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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ9  招かれざる客

 祐司がキンガの鍛錬を受けだして二十日ぐらい経った頃である。祐司は何度目かの薬草売買の帰りにヨスタの店に挨拶のために寄った。


 祐司が今日の商売の首尾について話し終わると、ヨスタはにこやかに祐司に言った。


「旅の芝居一座が来ました。わたしら家族は明日の枡席を予約しました。ただ、明日はペリナ神殿の春例祭があって休みの人間も多いので、朝の第四刻から始まるそうです。ユウジ様は鍛錬もありますし、ご興味があるのかも聞いておりませんでしたから、お誘いするのはどうしようかと思っていたのです。ユウジ様も興味がおありでしたら行ってみますか」


「行きたいですが、やはり師匠と明日の鍛錬の約束をしておりますので」


「明日は二回公演ですから、午後の公演なら鍛錬が終わって見られます。しかし、人手も多いでしょう。わたしも午後の公演の席を取りたかったのですが満員でした。

 立ち見席なら明日でも取れるかもしれませんが、ゆっくり見たいなら今日の方がいいかもしれません。今日は夕刻の七刻に始まるそうです」


「そうですね。最近、パーヴォットを見かけませんが案内してもらうと助かります」


「場所はペリナ神殿の隣ですよ。案内はいらないでしょう」


「そうですか。ここでの芝居見物など初めてですから誰かついて来てもらうと安心なのですが」


 祐司は何故かキンガの息子のパーヴォットという小僧を気に入っていたので、それとはなしにヨスタに甘えてみた。


「えらく、パーヴォットをお気に入りですね。パーヴォットは今日は特に仕事がありませんから行かせましょう」


「なんかご無理を言ったようで」


「気にすることはありません。明日は店員も連れていくことになっていたんです。でも、留守番にクジで一人残すことになりました。

 ユウジ様が今日、パーヴォットを連れて行ってくださるなら明日はパーヴォットに留守番をさせます。それで、留守番に当たった店員も喜びます」



 芝居小屋に行く途中、パーヴォットが見たこともないほどに、嬉しそうにしているので祐司は声をかけた。


「パーヴォットは芝居見物は初めて?」


「父に三回ほど連れて行ってもらいました。それから、店の者と一緒に、ヨスタ旦那が年に二回ほどは連れて行ってくれます」


「じゃ、結構詳しいんだね。色々教えてくれないか」


「はい」


今日のパーヴォットは返事まで明るいと祐司は気付いた。


 

 ペリナ神殿にくると、神殿の隣の一寸した広場に、小さな体育館ほどの四角いテントができていた。祐司はめぼしい”太古の書”の写本が終わったので、二日ほど神殿には来ていなかったのだ。


 テントの出入り口で客寄せが、「初日だよ。初日だよ。値引きするよ」「ワルシー一座で御座います。ご当地は二年ぶりの訪問で御座います」と大声を張り上げていた。


 木戸銭がどこにも書いていなかったので、祐司はパーヴォットに料金の目安を聞いてみた。


「枡席が一番上等です。この時間なら、かなりいい定食屋の仕出しもついてます。でも、二人の小さな枡席でも銀貨二枚はします。わたしはそんな席は行ったことがありません。


 普通に見るなら土間席です。土間といっても敷物がありますから座って見られます。銅貨三十枚くらいです。一番後ろの立ち見席は地面です。

 でも、座り込んで見る人もいます。わたしは大抵、そこで見ます。それでも銅貨十五枚はしますし、評判のいい芝居なら銅貨二十枚かもしれません」 


 庶民なら一日の食費に銅貨五枚程度の感覚であるから、銀貨二枚となると一人の一月分近い食費になる。


「じゃ、決まりだ」


 祐司は客寄せに声をかけた。


「二人用の枡席を頼む」


 客寄せは、巡礼姿の祐司と、どう見ても商家の小僧というパーヴォットの組合せにちょっと戸惑っているようだった。


「はい、銀二枚と言いたいが、今日は初日で御座いますので、銀一枚と銅貨四十枚となっておりますがよろしいですか」


 祐司の顔を見ている客寄せに、その金額を渡すと客寄せは満面の笑みを浮かべた。パーヴォットは半分、口を開けていた。


 パーヴォットによれば初日に値引きするのは移動してきたばかりで、疲れもあって、役者が演技に熱が入らないだろうという理由で避けるという風潮があるためだった。


「はい、ありがとうございます。枡席でお二人様ご案内」


 木戸口から年配のきれいに頭が禿げた男が出て来て、丁寧な物腰で祐司達を席まで案内してくれた。後で気が付いたが、この男も役者の一人だった。旅の一座なので表裏なしに何役もこなさねばならないようだった。

