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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ17 捕縛隊

 祐司は突然の出来事を咀嚼そしゃくしかねていた。


 ルードビニとバルタサルを追いかけようとする祐司の側に走ってきたのはジャベンジャ隊長だった。続いて剣を抜いた兵士が四人ばかり続く。


 兵士達はそのままルードビニとバルタサルが逃げた森の中に入って行った。


「そのまま追いかけて捕縛しろ」


 ジャベンジャ隊長は大声で兵士の背に声をかける。


 いっしょに追いかけようとする祐司の肩をジャベンジャ隊長は持って止めた。祐司とジャベンジャ隊長の側を更に弓を構えた兵士が三人と槍を持った兵士が二人、森の中に入って行った。


「後は我々に任せろ。それより、ユウジ殿は怪我はないか」


「大丈夫です。それより、キンガ師匠は?」



 祐司はあわてて倒れてうつぶせになっているキンガのもとに駆け寄った。一人の兵士がキンガに覆い被さるように傷口を手で押さえていた。


 最初に倒れた場所からなんとか祐司のいる場所へ這いながらでも行こうとしたのか血が草に転々とついていた。


 キンガの鎖帷子は兵士が脱がせたのかキンガの傍らに肩と脇腹の部分に酷い損傷を負った状態で置いてあった。


 祐司に気がついた兵士は祐司に向かって悲しげな表情で首を左右に小さく振った。


 キンガは荒い息をしていた。顔は蒼白である。出血が激しいのだ。


「布と包帯、無ければ長い布なら何でもいいです」


 兵士が慌てて首にマフラーのように巻いていた布を渡す。祐司は服を脱いでキンガが後生大事にまだ右手に握っていた祐司の小刀で両手の部分を肩口から切り離した。


 祐司はそれを丸めると脇腹と傷に押し当てた。そして、肩の布を兵士に持っていてもらう間に、兵士のマフラーを縦に小刀で割いてから包帯のように腹に巻き付けた。


 肩口の傷はどうして留めようかと祐司が考えていると、目の前に布のマフラーがあらわれた。顔をあげるとジャベンジャ隊長だった。


「これを使え。足りなければ他の兵士の分も持ってくる」


「ありがとうございます。出来るだけたくさんあった方がいいと思います」


「おい、お前達早くこっちに来い」


 ジャベンジャ隊長が声をかけた方向から森の中で出会った若い女をともなって二人の兵士がやってきた。


 祐司はその兵士達のマフラーを使って止血を試みた。キンガは息をしているが気絶していた。



「ジャベンジャ隊長なぜこんなところへ」


 ようやく祐司は一番の疑問を質問する余裕が出来た。


「後で追いかけるといっただろう。それから捕り物があるかもしれないと。もう少しお前たちがベガウト一味に追いつくのが遅かったか、我々が早く着けばキンガがこのような姿にならずに済んだのだがな」


 そう言うとジャベンジャ隊長は若い女を連れてきた兵士に命じた。


「この女は市参事次席を勤めるガイドネ・タッファンの年季奉公の妾だ。捕縛しろ」


 ジャベンジャ隊長は祐司に説明をした。


「ガイドネ・タッファンからこの女とたぶらかした男の捕縛依頼が出たのだ。年季奉公している者は主人の許可がなければ結婚できない。まして、年季奉公をしている者を勝手に連れ出すのは重罪だ。たぶらかした男は…」


