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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ18 後見人 上

 ジャベンジャ隊長の配慮で先行した戦車が一報をヘルトナに伝えていたために、医者と神官がキンガの家の前で待っていた。


 祐司は神官の姿に表情を暗くした。死に臨んで神官に祈りを捧げてもらうのがリファニアの習いだからである。


「今まで命があったことが不思議です」


 ベットに寝かされたキンガの容態を見るなり、医者は感心したように言った。


「誰がこのような包帯の巻き方を?実に上手く血止めしてあります。これがこの男の命を今まで長らえさせたのでしょう。キンガさん何か言いたいことがあるのなら今のうちに」


「ユウジ」


 キンガはようやく聞き取れるような声で言った


 祐司はキンガの口の近くに耳を持って行った。

 

「あんたに会えてよかった。わしの命を少しばかり延ばして、あんたに会わせてくれたのは神々の深遠なご配慮だったと信じるよ」


「西の壁、横四と縦六のところ」


 祐司は壁の煉瓦のことだと直感した。その位置の煉瓦は触ると微かに動いた。祐司はその煉瓦を引っ張り出した。

 中には小さな空間があり、皮でくるまれた小さな羊皮紙が、数枚と、さらに羊皮紙の封筒があり中には、何枚かの羊皮紙が入っているようだった。


「オレの信者証明と、数年前に書いた手紙だ。わしの印もある。故郷の弟が親父の後を継いでるはずだ。

 弟か妹が生きているなら見せてくれ。ユウジ、パーヴォットをオレの故郷へ連れて行ってくれるか」


「師匠、まだ鍛錬のお礼をしていません。ですから師匠の望みはお礼として返します」


 祐司は泣きそうになるのを堪えて言った。


「ベッドの下にオレの蓄えが入った財布があるから路銀にしてくれ。余ればパーヴォットに渡してやってくれ」


「ジャベンジャ隊長」


更に声が小さくなったキンガの言葉にジャベンジャ隊長は、キンガの頬を手の甲で撫でてから、耳をキンガの口に近づけた。


「ユウジ殿をパーヴォットの後見人に指名します」


 キンガの言葉を聞き取ったジャベンジャ隊長は命令を出した。


「すぐに、後見人指名の書類を書け」


 同行していた書記が急いで書き付けのようなものを作った。ジャベンジャ隊長はキンガの手にペンを握らせる。キンガは書類に、かろうじて楕円形の円を描いた。


 ジャベンジャ隊長は、急いで自分の署名をしてから、神官に署名を求める。最後に書記がキンガの著名の横に正しいキンガの氏名を記入した。


「さあ、ユウジ殿もここへ」


 半ば理由もわからず祐司は、指された場所に署名した。


「キンガ、神官立ち会いでユウジ殿がパーヴォットの後見人になったぞ」


 ジャベンジャ隊長の声で、キンガが目を開けた。キンガは精一杯の声を出す。


「パーヴォットにオレが本当の親父だと伝えてくれ。それから、心から愛していたと」


 すぐ側にパーヴォットがいるのにキンガの意識が混濁してきているようだった。 


 パーヴォットはキンガの身体を覆い被さるように抱いた。


「父さん、死なないで」


 部屋にいる誰もが何も言わなかった。


 キンガはパーヴォットに抱きつかれて死んだ。




 翌日、祐司は唯一面識のある神官のハーシュナンに頼んでキンガの葬儀と埋葬を行った。ヨスタが手配しようと言ってくれたが、祐司は最後の弟子として、また、パーヴォットの後見人として自分で葬儀の準備を行うことにしたのだ。


 神殿付属の斎場で、祐司とパーヴォット、ジャベンジャ隊長だけが列席した葬儀を行った。葬儀が終わると、守備隊の兵士が四人でキンガを乗せた台を担いだ。


 街のすぐ外にある埋葬地では、ヨスタとその家族、何回か行った食堂の女将のような近所の人々、兵士達といった知った面々以外にも百人以上の人々が集まっていた。


 キンガの人柄のなせることだと祐司は感じた。


 ハーシュナン神官の短い祈りが終わると、キンガを乗せた台は穴の中に置かれた。その上から獣皮がかけられると、参列した人々がそれぞれに一つかみの土を穴に投げ込んだ。


 リファニアの風習で、死んだ時に埋葬する墓は、貴族や有力者以外は仮墓である。何年かすると、掘りだしてほかの骨といっしょにして別の場所に埋葬し直す。


 アヒレス村のような農村部だと、個人埋葬か共同埋葬程度の違いしかないが、地積の限られるヘルトナのような都市では、埋葬場所はもう少し細かく分けられる。


 具体的には、お布施の違いで、神殿の壁際の空間、神殿の地下室、神殿の外側の壁際の納骨場所、神殿の近くの共同埋葬場、神殿から離れた無縁仏扱いの共同埋葬場と最終的な埋葬場所がかわってくる。


