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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第十章 王都の玉雪
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冬の足音2  消えた死体、そしてネルグレットは再び決心をする

「ブアッバ・エレ・ネルグレット様は真っ直ぐです。本当はお優しい心を持っておられます。それをさらけ出すのが恐いとお思いなのです」


 プロシウスは、ネルグレット達が客間から出て行くと誰に言うこともないような感じで言った。


「お優しいお方であるのは、重々承知しております」


 祐司は、優しく言った。


「美人で貴族は得でございますね」


 パーヴォットの言葉には、ケンがある。


 パーヴォットは、祐司がもう少し自由に生きていいと思うほどにリファニアの常識を抱え込んで行動するが、祐司がからむと見境がなくなる。

 もう一つ、パーヴォットが僻むように言った、ネルグレットが美人であるという件だが、美人揃いの貴族階級の中では、ネルグレットは平均的な顔立ちである。


 現代日本の基準で言えば、パーヴォットの方が可愛いという男性は大勢いるだろう。


「ガガベレ・レ・プロシウス様、お尋ねしていいですか」


 パーヴォットが、改まった口調で聞く。


「なんでしょう」


「いつから、ガガベレ・レ・プロシウス様は、ブアッバ・エレ・ネルグレット様の秘書官になられたのですか」


「はい、ジャギール・ユウジ様が王都に旅立たれてすぐにです」


 プロシウスは、祐司がバーリフェルトを旅立った前後の話をした。


 そこで、ネルグレットが自分の話を聞く気になったので、前例や格式で人事を決める王都の宿痾について説いた。

 すると、真っ直ぐな性格のネルグレットは、すぐさま、プロシウスを自分の秘書官にした。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き虹の里、領主領バーリフェルト15 ネルグレットの決心 参照)



 話が一段落すると、祐司は気になっていたことをプロシウスに聞いた。


「アスランさんの処罰はどうなったのでしょう」


「普通なら死罪ですが」


 プロシウスが、含み笑いをしながら言った。


「というと死は免れたのですか」


 パーヴォットも気になっていたのか前のめりに聞いた。


 バーリフェルト代官所の手代アスランは、評判のよくない行商人バナナケに脅かされて年貢の誤魔化しをしており、それを祐司に暴かれた。


 ただ、リファニアの感性では、アスランにも同情すべき点がある。


 アスランは、バナナケの妻となった幼馴染みの名革職人ファバシ・イエロニムの娘ナスターズが、夫にこき使われて、バナナケが家計に金を入れないどころか、バナナケの博打や女遊びのために皮革製品を作らされているのに同情していた。


 そこで、ナスターズの相談に乗ったり、金銭面で手助けをしているうちに理無い仲になり、ナスターズにアスランの子まで産ませた。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き 虹の里、領主領バーリフェルト12 名探偵、遠見祐司)


 リファニアの文化は男尊女卑だが、男は女に優しくするのが男らしいという価値観がある。

 男らしい男は自分の稼ぎで妻子を養う男である。妻の稼ぎを掠め取るような男は、男らしくない男である。


 そして、妻に不貞をされたら相手の男に正々堂々と制裁を加えて、自分の妻の心身を取り戻すのが男らしいとされている。


 それに対して、バナナケは妻子を養い、寝取られた妻を正々堂々と取り戻すどころか、アスランを裏で脅迫して、年貢を誤魔かすことをさせていた。

 バナナケが、祐司によって殺害されたので、真偽は今ひとつ不明だが、バナナケは、アスランを脅かす道具に妻の不貞には制裁を加えずにいた。


 言うことを聞かなければ、制裁を加えるというワケである。


 バナナケは、リファニアの大多数の人間の感覚では男らしくない。それに対して、女の為に、犯罪行為に手を染めたアスランの方が男らしいのである。

 また、人情話が大好きだというリファニアでは、少なくとも庶民階級の間では、アスランは同情すべき人間である。


「かわりに、アスランには横領した年貢を返済させることにしました。判決は、当主パンニヴォーナ・ルマンニ様の名代としてブアッバ・エレ・ネルグレット様が下しました。なかなか威厳がありました」


