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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第三章  光の壁、風駈けるキリオキス山脈
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キリオキスを越えて1  キリオキス山脈へ 上

 次の朝、ヨスタ商会の前には、旅姿の祐司、パーヴォット、見送るヨスタ一家にヨスタ商会の従業員、定食屋の女将などキンガ師匠の近所の者が数名、ファーネデス、初めて祐司が見るファーネデスの細君、そしてグネリの姿があった。


 パーヴォットは日本から祐司が持って来たのと同じ形だが、皮でできた小ぶりなリュックを背負っている。祐司のリュックに興味を持ったヨスタが職人に作らせた物だ。


 ヨスタはかなりの数を作らせていた。使いやすいとの評判からリュックを卸した店には日ごとに買い求めに来る者が多くなっているとヨスタは上機嫌で祐司に報告していた。


「ヨスタさん、ラバをありがとうございます」


 祐司はヨスタに頭を下げて礼を言った。


 昨日の夕刻、グネリと別れて別々に神殿に行く途中に祐司は自分の馬を取りに行った。すると、ヨスタが馬を預けている家の前にいた。


 ヨスタは祐司を見つけるなり笑いながら、あなたの馬がラバを生みましたと言った。


 もちろんヨスタは軽口でいったのだが祐司はギクリとした。


 ラバはヨスタからの餞別だった。馬やラバはリファニアでは安価な物ではない。祐司はなんども固辞したが、ヨスタは祐司の知恵でこれから何百倍も儲けるからと言って強引にラバを押しつけたのだった。


 本当のところは祐司は同行者ができ荷物が増えたのと、道中薬草を採集することを考えると馬が一頭では心細かった。祐司にとって山道に強いラバはありがたかった。


「これは、わたしからの餞別です」


 グネリはそう言うと、ヨスタの店の従業員から大きな毛皮を受け取ると祐司に渡した。


「これは」


「オオカミの毛皮です」


「でも、このオオカミって」


「そうです。ユウジ様がテスラを救うために打ち倒したオオカミの毛皮と頭です」


 オオカミの毛皮は胴体尾分と頭の部分に分かれていた。頭の部分は防寒用の帽子に細工してあった。

 被るとオオカミの口の部分から顔を出すような格好で、耳も立つように細工されているから犬耳になってしまう。いっそ、パーヴォットに被らせようかと祐司は思った。


「気に入ったようでよかったです。実はヨスタさんに細工をしてユウジ様に渡して欲しいとお願いしていました。それが、自分の手でユウジ様に渡せるとは」


 グネリはどさくさに紛れて祐司の両手を包み込むように握りしめた。


 祐司はリファニア人のこの辺りの感覚がよく理解できなかった。オオカミの毛皮を見ればテスラを思い出して祐司が悲しい思いをしないかという想像はまったくしないらしい。


 勇者が狩ったオオカミを細工して勇者に捧げれば勇者は喜ぶ、だろう。それだけである。


「それからこれはわたしからの新しい紹介状です。二枚ありますが、一つは神殿でお使い下さい。どちらがそうかは内容を見ればわかります。それからブレヒトルド神官長の紹介状を預かってきました」


 グネリは都合三枚の羊皮紙を祐司に渡した。紹介状というものは新しければ新しいほど効力がある。紹介状を書いた人物や内容にもよるが有効期限は数年程度というのが相場らしかった。

 十年程も経てば昔書いて貰ったいう記念品みたいな扱いになるらしい。その為に、僅かな期間の差ではあるが新しい紹介状を書いてくれたのだ。




「それではお世話になりました。また、この地にもどって来るつもりです」


 祐司は手を振りながら別れの挨拶をした。そして、手を振りながらも次第に足を速めた。




「ユウジ様、夕べは遅かったそうですね。朝、ユウジ様を迎えに行った時に下宿の主人が言っておりました」


 角を曲がって見送りの人達が見えなくなるとパーヴォットが心配げな顔で祐司に言った。まだ、何もわからない子供なのだ。祐司は後ろめたく感じた。


「ああ、別れを言っていたら時間の経つのを忘れてな」


 リファニアの言語では、主語と目的語を抜かすとひどく不自然な表現になる。


「パーヴォットはどんなことでもユウジ様に従います」


 少しは分かっているのかと思い祐司はぎくりとした。これ以上、祐司はパーヴォットに気取られないように前々から考えていたことを伝えることにした。


「パーヴォット、いよいよ旅に出る。その前に約束して欲しいことがある」


「なんなりとお言いつけください」


 今度はパーヴォットが、ぎくりとした表情で祐司を見た。


「旅に出ればどんな危険に出会うかわからない。危険な目に会ったら自分を一番に考えて逃げるんだ。自分を危険な目に合わせて絶対にわたしを助けようとしたりしてはいけない。これはわたしとの約束として守ってもらいたい」


