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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
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キリオキスを越えて7  ヌーヅル・ハカンの”情けは人の為ならず” 三

 激しい雨音がしていた。ハカンは誰かに揺さぶられあわてて起き上がった。


「わたしの番か?」


 ハカンの問いかけにユウジは黙って首を振った。そして、もの悲しい顔でハカンをのぞき込んだ。



「ハカンさん、子供達が起きますから静かにしてください。赤ちゃんが死にました」


 寝起きのハカンは、その言葉で完全に覚醒した。その様子を見取ってからユウジが言葉を続ける。


「もう息をしてません。お母さん、赤ちゃんは神々の国へ行きました」


「この子のすぐ上の子も同じような歳で死にました」


 起き上がったハカンはテポニナの声を聞いた。赤ん坊を抱きかかえたテポニナの憔悴した顔が焚き火に照らし出されたいた。


「明るくなったら、埋葬しましょう」


 ユウジがテポニナに声をかけた。テポニナは反応しないで、死んだ赤ん坊をあやしていた。


 ハカンは子供の頃に母親から言いつかる妹の世話が嫌でならなかったのを思い出した。ハカンの家は郷士でも僅かな所領しかない。使用人も、作男と、その妻の女中、行儀見習いの少女の三人だけだった。

 母親は兄には一度も妹の世話をしろとは言わなかった。なぜ、自分だけがという思いから妹の尻をつねって泣かしたこともあった。


「そうですね。明るくなったらすぐに。赤ちゃんの死体をあまり子供達に見せるのはよくありません」


「おい、どうして死なせたんだ」


 いつも間にかワタネがユウジに、にじり寄ってきた。


「申し訳ありません」


 ユウジは深々とワタネに頭を下げた。


「ユウジ殿のせいではありません」


 ハカンはユウジとワタネの間に入って、ユウジの方へ近寄ろうとするワタネを制した。


「ワタネさん、あんたこの赤ん坊に、なんか未練があるのかい」


 いつの間にか起きてきたスェデンがワタネの肩を持って、ユウジの方へ近寄ろうとするのを制した。


 パーヴォットとナニーニャが心配げに見ている。


「いいや。赤ん坊が死んで気のいいヤツはいまい」


 そう言ったワタネは自分の寝床に戻って、布団代わりの毛布を頭から被って動かなくなった。


「ユウジ殿、大分時刻が過ぎております。ずっと、看病なされていたのですね。後は、他の者に任せてお休み下さい」


 ハカンはユウジに声をかけるが、ユウジは黙ったままだった。ユウジの従者が声をかけた。


「ユウジ様」


「そうします」


 ユウジは自分の寝床を広げて横になった。




 ハカンは一刻ほど寝ずの番をしてから、スェデンを起こした。辺りはかなり、明るくなりかけていた。

 


 明るくなると、男達で赤ん坊を埋葬することになった。テポニナは赤ん坊が埋められるところを見たくないと言って、最後に冷たくなった赤ん坊に頬づりをしてハカンに赤ん坊を渡した。


 子供達も起きてきて、幼いながらも状況を察して泣き出した。


「さあ、ペト君にお別れを言ってあげなさい。お別れを言ったらお兄ちゃんとお花を探してきてくれないか。ペト君をそれで見送ろう」


 ユウジは子供達を赤ん坊の傍に招くと優しく言った。


 子供らは赤ん坊の手や足に触れると、また一段と泣き出したが、パーヴォットがなだめながら表に連れ出した。


「さて、このまま埋めるのも可哀想です。棺桶とは言いませんが、布があれば巻いてやるのですが」


 スェデンが困り顔で言う。


「わたしの上着を使ってください」


 テポニナがもう粗末な上着を脱いで手で差し出している。


「まだ、山は寒い。そんなことをしたらあんたまで死んでしまうぞ。これからは残された子供達のことを考えて生きなさい」


 そう言うハカンにも名案はない。


「これを使えよ。商品だが、弔い代わりだ。お代はいらない」


 ワタネが荷物から、畳一畳ほどの大きさで、粗い織り方の亜麻布を取りだしてきた。日本なら香典代わりと言うだろうが、リファニアには香典という習慣はない。


「粗い亜麻布といっても、かなりの値段でしょう。あなたばかりに負担させるのは悪いから、わたしも弔い代として幾らか出しましょう」


 ハカンはそう言うと、腰の巾着から貨幣を出しかける。


「では、わたしも」


 スェデンも、つられたように言う。


「それぞれが銅貨十五枚ではどうですか。大体、正当な値段になると思います」


 ユウジが具体的な額を言ったので、ワタネも何も言わずに三人からその金額を受け取り布を渡した。


 ワタネから布をわたされたテポニナはいとおしそうに赤ん坊をくるんでいく。最後に赤ん坊の顔をしばらく見てから、ゆっくり顔に布をかけた。

 