 プロシウスは、ネルグレットを庇うように言った。


「案は、ガガベレ・レ・プロシウス様ですね。で、アスランさんは、どのような刑になったのでございますか」


 パーヴォットは、ちょっと、意地悪い口調で聞いた。


「罰金刑です。というか横領した年貢を利子付きで返済してもらいます」


 祐司は、プロシウスの返事に、また、パーヴォットが余計なことを言わないように間髪を入れずに聞いた。


「どのくらいの額ですか」


 祐司の質問に、プロシウスは官僚の答弁のような口調で言った。


「罰金といっても、年貢の損失分を返済させることになりました。五年分で金貨五百枚の算定です。

 ただし、年八分の利子がつきます。それを払い終わるまでは無給で年季奉公となりました」


「多少は楽できるんですね」


 パーヴォットが、ちょっと、ほっとしたように言った。


「いいえ、休みなんて、春分などを除いてほとんどありません。今まで三人でしていた仕事を一人でやらせることになりました。

 逃げれば一族から、二人新たに召し出して、五人分の仕事をさせることになっているので、逃げることはできません」


 プロシウスは、滅相もないという感じで答えた。


「払えるんですか」


「年季奉公は、最低限の衣食住を保障したうえで、一年で金貨四枚ですから、百年以上かかります。

 ただ、親が地主です。子が主家から罪科を与えられれば、それ以前に勘当していなければ親は、子の刑に責任があります。ですから、罰金金貨五百枚分を親も共同で払わなければなりません。

 しかし、財産没収で土地を売り払ってもそのような金はでません。五百四十ドナム(六十五ヘクタール)ほどの農地がありますが、精々、金貨二十枚です」


 リファニアは産業革命以前の農業社会であるが、農地自体には現代日本の過疎地の農地並み以下の値段しかつかない。

 農地五百四十ドナムで金貨二十枚ということは、一ヘクタールあたり銀貨四枚ほどで、都市部の職人の十日ほどの給金である。農地は耕す人間がいてこそ価値があるからである。


 祐司とパーヴォットが、じっと聞いているのを見定めて、プロシウスは、なおも説明を続けた。


「その代わりに、農作業にいそしんで金貨百枚を年利八分で、毎年、返還しなければなりません。食うや食わずで、一族総出で出来る限りの小作地を自分で耕して、残りの小作地を管理していけば、二十年ほどで返せるでしょう。

 無理ならその時点で農地を没収します。今、怒りにまかせて、アスランを死罪にするよりバーリフェルト家の為になります」


 アスランの家が所有しているという五百四十ドナムの農地全部で小麦栽培を行ったとして、二百三十トンばかりの小麦になる。このうち四割が年貢、一割五分が種籾なので、最大百五トンほどを売却できる。


 これは、市場価格で金貨八百枚ほどの価値がある。これなら、一年を経ずして借財を返せるが、小作から土地を取り上げて自分は野草を食べたとしての空想的な数値である。


 リファニアにはエリという面積単位がある。一エリは二十五ドナムで約二ヘクタールである。これは、男性一人が牛や馬を使役して耕せる耕地の広さとされている。


 後でプロシウスが教えてくれたアスランの家とその累計で成人男性は九名で、女子供を動員しても十五エリが自分達で耕せる限度ということだった。また、残りの小作地からの収入は金貨十五枚程度ということだった。


 十五エリ、すなわち、三百七十五ドナムの耕地全部からの余剰小麦の売却額は三百数十枚である。

 しかし、自分達の食い扶持を考えると精々金貨七十から八十枚が限度である。これに、小作地からの金貨十五枚が加わる。


 七年ほどで返せそうだが、利子の八分というのがくせ者である。リファニアの利子は単利であるが、元金を全て返すまでは元金が基準となった利子がつくのである。


 だから、毎年、八分の利子だけで金貨四十枚である。そのため、元金は一年で四十枚ほどしか減らない。


 それでも、十二年から十三年で返済できそうだが、その間には凶作の年もあり、自分達の食い扶持を考えれば、幾ばくも返せない年もある。プロシウスが二十年ほどで返せるだろうといったのは現実的な数字である。

 

「計算では十二年ほど返してくれれば農地を没収してもこちらに損はありません。それに加えて、一族の男は老人子供を問わず年に六十日は兵や雑役夫として自弁で代官所の配下に入ることを承諾させました。

