春の女神セルピナ11 マルトニア見聞記二 -デヴェイン船長-
サスカチャにようような思いでヤフェデル神殿から帰りついたバーリフェルト男爵一行は、王立水軍のサスカチャ城塞で一泊した。
城塞といっても本格的な石造りの建物は小さな体育館ほどの大きさ程度の一棟だけで、あとはマルタ造りの建物が数棟である。
リファニアの常識からすれば、防御施設にしては貧弱な部類になる二間(三.六メートル)ほどの高さの自然石を積み上げた石壁がそれらを囲っている。
マルトニア内で現在脅威になる勢力はない。開拓当初にトナカイやアカシカの遊牧を行うイス人と開拓民のトラブルが懸念された程度であったので、敷地を囲む程度の施設で十分だったためだ。
そのイス人も現在では定住生活をする者が多くなり、遊牧地域を設定して開拓民が勝手に開拓することを禁じているためにトラブルはほとんどない。
そうとうな広さの遊牧地域を決めても、人口の絶対数が少ないために開拓地が不足するなどという状況になるのはかなり遠い将来である。
木造数棟の建物のうち二棟は、希にしか訪れない貴族家の者が来た時に提供されるゲストハウスのような役割があった。
ただ城塞で最も海に近い場所には、高さが十尋(十八メートル)以上はあろうかというきれいに整形した石で組まれた灯台を兼ねた塔が建っており、却って分不相応な感じを祐司は受けた。
ネルグレット以下四人のバーリフェルト男爵家の者は城塞の食堂で守備隊長らの幹部と歓迎の宴を持ち、他のバーリフェルト男爵家一行は祐司とパーヴォットを含めて木造棟の食堂で夕食を食べた。
メインメニューは大釜で羊一頭の肉とジャガイモ、ニンジン、タマネギを煮込んだという、ほとんど塩味だけの大雑把というか豪快なシチューだった。
食事の給仕には守備隊兵士の妻や娘が動員されていた。マルトニアのような辺境で、かつそれほど直近に脅威がないとされる地の守備隊は、老兵といった感じの兵士が多い。
老兵といっても三十代後半から四十代半ばという年齢だが、これらの兵士は元は水兵や海兵で辺境守備を志願したものである。
これは辺境での軍務を数年こなせば退役後に、その地の開拓地や漁業権が退職金がわりに与えられるためだ。
当然ながら農村出身者は多くは開拓地を希望し、漁村出身者の多くは漁業権を求めることになる。
マルトニアの漁業権はかなりうま味がある。マルトニア東岸はかなり冷涼でジャガイモやエン麦しか栽培できないが、体長が一メートルを優に超える大西洋タラの好漁場で、乾物にされたタラはリファニア本土で販売される。
そしてこれらの兵士の多くは家族を伴っている。家族と退役までの間に適当な土地や漁業権を得るに適した浜を物色して、家族も現地の生活に慣れるためでもある。
人気なのはキレナイト(北アメリカ)の比較的温暖な地域だが、辺境と言ってもリファニア本土に近いマルトニアを希望する者もかなりいる。
マルトニアなら計画的に金を貯めれば数年に一回でも里帰りできるが、キレナイトに行けばまず故郷に帰ることはない。
さらに心理的にもマルトニアは近い。リファニア本土に住むリファニア人からすればマルトニアは本土に隣接したリファニアの一部という感覚である。
流石に北極に近く氷河に覆われるかツンドラが広がり農業などできないガネッサニア(現デボン島)やアリクシニア(現エルズミーア島)に移住を希望する兵士はいないので、これらの地で勤務してから退役した兵士には退役の一時金が余分に出る。
このような兵士は元々は都市の住人で王都をはじめ、生まれ故郷やそれに近い都市で小さな店でも開きたいと希望している者ということになる。
饗応には火酒も振るまわれてバーリフェルト男爵一行はかなりいい気分になった。そして蒸し風呂も用意されており至れり尽くせりだった。
祐司とパーヴォットは蒸し風呂で数日潮風に吹かれた体から潮気を抜くと、そうそうに割り当てられた部屋で就寝した。
ヤフェデル神殿を参拝した翌日は、いよいよ今回の旅の目的であるかつての所領、今は王領でバーリフェルト男爵家が管理する王家の蔵入地となった代官所のあるバーリフェルト・ノヴァ村の訪問である。
