霧雨の特許都市ヘルトナ8 初めての商売
地味な話は、この話までで次話から少し祐司の周囲が、きな臭くなってきます。
次の日、祐司は朝から昼前までキンガにしごかれて、ふらふらになって下宿へ帰ってくると、パーヴォットが表で待っていた。
「あのこと話したのですか?」
「ああ、一通りは話した。ただ、キンガ師匠はウンと言ったきり何も言わず。聞きもしなかった」
祐司はパーヴォトの目を見て言った。パーヴォットは、心当たりがあるのだろう、少し心配げな顔をしていた。
「で、なんの用だ?」
「ヨスタ旦那が、すぐに来てくれって。それから、手持ちの薬草も持ってくるようにということです」
祐司が薬草を革袋に押し込んでヨスタの店に顔を出すと、ヨスタもかなり大きな布袋に薬草を押し込んでいるところだった。
「薬草屋に行きませんか。少し商売の仕方も知っておいたほうがいいでしょう」
薬草屋は、ヨスタの店から数分のところに四五軒並んでいた。いずれも間口が三間ばかりの小さな店である。
ヨスタは、その内の一軒に入る時に、薬草屋はそれほど大量の品を扱う訳でもないからこれぐらいの店でも、大きな方だと教えてくれた。
「大将いるかな?」
ヨスタが声をかけると店先の椅子に座っていた手代のような若い男が慌てて立ち上がった。
「ヨスタ様ですか。今、すぐ呼んできます」
「これはこれは、ヨスタ旦那直々のお出でとは珍しい。お手柔らかにお願いいたしますよ。今日は買い取りでございましょうか?」
五十年配の頭のはげ上がった男が営業スマイルで出て来た。
「ああ、手持ちの分の乾燥が終わったから売りにきた。今日ので最後だ」
「そちらのお方は?」
「ジャギール・ユウジ、巡礼です」
祐司は頭を下げて丁寧に挨拶をした。
「アヒレス村の千年巫女神殿神官長であるナチャーレ・グネリ様から世話を頼まれたんだ。若いが薬草を見る目は持っている。巡礼の旅のかたわらで薬草を集めていたらしいので見てやってくれないか」
ヨスタが祐司の身元を保証した。薬屋も軽く祐司に会釈した。そして、最初にヨスタの持ち込んだ、かなりの量の薬草の品定めから始めた。
「水甘草と白コケモモの葉ですな。白コケモモの葉は在庫がかなりあります。水甘草だけなら銀5枚、白コケモモの葉をいっしょで銀七枚ではどうでしょうか」
「これは厳しい」
ヨスタはそう言って値段の交渉に入った。小一時間も世間話を交えながら商談は続いた。結局、銀9枚と銅貨30枚という値で両者が手を打った。
それから、薬屋はおもむろに祐司の持ち込んだ、両手に束ねられるほどの薬草を眺めて言った。
「小幸草ですか。品はいいですが、たいした値段にはなりませんよ」
いかにも商売にたけた風情の薬屋は祐司を見上げるように言った。
「かまいません。値段を聞かせてください」
「銅貨で二十枚がやっとですな」
しばらく、薬草を手で確かめていた薬屋が言う。祐司は少し挫けたが五つばかり手に入れていた乾燥させたキノコを薬屋に見せた。
「これはどうでしょう?」
「土養タケですか。これは銅貨三十枚」
引き取り値段は交渉の結果で全部で銅貨五十五枚になった。祐司はヘルトナの街の近くでも見かけた、どこにでもある薬草にしては良い値がついたと思った。
「ヨスタさんは、黙って見てましたが銅貨五十五枚というのは相場ですか?」
「交渉によっては銀貨1枚と銅貨三十枚はいきますよ。今日はわたしが横にいたから、あの値段になりましたが、あなただけなら銅貨四十枚ってとこでしょう」
商売人が商売のことを語るだけあってヨスタの言葉は丁寧だが内容には遠慮がない。
「それでも、そんなになりますか?どこにでもあるような薬草ですけど」
銅貨四十枚でも、今の賄い付きの下宿で三日分の値段である。今日、売った薬草は、ほんの三四時間ほどで集めた物だ。それでそれだけの値段がついたのだから祐司は損な取引とは感じなかった。
「どこにでもあるはないでしょう。かたまらずに一本一本他の草に紛れて隠れるように生えている草ですから見つけるのは大変ですよ」
