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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ11 霧中の追跡 上

 ジャベンジャ隊長からの知らせがあったらしく、キンガと祐司は最優先で市門を通過することができた。


「どちらに?」


 祐司は門からしばらく歩いた所でキンガに聞いた。


「ビドゴチの街だ。ここから四十リーグほど南に行った所にある北クルト伯爵直轄都市だ。いったん、街に入られたらやっかいだ。

 治安は代官が一手に握っていてな、お恐れながらとかなりの酒手を出しても余所者の言うことなど後回しだ。ましてや、ヘルトナの住民となるとまともに取り合ってもくれない」


「なぜですか?」


「あそこの奴は代官以下住民にまで、自分の街は伯爵様の直轄都市ってプライドがあるんだが、逆さになってもヘルトナにはかなわない」


 そう言いながらキンガは本道を外れて脇の小径に入っていった。


「最初の四五リーグほどだがオレが知っている軍用の間道があるからそこを使わせてもらう。一リーグ以上は稼げるはずだ」


 間道はまっすぐだが、かなりのアップダウンがあった。上り坂にかかると馬が荒い息をした。


「上手い具合に奴らはここは通っていないぞ」


 荒れた道の様子にキンガはしてやったりというように言った。


 少し小走りで飛ばしたこともあって一時間ほどでビドゴチへの本道に出た。太陽はかなり西の方向に傾いているが、春分を一月以上過ぎている高緯度のリファニアでは深夜の数時間ほど太陽が地平線に姿を隠すだけである。


 本道に入って二リーグほど行くと霧が出てきた。道行きに支障があるほどではないが、この二三日は今年になって始めて晴天が続いていたが天候も悪化の気配があった。


「また、湿気が多くなっている。一雨あるかも」


 一時間近く黙って早歩きで黙々と道を進んでいたキンガが呟くように言った。


「ベガウトが参事会に訴えると言った時は心臓が口から飛び出るかと思ったぞ」


 祐司はキンガの言葉を聞き逃さずに聞いた。


「信者登録ってのは嘘ですか」


「いや、登録はしてあるさ」


「あ、まさか。嘘の登録?」


「オレとパーヴォットのために命がけで付いてきてくれるお前さんには、本当のことを知っておいて欲しい」


 キンガは前を向いたまま言った。


「ビドゴチはヘルトナよりずっと小さいが人買市場があるんだ。流石に街中じゃないが、ここいら辺りのややこしい奴らにとっては公然としたもんだ。南クルトの公爵領で女郎にする女を売り買いしている」


「女郎って、やっぱり?」


「そうだ。年端もいかない男の子を売る場合もあるが、昨日のバルタサルとのやりとりのことでわかっていると思うがパーヴォットは男の子じゃない」


 祐司には心当たりがあった。年の割には小柄で華奢な体型、胸から腹にかけてわざと服をダブダブにするようにベルトを締めていること。手を握った時の柔らかなさわり心地。

 そして、パーヴォットが小声で話すのは、いまだに声変わりしていないことを隠すためではないかと思っていたこと。時折、祐司に見せる恥ずかしそうな表情が少年のもとは思えなかったこと。


「嘘の登録って女を男として登録したってことですか」


 祐司は子細を聞かずにキンガ言った情報のみを聞き返した。


「赤の他人を売るのは戦争で捕虜を売るときだ。常でも他人を掠う手荒なことを専門にする商人というか、大悪党もいるが、合法的に売れるのは自分の妻子だけだ」


「妻子を売るのは合法?」


「あんたは、リファニアの法や習慣には疎いんだったな。リファニアでは家長は家族を売っていいんだ。

 まあ、売るというのは人聞きが悪いから、言い換えると数ヶ月の奉公から一生奉公までの間で他人に託すってことだ。それで家長は金を手に出来る」


 キンガは祐司が嫌悪の表情を浮かべたことに気が付いたが、構わず言葉を継いだ。


「ルードビニって男が妻という女を連れていたと言うが、よくある手口だ。たぶらかした女を妻にして売り払う」


 祐司はルードビニという名に聞き覚えがあるような気がしたがどうしても思い出せなかった。第一、今はそれ以上に気になることがあった。


「ベガウトはまさかパーヴォットの父親って証明書を持っているんですか?」


「多分な。目ざとい男だから面倒を見る気はなくても将来子供を売れるようにはしてただろうな。それがないと重罪である誘拐になる。子供だという信者証明があれば誘拐にはならない。