「知っています。ルードビニといいます」


 祐司は手短にルードビニとの関係をジャベンジャ隊長に説明した。


「それにしても、ヘルトナから離れすぎていませんか。ビドゴチも近いし問題になったりしませんか」


 リファニアのことに疎い祐司でもジャベンジャ隊長が危ない橋を渡っているのことはわかった。


「捕縛の目的で出かけたが発見できないので夜間行軍訓練に切り換えた。そうしたらたまたま犯人を視認したので捕縛に移っただけだ」


「ジャベンジャ隊長、あなたは策士ですね」


「策士でない司令など屑だ」


 ジャベンジャ隊長はごく当たり前のように切り返した。


「でも、早くこられましたね」


 祐司の問にジャベンジャ隊長は祐司にヘルトナからの道の方を指し示した。六台の二輪馬車がゆっくり御者に引かれてやってきた。


「ヘルトナ戦車隊の全力だ。戦車が走れる道ばかり走ったので少し遠回りになった。馬車による夜間行軍訓練をするなど、なかなかできるものではないな」


 ジャベンジャ隊長がそう言って祐司に説明していると森からパーヴォットを連れた兵士がやってきた。


「子供がいました」


 兵士はジャベンジャ隊長に報告した。


「父さん!」


 パーヴォットは倒れているキンガに走り寄った。

  

「ユウジ、お願いだ。ヘルトナのオレの家に連れて帰ってくれ」


 その声に気がついたキンガは祐司の方を見て言った。


「しゃべってはいけません」


 祐司は感情を押し殺しキンガに言った。




 祐司が半刻ほどがキンガの手当をしていると一群の兵士が森から戻ってきた。


「ジャベンジャ隊長、申し訳ありません。矢を小柄な男に一本当てましたが森の奥深くに逃げ込まれました。ビドゴチの外域を示す境界を越えたかもしれません」


 副官らしき男が悔しそうにジャベンジャ隊長に報告した。


「境界を越えていなくとも、この人数では山狩りは無理だな。グズグズしてビドゴチの守備隊と遭遇してもやっかいだしな」


 後でジャベンジャ隊長に聞いたことだが、直轄都市のビドゴチはかつて存在した小領主の領地から発展した街で周辺に領主統治時代の名残で、ビドゴチの街中と同様の司法権が及ぶ地域を街の周囲にかなりの面積で持っていた。


 このため、ジャベンジャ隊長がこの地で司法権を行使するにはビドゴチの代官に許可を得る必要がある。


 独り言のように副官に言ったジャベンジャ隊長は間髪を入れずに命令した。


「引き上げだ。下手人どもの首級のみ持ちかえる。身体は森の中に埋めろ」


 ベガウトを始め死んだ五人の男達の首は兵士が携行していたまさかりで切断された。


 祐司はひょっとして、最初に矢を打ち込んだ男は生きていたかもしれないと思った。兵士達は祐司の思いとはおかまいなしに首をジャベンジャ隊長の前に並べた。


 祐司は、死んだ敵兵の首を取るリファニアの習いを知っている。しかし、自分の手で殺した男とはいえ、切断されたばかりの首を見て鳥肌が立った。


「リーダーが死んだ上に面が割れているからヘルトナには当分近づかないだろう」


ジャベンジャ隊長は祐司を慰めるように言った。そして、キンガの治療を手伝っている兵士に聞いた。


「で、キンガの容態は?」


「多分、今しばらくの命かと」


 兵士は静かな口調で言った。


「ジャベンジャ隊長、キンガ師匠の最後の頼みです。ヘルトナの自宅に連れ帰って欲しいそうです」


 祐司はジャベンジャ隊長に頭を下げて頼んだ。


「よし、キンガを馬車に乗せろ、パーヴォットとマシャーナもだ。マシャーナは腕を縛っておけ。そのかわり、三名を降ろして徒歩で帰らせる」


 ジャベンジャ隊長はそう指示すると連れてきた兵士を整列させた。


「キンガ副官はかつて苦境におちいった味方のために三日三晩、不眠不休の行軍を行った。その英雄のためにもう一日、この行軍訓練を行う。よいか、明日の昼までにはヘルトナにもどる」


 兵士達はオウと声を上げると行軍の準備に入った。


「キンガ師匠、ヘルトナまでは死なせません」


 祐司はもう一度キンガの止血を行いながら言った。


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