 祐司はキンガが、パーヴォットに残した金をパーヴォットに渡そうとした。キンガの残した金は金貨十七枚、銀貨四十三枚というリファニアではちょっとした小金持ちが持つほどの金額があった。

 パーヴォットはその金を、何度も断る祐司に託して、キンガの骨を数年後に掘りだした時のことを手配してくれるように言った。


さらにパーヴォットは、神官が神殿の壁際に、キンガを埋葬してくれるように手配して欲しいと祐司に願うような口調で頼んだ。


 銀貨六十枚という大枚だったが、祐司は自分の持ち金から、キンガへの謝金のつもりで出した。

 このことはパーヴォットには内緒で旅の終わりに、キンガがパーヴォットに残した金を全て渡してやるつもりだった。



 墓堀の手によって土がかけられていく。


 パーヴォットは祐司の胸に頭を埋めて泣いた。




 葬儀が終わると、その足で祐司はパーヴォットを連れてヨスタの店を訪ねた。


「ヨスタさん、葬儀が終わった直後ですがパーヴォットのあつかいをきちんとしておきたいのです。パーヴォットには年季奉公の借財はありますか。もし、あればわたしが肩代わりします」


 祐司はキンガの遺言を,キンガへの謝礼のかわりだと思いパーヴォットをキンガの生まれ故郷に連れて行く覚悟をしていた。


「いいえ、商売の作法と計算を教えてかわりに住居、食事を提供した無給の見習いとして預かっていただけですからそのような心配は無用です。


 もともと字は知ってましたしね、教える手間もなく仕事をしてもらってましたから、本当はこちらから、小遣いくらいは出してやってもよかったんですが、キンガさんが頑として拒否してたんです」


 ヨスタは祐司の決意を感じて優しい口調で答えた。


「わたしがパーヴォットの身を引き受けることに問題はありませんね」


「一つございます」


 祐司はこの言葉に戸惑った。


「何ですか?」


「信者証明でございます。書き換えてもらわなければなりません」


「そうですね、今の証明書ではパーヴォットは男になっていますからね。今はまだごまかせますが数年すればそうはいかないでしょう」


 祐司は自分のうかつさに呆れたように言った。


「しかし、証明の書き換えは貴族でも至難です」


 ヨスタは難しい顔で言った。


「当てって砕けろです」


「砕けてはいけません」


「僕の故郷の言い回しです。明日にでも神殿に出かけます」


「ラーマニア神殿という手もありますが」


 ヨスタは声を少し落として意味慎重に言った。


「ラーマニア神殿というのは何ですか」


「マルタンの本神殿から認められた支信仰の神殿の一つです」


「支信仰?」


「ユウジ様の故郷ではそのようなものはないのですか」


「宗教はたくさんあります。でも、ある宗教がその宗教内の独立したグループを認めることはありますが一つの宗教が他の宗教を認めるというか、認可するようなことはありません。それぞれが独立したのもです」


 祐司は自分で話しながらその内容に混乱してきた。そして、うまくヨスタに言いたいことは伝わらないだろう感じた。


「それで混乱しないのですか。まあ、ともかく、ラーマニア神殿は二十年ほど前にビルガットという神官補が、ノーマ神の化身の一つであるラーマニア神を祭祀するために首邑しゅゆうであるヘニングリアに建立した神殿です。