 代官所としては、かなりの経費節約になる上に、盗まれた年貢の返済には関係しませんから上手い話ということになります」


 プロシウスは、かなりドライなことをさらりと言ってのけた。


「かなり腹黒ですね」


 祐司はちょっとあきれたように言う。


 中世世界のリファニアでは、連座制が当たり前である。それも、年貢の横領となると本人は死罪、一族が全員牢に入れられても文句は言えない。それを、罰金だけで許そうというのである。

 ただ、プロシウスは、恩を売るようで、搾り取れるところから絞るだけ絞ろうという考えである。


「実は、アスランに働く元気を与えました」


 プロシウスは、更に深慮をしていることを匂わす発言をした。


「ひょっとして、ナスターズさんのことですか」


 頭の回転の早い、パーヴォットが聞く。


「そうです。結婚を認めました。いや、そう勧めたのです」


 プロシウスは、そう言うとにやりと笑った。


「アスランさんは、ナスターズさんと自分の子を置いては逃げられませんね」


 パーヴォットも、プロシウスと同じようににやりとして言う。祐司はそんな仕草をするパーヴォットが嫌いではない。


「まあ、そういうことです」


 祐司が見るところ、パーヴォットとプロシウスは波長が合っているらしい。


「ところで、今日はアッカナンさんの姿が見えませんね。早朝に、使いにきたのですが」


 祐司は、バーリフェルト男爵家と祐司の連絡係であるアッカナンが出迎えてくれると思っていたので、いつまでも、アッカナンが姿を見せないのが不思議だった。


「アッカナン殿は、大殿といっしょに王宮に出仕しております。祐筆ですからね」


 リファニアの祐筆は文書の作成、管理と並んで秘書的な役割がある。もちろん、専門の秘書官も存在するが、祐筆のアッカナンを連れていったということは、王宮でバーリフェルト男爵が発給する文書があるのだろうと祐司は推測した。


 中世段階のリファニアでは、王、高官、特定の家中などへの書簡は、決まった祐筆が作成する。筆跡が常に不変ということで、間違いの無い文書であることを証明するためである。


 このため、リファニアの祐筆は各自が特徴のある字体を自ら考案している。



 部屋のドアが開いて、侍女のマンティーヌが顔を出した。


「当家のマメダ・レスティノが、ジャギール・ユウジ殿に火急の用と言うことで見えています。通していいですか」


「あ、はい」


 祐司には止める理由もない。


 すぐに、息を切らしたマメダ・レスティノが部屋に飛び込んできた。外は冬景色というのに、軽く額に汗が滲んでいる。


「ああ、よかった。やっと会えました」


 マメダ・レスティノが嬉しそうに言う。


「わたしをお探しでしたか」


 祐司は、どうもあまりよろしくない要件の予感があった。


「はい、ジャギール・ユウジ殿の屋敷に行ったところこちらを訪問中ということで、急いでやってきました」


 マメダ・レスティノはさらりと言うが、バーリフェルト男爵家の家臣であるマメダ・レスティノが、祐司がバーリフェルト男爵家を訪問するという情報を知らなかったのは、どこか抜けているバーリフェルト男爵家の法則がまた発動したと思った。


 今日、祐司がバーリフェルト男爵家を訪問するのは、昨日の夕べには決まったことに違いないからである。


「何事があったのですか」


 祐司が、まごまごしているマメダ・レスティノに声をかけた。


「はい、それが‥」


 マメダ・レスティノはプロシウスの方を見て困ったような顔をしている。


「外に出ますか」


 プロシウスが、そう言って部屋を出かけた。


「いいえ、いいです」


 今度は思い切ったような感じでマメダ・レスティノが止めた。そして、祐司の方に向直った。


「御者のサトスコさんを一日貸して下さい」


「サトスコさんを?」


「十二所参りの折に、見つけた変死体の件です」


 マメダ・レスティノはいまさらのように声を潜める。


「何があったんですか」


「死体が消えました」


「死体が消えた?」


 祐司は意外な内容に、パーヴォットと顔を見合わせた。


「はい、実は、エランネ神殿の側の屯所から、その日のうちに死体を回収に出ればよかったのですが、出払っていた人手が揃った時には、すっかり夜になったので翌日回収にでました。