 パーヴォットは、何度も自分には分に過ぎますと固辞していたが、祐司が手を引っ張って席に座らせた。


 舞台は客席と同じ高さである。そして半円形に客席にせり出している。見て貰う方が高い所にいるのはおかしいという理由らしい。


 枡席と表現したが、土足のリファニアの枡席とは、小さなテーブルに椅子の組合せである。食事が付くと言うところから、早い話が、枡席に限って言えばディナーショー形式に近い。別注で酒も注文できる。


 この枡席は客席の中程にあり、客席の前が土間席、後ろが立ち見席である。立ち見席は、すぐ前に枡席の客が椅子で座っているのでどうしても立って見なければならない。

 ただ、二段ほどの木の台が設置されていて後ろの方でもなんとか舞台が見られるにはなっていたが子供には辛いだろうと祐司は思った。


 四半刻ほどで演目が始まった。席は初日で値引きしていたくらいなので八分ほどの入りだった。

 特に枡席は四分の一も埋まっておらず金に余裕のある層は出来が良いとされる二日目か三日目にくるらしい。その分、元から安く値引きのある立ち見席は満員に近い入りだった。


 舞台の上のテント布は採光のために開け放しになっていた。夜間や冬は巫術師による明かりが入るのだとパーヴォットが言った。

 部屋や特定部分を明るくしておく巫術は比較的難度が高く常に明るくして置くには巫術師がそこに居続ける必要がある。そのため、夜間や冬の木戸銭は幾分高めになる。


 スヴェアは一度術をかければ、数時間は明るさが持続したが、それは希有なことであることを祐司は次第に理解していた。 



 リファニアの芝居は、一種の音楽劇だった。役者は少し節の入った台詞を言い。時々、独唱したり、合唱が入る。そのたびに数人の小型の琴と琵琶のような楽器を持った楽団が舞台の端で音楽を奏でた。


 演目はリファニアでは人気のある貴種流離譚きしゅりゅうりたんの一つである。この日見たのは、子供の頃に掠われた伯爵の子が、庶民として生活しながら艱難辛苦の末に、もとの親のところに戻り爵位を継ぐという話だった。


 歌はそれなりに聴かせたが、台詞が間延びしているのと、演技はどう見ても素人劇団に毛が生えた程度で祐司は少々退屈していた。

 それに、引き替えてパーヴォットは、キンガのお気に入りの定食屋の料理よりは数等上等な料理を食べることを忘れて食い入るように見ている。また、祐司にはどういったことのない場面でも、客席からすすり泣きや、笑い声が起こる。


 やはり、リファニアは娯楽の少ない社会だと祐司は理解した。


 劇は三時間近くかかった。その後に、座長が出て来て口上を言った。


 口上からワルシー一座という名は座長の名ではなく、今は戦乱で荒廃してしまった南クルトの首邑イフリトリの通りの名前だった。

 歴史のある一座でイフリトリで常設の劇場も持っていたという。それが、戦乱で旅の一座になってしまったが、パーヴォットによれば田舎回りの一座とは格が違うといって、観劇に連れてきてくれたことを何度も祐司に礼を言った。


 座長の口上の後は、歌や踊りがあった。これも二時間近くかかった。笑いを取る寸劇が合間に何回もはさまる。現代日本の漫才やコントを知っている祐司からすれば、その程度で爆笑するなら明日から役者で食ってやるというレベルであった。