ちなみに往路で海賊船から救われたディネルとフェナの住むタシラク村は、そこから五リーグ離れた隣村である。
サスカチャからバーリフェルト・ノヴァ村までは陸路で行けばサスカチャ湾を回って百二十リーグ(二百二十キロ)以上の距離がある。
その上にマルトニアは人口希薄な地域であるので、馬車が通行できるような道は数少ない上にリファニア本土にもまして劣悪な状態だ。陸路は難行苦行の五日から六日行程の道のりとなる。
そこで集落間の移動は、主に沿岸航路を利用することになる。そのために多くの集落は海岸に近い場所に立地する。
「頑張ります」
波止場でパーヴォットがこれから乗り込む予定の船を見て言った。
渡船の出発は三刻半(午前九時)というので、祐司とパーヴォットは朝食の後に商業埠頭に行ってどのような船に乗るのか見に行った。
それは十二所参りの時にワッチ湾を横断したさいに乗った、平底の船に毛が生えたような二隻の船だった。相当の距離を航行する船ではなく艀といった感じである。
(第九章 ミウス神に抱かれし王都タチ 北風と灰色雲43 十二所参り 三十七 リファニアのストーンヘンジ 参照)
ワッチ湾横断は僅か五リーグの、それもフィヨルド内で鏡のごとき海面だった。ところが今回は四十リーグ(約七十キロ)ほどの距離の、荒れ具合は外洋よりは多少ましという海域を航行する。
四十リーグの航海は小田原から伊豆大島、あるいは神戸から徳島へ渡航する距離だと思えばいい。
この距離は天気のいい日でないと対岸が見えないほどである。そして祐司が見るにどんよりとした雲に全天が覆われており、対岸は見えない。
昨日からの悪天候はまだ続いており、時々風に雪まで流されてくる。不吉なことに沖の方では白く砕ける波頭さえ散見された。
「ここで待っていてもいいのだ。むしろそうして欲しい。ヘルヴィ先生もこの城塞に留まって養生するというから、勉強を見て貰えるぞ」
祐司はかなり本気でパーヴォットを諭すように言った。
「でも…」
パーヴォットは口籠もった。
「二日離れるだけだ。言うことを聞いてくれてもいいだろう。第一、ヘルヴィ先生が多忙ななかで今回のマルトニア行きに同行したのはパーヴォットに勉強をさせるためだろう。それを無にしてどうする」
「そうですね。いや、ユウジ様に逆らうことなどできません。ご命令下さい」
パーヴォットは横目で海の様子を見ながら言った。祐司はわかりやすくて可愛いなと心の中で感じた。
「あのような船で大丈夫でしょうか。なんならユウジ様もここで留まったほうがいいのではないでしょうか」
パーヴォットが心細そうに聞いた。
祐司が見てもこれから乗船しようという小舟には、荷が重いように思えた。思わずパーヴォットが「頑張ります」とも言いたくなる状況である。
祐司は次席家老のハプティスが、アッカナンと祐司が名を知らない家臣の三人と話し込みながら埠頭にいることに気がついたので、挨拶もそこそこに懸念を正直に話した。
「うむ。恥ずかしいが手元不如意でな。この時期にこのような荒天は想定していなかった。金はないことはないのだが」
ハプティスが腕組みをしながら言った。ハプティスは荒天を予想していなかったと言うが、春とも言えないような時期に安定した天候を期待する方が甘い。
聡明なサンドリネル妃や能吏プロシウスが差配を取りだしたと言っても、肝心な所で詰めの甘いバーリフェルト男爵家の法則はまだまだ健在のようである。
「どういうことですか」
パーヴォットが聞く。
「ブアッバ・エレ・ネルグレット様が海賊に襲撃されたタシラク村の救済として、取りあえず金貨二十枚を用意せよとのことなのだ。ご婚約者ニメナレ・ウオレヴィデ様も村民の忠誠心を得るには必要というご意見でな。
海賊船と捕虜から得られる金は数ヶ月ほどせんと出ないらしい。それまでタシラク村の者を待たせておくわけにはいかないとおっしゃられるのだ。
ニメナレ・ウオレヴィデ様は今出す金と後で出す金は、金額が同じでも貰う方からすれば数倍の違いがあると仰る。
