霧雨の特許都市ヘルトナ10 誘拐
次の日、祐司が鍛錬と薬草の採取から戻ると、下宿屋の前でヨスタとキンガが立ち話をしていた。かたわらには、ユウジが見覚えのあるパーヴォットの小僧仲間が不安げな顔で立っていた。
「おや、どうしたんですか?」
祐司の問いかけにヨスタが眉間に皺を寄せて難しい顔で答えた。
「ユウジ様の武芸鍛錬が終わる頃を見計らって、また薬草売りのお誘いをしようと思いましてローウマニ、いやパーヴォットを使いに出したのです。ユウジ様が留守だったらそのまま帰ってくるように言いましたが、待てど暮らせどもどってきません。
そこで、父親の所に行ったのかもしれないと思い別の小僧を使いに出しました。わたしはわたしで、直接ユウジ様をお誘いにあがったところで、キンガさんにばったり出会いました」
キンガも沈んだ声で続ける。
「知らせを聞いて、ヨスタ殿の店に行く途中でヨスタ殿に出会った詳しい話を聞いていたところだ。
パーヴォットはオレの家には来ていない。仕事の途中で家に寄ったことなんか一度もない。あいつは、ぼっとしているようだが言いつけられた仕事はきっちりする」
「それは、認めております。ですから、ちょっとした使いなどはパーヴォットに任せていたのでございます」
ヨスタはキンガに同調した。
「使いに出してからどのくらいになるんですか?」
祐司の問にヨスタはますます心配そうに答えた。
「一刻をだいぶ過ぎております」
少し間を置いてキンガが思い切ったように言った。
「ユウジ様、まずいことになりました。ひょっとするとパーヴォットは誘拐されたかもしれません。希にですが、人買が子供を掠うことがあります」
「ともかく、オレは守備隊へ行ってくる。そして、街を出た人間がいないか確かめる」
ヨスタの言葉を聞いてキンガは路地の入り口の方へ走りながら言った。
「わたしもキンガ師匠について行きます。ヨスタさんは、私の馬を用意しておいてください」
祐司はそう言いながらキンガの家で見たバルタサルとかいういけすかない男を思い描いていた。
「ユウジ様、今までの相手とはまた違った敵です。できるだけ情報を仕入れることを薦めします。馬はキンガさんの家の前につれてきておきます」
ヨスタも誘拐犯に確信があるらしく心配げに言った。
「よろしくお願いします」
祐司はもう走り去ったキンガの後を追いながら答えた。
守備隊の門の前で祐司はキンガに追いついた。キンガは顔が利くのかすぐにジャベンジャ隊長の司令室に通された。
「キンガ副長、急用とは何か」
キンガを見たジャベンジャ隊長は予感があったのか言葉付きが鋭かった。キンガは挨拶もそこそこに手短に状況を説明した。
話を聞いたジャベンジャ隊長はすぐに門番をしていた兵隊を呼び出した。さらに、市門へ急使を出してくれた。
門番をしていた兵隊の報告を要約すると、パーヴォットが使いに出てから、先程まで街を本格的な旅装束で出って行った者達は三十人、その中にベガウトと似た風体の男がいてカセレトという名の信者登録証を持っていた。
連れはきゃしゃな若い小男、それに若い女が一人、そして、馬方が彼らの布袋にまとめた荷物を積んだ馬を引いていた。荷物は羊毛ということで、一応、手を当てて探ってみたが怪しいところはなかった。
「パーヴォットを羊毛の中に隠していたんだ。ベガウトも羊毛袋に入ってうまく抜け出したんだ。
街に入る荷物は入念に調べても出て行く荷はほとんど調べない。門番が手で一応探ったのも一行の雰囲気が悪かったからでしょう」
キンガは門衛を庇うように言った。祐司は、緊急な時にでも人間関係に配慮を忘れないその世慣れた姿に感心した。門番を悪く言うことは上司のジャベンジャを非難することでもあるからだ。
「女というのは誰でしょう?」
祐司が聞いた。
報告に来た兵士がジャベンジャ隊長の方を見た。ジャベンジャ隊長が目配せで許可の合図をする。
「ルードビニという男の妻ということでした。ルードビニの妻という一文が入ったラーマニア神殿の信者証明を持っておりました」
「ラーマニア神殿か。どうやら奴らは商品二人をこの街から盗み出したようだな」
ジャベンジャ隊長が忌々しげに小声で言った。祐司は人間を直接商品と表現することに困惑した。
