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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
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キリオキスを越えて11 モンデラーネ公の影

 祐司はハカンの後ろ姿が、森の中に隠れるとボシガットの方へ戻りだした。徒手空拳の相手にハカンが遅れを取ることはないと祐司は判断していた。


 ボシガットは観念しているのか、黙って祐司を睨んだだけだった。祐司はパーヴォットから新しい荒縄を受け取ると手首の捕縛を補強した。


「何かできることがありますか」


 気が付くとスェデンとナニーニャが横に来ていた。


「もっと早く来たかったのですが、あれだけの術でもしばらくは息があがってしまいます」


 ナニーニャが申し訳なさそうに言う。


「いや十分でした」


 祐司がにこやかに返した。


「パーヴォット、テポニナさんと子供達の所にいてやってくれ。特に、子供らが怖がっていたら相手をしてやってくれ」


「はい、小さい頃から子守はお手のものです。母さんの店で、よく他の女の人の子供を見てましたから」


 パーヴォットは小走りで小屋に向かった。


「さあ、どうして私に殺意を持つんですか?」


 突然の祐司の問に、スェデンとナニーニャは固まってしまった。祐司は二人の発する光の乱れ具合から、敵対するような気配と、なおかつ諮詢しじゅんするような気配を読み取ったので、カマをかけたのだ。


「何故、貴方を殺さなければならないのですか?」


「わたしも、その理由が知りたい。女衒と売られる女になりすますとは、誰かに追われているのですか?」


 祐司の言葉を聞くと、二人はそれに答えることなく、十数歩ほど祐司から離れた。そして、スェデンとナニーニャは両手を繋いで、精神を統一させるような仕草を見せた。


 次の瞬間、”雷”が閃いた。


「わたしには術を避ける術があります」


 そう言いながら平然としている祐司をスェデンとナニーニャは驚愕の表情で見ている。やがて、二人はもう一度、祐司には効果のない”雷”を再度放った。



「まさか、こんな至近距離で?」


 スェデンはナニーニャの手を振りほどくと虚脱したように言った。


「あなたは貴族ですか?」


 ナニーニャは畏敬の声で聞いた。リファニアでは貴族は、巫術に対してなにがしらの抵抗力を持つからである。


「貴族ではありません。そのような性質を持った者だとしか言えません」


 祐司は敵意のないことを示すように両手を左右に広げて答えた。


「あなたは何者ですか。さっきの”雷”を受けたら貴族でも無傷ではいられない」


 スェデンが、祐司の方に数歩近づいて言った。


「一願巡礼です。よろしかったら私を殺したいと思った訳をお聞かせ下さい」


 祐司がスェデンに話しかけていると小屋からパーヴォットが息をついて駈けてきた。


「ユウジ様、いかがいたしました。”雷”がまた轟いたようですが」


「いや、スェデンさんに術を見せて貰ってただけだ。それより、テポニナさん達は?」


 祐司はごく普通にパーヴォットに答えた。


「はい、テポニナさんは、なんか落ち込んだ感じでしゃべりません。子供達もまだ怯えています」


「そうか、悪いが傍にいてやってくれ。子供達に水飴をやってくれ。パーヴォトの分は今度の街でたくさん買うから」


「はい。きっとですよ」


 パーヴォットは、少しはにかむ様に良いながらまた走って小屋の方へ戻って行った。



「あなたは、モンデラーネ公の追っ手ではないのですね」


 パーヴォットが去るとスェデンが腹を割ったような口調で祐司に聞いた。


「モンデラーネ公?そのような人は知りません。いや名前くらいは知ってます」


 祐司がこれから向かう中央盆地の北部で勢力を持つのが、バッカウ・ガバセナ(美称で剛胆の意味)・アウトドル・ハル・アリスチド・モンデラーネ・ディ・ローゼン公爵、通称モンデラーネ公である。


 祐司はヘルトナで、中央盆地を席巻する勢いのモンデラーネ公の噂は何度か聞いたことがあった。


「貴方を信用します。というか、貴方が敵だったとしたらかなわないから信用せざるを得ない」


「話をお聞かせ願えますか」



 諦めたような口調のスェデンに祐司は声をかけた。スェデンは傍らの石に座り込むと、祐司にも石に座るように言ってから話を始めた。



 近年、隣接地域を武力で併合して急激に勢力を拡大したモンデラーネ公には、自らが育成した巫術師の部隊がある。


 その部隊の巫術師は、十歳前後の子供で巫術の才能があるものを集めるのだが領内の場合は、直轄地では年貢の軽減を理由に強制徴募、配下の領主領では人口比から算出した的確人数を割り当てて差し出さしている。また、都市では貧困層の子を半ば買うようにして集めるという具合である。