ヨスタはちょっと眉毛をつり上げて驚いた風に言った。
「でも、他の草と色合いが全然違いますから」
「そうですか?わたしなんぞ生えているところで小幸草を見ても、他の草と紛れてさっぱり区別がつきません。土養タケも上等な物は、ほんの少し頭の部分を出しているだけで地面の色に紛れていますしね」
祐司はヨスタの言葉に心当たりがあった。スヴェアと暮らした二年間の間で、色の見え方について微妙に祐司とスヴェアは異なっているのではないかと何度か思ったことがある。
特に薬草のように本来は緑系統の識別については、スヴェアがひどく鈍感に感じられていた。スヴェアは祐司が目が良いと感心していたが、祐司は比較する他の人間がいなかったためにあまり深く追求することはなかった。
祐司は極端な例えで、この現象を説明すれば、緑の発色だけ白黒テレビ並に落ちた感覚でリファニアの人々は世界を見ているのではないかと思った。
この現象は巫術のエネルギーの作用かもしれないが、今となってはスヴェアに聞いたり相談することもできない。
その上、祐司は巫術のエネルギーを溜め込んだ有毒な薬草を、巫術のエネルギーに由来する光で見分けることができた。
ただそのような薬草はごく弱い光を発するものを一つ見かけただけだった。そして、その薬草も祐司が手で引き抜くとたちまち光を失った。
説明はできなくとも、ありがたいことにこの祐司の能力は薬草探しに圧倒的なアドバンテージをもたらしている。
なんとか薬草探しだけで、貴重な路銀を減らさずに旅を続けられそうだと算段した祐司はこの状態を感謝した。
「ヨスタさん、巫術の力を溜め込んだ有毒な薬草はどう見分けるんですか」
祐司は以前、スヴェアが巫術の力を溜め込んだ植物を毒として使う巫術師がいると聞いたことを思いだした。
「献上するような薬草は巫術師に全部を味見してもらいます。後は何本かの株を混ぜ合わせて毒の効果を押さえます。
まあ、有毒な薬草をそのまま服用しても、それで命にかかわるようなことはほとんどありません。毎日同じ薬草を服用するような者でも数年に一回あるかどうかのことですから運が悪かったと思うしかありません」
ヨスタは大した問題ではないような口ぶりだった。有毒な植物もそれなりに悪意を持って使用しないとそう恐れるものでもないらしい。
「ヨスタさん、この街で武具、具体的にはヘルメットなのですが、それを金属盤から作ってもらうならどこでしょうか?」
薬屋を出ると、ついでだと思って祐司はヨスタに聞いた。
「鍛冶や武具職人なら南西地区のガレ通りに集まってます。ちょうどこの裏手になりますから今からいきますか」
予期せぬヨスタの厚情に祐司は慌てた。
「いいえ、そこまでお世話になるには及びません。それに、頼みたい材料を下宿に置いていますから」
「じゃあ、取りに行ってから武具屋に行きましょう。武具や鍛冶については少々目が利きますから」
なおもヨスタの申し出を固辞する祐司にかまわずにヨスタは祐司の下宿の方向へ歩いて行った。
祐司は申し訳なさで一杯になりながら、アヒレス村で鍛えて貰った金属盤とハンマーのうち小ぶりな方を持ってヨスタの案内で鍛冶屋が並ぶ通りに向かった。
二メートルほどの幅の通りの両側に数軒の鍛冶屋が並んでいた。十人近い徒弟を使っていかにも繁盛してそうな鍛冶屋の前でヨスタは止まった。
「実はこの金属盤からヘルメットを作って欲しいのです」
祐司は持っていた布包みから金属盤を取り出した。
「ほう、金属盤としては一応加工は終わってますね。ただ、これを打ってヘルメットにするのは武具屋にとっては一からの仕事になります」
「ここが一番腕のいい鍛冶屋で武具も扱ってます」
ヨスタは指で目の前の店を指し示した。
「巫術の腕がということですね」
「まあ、そうなりますね。土塊みたいな物でも、それなりの物にしてくれますよ」
