表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
58/1173

キリオキスを越えて4  キリオキスの邂逅

峠付近の略図


中央盆地のキリオキス・エラ

(東キリオキス)地方へ

    ●

    ● ・

    ●    D

    ●     ・

A・・・B・・・・・C・・

    ●

    ●


●●=本街道  

・・・=小径

A=南の頂

B=峠

C=祠のある頂

D=熊と遭遇


挿絵(By みてみん)



「ユウジ様、ここから近道ができるのではありませんか」


 パーヴォットは祠のある頂にある三叉路のうち西側に向かっている道を示して言った。


 祠のある頂は、クルト盆地と中央盆地を結ぶ本街道から北に延びるが通過している。最初、祐司はその来た道を引き返すつもりだった。


 しかし、パーヴォットが示した道ははるか十キロほど先に見える本街道に通じているのが見える。


「馬でもなんとかいけそうだな」


 キリキオス山脈の中央盆地側斜面は緩斜面で、まばらに灌木が生い茂った荒れ地であるため遠くまで見通せるのである。道を外れても歩けるような地形のため祐司も近道を行くことにしたのだ。


 標高が高いので風は冷たいが、まだ太陽は西の空のかなり高いところにあるため、日差しが身体を温めてくれた。


「下りですから楽ですね」


 パーヴォットはそう言うが、道は石ころと水たまりだらけであったので、慎重に進む必要があった。


 祐司は結局たいした時間短縮にはならないだろうと思った。クルト盆地側の斜面ではほとんど見られなかった高山植物がここかしこに生えており、雷鳥らしい鳥も結構な数がいた。


「ユウジ様、雷鳥を射ておきませんか。食糧になりますよ。わたしは食べたことはありせんが、父は美味な鳥だと言っておりました」


 パーヴォットがそう言った時は、一瞬、特別天然記念物になんていうことを、という思いがこみ上げた。しかし、ここはリファニアである。


「そうだな。しかし、時間がかかるのはまずい。今度、近くにいたら射よう。ただし、矢は二射だけにする」


 残念ながら、その機会のないまま急に雲が空を覆い、ガスがたちこめてきた。祐司の周囲でもまったく変化がないので、純粋の自然現象である。


 暗くなるまでにはかなり時間はあるので、祐司は道に迷うことを恐れて休息することにした。


 ところが、休息している途中で雨が降り出した。もちろん旅の支度とした雨具などは揃っており、とっておきのビニール合羽もあるのだが、こんな高山地帯で雨に降られて歩くとなると命のやり取りをしかねない。それに、パーヴォットもいるのだ。


 多分、祐司がキリオキス山脈上を南北に遮っていた、巫術のエネルギーによる暖気の遮断幕を破壊したために、暖気が溜まっていた西側斜面の気温が低下して、水蒸気が飽和状態になり雨が降り出したのだ。


 元来、天候は人のせいにできないが、今の雨は自身のせいであり、祐司にとっては余計に恨みの持って行き所がなかった。


「これはまいったな。湿った場所では幕舎も張りにくいし、どこか雨宿りできる場所はないかな」


 祐司が恨めしげに空を仰いでいると、パーヴォットが祐司の服を引っ張った。



「ユウジ様、あそこに洞穴があります」


 パーヴォットは少し登った場所にある一段と灌木の生い茂った場所を指さした。祐司はオペラグラスを取り出した見た。


 灌木の向こうに大きな岩があり、その下が穴のようになっていた。


「お前、目がいいな」


 祐司はパーヴォットの視力のよさに心底驚いた。


「ともかく、あそこで雨宿りだ。西の空はそれほど暗くないから通り雨かもしれない」


 祐司とパーヴォットは馬とラバを牽いて岩の方向へ小走りで駆け出した。


 祐司が岩に二十メートルほどに近づくと馬が急に先に行くのを嫌がりだした。祐司が馬を落ち着けると、動物の低いうなり声がした。

 祐司はパーヴォットに手で合図して後ろに下がらせると自分も岩の方を凝視しながらゆっくり下がった。


 祐司は馬から短槍を取って構えた。その時、岩の下から巨大な熊が現れた。そして、熊は祐司に向かってまっすぐに突進してきた。


 反射的に祐司は左へ飛んだ。熊は最初はゆっくりした速さで石だらけの斜面を向かってくる。そして、段々早くなり祐司のいた場所ではとてつない速さになっていたが、すでに祐司の姿はなかった。


