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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ13 襲撃 上

この話は、パーヴォットを誘拐したベガウト一味からの視点です。

 ベガウト一行は夜通し歩いてきた疲れから特許都市ヘルトナから北クルト伯爵の直轄都市ビドゴチの街に通じる道と、現在は内戦中の南クルトへ直接向かう間道が交わった三叉路で休んでいた。


 三叉路のあたりは一寸した草原になっていて見通しが利いた。そこで、ベガウトはビドゴチに近い方の森の陰で休息することにした。そこなら、ヘルトナからくる者が接近する前に見通せたからだ。


 ベガウトはどのみちキンガの追跡が避けられないと考えて祐司の予想に反して夜通し歩くという行動を取っていた。


 しかし、これは賢明な選択ではなかった。


 小さな尾根や谷が入り交じり起伏がある山道を夜間移動することは昼間の何倍もの疲労を代償としていた。 


 また、見通しが利かないために、祐司たちならショートカットしてきたような部分も律儀に道なりに歩かねばならなかった。最悪だったのは道を外れてしまい、かなりの時間を元の場所に戻るために費やしたことだった。


 この努力でベガウト一行は二リーグほどの距離を追っ手から稼いではいた。しかし、夜明け前に連れの女がぐずりだした。

 パーヴォットの歩みも極端に遅くなり、二人とも脅かしてもすかしても休み休みでないと動かなかった。


 男達も武器の他に、金を惜しんで馬を返したために結構重量のある羊毛を交代で担いでいたために自身の疲労も限界に近くなっていた。


 ベガウトは当初は疲れを誤魔化してでも勢いでビドゴチの街まで行くことに決めていた。ところが、同行していた女達がもう歩けないと言い出したのと、近くに水場があっため小休止することにしたのだ。


 しかし、夜通し歩いてきた身体は一度休むと中々元には戻らず、しかたなしに干し肉なども食べていたのと、同行した仲間が起こした騒ぎのために、さらに、出発の予定より半刻ばかりが過ぎようとしていた。


 それでも、ベガウトには一つの安心材料があった。半端物はんぱものだが、自分達には巫術師がいるということだ。そして、その安心が結果的には最大の誤算だった。


「ヒャクタ・アハレテ、お疲れのところ、ご苦労ですが、もう少し術をお願いします。まだ、さっきのことで体力は使い果たしていないですよね」


 ベガウトが皮肉っぽく声をかけた先には、痩身で顔色の悪い初老の男がいた。


「その前に酒を飲ませろ」


 アハレテと呼ばれた男は何週間も手を入れていないような半分以上白くなった油とゴミで固まったような長髪の毛を自分の顔からかき分けながら返事をした。


「もうありませんよ。もう一足でビドゴチだ。そこで、たんまり飲ませますよ」


 ベガウトは懇願するように言う。


「よかろう。神童と呼ばれたアハレテの力を見せてやる」


 アハレテの言ったことは本当である。子供の頃は天才が現れたと騒がれたが、天性の巫術師は天性の訓練嫌いでもあった。どの巫術師の師匠も彼をお払い箱にした。


 そのうちアハレテは酒におぼれ、女関係から傭兵団に逃げ込むように入った。その傭兵団では巫術師は戦場での働きだけが求められて、通常の訓練には参加しなくともよく金がある限りは酒と女に溺れていればよかった。


 この生活はアハレテにはぴったりだった。ただ、その分、訓練はまったくしなくなり、巫術を制御する力をつけられるような歳を過ぎてしまった。


 アハレテはよろめくように立ち上がると両手を空にかざすようにな姿勢を取って固まった。しばらくすると、薄くなっていた霧が次第に濃くなる。その霧は風に乗って、ベガウト達が歩いてきた方向に流れて行く。


 昨日からアハレテは何度も巫術の一つである霧の術を発動させていた。今のアハレテにすぐにできる術は霧を出すだけだがキンガの追跡を大いに困難にしているはずだった。


「最初はお荷物だと思っていたが、役に立つ親父だと昨日は思った。だがよ…」


 木の下の乾いた岩の上に座っていた若い男が小声で言った。


 アハレテの霧はものの百歩といかないうちにどんどん薄くなっていく。アハレテはやけになって術をかけ続けていた。


「ルードビニ、その先は言うな。オレはヒャクタ・アハレテには借りがあるんだ。だから、あいつも仲間だ」


 いつの間にかルードビニと呼ばれた男の背後に、四十代半ばと思える精悍な顔つきの男が忍び寄っていた。男は抜き身の剣をルードビニの肩に軽く押し当てながら低い声で言った。