「では、ジャベンジャ隊長、わたしは我が子パーヴォットを取り返すために武装して街を出ます」
キンガは姿勢を正すと兵隊が上官に報告するような口調で言った。
「残念ながらこの街を出てとなると我々の手には負えん。手助けできないのがもどかしいが、夕刻にはオレは非番になるから個人の資格で有志を募って助太刀に行く」
ジャベンジャ隊長は右手でキンガの肩を持ちながら言った。
「ジャベンジャ隊長、これはわたしの問題です」
「オレに借りを返させない気か?それに、連れ出した若い女が少し気にかかる。ひょっとすると捕り物になるかもしれん」
ジャベンジャ隊長は何か心当たりがあるらしかった。
「ジャベンジャ隊長、時間が惜しいのでこれで失礼します」
キンガが部屋を出て行こうとすると市門から報告を持って兵士がやってきた。
「半刻ほど前に三人組といっしょに出て行った馬方が帰ってきました。街から出て二リーグほど行ったところで、ここまででいいと行って荷物を自分達で担いだそうです。馬方は約束どおりの報酬を要求したそうですがわずかな銅貨で追い払われたと言っております」
「馬方はどこまでの約束をしたんだ」
立ち上がったジャベンジャ隊長はキンガ達が聞きたい内容を先んじて聞いてくれた。
「キリオキス山脈の麓まで銀貨二枚の約束だったそうです」
「馬方を雇ったのは怪しまれずに街の門を出れればいいという算段だったんだろう」
現在交通途絶になっているキリオキス山脈という行き先はまったく考えられない。案外、キンガが考えているはずの本命の地名を告げた方がこちらが混乱する可能性がある。祐司にはベガウトという男はどこかで間が抜けているように思えた。
「それから、追い払われた場所に仲間がもう一人いたそうです」
「どんな奴だ」
ジャベンジャ隊長は少し眉をひそめて聞いた。
「かなりの年の旅人としか。初めて見る男だったそうです」
「少なくとも相手は四人か。キンガの腕は知っているが、少なくとも一人はかなりの手練れだ。一人ではきついぞ」
ジャベンジャ隊長はキンガに静かに言った。
「なぜ手練れがいると?」
キンガが尋ねるとジャベンジャ隊長は椅子に座り直して答えた。
「怪しい奴が街に入ったら調べるさ。古参兵に面通しをさせたところ一人割り出した。バルタサルという男だ。仲間内では”片目のバルタ”という名で知られている。
傭兵崩れで右目が効かんが剣の腕はまだ確からしい。特に乱戦では無双の戦士という評判だ」
「わたしが同行します」
突然、祐司が名乗り出た。そう言ってから、祐司は「言ってしまったよ」と心の中で呟いた。祐司は、いまだに、リファニアでの自分が夢の中の存在のように思える。
夢の中で自分が勇者にでもなったような心境で言ってしまったのだ。ただ、言ったからには祐司は度胸を決めた。
「これはオレの問題だ。弟子のお前が口を挟むことではない。第一、これは鍛錬やお遊びではなく命のやり取りになるかもしれないんだぞ」
キンガが激しい口調で祐司を止めた。
「師匠に習った武術が役に立つか試させてもらいます。それとも、まさか師匠は実戦で役にたたない武術を教えていたんですか」
祐司が静かに言ったことで決意の程が周囲に伝わった。
「勝手にしろ」
キンガは明後日の方向を向いた。
「ユウジとやら決して血気にはやるなよ。何事もキンガの指示を聞け。よい知らせを待っているぞ」
ジャベンジャ隊長は右手を祐司の肩に置いて言った。
「お言葉、心に刻みます」
守備隊を出た祐司は急いで下宿に帰って装備を集めるとキンガの家に向かった。家の前にはヨスタが祐司の馬を連れてきておりキンガが自分の装備を馬に担わせていた。
「あり合わせですが、弁当です」
ヨスタは樹皮紙の包みを祐司に渡した。さわり心地からパンとチーズが入っているらしかった。
「できるだけ早く追いかける必要がある。武具を着けるのは追いついてからだ。ユウジも早くしろ」
祐司がヨスタに礼を言っている途中からキンガが早口で声をかけた。
「出会い頭だったら武具を着ける間がありますか」
祐司は少々不安げに聞いた。
「武具なしで追いかけるつもりだった」
キンガは、そう言うと小走りに路地から飛び出して行った。




