→マルタンのマルヌ神殿(特許商人より現金受取)→為替→特許商人(為替販売)→地方へ現金を送りたい者→為替→地方神殿(為替現金化、為替破棄)



 マルヌ神殿より為替を購入する特許商人は、大きな都市の神殿からのものであればすぐにでも転売できるので記載額か、あるいは数パーセントの上乗せをしてでも買い取る。

 反対に、めったに送金する事由がない寂れた地方の神殿の為替だと、一割から二割程度も値引きして買い取る。


 これらの為替の買い取りは、各神殿の為替が届く夏から晩秋頃にマルヌ神殿で為替競りが行われて特許商人が買い取っていく。


 特許商人から為替を買う者は、手数料として為替額に五から十パーセントほど余計に支払う仕組みである。

 ただ、先に額面割れをした寂れた地方神殿の為替は、特許商人が不良在庫として抱えたくないために額面額や、場合によっては少しばかり値引きして売ってくれることもある。


 為替の特許商人は、大きな都市に支店があり都市から都市への送金も可能である。また、為替商人自体の独自の為替も存在する。

 民間の為替は、古風な言い方である「飛び銭」という名称で呼ばれる。単独の為替商人は資金力も限られているので「飛び銭」の顧客は一見さんお断りで、信用のあるお馴染みさんだけを相手にすることと、送金地域も限られるために、神殿為替の補完程度の役割である。


 神殿為替の特許を為替商人が得るには、それ相応の資産調査、信用調査を経てマルヌ神殿と、リファニア王が発行する特許状が必要とされている。この期間限定(十年程度)の特許状発行によりマルヌ神殿とリファニア王室は少なくない利益を得ている。


 また、地方神殿が上納金として送金する額より、数割程度多めに地方神殿は為替を送ることが許されている。これは地方の信者がマルヌ神殿にお布施を送ることを考慮したものである。

 これを利用して宗教都市マルタンに受け取り者指定で送金したい者は、通常は送金額の一割程度をお布施とすることで神殿為替として送金して貰うこともできる。ただ、寂れた地方神殿だと送金額の二三割をお布施として要求される。


 祐司はマルタンに行くことを決めていたから、ヨスタ経由でグネリに、ユウジ受け取りで懸賞金をマルタンに送金して貰う算段だった。


 なおマルヌ神殿が集める上納金はマルヌ神殿が使用したり貯蓄するのではなく、各地の神殿の補修や地方の貧窮してはいる信者を多く抱えているような神殿に救済金として送られて信者が信者を助けるといた目的で使われている。

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