「申し訳ありませんが、わたしは巫術を使わない武具屋に仕事を頼みたいのです」
「かわった頼みですね。そうなると、選ぶ店は一軒しかありません」
ヨスタは少し驚いたが、訳は聞かずに小さな路地に入っていった。その路地は突き当たりになっており、木造の平屋が一軒あった。
「ファーネデス、仕事を頼みたい」
ヨスタが開け放した戸から声をかける。表通りの喧噪がかすかに聞こえてくるだけで音はしない。それでも、火床の火でぼんやりとした明るさが家の中から出ていた。
「おや、ヨスタさまが直接こられるとはお珍しい。何かの修理ですか。それともまた鋳掛けの仕事でしょうか。」
中から三十代前半と見える、皮のエプロンを着た金髪の優男が出て来た。職人と言うより愛想の良い旅館の番頭のような感じだった。ただ、祐司はその手が節くれ立って大きいことは見逃さなかった。
「いいや、武具の仕事だ。それも新規にちかい」
「新規の鍛冶ですか。ご存じのようにわたしは巫術は使えませんので、ヨスタ様のお望みの仕事はできかねるかと」
「いいや、巫術は使えなくともジャネリ・ファーネデスの腕は確かだ。で、なければいつも車軸や鍋釜の修理を頼みはしない。ただ、今日は仕事を頼むのはこの御仁だ」
「ジャギール・ユウジといいます。巫術なしで鍛造の仕事を頼みたいのです」
祐司は金属盤をファーネデスに渡した。
「これをどのような物に?」
「わたしのヘルメットを作って下さい」
「いい品ですね。表のガジバの店で頼めば二日もあれば仕上げてくれます。あそこの親方は下手な巫術師より結構な巫術をあやつりますよ」
ファーネデスはそう言うと金属盤を祐司に返そうとした。祐司はそれを押し返して言った。
「いいえ、貴方にお願いしたいのです」
「それほど言うのなら引き受けますが、何か特別の希望がありますか?」
ファーネデスは少し怪訝な顔つきで言った。
「この形は出来ますか」
祐司は以前、アヒレス村の鍛冶屋スティアンに見せてものと同じ羊皮紙にかいたスケッチを見せた。
「見たことのない形ですね。でも、ヘルメットとして理にかなった形だと思います。この絵は預かってもいいですか」
「どうぞ。それから、職人の貴方にこのお願いをするのは心苦しいのですが、このハンマーを使って欲しい。初めから終わりまででなくていいのです。ただヘルメット全体をこれで一度は叩いて欲しいのです」
祐司はアヒレス村のスティアンに作って貰ったハンマーを見せた。
「これはいいハンマーだ。でも、新品で荒削りだ」
ファーネデスはまだ柄のないハンマーを手の平で転がすようにしながら言った。
「どうでしょう?無理を利いてもらえますか?」
「わかりました。貴方のような奇特で特別な注文をされる方はそうそうおりません。引き受けましょう」
「幾らだ?」
ヨスタが口を挟んだ。
「加工済みの金属板の持ち込みですから銀八枚と銅貨四十枚、なんならもっと値引きしますよ」
「えらく安いな」
思わぬ金額だったのかヨスタが訝しげに言った。
「でも、わたくしに巫術なしで鍛冶を頼むってことは失礼ですが懐に問題があるのでは?」
ファーネデスは遠慮しながらとんでもないことを言い出した。
「それなりの支払をする財布は持っております。相場でお願いします」
祐司が苦笑しながら言った。
「わかりました。銀九枚と銅貨二十枚、もうこれ以上は高くしません」
「ハンマーには柄がついていません。その手間賃こみで、銀貨九枚と銅貨四十枚」
「いや、銀貨九枚と銅貨二十枚ならお引き受けします。いやなら帰ってください。よろしいなら、金属板の加工はかなり進んでいますから、完成は五日後です」
取引はそれで成立して、祐司とヨスタは雑談をしながらハーブ茶をご馳走になった。最後にファーネデスが祐司の頭の大きさを測ると、祐司は手付けに銀貨二枚を渡して店を後にした。
「おもしろいものを見せていただきました」
ヨスタはそう切り出すと、帰りの道すがら何度も買い手が高くしろ、売り手が安くしろという世にも珍しいやり取りのことを何度も言い立てては大笑いした。
