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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ19 後見人 下

 祐司は翌日、パーヴォットを連れて神殿に出かけた。


「そう言われましても。男女の入れ替えなど前例がございません」


 目の前の神官補は何度も同じ返事をして、そのたびに、祐司が最初から説明を繰り返していた。


「テシュート・キンガの書き付けは台帳に留めてあったのでしょう」


「はい、ローウマニ・パーヴォットを我が子と認める。テシュート・キンガ・ハル・アッカナン・ヘフトル・ディ・ベラと書いてあります。テシュート・キンガの署名も神殿の著名登録台帳と一致しました」


 信者登録担当の神官補とは、一時間以上押し問答が続いていた。途中からハーシュナン神官も話に加わった。ハーシュナン神官の本職は信者登録の責任者だったからだ。


 祐司は、ラーマニア神殿のことが頭の端によぎりかけていた。  


「何かお困りですか?」


 突然、背後から聞き慣れた女性の声がした。


「グネリ!…神官長様」


 神官長の正装に身を包んだグネリがにこやかな表情で立っていた。


「今、大体説明は聞いておりました。この子の信者登録は誰が?」


「リャニーメルと書いてあります」


 グネリの質問に担当の神官補は少し緊張した口調で言った。


 いつものことだがグネリが周囲に与える威厳と、祐司だけといる時の差が大きすぎるために祐司は、グネリに誰かが恐れるような言動を取ると可笑しくてならなかった。


「ああ、”牝鹿亭”のリャニーメルか。よく知っています。ずいぶん前に情夫と駆け落ちしたと聞きましたが」


 ハーシュナン神官が口をはさんだ。よく知っているという口調からするとリャニーメルのお客だったのかもしれない。


「その者は字が読めましたか?」


 にこやかにグネリがハーシュナン神官に聞いた。


「まさか、酒場のあばずれですよ」


 即座にハーシュナン神官が否定する。パーヴォットの母親のリャニーメルはその出自から字が読める確率は高い。祐司はハーシュナン神官の酒場のあばずれが字を読めるわけがないという思い込みに感謝した。


「よくご存じですね。そのような女性と、キンガとかいう男性は夫婦だったのですか。もしくは登録に同行していましたか」


グレリは一拍おいて言葉を続けた。ハーシュナン神官は少しグネリが言いたいことを理解しだしたようだった。


「いいえ、テシュート・キンガは当時守備隊の副官でしたから、世間体もありますし、その女性と同行して来ることはなかったでしょう。同行して来られたら私たちが忘れるわけがありません」


 グネリはハーシュナン神官の様子が変化したことを見逃すことなく言葉を続ける。

  

「パーヴォットとは男女どちらでも使えるような名ですわね。それに、登録の時にこの子は、今と同じような男物の服装をしていましたか。記載する者は裸にして性別を調べましたか?」


「服装など何年も前のことですからわかりません。裸にして性別を調べたかは赤ん坊はともかく、しなかったでしょう」


 ハーシュナン神官は神官補の肩に手をおくと確信めいて言った。神官補は不安げな表情でハーシュナン神官を見上げた。


「女なのに見た目と、名前だけで男と思い込んで誤った記載をしてしまったのではありませんか。

 そして、その証明書を貰った女は字を読めない。間違った記載をされた信者証明を貰っても訂正のしようがありません」


「まあ、考えられますな」


 祐司はグネリとハーシュナン神官の間の茶番のような会話に笑いそうになった。


「納得されましたか。誰もが起こしそうな間違いです。おかしな証明書になっていますから訂正されればよろしいでしょう。

 男でも女でも信者にはかわりありません。我々にとって信者かそうでないかは性別より大切なことではありませんか」


 グレリは言葉の後半を神官補の方を向いていった。神官補は感心したように聞いていた。


「しかし、訂正したとなりますと」


 ハーシュナン神官の目が代償を求めていた。


「これからブレヒトルド神官長に面会に行きます。熱心な神官のことをお話したいですわね。たしかお名前は?」


「マシューバニ・ハーシュナンでございます。ブレヒトルド神官長にはよしなに。ただ」


「ええ、あなたの些細な間違いと、それを訂正したことを人には言いませんわ」


「ナチャーレ・グネリ様は、誰も咎めることなく間違いを指摘されました。その寛容なるご指示に心から従い訂正いたします」


ハーシュナン神官は大仰に頭を下げた。そして、事務的な口調で言った。


「それから、再登録は致しますがローウマニ・パーヴォットは未成年で御座います。父親は死去。母親は行方知れずですから、登録のために後見人が必要です」


「ローウマニ・パーヴォットといいましたか。あなたは後見人になってくれるような人に心当たりはありますか」


 グネリはパーヴォットに聞いた。


「はい、ジャギール・ユウジ。ここにおられますユウジ様です。父が死に臨んで書いた後見人の書類もございます」


 パーヴォットは祐司の方を少し見てから嬉しそうに言った。


「それは、好都合です。ユウジ様、書類はお持ちですか」


 事態がよくわからないまま、祐司は「はい」と言って、キンガの署名やら神官の署名のある書類を渡した。


 結局、勢いで祐司は公式にパーヴォットの後見人となり、祐司の申請でパーヴォットは新たな信者証明を手に入れた。


「グネリ様、助かりました」


 新しい信者証明をパーヴォットに渡してから、祐司は心底、感謝の気持ちを込めてグネリへお礼を言った。


「事情がありそうですね。ブレヒトルド神官長との面会が終わりましたらお話が聞きとうございます。信者控え室は使えますか」


 グレリはハーシュナン神官に聞いた。


「はい、今日は使用の予定はありません」


「ハーシュナン神官、案内をよろしく」


 祐司達が案内して貰った信者控え室は、そっけない名前にしては、かなり立派な部屋だった。ハーシュナン神官の話では公的儀式の時に市参事会長や伯爵名代が利用する部屋だと言う。




