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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ12 霧中の追跡 下 

「おい、何か音がする」


 キンガに起こされた祐司はあわててアラームのスイッチを切った。


「なんだ。その音のする道具は?」


 キンガが興味津々といった声で聞いた。


「ああ、僕の故郷の巫術道具です。欲しがる人間が出てくると困るので秘密にしてください。それより出発しましょう。少々、寝過ぎました」



 辺りは霧に閉ざされていたが、祐司が起きたこともあって急速に霧が薄くなっていく。


「ユウジ、本当は名のある巫術師じゃないのか」


 キンガの問いかけを聞こえないふりをして祐司は馬の手綱を握って歩き始めた。



 すっかり辺りが明るくなったころ祐司達は小休止をしてヨスタが持たせてくれた黒パンとチーズを腹に入れた。


「ヨスタさんはパーヴォットが女の子って知っていたんですか?」


「知ってる。あそこの息子が子供の時にオレが剣術を教えていたんだ。その縁で思い切って奉公を頼んだんだ。

 街で十歳を過ぎた男の子で奉公に行かないのは不自然だからな。引き受けてくれても断られてもあの人なら絶対に口外しない。アヒレス村のナチャーレ・グネリに相談しろと言ってくれたのもあの人だ」


 祐司はヨスタが店の仕事ではなく使いの仕事をさせていたのは、店の人間に女の子だとばれることを極力防ごうとしたのだと思い当たった。


「ヨスタさんは薬草取りの名人で、あんな店を構えてからも毎年秋に北の方へ行って薬草を馬車一杯に採ってくる。

 あんな人がもっと参事会で出世してくれたらと思うよ。ただ、参事会で重きを置くには財産がものを言う。とかく財産がある奴の中には悪辣なのもいるから世の中はままならないな」


 事情を知っている祐司は、ボロを出さないように相槌だけを振った。



進むにつれて森は次第に深くなってきた。それとともに、今まで見なかった広葉樹も少しばかり散見されるようになってきた。


 如何に北クルト北部が自然の厳しい場所であるか祐司は改めて感じた。


当然、前を歩いていたキンガが腰を屈めて祐司に止まるように手で合図をした。しばらく様子をうかがっていたキンガが今度は手招きで来るように祐司に指示する。



 祐司は馬を傍らの木に繋いでキンガの後を追った。少し行くと幅の広い尾根道が終わって視界が開けた場所に出た。その先はちょっとした下り坂になっており下の様子がかなり遠くまで見通せた。茂みにキンガは隠れた。


「あそこだ。追いつけないかとも思ったが暢気に休んでる」


 祐司も茂みに潜むと、キンガは眼下を指さした。下り坂の両側は深い森になっているが降りきった所から百メートルばかりの幅がある草原があり、その向こうがまた森になっていた。そして、その向かい側の森の端に人影が見えた。


「くそ、霧が邪魔だ。急に霧が濃くなってきた」


 祐司が見ると、薄い自然の霧が出ているものの森の端に人がいることはわかった。どうも、それがキンガには見えていないようだった。


 祐司は街で買い求めたポシェットのような物からオペラグラスを取り出した。


「そいつはなんなんだ」


「故郷の道具です。遠くのものが近くに見えます。でも、これも、こっちにはない道具なので取り上げようとするやからもいるかもしれませんから内緒にしておいてください」


「それも巫術の道具か?」


「まあ、そうです。あっ、パーヴォットは木に繋がれている。酷いことしやがる」


 祐司が見たパーヴォットは木に繋がれてぐったりした様子だった。すぐ近くにいる男が巫術師だった。赤と紫の光が男から点滅するように出ているのが見えた。根はかなり強力な巫術を持っているようだが力が安定していない。


 巫術の量だけならスヴェアを別格として今まで見かけた巫術師の中で最高だろうと祐司は思った。ただ、それは荒馬のような制御されない力のようだ。


 祐司はキンガの見ている霧は巫術師が巫術の力で作った偽霧だろうと思った。普通は偽霧ぎむを作り、次は自然の力を利用して普通の霧を大量に発生させる。

 普通の霧は祐司にも見える。反対に視界を妨害することになる。しかし、直接、巫術によるものは祐司には利かない、もしくは祐司は感知することができない。


「あそこにいる巫術師は、ほとんど訓練したことがないんだ」


 巫術の力だけでキンガの視界をふさぐほどの偽霧を出すのには相当の能力がいるはずである。しかし、それは巫術の力の無駄遣いでもある。天候の悪化もあの巫術師の無茶な巫術の使い方が原因だろう。