もっともなことだとは思う。しかしそれで今回の旅に万が一にと思って用意してきた金を使い果たすことになる」
確かにネルグレットとウオレヴィデの判断は正しい。最悪が(遅すぎ・少なすぎ、TOO LATE・TOO LITTLE)である。元論、(素早く・十分)が最善だが、(遅すぎ・十分)よりは援助が焦眉の急という状態になっている者としては(素早く・少なすぎ)の方が貰う方としては有難いし、出す方もメリットがある。
しかしない袖は振れない。
ハプティスの性格からして、ネルグレットにおおそれながらとは言えなかったのだろうと祐司は思った。
この八ヶ月ほどでネルグレットは貴族の令嬢として著しく成長したが、残念ながら経済的な感覚はまだ世間とずれている。
ネルグレットは貴族の令嬢としての普段の生活は質素と言っていいだろうが、それでも金は言いつければ右から左に出てくるような感覚である。
「金を出せばもっといい船を借りられますか」
祐司は覚悟を持って聞いた。
「まあな。実は家臣に話して有り金を集めようかと相談しておった。幸いこの辺り一帯の船を差配する船問屋がここにはあるのでな。そこに話を持っていけば代わりの船はなんとかなる」
ハプティスは祐司には窮状を隠すことなく話した。
「バーリフェルト男爵家が差配する代官所にいけば金はあるでしょう。到着してから金を払えばいいのでは」
パーヴォットが常識的なことを聞いた。
「ここはリファニア本土とは違います。何でも先払いの現金決済の地なのです。今、どうしても金がいるのです」
アッカナンが困り顔で答えた。パーヴォットは「それは困りましたね」と言ってからさらに提案をする。
「では、ここの商人から金を借りられないのですか。あるいはその船問屋からツケで船を借りるとか」
「金は借りられないのだ」
ハプティスが苛立ったように言った。
「確かにバーリフェルト男爵家は押しも押されない王都貴族です。外聞も御座いましょうが、緊急時だと思います」
祐司がハプティスが金を借りることを、見栄から嫌っているのだろうと思って言った。
「借りられれば借りている。バーリフェルト男爵家が王都貴族だからこそ借りられないのだ」
ハプティスは意外な事を嘆息しながら言った。
「何故です」
パーヴォットが聞いた。
「ホルメニア以外の王領では王都貴族が、物を購入したり手数料を支払って借りる類のこと以外は、王宮かその地の代官所で許可を貰わなければならないのです」
アッカナンの説明に頭の回転の早いパーヴォットが、すぐにその理由を察しって言った。
「貴族は王領で商売をしてはならないということですね。しかし金も借らりれないとは厳しいですね」
「これを破ったということで、この十年で三家が短期間だが謹慎を申し渡されている。今の大殿は府内警備長官だ。いささかも後ろ指を差されるような行いはできない。お役御免ということもありえる。
これが去年までなら所領で金銭の貸し借りはできた。なんなら手心を加えるという約束で年貢から差し引くという形を取って、所領から金を得られただろう。しかし、今は形では王領だ。勝手なことはできない」
「いざという時に備えて多少金貨を持ってきています。全部出しても金貨十二枚ですが、なんとかなりますか」
ハプティスの言葉に祐司は、捲き込まれついでだと思い定めて言った。
「え、それは助かる。しかしジャギール・ユウジ殿に金を出していただくわけには」
ハプティスは一瞬、喜色を浮かべたがすぐに言葉が腰砕けになった。
「今がいざという時だと思います。ブアッバ・エレ・ネルグレット様の安全を第一に考えるべきです。わたしも死にたくはない」
祐司の言葉に、ハプティスはまだ難しい顔をして黙り込んでいた。祐司は更に促すように言った。
「ハプティス様、ここで迷っている暇はありません」
アッカナンが促した。
「いたしかたない。ユウジ殿お願いできるか」
ハプティスはようやく決断した。
「どれくらいいるのですか」
祐司の問にハプティスは、覚悟を決めたような口調で答えた。