 それをオレは恐れていたんだ。母親のリャニーメルも同じ事を考えていた。信者登録をする時に奴が先に信者登録をしていたらできない。窮余の策で男と言うことにして被らないように登録したんだ。万が一、ベガウトが舞い戻っても誤魔化せるしな」


 ここでキンガは話を切ってしばらく歩みを進めた。


「パーヴォットの母親が、パーヴォットを残してベガウトと駆け落ちしたという話をしただろう。それは、理由があるんだ。

 リャニーメルはベガウトにパーヴォットに手を出さないという約束で自分がついて行くと言ったらしい。これは、リャニーメルの仲間の女から聞いた話だ。多分、リャニーメルの気性からして間違いのないことだろう」


「それじゃ何故、パーヴォットに母親の悪口のようなことを」


「本当のことを言って、パーヴォットはどう思う。自分を守るために母親がならず者に連れていかれたって。

 だから、オレは街の噂のように、母親がパーヴォットを捨てて出ていったように言っていたんだ。その時のオレの張り裂けんばかりの気持ちをわかってくれるか」


 祐司は切なくなって黙り込んだ。それに構わずキンガは話を続けた。


「リャニーメルって女は、世が世なら酒場なんぞ、一生出入りをすることはなかった女なんだ」


 キンガは問わず語りのように、パーヴォットの母親であるリャニーメルの話を始めた。



 リャニーメルは先祖に南クルトの侯爵家の分家での庶子から出た一族である。父親は南クルトの首邑であるイフリトリの裕福な御用商人で、リャニーメルはお嬢様として何の憂いもない子供時代を過ごした。

 そのままであれば、リャニーメルは同じような裕福な商家か、持参金を当てにした郷士の家に嫁いだはずである。


 ところが、リャニーメルが十六歳になったときに南クルト侯爵から依頼されていた侯爵長子の元服祝いに使う剣と甲冑が表面だけ飾ったとんだまがい物だと判明した。リャニーメルの父親が欲を出して専門でない武具に手を出したためだ。


 間の悪いことにまがいだと判明したのが、元服式の最中であった。恥をかかされて激怒した侯爵は父親は即刻出入り禁止を命じて多額の罰金を科された上に、リャニーメルの母親を妾に出せと言う命令を出した。

 元来、平民の既婚夫人、それも四十を越えているような女性を妾にというのはおかしな話で、身分制度の厳しいリファニアでも貴族として褒められ話ではない。それだけに侯爵の怒りの程がわかる。


 侯爵から出入り禁止を受けてからは、ことごとく商売は上手くいかなくなった。先代は腰の低い商人であったが、父親は御用商人の肩書きを背景に同業者を見下すような言動が絶えなかったから出入り禁止以降は同業者達に見捨てられたのである。


 日々、辞めていく使用人、家の品物を売り食いする生活の中でも父親は先祖が貴族である、自分は元御用商人というプライドを捨てることができなかった。

 ろくに売れもしないのに、昔からの取引先だから外聞が悪いという理由で同じように仕入れを続けていた。なんとか店を建て直そうと頑張っていた兄や弟は父親を見限って、家に残っていた金を持ち出して出奔した。


 母親にも会えなくなったリャニーメルは、女中がいなくなったために家事全般を引き受けて父親を支えていた。


 ところが、とうとう店舗はおろか屋敷まで売りに出しても借財の精算には追いつかなくなり、リャニーメルは奉公へ出ることになった。

 ところが、十七歳まで働いたことのないお嬢さん育ちで、わけありのリャニーメルを同じ街どころか近在でもおいそれと奉公させてくれる所はなかった。


 最後に父親が頼ったのは、何かしゃぶる骨は残ってないかと、お為ごかしに店に出入りしていた男だった。

 リャニーメルはこの男に連れられてヘルトナの酒屋で奉公することになった。お定まりのように奉公の前払い金は男に持ち逃げされた。


 一年後に父親が失意と困窮のうちに亡くなったと知らせてくれる人がいたが、リャニーメルは借金で縛られているためにイフリトリに帰ることも叶わなかった。


 半ばやけになっているリャニーメルのもとに現れたのがベガウトで、これまたお定まりのようにヒモになった。何度か子ができたらしいが、ベガウトはリャニーメルにそのたびに堕胎させた。


 そんな生活の中で、リャニーメルが隠れるようにして生んだのがパーヴォットである。ベガウトは、しばらく商売をしなかったリャニーメルに、以前にも増して暴力を振るようになった。