 祐司が、はっとしたのはある斉唱であった。男女が歌う恋愛の歌だが、聞いている途中で、聞き覚えのあるメロディーであることに気が付いた。


 祐司は最後まで、そのメロディーが何の曲と似ているのかは思い出すことはできなかった。


 芝居が終わってパーヴォットをヨスタの店に送っていった時は祐司はもうそのことを忘れかけていた。


「おやおや、案内につけたローウマニがユウジ様に送られてくるとは」


 ヨスタは笑いながら、パーヴォットの頭をさすった。パーヴォットは小さな声で「すみません」と何度も繰り返した。


 ヨスタがパーヴォットのことを仮名のローウマニで呼ぶのは商家では年季奉公で預かった子供を仮名で呼ぶという風習に過ぎない。

 祐司はジャベンジャ隊長にローウマニという言葉の意味を聞いてから、パーヴォットより小僧さんに似合う名だと感じていた。




 次の日、いつもと同じようにキンガ師匠の家に出向いた祐司はキンガの家の前に近所の住民らしい数名のおかみさんや、隠居みたいな老人が集まっているのに出くわした。


 中には見知った顔もあったので祐司が会釈をすると、こわばった顔で会釈を返す。


 祐司は手で集まった人々をかき分けて開け放たれているドアの前に立った。


 キンガと誰かが室内で言い争っている声がした。祐司はドアのかげで傍耳を立てた。



「何度言っても同じだ。断る」


 興奮したキンガが怒鳴っていた。


「自分の子を売ることはできない」


「ミシャーリーはオレの子だ。それを下手に出て、餓鬼に食わせてもらった駄賃までを渡そうっていうんだ」


 男の声がした。このリファニアの世界でも言葉尻で堅気の声とは異質の声であることが分かる。


「ところで、リャニーメルはどうしてる」


 キンガが話題を変えようとしているようだ。祐司はそっと、戸の隙間から中を覗いた。


 正面に、派手な作りだが古びた白狐の帽子被った四十歳程の男の横顔が見えた。昔、派手な喧嘩でもしたのか鼻の右半分が酷く潰れていた。


「あの婆か。そう言えば随分と昔の話になったな。ヘルトナを出てからオレらは南クルトでしばらく兵隊相手の行商をしててな。人寄せに時々婆に客を取らせていたら、あんな婆でも気に入る兵隊もいてよ」


 その男が薄ら笑いでキンガに言う。しゃべっている男の他にも二人ほど人影が見えたが後ろ向きに立っているので顔や仕草は見えない。

 

「貴様、リャニーメルを売ったな」


 祐司はキンガが自分を抑えながらも本気で激高しているのがわかった。


「人聞きが悪いぜ。あいつも承知の上だし、てめえの女をどうしようがオレの勝手だ」


「どこで売った。買い戻す」


「あんな婆が売れるものか。さっきも言ったようにオレの商売を手伝わせていただけだ」


「じゃあ、今はどこにいるんだ」


 キンガが自分を抑えて言っているのが祐司にもよくわかった。


「黙って探さしてもおもしろいが、オレもそこまでは鬼じゃない。あいつは手の届かないとこにいったさ。

 しばらくは、兵隊達とよろしくやっていたが、年甲斐もなくがんばりすぎたんだな。四五日寝込んだと思ったら血反吐を何回か吐いてそれっきりだ。オレは死体の穴掘りをさせられて大迷惑だ」


「そのことは、あの子には言うな。そして、娘は絶対に渡さんからとっととこの街から出て行け」


 かなり間をおいてキンガが絞り出すような声で言った。


「表だったことはしたくなかったが参事会に訴えるぞ」


 また、間をおいて男の声がする。


「勝手にしろ」


 今度はキンガが間をおかずに怒鳴った。


 ドアが突然開いたので、祐司はあわてて飛び退いた。男が続けて三人出てきた。最初に出て来たのが、服装から祐司が後ろ姿で見て、キンガと話していた男らしいと思われた。


 大きな顔の髭面の男で四十位だろう。がっしりした体格だが背は祐司よりかなり低かった。

 リファニアでは祐司は大男で大概の男を凌駕していたが、その男はリファニア人の中でも背は低いように思えた。


 二番目の男も少し小柄な感じがするだけで特徴の薄い若い男だった。多分、自分より若いのではと祐司は思った。

若い男はキンガの家から出てくると、何故かにやけた笑い顔で祐司を小馬鹿にしたように見た。小ぶりの剣を腰に差しているが、人を恫喝するには似合わないような雰囲気の男だった。


 大学時代の知り合いに、同じような雰囲気の男がいたことを思い出して、尻の軽そうな女にならもてるかも知れないなと祐司は感じた。


 最後に出て来た大ぶりな剣を腰に下げた男が祐司を睨んでいった。この男は、大柄で祐司と同じくらいの背丈だった。男は腰の剣に加えて祐司が今まで見たことのないような大きな剣を背負っていた。

 かなり威圧感があり、大きな裂傷のあとが右の頭から顔にかけて走っている。その傷の延長にある右目は半分閉じたような状態だった。多分、右目は使えないのだろうと祐司は感じた。



