春風の旅1 マイルストーン
祐司とパーヴォットは、王都タチの市門で心の籠もった見送りを受けて、晩秋に十二所参りで通過したファラスベム街道を歩み出した。
「王都に半年もいると、なんか家を出て来たような感じです」
パーヴォットは見えなくなりつつある王都の市門を振り返りながら言った。
「そうだな。パーヴォット、わたしは一願巡礼だからこれが本来の姿だ」
祐司の言葉には、少しばかりだが悲壮感があった。
「パーヴォットは、ユウジ様といっしょなら、何処に行こうが幸せです」
パーヴォットは、うきうきした口調で言う。
「今日はアンマサリクで宿を取ろう。明日はファラスベム神殿で旅の安全祈願をしてから出立だ」
祐司はパーヴォットに、ちょっとあらたまった感じで言った。去年の十二所参りでアンマサリクまでは行ったので、祐司とパーヴォットが今日歩く街道は見知った街道である。
「その先は、初めての道ですね」
パーヴォットは祐司の方を見て言う。
「去年シスネロスから王都に向かった道はリファニアでも第一等の街道だ。それなりに治安はいい。
ファラスベム街道を過ぎてもホルメニア内なら同様だ。でもホルメニアを出れば、少々、周囲に気を遣いながらの旅になる」
祐司は半ば以上自分に向かって言った。
「覚悟します。でもユウジ様、春風です。気持ちいいです」
そう言ったパーヴォットを祐司が見ると、パーヴォットの細い髪の毛が風になびいている。薄目のブルネットの髪が風になびいているパーヴォットの姿は何度見ても、祐司はたまらなく愛おしくなる。
こんな可愛い女の子と旅ができるなんてオレは果報者だと、祐司は思った。
秋にファラスベム街道を通ったときは馬車に乗っていたので気がつかなかったが、二三リーグおきに道端に”王都まで二リーグ”などと刻み込まれた高さが五十センチほどで大まかに正方形に整形された石が置かれていた。
リファニアのマイルストーンである。あるいは一里塚とも言える。
マイルストーンはローマが設置したモノが有名で、昔の円筒形のポストに類似したそれなりの大きさを持った石柱である。
また江戸時代に整備された一里塚はそれこそ数メートルの高さの土を盛り上げた本当の塚だった。
それから比べるとリファニアのマイルストーンは、見落としそうなほどささやかなモノだ。
祐司が王都に向かって歩いたシスネロス街道やチェコト街道には、近くの都市や村の方向を刻んだ石や木製の標識はあったが明らかに計画的に置かれたマイルストーンはなかったので、北国街道独特のモノかも知れないと祐司は思った。
この夜に宿泊したアンマサリクの”サリ湖亭”の番頭に聞いたところ、バシパルニア女王の時代にホルメニア内の街道には王都まで何リーグという標識が設置された。
ところが四百年前にリファニア南東沿岸のヘリタイニア人勢力が強大化したおりに、彼らがホルメニアに侵攻した時に情報を与えないためという理由で撤去されたという。
これらの標識は付近の神殿に今でも保管されており、誰しもが平和な目的で王都を目指す時代が来て再び設置されることを待っているという。
ただファラスベム街道とそこから北に向かう北国街道だけはヘリタイニア人勢力が利用して、王都に迫ることは想定しにくいので、標石が残されたということだった。
バシパルニア女王の時代に設置されたとなると、道端に何気に置かれた標石は七百年以上の歴史を持っていることになる。
祐司はこのリファニアのマイルストーンを見つける度に、王都がどんどん遠ざかっていくことを思い知らされた。
リファニアは中世段階の世界ではあるが、やはりリファニア世界の北方の大国であるリファニア王国の首都タチは都会である。
他のリファニアの地域、都市とは全く異なった雰囲気を持っており、主要な道は舗装され、井筒形式だが上水まで設けられている。
もし万が一に日本への帰還が叶わなかった時は、王都以外に住む場所はないように祐司は思っていた。
その王都が一歩ごとに遠ざかることで、一抹の寂しさと心細さを祐司は感じていた。
「この風は海の方向から吹いている。陸地がそれだけ暖まってきたってことだな」
祐司は好奇心というよりも、勉学の気質に溢れるパーヴォットには、多少気を付けて話しているが王都から離れる不安と心地よい春風に口がすべった。
「ユウジ様、どうしてそうなるのか説明してもらっていいですか」
祐司は質問をしてきたパーヴォットに微笑んだ。