「わたしは、ローゼン州のマルガという街の出身で、親が税を滞納したので、九つの時に税のかわりに連れ出されました」


 ナニーニャがぽつりと口を挟んだ。


「オレはリヴォン・ノセ州の出身で、モンデラーネ公に媚びを売りたい領主の意向で十一の時に村の年貢代わりに差し出された」


 スェデンが自分の身の上を語った。


 スェデンが語り、ナニーニャが補足した話では集められた子供達は、最低限の衣食住は与えられたが、毎日、数名ごとに割り当てられた特定の教官役の巫術師にそれこそシゴかれた。

 出来が悪いと、食事を抜かれたり棒で叩かれるなどの体罰が待っていた。また、体力養成と集中力を養うという理由で、天秤棒で重たい石を持たされて、崖道が続く山歩きをする訓練なども課された。


「本当に崖から落ちて大怪我をした子も何人もいました。怪我をしても許して貰えずに訓練を続けさせれて死んでしまった子もいます」


 ナニーニャの言葉の様子から、その話しがウソならばナニーニャは大層な女優だろうなと祐司は思った。

 そして、ナニーニャが嘘を言っていない証拠に、ナニーニャが発する巫術のエネルギーによる光は安定していた。


 この数週間の人との付き合いで嘘が話の中に混じると、光が揺らいだりすることを祐司は経験的に知っていた。


「巫術は天賦の才だから、巫術自体を鍛える訓練以外はあまり意味がないのでは?」


 祐司はモンデラーネ公の巫術師養成の仕方に疑義を持った。


「はい、おっしゃる通りです。でも、わたし達は子供でしたから、言われるままにするしかありません。

 今になっても、正確にはなんであんな無意味なことをさせていたのかわかりません。多分、教官役の巫術師が、わたし達を服従させようとしていた一環かと思います」


 スェデンが悲しそうに説明した。そして、話の続きを始めた。


 巫術がそこそこ使えるようになると、巫術師部隊の補助として、先輩の巫術師の雑用役をさせられた。ただ、十代半ばまで芽が出ない子は、男は最下層の一般兵、女は下女などに転属がえとなった。


 反抗的だった者は、死ぬまで巫術の標的にされることもあった。


 また、教官役の巫術師が目をつけた、女の子は、その教官の下女になりありとあらゆる世話をさせられた挙げ句に、軍の賄い婦というあまり好ましくない場所に放り出された。


「どんなに苦しくても、巫術師として芽がでないと命の保障がないと子供ながらわかりましたから、なんとか頑張ったのです」


 感情過多なのか、心底辛い思いを思い出したのかスェデンは少し涙ぐんで言った。少し間を置いてスェデンはナニーニャの方を向いてから言葉を続けた。


「ナニーニャとわたしは、別の巫術師の師匠についいていたのですが、補助巫術師の時に出会いました。最初からなんか気になってたんです。

 ところが、補助巫術師になってから先輩について巫術の腕を磨く段階になって、二人ともまったく術が伸びなくなりました。

 いつもいつも、先輩に遅くまで術の鍛錬をさせられました。ナニーニャと僕は、いつも残されて鍛錬をさせられていましたから段々と親しくなったんです」


 ナニーニャはスェデンにしなだれかかった。ナニーニャが話を続けた。


「術が伸びない者は、やはりお払い箱になって奴隷のような生活が待っています。あせりましたが、ダメなモノはダメでした。二人でもうダメだね。お別れだねって何回も言い合いました。

 ところが先輩の巫術師が、二人一緒に巫術をかけろって言ってくれたんです。そしたら、さっき見て貰ったくらいの巫術ができました。二人で一人前ですが、どうにか巫術師の部隊にいられるようになったんです」


「良い先輩に出会えてよかったですね」


 祐司がそう言うと、スェデンとナニーニャは暗い顔になった。少し口ごもっていたスェデンが話し始めた。


「先輩というか、モンデラーネ公の巫術師でも最高級のカタビ風のマリッサという巫術師です。その時は感謝してましたが」


「そのカタビ風のマリッサと何かあったんですね」


 祐司の質問に、重い口を引きずるような口調でスェデンが説明を始めた。


 やがて、実戦に出るようになった二人は、更に親しくなり、やがて、ナニーニャに子供ができた。

 それを知ったカタバ風のマリッサは、嫌がるナニーニャに、巫術を利用した堕胎を行ったのだ。


 悔しそうに、語るスェデンは本当に泣き出してしまった。それを、ナニーニャが何とかなだめると、諦観したようにスェデンは言った。


「ナニーニャが妊娠していると、僕とのバランスが崩れて巫術の威力が落ちるという理由です。それから、実戦で術を使う時以外は、二人は監視つきでバラバラにされました」


「それで脱走したんですね」


 祐司の問いかけに、二人は頷くばかりだった。そして、ナニーニャが少し詳しい話をした。


「補助巫術師になると小遣いほどの給金が出ます。大概は食費の足しにするんです。そうさせるように、本当に命をつなぐくらいの食べ物しかもらえません。それも、家畜の餌同然の代物です。