 数年前に神殿から支信仰の神殿として認められました。信者数はそれほどいないのですが、伯爵夫人が熱心な信者で追従して入信した有力者の奥方たちもいると聞いております」


「なぜ、新興の神殿を伯爵夫人が信仰するんですか」


 祐司の常識からすると新興宗教を権力の中枢に近い人物が信仰するとは思えなかった。


「ラーマニア神は子授けの神なのです。婚姻以来数年しても子供の出来なかった伯爵夫人にビルガットが、祈祷を行ったところたちどこに懐妊したということです」


 ヨスタの言葉に祐司はビルガットはラスプーチンみたいなものだと感じて少しが合点がいった。


「ジャベンジャ隊長がラーマニア神殿が問題があるような感じで言ってたことがありますが」


「支信仰神殿は本来の神殿が発行する信者証明を支信仰神殿の証明に書き換えることが許されております。

 ですがラーマニア神殿は、その信者証明がいい加減だという噂があります。お布施によっていいなりの証明書を出しているというんでございます」


「ベガウトらしき男の持っていた証明書の件ですね」


 祐司はようやくヨスタの言いたいことを理解した。


「近々、神殿の監察が入るという話もよく聞きます。今までは伯爵夫人が首邑ヘニングリアの神殿に多額の寄進をしてなんとか止めていたようです。

 神殿はリファニア王を含めて何者からも独立していると言いますが、現実は色々難しいこともあるようです」


「そんな持って回ったことをしないで、ラーマニア神殿が金が入り用なら伯爵夫人から直接寄進して貰えばいいことでは」


「伯爵がラーマニア神殿を嫌っているという話です。元々、伯爵は夫人が懐妊しないことを理由に離別して、伯爵の庶子を生んだ貴族の未亡人といっしょになりたかったらしいのです。そうなれば、庶子ではなく嫡子になって後継ぎになれます。

 それで、伯爵は伯爵夫人に子が出来たことの八つ当たりで、伯爵夫人がラーマニア神殿に寄進はもちろん僅かな参拝のための奉納金をも出すことを禁じたということです」


「子ができたことの一番の原因は、伯爵自身なんじゃないですか」


 祐司は呆れたように言った。


「それが貴賤を越えて男女の難しいところです。それより、代替わりの時に、伯爵お気に入りの庶子と、疎まれているという噂がある嫡男の間で、争いが起きなければいいのですけどね。

 伯爵は庶子を、伯爵夫人との間の養子にして正式な後継ぎにしようとしているという噂も聞いております。もちろん、伯爵夫人が承知するとも思えません。伯爵夫人のご実家も認めないでしょう」


「伯爵は感情で動くことのある人物のようですが、本家の侯爵家勢力の甘言に乗らず、南クルトの内乱に介入していません。肝心なところは自制心が、ある証拠です。

 ジャベンジャ隊長のような有能な人物を重要な街の守備隊長に登用する統治の才能はあるようなので、最終的には常識にしたがうでしょう」


 祐司はヨスタの懸念に対して、やや楽観的な感想を言った。第一、伯爵はまだ四十にもなっていないそうだから、当面、祐司には関係のない話なのだ。祐司は本題にもどった。


「兎に角、パーヴォットには、まっとうな証明書を入手してやりたいと思います。パーヴォットの故郷でどのような顛末が待ち受けているのかわかりませんからね」


「パーヴォットの故郷とは?」


「キンガ師匠の名前はテシュート・レ・キンガ・ハル・アッカナン・ヘフトル・ディ・ベラです」


「テシュート・レ・キンガ、レとは郷士や爵位のない領主、それも相続権のある跡取りの尊称ではありませんか。噂のようにキンガ師匠は郷士様の息子だったのですね」


 ヨスタは少しばかり驚いたような、あるいは予想通りだったというような微妙な言い方を返した。


「ジャベンジャ隊長に、尋ねたところ孫のパーヴォットも、相続権のある孫として尊称を使えるそうです。しかし、それも本人の信者証明が正しい記載であってのことです」


 祐司はそれには応じないで呟くように言った。


「そうですか。知らぬ事とはいえ郷士様の孫を奉公させていたのですな。それにしても、ベラは確か北西部にある地名だと思います。遠いですね」


 ヨスタも祐司の言った内容よりもキンガの故郷に関してのことを心配気に言った。


「ええ、神殿都市マルタンの南です。ちょうど僕の行き先と同じです」


「ユウジ様のそのようなところに引かれます」


 ヨスタは息子に対するように、祐司を愛おしそうに見て言った。


「最後のお願いなんですが」


「何でしょう」 


「出発の日までパーヴォットを、ここで以前と同じように住まわして仕事をさせてくれませんか。女とわかっては下宿に連れて行く訳にもいきません」


 祐司は心底から頼んだ。


「本当にユウジさまは真面目な方だ」


 ヨスタは、そう言って笑いながら引き受けてくれた。

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