「あ、いいぞ。旅は教えられ教えつつだ」
「わたしなんかが、ユウジ様に教えられることはありません」
パーヴォットは少し悲しげに言った。
「リファニアのことは、パーヴォットの方が良く知っている。一番わたしが教えて欲しいのはリファニアの人の気持ちだ」
祐司の言葉に、パーヴォットは小首を傾げる。
「気持ち?」
「わたしは異邦人だ。だから同じ事象を見聞きしても、他の人間ととらえかたや、受け止める感情が違う。
それは自分でもよく感じる。だからパーヴォットを通じて、リファニアの人の気持ちを知りたい」
「わかりました。で、何故に陸が暖まると海から風が吹くのですか」
祐司はそれから派生するパーヴォットの質問に答える形で、小一時間も話をした。時には立ち止まって地面に図を描いて説明した。
その日は予定通りにアンマサリクの街で宿泊した。宿は最初から去年の秋に宿泊した”サリ湖亭”に決めていた。
次の朝はファラスベム神殿を参拝すると、いよいよ未知の道を祐司とパーヴォットは歩み出した。
道はまず真っ直ぐに北に向かっていた。前述したようにアンマサリクから北に向かう街道は、”北国街道”という。
その”北国街道”を三リーグほど進むと、しだいに左へ左へと西向きに曲がり、一刻も進むと海辺が見えてきた。
祐司とパーヴォットは昼前に王都のあるマリュニ州とホルメニアの北辺をなすアルクアッス州の境界に達した。
王都のあるマリュニ州はリファニアで二番目に小さな州で神奈川県ほどの面積である。藤沢から歩いてその日は小田原で一泊して、次の日の午前中に神奈川・静岡の県境に達したというような感覚となる。
他の州境なら大層な関所があり、他の関所よりもふっかけられた関料を出さねばならない。ところが州境には、”マリュニ・アルクアッス州境界”と文字が彫り込まれた子牛ほどの大きさの石が置かれているだけだ。
ホルメニア内には関所はない。ホルメニア内では物資は自由に動く。ホルメニアの総人口は百五十万人と推定されている。
ホルメニアは面積がおよそ五万平方キロで九州の一倍半ほどの大きさであるので、一平方キロ当たりの人口は三十人となる。
日本が三百三十六人なので日本の十分の一以下である。これはアメリカ合衆国の人口密度に近い。
ただ日本は国土の八割が山地であり、人口は残りの平野部に集中して山間部は人口密度が遙かに低い。
例えば奈良県の十津川村は、人口密度は一平方キロ当たり五人である。東京都でも奥多摩町の人口密度は一平方キロ当たり二十二人である。
これに対してホルメニアの八割は平野部か緩やかな丘陵地帯で、王都や他の都市部の人口集中地はあるが、ほぼ全地域に人口が散らばっている。
そこには王都三十万、他の都市で十六万の非農業者を支えている農業者が住んでいる。すなわち、ほぼ農民二人で都市住民一人を支える農業生産を行わなければならない。
この農業者と非農業者の比率は江戸時代の日本とほぼ同じ割合だと推定されるが、生産力の低いリファニアの中で屈指の農業生産力を誇るホルメニアだからこそ出来る芸当である。
都市の非農業人口が多いことは、それだけ全地域に散らばった農村部からの食糧供給を活性化させなければならない。このためホルメニアでは歴史的に物資の移動を妨げる関所は設けられたことはない。
さらに王領キレナイトから毎年十万人分ほどの穀物が運び込まれている。
軍事的な観点からすると、余剰人口を多く支えられるホルメニアは人口比で動員できる兵力が大きい。
「今日もいい天気です」
パーヴォットがうきうきした声で言った。そして祐司を見て微笑みかけた。
男装の従者の姿をしているが、王都にいる間にパーヴォットは随分と女の子っぽくなったと祐司は感じた。
北に向かう北国街道は海岸から四半リーグから半リーグほど離れつつ、ずっと海岸線に沿っていた。
また道のある部分は海岸より十メートルから二十メートルほど高くなっており、道と海の間に防風林のような森林があるものの、たいがいの場所から海が見えた。
道から数十メートル程離れた場所は崖と言っていいほどに急斜面になっており、その下は海まで農地と放牧地が入り交じった平坦な部分が続いていた。
「海岸段丘の上の道だ」
「カイガンダンキュウってなんですか」
祐司は道すがらの退屈しのぎに、パーヴォットの好奇心を満たすことを厭わないことにした。