 祐司は二三回転がり、あわてて起き上がった。


「パーヴォット、逃げろ。ここはなんとかする」


 祐司はそう言いながらどうするんだと自問した。


 熊は勢いが余って祐司がいる場所から十メートルばかりのところまで進んで、体勢を立て直した。


 祐司は短槍を構え直した。熊は四つ足で祐司の方を見ながら攻撃の機会をうかがっているようだった。


 純粋の野生の熊である。巫術によるモンスターに無敵の祐司も野生の熊が相手では、相手より俊敏に動けたとしても持久力の面で分が悪い。熊は何度でも攻撃を繰り返せるが祐司は一撃を受けただけで重傷を負うだろう。


 その時、馬のいななきが聞こえた。


 パーヴォットは馬とラバの手綱を牽きながら走っていた。熊の注意がそちらに移った。野生動物は本能的に弱い者へと攻撃対象を変更した。


 熊が体勢を変えてパーヴォットの方へ駆け出そうとしたした。祐司はあわてて熊に向かっていく。熊が最初の跳躍をした時に祐司の短槍は熊の臀部を突いた。


 熊は跳躍が終わるとその場で再び祐司の方をむき直した。大きく口を開けてもの凄いうなり声を上げた。手負いになった熊は自分を害した者を無条件に攻撃対象とした。


 祐司は全身の毛が逆立った。


 祐司の短槍はかなりの手応えがあるほどに熊の臀部を傷つけた。しかし、熊の大きさから考えると人間がナイフで二三センチ尻に傷をつけられた程度であろう。


 祐司は少しずつ後退する。熊が飛びかかるのを見逃さなければ避けられる。それには、少しでも距離が欲しい。


 角笛が鳴り響いた。パーヴォットが助けを求めて吹き鳴らしているのだ。


 ヘルトナを出発する隊商は祐司達の出発の四日後である。ましてや、本街道から外れた場所に人などいるわけがない。それでも、祐司はパーヴォットの機転に感謝した。


 前触れもなく熊が飛びかかってきた。祐司はまた左に飛んだ。熊が巨大すぎるので祐司の横を通過したときに、熊の方が祐司の脇腹をかすめた。その勢いで祐司は一メートルほど余計に左に転んだ。


 立ち上がると、すぐさま熊が飛びかかってきた。祐司はからくも避ける。そして、また熊が祐司に跳躍する。祐司は必死で避ける。いつかはやられると祐司はわかっていた。


 熊がまた祐司に跳躍した。祐司は避けるときに思いっきり短槍を熊が通過する方向へ突きだした。恐ろしい力で短槍が持っていかれた。


 祐司が熊の方を見たとき、熊の右肩に短槍が突き刺さっていた。さすがに利いているのか熊は短槍が突き刺さったまま一旦体勢を整えた。


 祐司は急いで刀を抜く。刀が届くほどに熊の接近を許せば命はないだろ。今までの熊とのやり取りで祐司はそれを理解していた。


 熊の肩から血が出ている。熊の大きさと出血の具合から熊が出血で体力を落とすより、祐司の方が先に精魂つきるだろうと祐司は感じていた。


 熊は突然立ち上がって咆哮を響かし祐司を威嚇した。立ち上がった熊は優に祐司の倍ほどの大きさに感じられた。


 その時、熊の右脇腹に矢が突き刺さった。二本目、そして三本目、二本は外れた。熊は咆哮をあげて立ち上がった。


 その熊の周囲に数頭の犬が駆け寄り激しく吠えたてる。


「どけ!」


 祐司の横に人が立った。そして、その人物は槍を投擲した。熊はそれを避けようとするが、祐司に取ってはどちらもがゆっくり移動する。早く速度を上げた槍の方が熊の左腹に深々と刺さった。


 そこへ、矢の二陣が飛んできた。再び矢が刺さる。横が完全に無防備になった熊に今度は四本の矢が刺さった。


 立ったまま腹に深々と槍が刺さった熊は四つ足になることも出来ず咆哮を繰り返した。


 熊は矢の刺さっていない左の方へ倒れた。それでも頭を持ち上げて威嚇をする。無傷な左腕は身体の下になってしまったため、祐司の槍が肩に刺さった右腕を力なく振り回していた。