 半刻ほどでグネリが信者控え室に入ってきた。祐司はなるべく手短にヘルトナの街であった出来事を説明した。


「そうですか。それは大変な思いをされたのですね」


 話を聞き終えたグネリは少しため息をついてから言った。


「ここのブレヒトルド神官長の紹介状も貰っておきましょう。紹介状は幾らあっても無駄にはなりません。

 それからジャベンジャ隊長という方の紹介状も貰いましょう。貴方が捕り物に活躍したことを証明して貰います。そう、市参事会からも何か貰いましょう」


 グネリはいいことを思いついた幼い子のように少しはしゃいで言った。


「何から何までご配慮ありがとうございます」


「ユウジ様、この子の後見人となったからからには、最後まで面倒を見てやってください」


「ご主人様、よろしくお願いします」


「ご主人様?」


「ええ、後見人は親にかわる立場の者です。今は保護人という言い方をすることの方が多いと思います。後見人もしくは保護人はこの子を年季奉公に出すのも自由です。

 実際は後見人はその子が成人になるまで、絶対的年季奉公を請け負っているのですから、ご主人様ということになります」


「絶対的年季奉公というのはなんですか」


「この子は後見人のありとあらえる要求に応えなければなりません。でも、この子はまだ子供が抜けきってないようですし、第一ユウジ様が手を出すこともありませんでしょうから、この子も安心で御座いますね」


「手を出す?」


「なんでもユウジ様のご指示に従います」


「で、成人は何歳ですか」


「特に決まっておりません。十五から十八くらいの間ですね。神殿で儀式を行ってください。

 ただ、御礼として二十五歳までは、更に後見人の庇護を受け、また、要求を受け入れなければなりません。ただ、成人後は他に年季奉公に出されることはありません」



「ユウジ様、二日ほどは公式行事や儀式がたてこんでおりますが、出発前には是非お会いしたいですわ。金狼亭に宿泊しておりますのでどうぞお越し下さい」


 祐司はグネリの言葉を覚悟していたが、パーヴォットが、不安げな顔で見ているのが気がかりだった。


 ハーシュナン神官が、それこそ揉み手でもしそうな勢いで控え室に入ってきた。



「今、書類の手続きと、後見人の神殿からの証明書を作成して、信者登録も、その旨を記入した新しい物にしますので今しばらくお待ち下さい」


「よろしくお願いします」


 祐司も丁寧に返事をする。祐司はハーシュナン神官が出ていくのを確かめるとグネリに気になっていたことをたずねた。


「グネリさん、”罪の子”ってなんですか。ルードビニが自分の家は”罪の子”で苦しんでいたように言ってたのですが」


「ああ、密猟や密伐採などを繰り返したした家や、窃盗などの犯罪を犯した家をそう呼びます。これは村会で正式に決まります。

 まあ、普通は子供の代までで、五代なんていうのは子供同士の罵りあいですよ。ただ、”罪の子”とされた家は村会などの村の役職には就けません。


 村の掟に触れたりしなくとも、非公式でタチの悪い家を”罪の子”と呼ぶことがあります。


 残念ながらテスラやルードビニの父親は、酒でしょちゅう問題を起こすわ、借財を重ねるわで嫌わていましたから、村の子供がルードビニにそう言ったのでしょう」


「でも、神殿の礼拝室に入れて貰えなかったと言っていました」


「神殿の礼拝室に入れなかったのは、アヒレス村の習慣の問題です。通常は名付けの儀式や結婚式、特別に祈祷する時などでしか一般の村民は入れません」


 グネリは祐司の顔を見ながら説明した。


「わたしは入っていましたけど」


「ユウジ様は、特別なお布施を出した一願巡礼です。それに、一年に何度かは、大抵の村人は、お布施を出して礼拝室に入ります。

 お布施と言っても形ばかりのものですが、テスラ達の家は、その余裕もありませんでしたから」


「そうですか。聞いてよかったです。でも、罪を許してもらうには、村中の家に大層な祝儀を出すみたいなことも言ってましたが」


「それも、アヒレス村の風習です。実はテスラの父親は若いときに傷害沙汰も起こしてました。

 そのような場合は、被害者の名誉を回復するために村中に、加害者が食糧を配ります。それが出来なかったので、村会で神殿への出入りが禁止されたのです。


 ただ、信仰はわたしが司っておりますので、妻のホンリーネルは一般の村人と同じように前室まで入ることを認めていました。


 第一、テスラをわたしは、引き取って世話をしていたのですよ。村が公式に差別するような少女を、わたしのもとで暮らさせますか。まして、将来は神官補になる可能性もあるとなると村会が許さないでしょう。


 ルードビニの言うことは、わたしには言いがかりのように思えます」


「聞いてよかったです」


 祐司は、そうは言ったが、真実はグネリの言葉と、ルードビニが言ったことの中間ぐらいだろうと思った。


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