 ベガウトからの暴力とパーヴォットを売る算段をしていることを知ったリャニーメルは、藁をもつかむつもりでキンガの所に転がり込んだ。


 何度かベガウトはキンガの家に押しかけたが、キンガにかなうわけもなかった。なし崩しでキンガとリャニーメルは夫婦のような生活を始めた。


 キンガの話した内容は以上のようなものだった。



「リャニーメルさんていいとこのお嬢さんだったんですね。パーヴォットさんの面差しから、きっとお母さんは綺麗な方だとは想像してました。でも、キンガさんはリャニーメルさんのこと詳しく知っているんですね」


 祐司は、今の話がリャニーメルから聞いた話だとしたら惨めな境遇を自分でも誤魔化すためにリャニーメルが考え出した話かも知れないと思った。


「オレはその時、イフリトリで南クルト侯爵家に仕官していたのさ。だから、何度か街でお嬢さん時代のリャニーメルを見かけたことがあるし、今、言った話は当時のイフリトリでは有名な話だ。オレもいつの間にかリャニーメルがいなくなってしまってがっかりしたよ」


「好きだったんですか」


 祐司はキンガの顔を見て聞いた。キンガは年甲斐もなく少し照れくさそうに返事をした。


「ああ、そこそこ地位や金のある街の若い男は気になってただろうな。オレは傭兵だったが常雇いの半隊長なんで脈はあると思っていたしな。


 今から思えば平和な時代だった。ところがリャニーメルの父親が亡くなったすぐ後、侯爵が急死した。毒殺って噂だ。

 で、例のリャニーメルの家が没落した原因になった元服式をした長子ってのが長い間、正妃に子ができずに侯爵が五十の時にできた愛妾の子だ。


 長子は正妃の養子になっていたが、正妃がこれを取り消して甥に跡目を譲るなんて言い出した。もう一人の甥も侯爵位の継承を言い出して、侯爵の長子と二人の甥が跡目争いを始めた。

 それを思惑を持った領主達が担ぎ上げて侯爵を毒殺したのは相手方の策謀だと言い張って三つ巴の骨肉の争になったんだ。


 その後は、今でも続いている南クルトの内戦だ。


 何も様子がわからないうちに、雇い主を失ったオレは、ヘルトナに流れてきてジャベンジャ隊長に拾われたんだ。下手に残っていたら命はなかっただろうな」


「ヘルトナでリャニーメルさんと再会したんですね」


「そうだ。ちょっと気持ちが複雑でな。何年かは知らない振りをしていたんだ。ところが、ちょっとした働きで報奨金が入ってな。思い切ってリャニーメルを指名したんだ。

 びっくりしたことにリャニーメルはオレのことを憶えていたんだ。多分、結構なおっさんのくせに、イフリトリの街でよく声をかけていたからな。


 で、寝物語に話を聞いているうちに、気の毒になって二ヶ月、オレ専属になれって報奨金を全部つぎ込んだんだ。

 まあ、ニカ月くらいは客を取らせずに休ませてやろうと思ったんだが、オレのことだから我慢できずに何度かすることはした」


「パーヴォットさんはその時の子?」


 祐司は思いきって聞いた。


「誰の子かは、リャニーメルしか知らないさ」


 キンガの誤魔化すような言い方から、ある程度は確信があるのだろうと祐司は感じた。キンガは話を変えた。


「七年前に、ようやくリャニーメルの奉公が明けたんだ。それでも、女手一つでまだ、ホンの子供だったパーヴォット抱えてやることは、元の商売を自分でするくらいだ。だから、オレの所に来いって言ったんだ。

 ベガウトに半ば脅迫されて連れ出されるまでの一年間は、オレにとっても、リャニーメルにとっても人生で初めての所帯だった。


 人の噂もあるからしばらく様子を見てたんだが、リャニーメルはもともと気立てがいいから、近所の者にも受け入れられた。だから、ちゃんと神殿に夫婦の届けをしようと話をしてるところだったんだ」