「マッキャン・バルタサル、何回も聞いたよ。お前が傷を負って隊に置き去りにされようとした時に半ば負ぶって連れて行ったんだよな」


 ルードビニは恐れる風でもなく普通に言い返した。ベガウトは退屈そうにその言葉を聞き流していた。


 バルタサルは元傭兵で今はベガウトのささやかな悪党一味の用心棒的存在である。バルタサルはアハレテのことに関しては病的に庇護しており、いささかの悪口を仲間が口に出すことを許さなかった。


 今のアハレテは軍事的な意味がある霧術が衰えて傭兵軍をお払い箱になっていた。アハレテは庇護してくれる者が欲していただけだとルードビニは見抜いていた。

 ルードビニはバルタサルとアハレテが、ベガウトの配下のような存在になってから聞いた噂ではアハレテは兵卒までにバカにされていたらしい。


 そのアハレテが、変なところで義理堅いバルタサルをたらし込んだというのが真相だろうとベガウトは思っていたが口に出したことはなかった。


 バルタサルのような腕がある者が、ベガウトの配下になっているのはアハレテをいっしょに抱えてくれるからに過ぎない。そのことをベガウトは承知していた。



 ただ、休息中にアハレテをパーヴォットの見張りに残して周囲の警戒や水くみをしている間にアハレテがおかした行為はベガウト一行の出発をさらに遅らせていた。




「誰か来るぞ」


 突然、ルードビニが岩の上に立ち上がって叫んだ。ベガウトとバルタサルが剣を構える。

ルードビニは木の陰に隠れた。


 薄い霧に包まれた南クルトからの間道に三人の男が現れた。


「心配ない。ギャフスだ」


 身構えていたベガウトが剣を鞘に戻した。



「おい、ベガウトじゃないか。いい玉しこんだか」


 一行をリーダーらしいギャフスと呼ばれた男は恰幅がよく、コートの代用か厚手の皮の胴鎧を着用していた。ギャフスはまだ、距離があったがドスの利いたよく通る声で言った。


「ああ、二人だ。これで、あんたへの借金はちゃらだ。馬に馬車、商売道具を返してもらうぜ」


 ベガウトが怒鳴るように返事した。


「売れてからほざきな。今年も凶作の噂が広がっている。去年、秋まで待って大損した連中が値崩れしないうちに女を売ってしまおうと溢れているから、夏前でも良い値はつかないぜ」


 ギャフスは近づいてからベガウトに言い返した。


「かまわないさ。今の手持ちは二人とも上玉だから、少々くたびれた女の六人から七人とは交換できる。そうしたら南クルトを巡って一稼ぎするさ。オレたちはお代を勉強しても食い逃げは許さないからな」


 このベガウトの言葉には背景がある。


 三つの勢力が争う公爵家の跡目争いに端を発した南クルトの内戦は、三年続きの凶作で、三すくみのまま小康状態になっている。

 その勢力圏の支配を保持することに手一杯であるが、三勢力ともお互いに、弱みを見せるわけにも行かず傭兵を解雇できずにいた。


 戦いがあれば行軍するだけで略奪があり、傭兵は物欲、性欲とも満足させられる機会がある。しかし、にらみ合いともなれば自軍の正当性を主張するため、何よりの物資徴発を円滑にするためにも指揮官は軍規を言い立てる。


 まして、このリファニアの地では、史実日本の戦国時代のように農村といえども自衛のために武装している。

 傭兵でもへたな人数で、村娘にちょっかいをかけるために出かけたところで袋だたきに会いかねない。


 そこで、娘子軍を率いた商売人が活躍する。しかし、手荒い傭兵相手の商売なので腕の立つ用心棒が必要となる。虚勢を張ることは得意だが腕に自信がないベガウトにとってバルタサルが仲間だということは危ない商売をするには心強い支えだった。


 ベガウトをリーダーにしたグループは多少商売の心得はあるが口ほどにもないベガウトを筆頭にして、女をたらし込んでくる才能以外は人並み以下のことしかできないルードビニ、アハレテというお荷物を抱えている上に、兵隊生活の癖で行動が指示待ちになりながらも人と交わることが苦手で生活能力が低いながらも滅法強いバルタサル、それぞれ一人では中途半端な連中が本能的に群れて自然発生的にできていた。




「踏ん張って借金を返したら博打は止めるんだな」


 ギャフスの手下で弓の背負った男がにやけながら言った。


「いつもお前さんたちが勝つとは限らないだろう」


 ルードビニが少し意気込んで言い返した。言った男は腰に吊した大振りの剣をさすりながらにやにやした笑い顔をするだけだった。


 弓を背負った男は鎧の類を着用していないが、もう一人の男は、鎖帷子を着込み風体に似合わない本格的な籠手を装備していた。

 その男は武具としては一間半(2.7メートル)を越えるほどの長さの槍を持って、同じく大振りの剣を背中に負っており重武装である。


 ギャフスの一行が重武装なのは相手によっては山賊行為をも辞さない為である。


 ベガウトは他人がどう思おうと自分の本職は商人だと自負していた。ただ、儲けのためには違法行為をも辞さないだけである。

 それに比べてギャフスはもう少し積極的な悪党である。違法なことをして表に出ない品物を取引する商売人であり、ベガウトの基準でも犯罪者である。


 どの道、蛇の道はヘビでありたまに対立することはあっても、リファニアに無数にいる同様のグループ間が従う暗黙の了解で、勝手に縄張りを荒らしたり裏商売の邪魔をしなければよろしくやっていた。