「すでに予約の入った船を借りることになる。ただ船を譲らすことで船を借りていた荷主にも、それがしの金を渡さなければならない。先程言われた金を全部お願いしたい」
「パーヴォット。有り金を全部持ってきてくれ」
祐司はパーヴォットに言いつけた。パーヴォットは「はい」と返事をすると走り出した。そしてほんの数分で、革袋に入った金貨を持って戻って来た。
「これですぐに安全な船に交換して下さい」
祐司はハプティスに革袋を差し出すと、彼はそれをうやうやしく両手で受け取った。
「お借りする。きっと王都に帰れば返す。実は借りた船は手配を頼んだ船問屋が出港を嫌がって困っておったのだ。出港するのなら大きな船でないと出ないと言ってな」
「貸し借りはだめでしょう。わたしがわたしの為に船を借ります。たまたまバーリフェルト男爵家一行が同乗したのです。
何しろわたしはバーリフェルト男爵殿下の友人です。その友人のご令嬢一行に便宜を図るのは当たり前です」
祐司はバーリフェルト男爵家に金を差し出したからには、文字通り差し上げるという気持ちである。
「では王都に帰ったら護衛の褒美ということでお返しする」
ハプティスは承知しない。黙っている祐司に頭を下げた。
「頼む。うんと言ってくれ」
「わかりました。ギューバン・ハプティス様はわたしの友人です。友人の頼みは断れません」
「そう。そうだったな」
ハプティスはちょっと戸惑った様子だった。
祐司は以前バーリフェルトでハプティスに、祐司は自分の友人だという内容の紹介状を事の成り行きで書いて貰ったことがあった。
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き 虹の里、領主領バーリフェルト8 祐司、虎の尾となる 下 参照)
「この金で船問屋から大きな船を借りてくるのだ」
ハプティスはアッカナンといっしょにいた家臣に革袋を渡すと、アッカナンと家臣は埠頭の近くにある大きな木造の平屋に一目散に走って行った。
「でも今からすぐに新しい船が用意出来るのですか」
パーヴォットはちょっと懐疑的である。埠頭には乗船する筈だった二隻の小型船が停泊する以外には、荷を積み込む作業している船しかいなかったからである。
「ここの船は特許を持った船主が航路の権利を持っておる。料金所にはサスカチャ代官所から役人が来ており、船賃の二割をその場で徴収する。料金は定額で一切負けられない。
ただ貴族や家老職などの高位郷士は優先してくれる。また公用の者は最優先だ。去年までなら所領に行くのは、その家の私用ということだった。だから王立水軍の艦艇に便乗しても民間船より割高な上に酒手も必要だった。
今回は王領に代官家の者が行くと言うことで公用だ。この旅も王宮で公用という命令書をいただいている。すでに人が乗っていようが最優先だ。
あのような大型の王立水軍の艦艇を、容易く利用できたのもそのおかげだ。また船賃も乗組員への酒手を併せても、商船を利用した時の半額程度ですむ」
ハプティスの言うように、祐司は当初マルトニアに一人で行くつもりで商船の利用値段を調べたが個室のベット付で往復金貨一枚ほどだった。
今回のバーリフェルト男爵家一行は先遣隊を除いても総勢で三十人ほどいる。ネルグレットらには体裁上も最上級の部屋を用意しなければならないから、民間の商船で行くとなると金貨で三十数枚、下手をすると四十枚にはなるだろう。
酒手は金貨十数枚を渡していたので、実際の乗船料は金貨二枚から三枚ということになる。多分食費の実費程度にちょっと上乗せしたほどである。
新しく借りることになったのは、当然ながら埠頭で荷を積んでいた船だった。その船は縦横比が一対四程度のいかにも商船といったずんぐりした形であり、甲板もある”ちゃんとした”船だった。
大きさは祐司の目分量で排水量が百トンは越えており、中世世界の沿岸航路の船としては大型の部類である。
江戸時代の船で言えば五百石積以上の船という大きさである。
ただすでに荷を積み終わっていたので、バーリフェルト男爵家一行が乗れるようにスペースを空けるとともに、重心を下げるために積み込んだ荷をすべて船底の倉庫に移動させたので、出港は予定より一刻遅れて四刻半(午前十一時)になった。