 突然、キンガが手で目をぬぐった。泣いていた。


「くそっ、あの時のことを、あの一年のことを思い出すと…親子三人で……ベガウトさえ現れなければ今でもいい夫婦でやってたんだ」


 しばらく、キンガの嗚咽が続いた。祐司は黙ってキンガの方を見ないようにして足を進める。


 ようやく落ち着いたのか、キンガはいつもの口調で言う。 


「リャニーメルばかりか、今度はパーヴォットまでも。おい、ユウジ、オレは人を殺すかもしれないが止めるなよ。本当はオレの家に来た時に叩き切ってしまおうとしたんだ。

 しかし、オレとしたことが、あの片目の大男に気押さえられてな。人に言うなよ。恐くなったんだ。でも、もう大丈夫だ。度胸は据わってる」


 それだけ言うと、また、キンガは黙ってしまった。かなり、間も置いて、キンガは話題を変えるようにしゃべり出した。


「パーヴォットの信者証明については、アヒレス村の神官長が人格者で話がわかるって聞いていたので行って相談すればいいと思っていたが、その機会が中々なくてな。ただ、誤魔化しようのない歳になってきたから今年の夏は行くつもりだったんだ」


 祐司はグネリが人格者と言われて少し吹き出した。


「何がおかしい?」


 キンガは笑われた理由がわからないので少しムッとしたように言った。


「すみません。その神官長のナチャーレ・グネリとは懇意なもので。でも、女の子を引き取って、男の子にしてばれなかったんですか」


 住人達は大した街だと思っているらしいが、祐司の目からは小さな街だ。昨日までいた女の子がいなくなって、男の子が現れたら気付かれない分けがないと祐司は思った。


「もともと、母親のリャニーメルが男の子として育てていたからな。リャニーメルが商売に励んでパーヴォットが一人きりの時に、本当に誘拐されることを恐れていたんだ。女の子の方が男の子よりも何倍も本当の誘拐に会いやすいからな。それに」


「それに?」


「噂では娼婦の子が女の子なら親子一緒に手を出すことを強要する鬼畜な奴もいるらしい」


 祐司はそれについては聞き返さなかった。


「ベガウトってどんな奴なんですか」


「ベガウトの本職は行商人だ。少なくともあいつはそう思っている。地道に商売をすればいいのに目先の欲で悪党の真似をするんだ。だが、悪党の真似だからいつも中途半端なことになる」


 疎らに針葉樹の生えた丘陵地帯は、行けども行けども濃淡のある霧に閉ざされていた。空は黒っぽい厚い雲に覆われており太陽は沈んでいるようだった。


 ただ、高緯度のリファニアでは春から初夏に向かうこの季節は太陽が沈んでからでも長時間、明るい薄明が続くので歩くのには支障がない程度にはまだ明るかった。しかし、刻一刻と夜の帳は近づいてきていることに祐司は気がついていた。


「どうしますか。もう暗くなりますよ」


「気は焦るが、暗くなれば奴らも動かないだろう。こっちは進んで距離を詰めてもいいが出会った時はこちらが疲労困憊で相手が元気一杯というのもまずいな」


「完全に暗くなるまで進んで休みましょう。そして、一寝入りしてある程度疲労が回復すれば暗くても進みましょう」


「それが一番いいようだな。それにしても段々霧が薄くなっていくのが助かる」


 キンガが言うには、先程はほんの二三十メートル先も見通すことのできなかった霧が、次第に薄くなって百メートルくらいなら見通せるようになってきたらしい。


「お前は霧を見通せる力があるのか。オレだけだったらこんなに早くここまで来られなかったぞ」


 キンガは感心したように言うが、祐司には、薄い霧がかかっているだけにしか見えない。


 祐司はこの霧が自然の霧だけでなく、自分が感知しない巫術の力を利用した霧も含まれており、自分が進んで行くためにその霧が消滅しつつあることに気がついていた。


「相手には巫術師がいます」


「なぜ分かる」


「分かるとしか。でも、心配は要りません。巫術師は僕が相手をします」


「そう言われれば、霧が明るい気がするな。巫術の霧は明るいんだ」


 天候を操る巫術では霧の術は初歩であると祐司はスヴェアから聞いたことがあった。最初は巫術の力に頼った偽霧を出すのが最も基本的な術であると聞いていた。


 スヴェア曰く、自然の霧を利用して霧を増やすのが次の段階である。その術ができるならもっと祐司にも障害になる自然の霧を濃くしていただろう祐司は思った。


「どんな術を使うのかもわからずにか?」


「はい、多分、たいした巫術師ではないと思います」



 一リーグほど行ったところに少し開けた場所があり、ヨスタにもらった弁当を急いでかきこむ。木の下の地面が乾いていたので祐司とキンガはそこで一寝入りした。祐司は念の為に携帯電話のアラームをセットしておいた。


上向きに寝ると厚く黒い雲が空を覆っていた。ただ、それがわかるのは、完全な夜になっていないからだろう。祐司は雨が降ってこなければいいなと思いながら寝入った。


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