次の日、祐司がキンガにへルメットを注文したことを話すと、キンガは鍛錬するときにはヘルメット以外にも実戦で装着するものを付けた方が良いと言った。そこで、鍛錬が終わってから祐司はファーネデスのところで見かけた籠手を買い求めに出かけた。
ファーネデスは銀五枚と銅貨二十で売ってくれたが、これから別の親方に頼んで、同じく銀六枚で巫術の力で強化してもらおうというのをふんだくるようにして持って帰った。
祐司は買った籠手を下宿に帰ってから、日本から持ってきたハンマーで丹念に叩いた。叩く度に小さな光が飛び散った。
巫術のエネルギーが逃げ出す光である。良くない品物なら巫術のエネルギーがなくなれば土塊同然になるがファーネデスの品に間違いはなく光が出なくなってもしっかりしたままだった。
しかし、祐司はハンマーで籠手を叩き終わった時には手が腫れているような感覚を感じた。
祐司は武具を作るファーネデスの苦労がしのばれた。僅かな金で仕事をしてくれるファーネデスに心から感謝した。
そして、スヴェアの言うような技術の進歩の萌芽が、このリファニアにもここかしこに眠っていると思った。ステファンやファーネデスのような巫術に頼らないしっかりした職人がいるのだから。
約束のように五日目に薬草の採集が終わってから鍛冶屋兼武具職人のファーネデスを尋ねるとヘルメットができていた。
驚くほどの出来だった。錆の防止にもなるヘルメット表面の黒染も上手く焼き入れすることで出来たとファーネデスは少々自慢げに言った。
「ジャギール・ユウジ、その形のヘルメットをまた作っていいですか」
「そのハンマーを使ってくれるなら」
「段々と馴染んできたところです。承知しました」
そう言うとファーネデスはヘルメットの説明をしてくれた。
「そのヘルメットは仮のインナーが装着してあります。槍の鍛錬をなさっているそうですが、鍛錬の時に被ってみて不都合があれば言ってください。よければ、そのままのインナーを取り付けますので明日にでもお持ち下さい」
祐司は思った以上のできに、さっそく下宿で被って見た。ヘルメットには耳の穴の部分に穴をあけた頬の半分を保護する左右の皮を大きな顎当てで固定するようにしてあった。
祐司は自然と「ダンダンダンダダダンダダダン」と口走り、さらに口笛を吹いてみた。
「帝国軍だ」
そう言うと祐司は黒光りするヘルメットを被ったまま毛布をマントのように羽織って一人悦にいった。
しかし、祐司は二キロ以上の重量があるヘルメットを被ったままの鍛錬がいかなるものかをまだ理解していなかった。
祐司は午前中はキンガ師匠の槍鍛錬、午後は近在の丘陵での薬草探しとその乾燥処理というちょっと忙しい日々を送ることになった。
また巫術のエネルギーの溜まっている場所でそれを水晶に吸い取らせる。暇を見つけては神殿の文書保管庫で”太古の書”を写し取らせてもらう。といったことが祐司のヘルトナでの日課になった。
風呂屋は毎日通ったため、常連客として入浴料を一割負けて貰えたりした。リファニアの人間は、風呂好きの金持ちでも、一週間に一回程度の入浴が普通だそうである。
鍛錬と薬草採取、水晶を用いて目についた巫術のエネルギーの中和、写本で疲れた身体を風呂屋で癒して、帰りには麦酒を飲み、日々、太陽が沈むのが次第に遅くはなるが日没後には寝るという、祐司の健康的な生活が続いた。
祐司が十日ほどたってから収支の計算をしてみると銀貨で二枚ほど持ち金が増えていた。キンガに支払うことになる謝礼には足りないだろうが、片手間で薬草の採集を行っているには良い稼ぎだと祐司はそれなりに満足していた。
そんな平安が破られたのは、祐司が鍛錬を初めて二十日ほどたった頃だった。
祐司のヘルメット ファーネデスに作ってもらったヘルメットで、熱で黒錆処理が施してある。さび止めのために、時々薄く油膜をはるという手間が必要になるが鈍い光沢を放つ。