祐司は海岸段丘の説明をしながら、リファニア世界が地球全体で見た場合、祐司の世界の地球とどう異なっているのか推測してみた。
海岸段丘が見られるということは氷期と氷期の間の温暖化した時期に海水面が上昇して、今は陸地化した部分に波の作用で崖を作ったということである。
すると現在のリファニアは、地球の氷河の多くが融けた状態にはないことが推測される。しかし、祐司の世界の大きな氷床であるグリーンランド、すなわちリファニアには北部の山岳地帯を除いて氷床がない。
祐司はグリーンランドの氷床が融けると海水面は数メートル上昇すると聞いたことがある。それから考えられるのは、グリーンランドの氷床がない分、他の地域で氷床がつくられて海面が低下しているということである。
もちろん祐司はリファニアに来てからの知識で、ヘロタイニアと呼ばれるヨーロッパ北部が氷床の下にあることは知っている。
しかしヨーロッパ北部がすべて氷床の下でも、リファニア(グリーンランド)が担っていた氷床の量を面積的に見ても担えない。
すると北アメリカということになるが、それならかなり大規模に北アメリカ北部は氷床に覆われていることになる。
祐司の世界では氷床に覆われていないが、リファニア世界では氷床に覆われている地域が判明すれば、また巫術のエネルギーが地球にどのように作用しているか理解が進むはずである。
初めて足を踏み入れたアルクアッス州もまだ豊かなホルメニアの州であるので、農村風景はそれほど王都周辺とは変わらない。
祐司とパーヴォットはその日、ホルメニアの北辺の州であるアルクアッス州のファサレルという街で宿泊した。
このアルクアッス州南端のファサレルという街の近郊には一願巡礼としては参拝すべき幾つかの神殿があるので、次の日の午前中はこれに費やされた。
そのために午後だけの道行きになり、それほど進めずに次の宿泊施設がある街に辿り着けなかったために久々に神殿付属の巡礼宿舎での宿泊となった。
農繁期に入っているので他の巡礼の姿はなく、ファサレルの北七リーグほどの位置にある神殿の巡礼宿舎で宿泊したのは祐司とパーヴォットだけだった。
ここの神殿の神官はある意味分かり易い男だった。
最初祐司が巡礼宿舎を使わせて欲しいと頼んだ時は、「もう三リーグも行くと宿泊できる居酒屋があるからそちらがお奨めだ」と巡礼宿舎を使うことに難色を示した。
普通神官が巡礼宿舎に巡礼を宿泊させないことなどないが、どうも準備をするのが嫌だったようである。
祐司がヘルゴラルド神殿のイェルハル神官長の紹介状を見せると、今度は「すぐに用意させましょう」と手をすり合わさんばかりの対応になった。
王都第一のヘルゴラルド神殿は、宗教都市マルタンの中央神殿であるマルヌ神殿、王の即位式が行われるフェラスベム神殿、タイムイヤ山の古刹チュコト神殿、そしてヘロタイニア人勢力下にあっても毅然と神殿領を守り抜いているチャヤヌー神殿とあわせて、俗に五大神殿と呼ばれるいずれも千数百年の歴史を誇る大神殿である。
その五大神殿の神官長ともなると一般庶民までが名を知っている存在となる。
神官は風呂まで用意してくれて、「薬草を蒸仕込んだ風呂です」と祐司とパーヴォットに対して下にも置かないもてなしだった。
また巡礼宿舎は自炊だが「お話を聞きたいので是非いっしょに」と、夕食までそうばんさせて貰った。
祐司も内心あきれながら、大層な食事まで提供してもらったので宿に泊まったほどの御布施を出した。
リファニアの”宗教”の聖職者は貴族や郷士階級では、聖職者としての叙任時に多少の色目を使ってもらえるが、マルタンの神学校で最低限の知識と聖職者としての振る舞いを教え込まれるので、総じて尊敬できる人物が多い。
ただ組織が大きいだけに、中には首を傾げる人物がいてもおかしくはない。
翌日は早朝に旅立って田園風景の中を進んだ。
まだ豊かなホルメニアの州であるので、田園風景はそれほど王都周辺とは変わらない。しかし、それほど王都から北に進んでいるワケでもないのに、なんとなく気温が低いように感じられた。
それは北に進んだというよりも、街道が海岸部を離れて次第に標高が高い内陸部へと祐司達が誘われたことが原因のようだった。
やがて東に位置するベムリーナ山地が正面に見えてきた。すなわち北へと進んできた道は東に向きをかえたのだ。
「おい、正面にベムリーナ山地が見えるぞ」
祐司は少し霞んだ感じの山並みを指さして言った。