 それでも、食べ物を買わずに歯を食いしばって、少しずつお金を貯めました。まるまる三年かかかりました。そして、実戦で二人が一緒になった時に思い切って脱走したんです」


 ナニーニャは祐司にすがるような眼差しを向けた。


「どこか行く当ては?」


「特にありません。ただ脱走は死罪です。故郷にも手配が回っているだろうし、脱走者は賞金をかけられて、腕利きの巫術師が追いかけるのだという話しです。ですから、少しでもモンデラーネ公の影響のある場所から離れたいだけです」


 スェデンの話に抜け忍みたいな話だと祐司は感じた。


「それで、私をモンデラーネ公の追っ手だと?」


「脱走してから一時も気を抜けません。誰も彼もが追っ手に見えてしまいます」


 スェデンが、すまなそうに言った。


「特定の領主に使える巫術師に、いくさ以外で手を出すことは、その領主に敵対意志を示したことになります。そのため、互いが召し抱えている巫術師に手を出すことは御法度です」


 祐司は、少しばかり知っていることを言った。


「我らに仕官せよと?そのような腕前はありません」


 少しは考えたことがあるのか、スェデンはため息混じりに言った。


「ああ、仕官するにしては最低の巫術師でしょうね。ただ、あの突風衝撃は見所があると思いますよ。特に、敵の戦列に使えば威力がありそうだし、他の巫術では防げない」


 それでも祐司は食い下がってみた。


「はい、忌々しいですが、カタビ風のマリッサの仕込みです」


 ナニーニャが悔しそうに言った。


「カタビ風のマリッサは突風衝撃の名手ですか?」


 祐司は、度々会話に出てくるカタビ風のマリッサという巫術師についてたずねた。


「カタビ風のマリッサの名を出して反応がないので、おかしいと思っておりましたが、ご存じないのですか」


 スェデンがあきれたように言った。


「知らない。わたしはリファニアには疎いのです」


 ナニーニャがスェデンにかわって説明してくれた。


「中央盆地第一の使い手でございます。遮蔽がなければ百歩以上離れた兵士を、二三十人一度に吹き飛ばします。それで、今はモンデラーネ公のお気に入りで、飛ぶ鳥をも落とす勢いです」


 ナニーニャの言っていることに偽りがなければ突風に関しては、スヴェア並みの腕前と言っていい。

 ただ、スヴェアは垂直に大気を地面に叩きつけて、柔らかい地面なら一メートル以上陥没させられる。


「兎も角、仕官できるかどうかは当たってみなければわかりません。どちらか、一人でも少しくらいのことはできるでしょう」


 祐司はなんとなく説得モードに入っていた。


「街の巫術師程度のことと、近距離の弱い”雷”なら。それと、”雷”に対する”屋根”を狭い範囲ですがかけられます。でも、モンデラーネ公軍ではクソだと罵られました」


 祐司はスェデンの言葉から、モンデラーネ公の巫術師部隊は余程の腕利きを集めた精鋭らしいことがわかった。


「正規軍とはいかないが、巫術師の不足する警備部隊でなら、重宝されると思います」


 祐司は以前、ヘルトナの街で見た巫術師達の演習から判断して、スェデン達は役に立つとわかっていた。

 

「心当たりが?」


 ナニーニャが少し希望のこもった声で聞いてきた。


「北クルトのヘルトナ守備隊に知り合いがいます。ヘルトナは北クルト伯爵の特許都市です。

 その伯爵直属の守備隊長に気に入ってもらえれば、末席扱いで、仕官はできるかもしれません。その気なら紹介状を書きます」


 祐司の言葉に、スェデンとナニーニャは顔を見合わせた。


「小屋に戻りながらゆっくり相談しなさい。それから、ナニーニャさんは普通の麦で、わたし達の遅めの朝食を作ってください」


 祐司の言葉に二人は小さく「はい」というと小屋の方へ戻って行った。


 もし、スェデンとナニーニャが、霧や雨に関する巫術の使い手であったら祐司は手を差し伸べることはなかっただろう。


 それらの巫術が、自然の力を利用するために悪影響が多いからだ。スェデンとナニーニャの巫術は巫術のエネルギーのみに頼った巫術で自然への影響は限定的である。

 突風衝撃にしても、巧みな巫術師は自然の風を巻き込んで広範囲に影響を与えるが彼らにはそんな力はなかった。


 スェデンとナニーニャは知るよしもなかったが、彼らが下級の巫術師であったことが幸いしたとも言える。


 

 そして、祐司自身もこの時は、知るよしもなかったが、自分とパーヴォットに大いなる災厄をもたらすモンデラーネ公の影を初めて見たのだった。

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