「そんなことは」


「危険な目とは、たいがい何が起こっているのかよく状況判断ができない状況だ。だから、まず、自分の身を守れ。余計なことをすると足手まといになる。

 わたしはパーヴォットのお父上であるキンガ師匠に、パーヴォットを故郷に連れていくと約束した。師匠との約束は神々との約束に次ぐものだ。わたしの為にパーヴォットに万が一のことがあればわたしは自分の死よりも恐ろしい思いをするだろう」


「でも」


 パーヴォットはあらがうように小声で呟いた。


「もし、もしもだ。バルタサルがわたしたちの目の前に現れたらどうする」


 祐司は下を向いてしまったパーヴォットにゆっくり語りかけた。


「今の私たちの腕ではかなわない。だから別々に逃げるのが一番の手だ。わたしの言うことがわかるな」


「わたしがもっと強くなれば。バルタサルに勝てるようになっていれば」


 パーヴォットが急に顔を上げて咳き込むように言った。


「それは危険な状態ではない。それを見極めろ。わからなければ逃げろ。そして、わたしを助けたければ一旦逃げた後、どうすれば助けられるか考えろ。できれば他人の助けも借りる事を優先的に考えろ。約束できるか」


「はい」


 少し間をおいてパーヴォットはしっかりとして口調で答えた。祐司はこれからも何度か、今言ったことはパーヴォットに言い聞かせようと思った。




 市門の手続きは簡単だった。


 祐司のヘルメットと同型のヘルメットを装備したジャベンジャ隊長は、わざわざ見送りにきてくれていた。


「ジャギール・ユウジ、そちが巡礼でなかったらキンガ副長の後釜に隊に迎えたかったぞ。そのかわりと言っては何だが、旅で貴公がこれとは思う人物に出会ったらヘルトナ守備隊への入隊を薦めてくれ。

 南クルト州の焼きぼっくいにいつ火がつかんとも限らん状態というのに戦士、巫術師いずれも手練れが不足しておるゆえな」


「わたしはいかほどのこともできません。そんな、わたしに過分のお言葉ありがとうございます」


 祐司はジャベンジャ隊長の手を握って謝意を述べた。


「ああ、これからの道中での、注意して欲しい最新の情報を知らせておこう。ちょっと、待機室まで来てくれないか」


 ジャベンジャ隊長は、祐司を伴って市門の横にある衛兵待機室に入っていった。数分で二人は出てくる。祐司は丁寧にジャベンジャ隊長に謝辞を述べてから馬の手綱を握った。


 ふと見るとパーヴォットの姿が見えない。祐司が辺りを見回すと、パーヴォットは市門近くの市壁に設置された、掲示板を見て何事かを樹皮紙に描き込んでいた。


「おい、パーヴォット」


 祐司が声をかけると、パーヴォットが慌てて駈けてきた。


「何をしていた?」


「申し訳ありません。夢中になってしまい。手配書の人相書きを写しておりました」


 パーヴォトは持っていた樹皮紙を祐司に見せた。四人ほどの男の顔が描き写されていた。ほぼ手配書の似顔絵に近い出来だった。


 祐司はパーヴォットに絵心があることに気がついた。


「パーヴォットは絵は好きか」


「はい、小さい頃から一人でいることが多かったので、一人で絵を描いていました」


「どこかの街で、絵の先生に習えばもっと上手くなるかも」


 そう言いながら、祐司は樹皮紙をパーヴォットに返した。


「ユウジ様、お戯れが過ぎます」


 パーヴォットは赤い顔をして、下を向いてしまった。


「さあ、出発しよう」


 祐司の言葉に、パーヴォットは慌てて、ラバのところに駆け寄る。




「ジャベンジャ隊長、お世話になりました」


 門を出て振り返った祐司が手を振りながら大声で言った。それにつられてパーヴォットも手を振る。


 ジャベンジャ隊長と側にいた数名の兵士はリファニア風に両手を真っ直ぐ挙げて左右に振る別れの挨拶を送って返した。



 市門を出ると祐司とパーヴォットはそれぞれ馬とラバの手綱を引きながら、霧雨に煙るキリオキスに至る西の道を歩み出した。


 祐司は横を見る。ラバの手綱を持って前を見つめている少女の真摯な顔があった。


「ユウジ様、いかがいたしました」


 パーヴォットが気配に気づいて祐司にたずねる。


「パーヴォット、オレはこの広いリファニアを一人で何年も彷徨う気でいたんだ。パーヴォットの目的地までだが、縁あって二人で旅をすることになった。感謝したい」


 祐司が真っ直ぐ前を見て言った。


 パーヴォットの返事はなかった。


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