「他の連中はどうした。仲間割れでもしたのか」


 ルードビニが訝しげに聞いた。


「今頃、ビドゴチの街でよろしくやってる。オレたちは南クルトに行くっていう行商団体の護衛帰りだ」


 弓を背負った男はしゃべり好きなのかすぐに返答した。


 多分、護衛の押し売りだろうとルードビニは思った。内戦状態の南クルトで商売するには行商は団体になって護衛を付ける必要がある。

 その護衛に入れることを小悪党が強要することはよくある。雇う方は金で襲ってくる輩を減らせるという認識である。


「たんまりせしめたのか?」


「いいや、しけたもんだ。南クルトからは別の奴らが護衛についたからな」


 本当にしけた稼ぎだったのか、弓を背負った男は忌々しげに頭を左右に振りながら言った。


「どこに連れて行くの?」


 男達の会話を聞いていた若い女が心配げに聞いた。


「いいところだよ。毎晩たっぷり楽しめて稼げるところだ」


 ルードビニが女に背を向けたまま言った。


「まさか、わたしを売るの」


 女の声が震えた。


「おねーちゃん、やっと気がついたの?」


 両手を太い縄で縛られ、その縄の端を木にくくりつけられたままの姿で座っていたパーヴォットが小さな声で呆れたように言った。


「わたしを連れて逃げきったら所帯を持ってくれるんじゃないの」


 女は哀願するように、ルードビニの背中にすがりながら言う。


「マシャーナ、悪いが事情が変わった。年季が明けたら迎えに行くから辛抱しな」


 ルードビニは振り返って女を突き放しながら声だけは柔らかい調子で言う。


「そんな」


 マシャーナと呼ばれた若い女は、それだけ言うと膝を折って跪いてしまった。


 突然、女は立ち上がると脱兎のごとく、今来た道を戻りだした。少し遅れて男達が気がついた時にはその姿は霧に見え隠れしていた。


「くそ、逃げやがった。ルードビニ、バルタサル、追いかけろ」


 ベガウトがあわてて叫ぶ。その傍らを弓を背負ったギャフスの手下が駆け抜けて行く。


「オレが捕まえたら相手させろよ」


 男はそう言いながら一直線にマシャーナが逃げた方へ走り出した。マシャーナはところどころ濃くなっている霧に姿を隠しながら走っていた。


 あわててベガウト達も追いかける。


「くそ、霧が邪魔だ」


 ルードビニが忌々しげに言う。


「いや、すぐ捕まえる。かなり、疲れていたから遠くには逃げられない。しかし、あいつもとことんバカじゃないから道なりには逃げない。バルタサルは道の右の森の中を探せ、ルードビニはオレについてこい。左の方を探す」


 バルタサル達は道が森に入った所で二手に別れて森の中に入っていった。


 マシャーナは後ろから男が駈けてくる音を聞きながら走った。皮肉にも余裕が無くてバルタサル達が森の中に入った場所からもかなり道沿いに走っていた。

 足音は確実に近づいていた。しかし、すでに息は上がりかけていた。やっと道が少し曲がって追っ手から見えなくなった場所で道を外れて道端の茂みに飛び込んだ。


 すでにマシャーナの靴は両方とも脱げていた。裸足のまま木々の枝が顔や腕に切り傷をつけようとも目の前の灌木を手で押しのけながらマシャーナは必死で進んだ。


 マシャーナの前に、かなり深い茂みがあらわれた。もどる余裕は無く身体ごと茂みに突っ込んだ。


 茂みの先はちょっとした浅く広い窪みになっており、妙なヘルメットを被った男が弓に矢をつがえたままあっけにとられたような顔で立っていた。


 マシャーナはよろめいて男の足元に転倒しながら転がり込んだ。次の瞬間に追いかけてきた男も窪地に飛び込んできた。


 ヘルメットの男が矢を放った。その矢は追いかけてきた男の左肩に刺さった。追いかけてきた男はあわてて茂みにもどり逃げていく。


「しまった、逃がした。あんたはここにいるんだ」


 矢を放ったヘルメット姿の男は、傍らに突き立てていたひどく短い槍を地面から引く抜くと、マシャーナにそう言い残して、矢を射られた男と同じように茂みを突き抜けていった。



挿絵(By みてみん)

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