「とどめだ」


 祐司の横にいた男は二本の槍を持っていたのだろうか、また、槍を構えて熊の背後に近づいた。


「ドマホーテ親方!」


 祐司はその男に向かって叫ぶように言った。


 男は熊の背後から槍を熊の首筋に打ち込んだ。熊は断末魔の咆哮をあげた。男は槍を引き抜くと再び熊の首筋に背後から槍を突いた。


 熊は痙攣を起こして、そして動かなくなった。その時、祐司は熊が立ち上がれば二メートル半ほどの巨体であることにようやく気がついた。


「ドマホーテ親方、どうしてここに」


 祐司の問に深く刺さりすぎた槍を苦労して引き抜いたドマホーテ親方が言った。


「それはオレがユウジに聞きたい」


 ドマホーテ親方の周囲にはドマホーテ組と呼ばれる男達が集まってきた。そのうち一人は護衛するかのようにパーヴォットに付き添ってっていた。


「パーヴォット怪我はないか」


 祐司はパーヴォットに駆け寄って声をかけた。


「ユウジ様こそあのような熊を一人で相手になさるとは。もしユウジ様の身に何かあればこのパーヴォットは」


 パーヴォットは、それだけ言うと言葉が詰まってしまった。


「おいおい、オレたちはおいてきぼりか」


 ドマホーテ親方は、熊の周囲で吠えまくり熊の動きを牽制して矢を命中させることに役だった犬たちの頭を順番に撫でながら冷やかすように言った。


「ああ、ありがとうございます。おかげで命を拾いました」


 祐司はドマホーテ親方に深々と頭を下げた。


「謙遜するな。ユウジの動きで熊をかわしていればもう少しで奴は参っていたよ。大分、暴れたようだが最後のあがきだ」


 ドマホーテ親方は上向きのひっくり返った熊の右脇腹を指で示した。そこには、深く突き刺さった二本の矢があった。熊が苦し紛れに折ったのか柄がほとんどなくなっていた。


「オレたちのしくじりで手負いにしてしまった。深い傷で逃げ切れまいと思って追いかけて此処まできたが、どうにも居場所がわからない。諦めかけた時に角笛の音を聞いたんだ」


 ドマホーテ親方に従う猟師の一人が熊が出て来た穴をのぞき込みながら言った。


「そこの穴で傷を癒そうとしたんだな。こいつら穴があればすぐにもぐり込もうとする。キリオキスやその付近じゃ、ホラアナグマが住み処にしていないか確認できないうちは穴や洞窟に入るどころか近づくのも用心することだ」


 ドマホーテ親方は少しきつい口調で祐司に言った。


「ホラアナグマ?」


 ”言葉”を日本語に直訳すると、ホラアナグマになるため、河期に絶滅したとされる巨大なホラアナグマなのか、洞窟をねぐらにするような習性を身につけた灰色熊などの熊なのかは判断できなかった。


 ただ、冷静になって見れば祐司の倍の上背はないようだが、二メートルも半ばに達しようかという祐司の常識からすればとてつもない巨熊と言えるだけだった。


「で、分け前はどうする」


 ドマホーテ親方は祐司に当たり前のように聞いた。


「分け前って?」


「この熊を仕留めたのはあんたの槍も大分役にたってるからな」


「命があっただけで十分です」


「そう言うな。借りをつくるのはオレは嫌いだ。しかし、こいつを切り分けられてもユウジも困るな」


 ドマホーテ親方は軽く首を動かすと、ドマホーテ組の一人が革袋の中からすでに血抜きが終わった二羽の大きな雷鳥を取りだした。


 祐司はその以心伝心ぶりに舌を巻いた。


「取りあえず手付けだ。こいつをやる。昼過ぎに仕留めたやつだ。残りは次に会ったときにご馳走してやる」


 ドマホーテ親方は無理に祐司にその雷鳥を持たせた。


「さあ、ここに長居は無用だ。とっとと熊をさばくぞ。手負いを追いかけて西キリオキスに入って仕留めることは許されているにしても、西キリオキスの連中に密猟だと痛くもない腹を探られたくないからな」


 ドマホーテ親方の言った内容から猟師仲間には縄張りがあるようだ。ドマホーテ組の面々はオウと声を上げて素早く熊の解体を始めた。


 ドマホーテ親方の指示で一矢乱れぬ動きをするドマホーテ組の動きに祐司は感心した。


 その時、祐司はドマホーテ親方から前に見た薄い光がよく見えた。前は薄すぎて光の色が判然としなかったが、今回はそれが暗い感じのほんの薄い紫であると見てとれた。ドマホーテ親方自身が高揚しているのかなと祐司は漠然と思った。



「ドマホーテ親方、ありがとうございました。わたしたちもここらで失礼します」


 祐司が声をかけると、熊の解体作業に参加していたドマホーテ親方が手を休めることなく顔を上げた。


「ユウジ、また会おう。その雷鳥は手付けだからな。オレの気持ちがまだおさまらないから今度はユウジが恐れ入るくらいのお返しをしてやる」


「期待しています」


 ユウジはパーヴォットから馬の手綱を受け取りながら答えた。


「雨は上がったようだ。さあ、オレたちも行こう」



 しばらく、ぬかるんだ緩い下り坂を下った後で祐司はパーヴォットに声をかけた。


「よく約束通りに危険な状況の時に逃げてくれた。これからも必ずオレに構わず逃げてくれ」


「ユウジ様が熊ごときに負けるわけはないと確信していました。パーヴォットは足手まといにならないように離れただけです」


 パーヴォットは胸を張って答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