「見えるのか?」


 祐司は軽く頷いた。


「しかし、霧は草原の端でどんどん薄くなってるぞ」


 巫術の力を持った偽霧だから、祐司に埋め込まれた水晶が巫術をさばく限界を超えて、祐司の巫術を無効にする力が発動しているようだった。 



「あ、三人新たにきました。みんな武装しています。仲間のようです。挨拶みたいなやりとりですから偶然会ったのかな。まずいな全部で七人になりました。一人だけ長槍、それと弓兵のようなのが一人、後の五人は剣だけです」


 祐司は持って来たオペラグラスで相手の人数を数えた。


「こんなところで落ち着いていたのは仲間と合流するためだったんですね」


 キンガは祐司の問には答えず短い指示を出しただけだった。


「馬のところにもどるぞ」


「どうします?」


「話でカタがつく相手じゃない。鎖帷子とヘルメットをつけろ。それに籠手も忘れるな」


 そう言いながらキンガは武装を始めた。祐司はヘルメットと籠手には信頼をおいていた。しかし、肝心の鎖帷子くさりかたびらは”岩の花園”で命を落とした郷士達が装備していた物で一番巫術の力に頼っていないものを選んで持ってきていた。


 それでも祐司が巫術の力を防ぐと、そのあおりで鎖帷子の形に保っている巫術もなくなり最初の一撃だけ防いで、あっという間に崩れ去る恐れがあった。


 今更ながら祐司はファーネデスに頼んで鎖帷子も購入しておけばと悔やんだ。


「あいつらは金が欲しいだけで命懸けってわけでもない。不意打ちで二人ばかりやっつければ怯む。上手くすればパーヴォットを置いて逃げ出す」


「その二人は弱い方から二人ってことですね」


「戦いを知ってるな」


「指示に従います」


「よし、こっちが二人だということは出来る限り誤魔化す。ユウジはこの先の草原と森の境まで行って弓を構えていろ。

 オレは森を通って奴らの反対側に行く。彼奴らが霧を出してくれたおかげでうまく隠れて移動できるだろ。そして、オレは矢を放つ。あいつらがそれに気を取られてユウジに背中を見せたら近づいて矢を放て」


「その後は」


「出たとこ勝負だ。作戦を立てても、こちらの思い通りになるのは初手くらいだ」


 最後に祐司とキンガは持ってきた二十本の矢を配分した。祐司は同じ矢でも、祐司の放つ矢とキンガが放つ矢がまったく異なった性質を持つことを理解していた。


 祐司の矢は、放った時が最も高速で威力がある。実際には矢の飛翔が安定する数メートルほどの距離が最も威力があるだろう。後は順次、速度が低下して地面に落下する。


 それに対して、巫術のエネルギーの影響を受けるキンガの矢は、最初はゆっくり飛んでいくが矢はどんどん速度をあげて飛距離は祐司の矢と同じ距離となる。


 キンガが放つ最初の矢は奇襲になるが、次からは最初の速度が遅いために、落ち着いて対処すれば容易に避けることができる。反対に祐司の矢は近距離になれば避けることが困難である。


 キンガは祐司に十二本を渡して、自分が八本の矢を取った。より接近戦になることが、予想されるキンガの判断に祐司は黙って従った。


 弓矢を背負ったキンガは剣を鞘から抜きはなった。


「これを予備に持って行ってください」


 祐司はスヴェアに貰った日本からこの世に送られて小刀をキンガに渡した。もとは鞘もなく根元が錆びていたが、”小さき花園”にいるときに祐司が不器用ながら木で鞘を作り細かな砥石で時間をかけて研ぎ直したものだ。


「こんな小刀を使う状況じゃ、相当やばいことになっているな。しかし、いい品だということはわかる。使わせてもらおう」


 キンガは小刀をベルトに差し込んだ。


「キンガ師匠、御武運を。無理をなさらないで下さい。師匠に何かあればパーヴォットが悲しみます」


 キンガの悲壮な顔を見て祐司は思わず声をかけた。


「弟子に言われたくないな。それに、オレは死ぬ気などない。帰ったら今のヘルメットを売ってお前さんのような格好良くて理にかなったヘルメットを作ってもらうつもりだ。誰だった、そのヘルメットを作ってくれるのは」


「ジャネリ・ファーネデス」


「行くぞ」


 キンガは腹から声を出すと走り出した。


「はい」


 祐司がその後を走る。




挿絵(By みてみん)


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