 ところが、サトスコさんが置いた目印は、すぐに見つかりましたが死体はいくら探してもないという報告がありました。

 誰かに持ち去られた可能性が高いのですが、念の為にサトスコさんに、場所が間違いないかを確認してもらいたいのです」


 変死体がなくなったことで、サトスコまで動員しようというからには、ただの変死体ではなかったようである。


「わかりました。それでしたら、私どもは、早々にここを辞してサトスコさんには、貴方を連れて馬車で現場に行ってもらいましょう」


 祐司は、どうすれば段取りがいいのか頭で整理してから言った。


「あ、それは助かります。では、明るい間に到着したいと思います」


 マメダ・レスティノは、そう言うとプロシウスにすまなそうな顔を向ける。


「聞いてのような事情ですので」


「府内警備隊の仕事なら致し方ありません。今度は、お時間をいただいてゆっくりとお話をお願いします。

 ただ、お帰りになることを、ブアッバ・エレ・ネルグレット様にお伝えして来ます。少々、ここでお待ちください」


 プロシウスは、祐司達の返事も聞かずに小走りで部屋を出て言った。


「わたしも、家中から応援を出せと、本部から言われていますので、手配してきます」


 マメダ・レスティノもそう言い残して部屋を出て行く。祐司とパーヴォットだけが取り残された。


「ユウジ様」


 パーヴォットが、きりりとした口調で祐司を呼んだ。


「なんだ」


「わたしはネルグレット様の方がいいです」


 いきなり、唐突なことをパーヴォットが口にした。


「どういう意味だ」


「ネルグレット様もサネルマ様も、ユウジ様の為にならない女です。でも、頭がよくて優しげな言葉と物腰で、ユウジ様を使おうとするサネルマ様より、ネルグレット様の方が分かり易くていいです」


 祐司も客観的に見ればパーヴォットの意見に異論はない。ただ、祐司は女性としてはネルグレットよりサネルマに惹かれている。

 祐司は頭のいい女性には、昔からすがすがしさを感じ、また、相手の方が頭がよくても話をしていて楽しい。



 プロシウスが部屋のドアを開けたかと思うと、プロシウスを押しのけるようにネルグレットが入ってきた。その後に、母親のサンドリネルと妹のサネルマが続く。


「ジャギール・ユウジ、事情は聞いた。致し方ない。また、来られよ」


 ネルグレットが、ちょっと仏頂面で言う。祐司とパーヴォットが、「はい」と言いながら頭を下げた。


「ジャギール・ユウジ殿、我が姉妹をどう評価します」


 サンドリネルが、少し笑いながら祐司に聞いた。


「唐突でございますね」


 祐司の言うように唐突過ぎる質問である。


「そういった話をしていました。人にどう評価されているのかを聞くことで人は成長するでしょう。

 我が夫の友人の話ですから、遠慮なさらずに言って欲しいのです。そして、バーリフェルト男爵家が存続することにご興味がおありでしたら」


 祐司は、サンドリネルの言葉に捨て身の覚悟のようなものを感じた。祐司はサンドリネルの覚悟を受け取った。


「ブアッバ・エレ・ネルグレット様は、頭のいい方です。もちろん、妹のデジナン・サネルマ様も大層、明晰な頭脳をお持ちです。

 多分、ブアッバ・エレ・ネルグレット様より、デジナン・サネルマ様の方が、策を立てて慎重にことを進めることには長けているでしょう。


 しかし、大胆にことをかえること、それもちゃんと理解しての上で、人を臣従させて物事をかえることは、ブアッバ・エレ・ネルグレット様の方がおできになるように感じます。


 ただ、それには、具体的な方策を進言する相談役が必要に思えます。わたしは、プロシウス様が、ブアッバ・エレ・ネルグレット様の秘書官になったのは適役だと思います。 

 そして、すぐにそれを決断したブアッバ・エレ・ネルグレット様は優れたお方だと思います。


 デジナン・サネルマ様は、賢いお方です。でも、その知恵を使って大胆に決断するのは、ブアッバ・エレ・ネルグレット様にしかできないことです。


 失礼を承知でいいます。バーリフェルト男爵家を時勢にあった家に変えていくために神々は、バーリフェルト男爵家にブアッバ・エレ・ネルグレット様を遣わしたように思えます」