兵士達が一旦小型船に積み込んだ荷を大型船に積み込んでいるのを、バーリフェルト男爵家の一門と家臣、そして祐司とパーヴォットが埠頭で見ていると、禿げ上がった初老の男が、三十年配の精悍な顔つきをした男とやってきた。
禿げ上がった男はバーリフェルト男爵家一行に軽く会釈をするとしゃべり出した。
「皆様方、わたしは皆様方をお乗せするディネル号の船長ハガシャン・デヴェインです。今日はちょっと荒れております。でもディネル号であれば危険はありません。
しかし揺れるのは覚悟でしょうな。文句を言われましても風や波に命令することはできません。
まあ、皆様方がお望みの時間までには到着致しますように、私も含めましてできるだけのことはしますがね」
デヴェイン船長は最後に薄ら笑いをした。デヴェイン船長のしゃべり方は貴族に対しては少々乱暴な言いようであり、薄ら笑いなどは無礼である。
祐司はデヴェイン船長の発する巫術のエネルギーによる光が、波打っていることに気がついた。心の高まりを必死で押さえているという感じだった。
貴族家の跡取りに対する言葉遣いとしては少々無礼な感じがすることと、最後の薄ら笑いはその感情の高まりを押さえているための所作ではないかと祐司は思った。
「ユウジ様、あの船長はディネル号って言ってましたが、ヘロタイニア人海賊から救いだしたディネルさんと関係があるのでしょうか」
パーヴォットがそっと祐司に聞いた。リファニアでは船主が船に自分の妻や娘の名をつけることはよくある。
「そうか同じ名か」
祐司はそう言いながら、バーリフェルト男爵家一行の後ろの方にいるディネルの様子を見た。
ディネルは救出された時の破れた服ではなく、同じく救出されたフェナと同様に、ネルグレットから下賜された王都風の服を着ていた。
ディネルは顔を伏せていた。そして巫術のエネルギーによってディネルの体から発せられる光は、デヴェイン船長が発する光と同様に波打って感情を抑えている感じを、祐司は受けた。
「こちらには”送風術”ができる巫術師が一人いるが必要か」
ネルグレットの婚約者ウオレヴィデは、ちょっと居丈高な感じで聞いた。ムッとした感情を抑えているようだった。
「まあそうですな。万が一の場合は手伝っていただくということで。そんなことになりませんがね。
それより今のうちに食べるならたべておいた方がいい。出す物が胃の中にないと余計に苦しい思いをする」
そう言うとウデヴェイン船長は会釈もせずに、急ぎ足でその場を立ち去った。
祐司はウデヴェイン船長が最後の言葉を出した時に、感情が一層高まるのを感じた。そしてデヴェイン船長の目は明らかに、ウオレヴィデではなく別の方向を向いていた。ディネルのいる方向である。
「あまり雰囲気のよくない男だな」
ウオレヴィデは不機嫌そうに、足早に立ち去るデヴェイン船長を見ながら言った。
「ぶっきらぼうなのは構いませんが、何か一言多いですね。腹に一物あるような感じがします」
ネルグレットも明らかに不機嫌である。普通は平民が貴族にタメ口やそれに近いことはしない。
それだけに希に平民にそのような態度を取られると、貴族は妙にカンに障る。いわゆる不興を買ったという状態である。
「あの者を知っておるか。お前達の方を時々見ている感じがしたが」
ウオレヴィデは、ディネルとフェナの所に行くと速い口調で聞いた。
ディネルとフェナは顔を見合わせると、ディネルは俯いてしまった。そして、フェナが言いにくそうに「はい」と口を開いた。
「どのような男だ」
ウオレヴィデが問い詰めるように言った。
「ディネルさんのお父さんです」
フェナが言いにくそうに答える。
「やはりそうか。船の名がディネル、心なしか顔立ちが似ておった。何か複雑な事情がありそうだな」
フェナの答えに、ウオレヴィデは自分で納得するような感じで返した。
「お嬢さん」
祐司が声のした方を見ると、デヴェイン船長といっしょにきた男がいつの間にか舞い戻って来ていた。