「本当ですね。まだ山頂が白い山もありますね」
祐司とパーヴォットが去年中央盆地から王都に至るまでの間に踏破してきたベムリーナ山地は、リファニア西岸に沿って多少は海からの距離を変えながらリファニア西岸中央部にまで達している。
今度の北へ向かう旅では、昨年横断してきたベムリーナ山地をしばらくの間は基本的に右に見ながらの旅にある。
ベムリーナ山地は祐司の目から見れば、一旦平地になるまで侵食された山地が再び隆起した北上高地のような準隆起平原であり、最も標高の高い山でも千数百メートルを幾分か超える程度である。
それでも平地とは明らかに気温に差があるのか、遠望するベムリーナ山地の山頂部から山麓半ばまではいずれもいまだに白い衣を纏っていた。
十リーグばかりも進むと、やがて道はやや北に向きをかえる。かなり内陸に入りこんで、ほぼ森林地帯といった状態になった。
王都の近くでも東京で言えば練馬区、世田谷区とそれに大田区を併せた面積よりも広い森林が王族貴族の狩猟場として残されているのをはじめ、リファニアでも最も人口稠密なはずのホルメニア内と言えども、あちらこちらにほとんど手つかずの森林や、一度は人間の手が入った二次林が見られる。
リファニア南西部の自然林は常緑針葉樹のカナダトウヒかアカトウヒ、あるいは落葉樹であるアメリカ落葉松が多い。
それが二次林では堅果を実らす落葉樹のブナやナラ、あるいはコナラの類が多くなって、動物の生息数も多くなる。
これらの森林は用材の供給源として計画的に伐採されるとともに、近隣の都市農村への薪炭供給地であるため耕地の開墾場所はそれらを出来るだけ残していくように考慮されている。
リファニアの森林資源は豊富だといっても、重量のある用材の切り出し運搬の能力が低いので出来るだけ消費地に近い森林資源を保護しながら使用しようとする意識が人々にある。
ホルメニアが百五十万の人口と言っても、ホルメニアでは一人当たりが必要とする耕地は全ての人間が地産地消して0.2ヘクタールほどであるから、合計三千平方キロの耕地があればいい。
ホルメニア全土が五万平方キロでだから耕地率は一割以下である。さらに同程度以上の放牧地があるが、まだまだ手つかずの森林がホルメニア全土の過半以上を覆っている。
祐司とパーヴォットが今歩いている森林もこのような森林の一つで、”セリエトの森”と言われる自然林と二次林が混在したホルメニア最大の森林地帯の南端である。”セリエトの森”は六千平方キロほどもあって千葉県より広い。
祐司とパーヴォットが歩いている北国街道はホルメニアからリファニア北西部に至る主要街道の一つに含まれるが、この大森林地帯では道が地形に合わせて緩やかに湾曲しているのと樹木で見通しが利かないために、時折道の前後にまったく人影を見ないこともあるほどの交通量だった。
さらにリファニアでは春分を過ぎてからようやく経済活動が冬から目覚めてくるので、物資の輸送が盛んになるのはこれからである。
祐司はこの日の昼食のための休憩時に、半年ぶりに薬草の採集をした。
今の祐司は薬草の採集などをしなくとも十年以上も贅沢な旅ができる金を持っている。しかし祐司は何の保障もない中世世界であるリファニアを旅する者として、いざという時に備えて身についた技量だけは保っておこうと思っていた。
欲目で採集しないためか、初日にしてはようやく地面から芽を出した珍しい薬草を相応の量で得ることができた。
昼食が終わり再び歩み出すと、小高い丘にさしかかった。その丘の上からは大河と言うほどの川が北に横たわっているのが見えた。
「キングアタ川だ。キングアタ川はホルメニアで一番大きな川だ。そして海沿いではかなりの幅の広い大河になっているそうだ。だから、少し内陸に入った川幅が狭い場所にあるラセル橋を渡る」
祐司は前方の川を指さしながら言った。
キングアタ川はベムリーナ山地奥深くを水源にして数百キロの流路を持った河川で、日本で言えば信濃川二倍ほどの規模の河川である。
日本ではキングアタ川は大河とされるだろうが、リファニアでは中規模な河川という認識である。オーストラリア大陸の三分の一ほどの大きさとはいえ、リファニア(グリーンランド)はやはり亜大陸である。
「王都でも何度かラセル橋のことは聞きました。楽しみでございます」
パーヴォットはうきうきした声で返したが、後で少し後悔することになる。