 祐司は、言い終わると深々とネルグレットに礼をした。


「買い被らないで欲しい。わたしは、そんな力のある人間ではない」


 ネルグレットがどぎまぎしながら言う。祐司は今までにないネルグレットを見たと思った。

 ネルグレットに大胆さとともに謙虚さが加われば、女性当主ながらもバーリフェルト男爵家が遅れを取ることはないだろうと感じた。


「ブアッバ・エレ・ネルグレット様、人間には弱いところがあります。だから、誰かの助けをお互いに必要とします」


 祐司はネルグレットの目を見て言った。


「まったく、わたしと母上も同じ意見ですわ」


 サネルマが嬉しそうに言う。



 ドアが開いて、マメダ・レスティノが祐司とパーヴォットに声をかけてきた。


「ユウジ殿、さあ行きましょう。あっ」


 部屋に飛び込んで来たマメダ・レスティノが、主家の三人の女性がいることに気付くと傍目にも慌てた様子になった。


「さあ、レスティノ、ジャギール・ユウジ殿を連れてお役目をしっかりと果たせ」


 恐縮しているマメダ・レスティノにネルグレットが声をかける。ただ、その声は居丈高な調子ではなく優しげな感情がこもっていた。


 祐司達は、深々とサンドリネルと、姉妹に一礼をすると部屋を出た。


「縮み上がりました」


 廊下を歩きながら、マメダ・レスティノが呟いた。祐司はバーリフェルト男爵家の人々とは、多少打ち解けた関係になっているが家臣にとってサンドリネルとその姉妹は畏敬の対象である。

 そして、祐司はバーリフェルト男爵家が維持されるためには、家臣から畏怖される当主と身内でなければならないだろうと思った。



みぞれだ」


 正面玄関から出た祐司が空を見上げながら言った。


「きっと、すぐに雪になります」


 パーヴォットがすました感じで言う。


「何故、わかる」


「空の色が違います。雪の色です」


 パーヴォットの言うように、雲底は濃い灰色をしていた。



挿絵(By みてみん)




 客間に残ったサンドリネルと二人の姉妹は、話し合いを続けていた。


「たとえ親からであっても、人に言われて人間はすぐに受け容れて変わることは、まずありません。でも、わたしの言っていることは理解できますか」


 サンドリネルは、子供に諭すような感じでネルグレットに言った。


「はい、お母様、よくわかります」


 ネルグレットは、ここで、言葉を句切ると、何事か吐露するように口調を変えて母親のサンドリネルと妹のサネルマに言った。


「お母様、サネルマ、わたしの至らないとろはこれから遠慮しないで教えて欲しい」


「わたしが何かを言っても、もう、怒りませんか」


 サネルマが、少し微笑んで答える。


「そんなに怒っていたか。‥怒っていたの」


「はい、お姉様は、跡取りになってから人が変わってしまいました。一番変わったのは言葉遣いです」


「そうか。‥そう‥どう言えばいい」


「”そうだったの”ですわ」


 サネルマが、優しい口調で答える。


「‥そうだったの」


 ネルグレットの言い様はたどたどしい。


「お姉様、お姉様が後継ぎになられても、夫をたててお姉様は、普通の貴族の女性のように話して振る舞われればいいのです」


「わかった。‥わかりました。いやおかしい」


「”わかりました”でいいですわ」


 サネルマは、まるで幼い妹を相手にしているように、姉のネルグレットに言う。


「サネルマ」


 ネルグレットが、力を込めて言う。


「なんですか。お姉様」


「わたしは、この乱世がもっと激しくなると思って‥います。だから、肩を張ってわたしがバーリフェルト家の先頭にたっていかなくてはと思っています。

 でも、それが、お母様の話を聞いて、ただの滑稽な女を演じていたことに気がつきました。


 サネルマ、もう一度頼みます。わたしの至らないことを教えて。どうか、嫁に行っても、わたしとバーリフェルト家に助言して」


「わかりました。お姉様」


 サネルマはネルグレットの目をじっと見ながら言った。それを、サンドリネルは微笑みながら見ていた。


 ネルグレットは窓に近づいて外を見た。


「雪だわ。でも、冬はやがて春になりましょう。でも、世情はこれからどんどん激しい風雪の様相になるでしょう。

 それは、きっと何年も続くでしょう。わたしは、それに対処するために、賢い女になりたいと思います」


 ネルグレットは、バーリフェルトのダゴル城でバーリフェルト男爵家を時勢に合うように改革しようと決心した。そして、今、ネルグレットは、それができる人間になると新たな決心をしたのだ。

(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き 虹の里、領主領バーリフェルト15 ネルグレットの決心 参照)

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