 しばらくすると、大きな息をついたキンガが出て来た。手には五十センチほどの刃渡りの剣が握られていた。


「大声を出してすまなかった。もう、厄介ごとは終わったから帰ってくれないか」


 集まっている人々にキンガは頭を頭を下げた。人々はお互いの顔を見合わせながら去っていった。


「誰ですか?」


 人の気配が無くなってから祐司はキンガに聞いた。


「お前には関係ない。もう、オレが追い払った」


 祐司の問にキンガは恐い顔で黙ったままだった。


「あいつがベガウトですか?」


 祐司は半ばカマをかけて聞いた。ジャベンジャ隊長から聞いたキンガに関係あるという男の名前である。


「ああ、そうだ。パーヴォットの父親だとぬかしている奴だ。あんないい子の親があいつの訳がなかろう」

 

 キンガは今度は聞かれもしないことを続けて言った。


「パーヴォットはオレの子として居住登録してある。あいつが参事会に訴えようがどうにもならない。裁定前に門前払いだ」


「あの男はミシャーリーとか言ってましたが」


「あいつがつけた、パーヴォットの名だ。リャニーメルに、子供の名をつけてくれと泣きつきかれてパーヴォットなんて男か女かわからん名をつけてしまった。

 まあ、名前に関してはあいつのほうが、良い仕事をしたのかもしれん。だが、オレはミシャーリーなんて源氏名みたいな名より、古風でもパーヴォットのほうがあいつに似合ってると思ってる」


 リファニアのネイティヴではない祐司には感覚的によくわからないが、ミシャーリーという名の響きは、水商売的な響きがあるようだ。


「キンガさん、するとパーヴォットは本当は女の子なのですか?」


 祐司は思わず聞いた。


「それについては、今は話したくない」


 キンガの表情から説明する意志のないことは明らかだった。


「さあ、今日の鍛錬に行くぞ」


 黙っている祐司にキンガは威勢良く怒鳴った。


「今の男達のことはジャベンジャ隊長に知らせなくてよいのでしょうか」


 祐司はジャベンジャ隊長との約束を果たそうと思ったが、師匠であるキンガに無断ですることもはばかられた。


「これしきのことでジャベンジャ隊長の手をわずらわすこともない」


「あのベガウトという男は偽名でヘルトナに入った可能性が高いのです。その男を見かけたのにジャベンジャ隊長に報告しないわけにはいきません」


 祐司は、いくら手練れのキンガでも手に余るように思えた。三人の男はチンピラであることは祐司にもわかっていた。現代日本でもリファニアでも、チンピラ特有の雰囲気は変わらない。

 しかし、チンピラの中でもたちの悪いチンピラであることも祐司は感じていた。特に最後にキンガの家を出って行った隻眼の大男は侮りがたい気がした。


「そうだな。今日の鍛錬の帰りに兵舎に寄ろう」


 キンガはしばらく考えてから言った。


 いつも祐司が稽古をつけて貰っている場所でキンガは、体慣らしの稽古の後で祐司にたずねた。


「お前さんの槍の腕は、取りあえずの段階になった。後は毎日、少しの時間でも良いから稽古を続けることだ。

 もう、そろそろこの街を出る頃だろう。槍以外に何か他に教えて欲しいことはないのか?」


 実は祐司は、この世界での自分のアドバンテージを生かせる武術として身につけておきたいものがあった。


「おっと、弓矢だけは勘弁してくれ。自分でなら最低限のことはできるが、人に教えられるような腕はないんだ。それに、弓はしばらくほったらかしにしてるから、つるを替えたりして、調整しなくちゃならないんでな」


 キンガが弓の教授を断ったのは、人並み優れたものでないと見せられないというキンガの自尊心からだろうと祐司は思った。


 祐司はスヴェアから弓矢をかなり叩き込まれていたので、元から弓術を教わる気はなかった。

第一、祐司の放つ最初からもの凄い勢いで飛翔する矢を見たらキンガが不審がるのは目に見えていた。

 リファニアでは巫術のエネルギーの影響で矢は、最初はゆっくり飛ぶのが常識だからである。


「短剣やナイフを投げるコツを教えて下さい」


 祐司は短剣などの、自分の手を直接使って短距離しか飛翔させない物を習ってみたかった。それなら最初から高速で飛ぶことを自分の腕前だとして誤魔化せるだろうと思っていた。 


「そんなものは、不意打ちしか役にたたない……、そうだな、ユウジには役に立ちそうだな。よし、道具を用意しておく。明日、槍の手合わせがすんだら教えてやろう」



 この術が祐司がキンガより習った最後の武芸となった。

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