 やがて、パーヴォットが子供達と幾ばくかの小さな花をつけた野草を摘んで小屋に帰ってきた。


「埋葬のことばを誰かご存知ですか」


 ハカンが、小屋の中の人間に問う。


「わたしが、詠唱しましょう。一願巡礼の許しを得たときに一通りは習いましたから」


 ユウジが名乗り出って、跪いて詠唱を始めた。他の者も頭を垂れる。


「ヘルナヌルの原にノーマ神が坐せり。天にあまねき、地にみつる……」


 詠唱は数分で終わった。


「さあ、雨が止んでいる間に埋葬しましょう。雨の中の埋葬は余計に気が滅入ります」


 ハカンが赤ん坊の遺骸をテポニナから受け取ると、他の男達に言う。


「オレは食事の手伝いをしている。何しろ、この足じゃ、それこそ足手まといだろう。それから埋葬は小屋の裏に埋葬地がある」


 ワタネはそう言ったなり自分の寝床の横に置いてある袋を、取ろうと座ったまま手で体をずらそうとした。


「そのかわり、朝飯はオレのおごりだ。ライ麦の粥でいいだろう」


「わたしが持っていきます」


 ユウジはそう言うと、ワタネが取ろうとした、袋を竃の所に運んだ。


「いい麦です。昨日の麦とは違いますね」


 ユウジは一つかみライ麦を摘んで目の前で見ながら言った。


「ああ、とっておきのだ」


 ユウジの持っていた袋をワタネは奪い取るようにして竈の方へ向かった。


「やっぱり、わたしも行きます。人様に頼ってばかりではペトが不憫です」


 テポニナがようやく立ち上がってか細い声で言う。子供らはそのテポニナにしがみついていた。


「では、お子さんもいっしょに行きましょう。その方がペト君も寂しくなくていいでしょう」


 ハカンはテポニナに促すように言った。ナニーニャがスェデンの方を訴えるような顔で見やる。あきらかにワタネと二人で残るは嫌らしい。


「さあ、埋葬に行きましょう」


 ユウジがそう声をかけると、ワタネ以外の人間が小屋を出た。


「パーヴォット、埋葬地も場所はわかるか」


 ユウジの問にパーヴォットが神妙な言い方で言う。


「さきほど、花を摘みに行った時に、この林の向こうにちょっと開けた場所がありました。そこかと思います」


 パーヴォットは小屋の裏側から数十メートルほど林の中に入った場所にみんなを案内した。


 テニスコートほどの草地に、四つの頭大の石がきれいに並んでいた


「ここで亡くなった旅人の墓でしょう。この隣に葬りましょう」


 穴を掘るための道具は、小屋に壊れかけたような、シャベルとくわがあったので、男達が交代で掘った。赤ん坊を埋葬するような小さな穴は、雨で地面が柔らかくなっていたこともありすぐに掘れた。


 その穴にテポニナが赤ん坊の遺骸を置く。リファニアの風習で、その場に居るのもが子供も含めて、手で少しずつ土をかけた。

 それが、終わるとハカンとスェデンが土をかけて穴を埋め戻す。その間、ユウジが再び詠唱を唱える。テポニナと子供は抱き合っていた。


 最後に、パーヴォットとナニーニャが探してきた人の頭ほどの石が、埋まっている赤ん坊の頭の場所に置かれた。



「ユウジ様、少し気になる場所があります」


 引き上げようとした時に、パーヴォットがユウジに言った。


「どこだ?」


「この奥にあります。やはり、花を摘みに行った時に見つけました。最近、何かを埋めたような跡がありました」


「行って見よう」


 昨日からの小屋の中での人の動きに、説明のつかない違和感を感じていたハカンが迷いなく言った。

 パーヴォットの案内で、一行は更に数十メートル、林の中に分け入って行く。大きなモミの木の下をパーヴォットは指さした。


「ここの、部分だけ草が生えていませんね。それに、最近誰かが掘ったように土が軟らかいですよ」


 スェデンがかがみ込んで、土の中に指を差し込んで言う。


「不自然なくらいですね。どうします」


 ユウジの口調は、もうやると決めたような言い方だった。


「兎も角、掘りましょう」


 ハガンは、そう言うなり掘り始めた。ユウジも掘り始める。


 数分で何が埋まっているかわかった。浅く埋められていたからだ。


「女と子供は下がっていなさい」




 出た来たのは、全裸の男の死体だった。


「死んでからそう日が経っていなさそうですね。まあ、土の中がかなり冷たかったこともあるかもしれませんが、一ヶ月なんてことはないでしょう」


 ユウジがしばらく死体を見て言う。


「誰でしょう?」


 ハカンも死体をのぞき込んで首を傾げる。


「髪型からすると、浮浪者などの類ではないことはわかりますが。若くもなくといってそんなに歳も取っていない商人でしょうか」


 スェデンが唯一、推測らしきことを言った。


「首のところを見て下さい。これは、多分ロープのような細い物で首を絞められた跡だと思うんですが」


 ユウジが死体の首を指で示しながら言う。


「そう、言われるとそのようにも見えますが」


 ハカンが自信なさげに言う。サスペンスドラマでリアルな縊死死体を見ることなどないリファニアでは、しかたのないことだった。


「また、雨ですね」


 スェデンが空を見上げて言う。


「今は埋め戻して、後で埋葬地に埋めてやりましょう。ここで、一人ではこの人も浮かばれません」


 ユウジが死体に手を合わせて言った。男達で急いで死体に土をかけると、少し離れた所で見ていた、女性と子供を連れて小屋に戻りだした。


「お願いがあります。今、見たことは、わたしが、ワタネさんにまとめて話をします。わたしが話し終わるまでは一切、今のことには触れないで欲しいのです。もし、わたしの話に間違いや、付け足すことがあったら言ってください」


 ユウジが途中で一同を止めて宣言するように言った。


「何かご不審なことが?」


 ナニーニャが、誰も何も言わないのを憚りながら聞いた。


「わたしも、に落ちないことがあります。ここはユウジ殿にまかせましょう」


 スェデンがナニーニャの肩に手を置いて言った。


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