霧雨の特許都市ヘルトナ7 ジャベンジャ隊長
下宿に着いた祐司はベットに一時間近く寝転んでいた。手の平は棒を持っていた部分がまだ赤くなったままだった。
暗くなる前に祐司は気力を奮い立てて起き上がった。今日は守備隊のジャベンジャ隊長に呼び出されている。
ヨスタの話によると、ジャベンジャ隊長は、ことさら切れる方ではないが自分の仕事はそつなくこなしていく、しごく常識的な人物だそうだ。ここで彼の不興を買ったり、不信感をもたれるのは拙いと祐司は思った。
祐司はできるだけ小綺麗な格好をして、刀、短槍を持って下宿を出た。ジャベンジャ隊長は刀を見たいと言っていたが、話の流れで槍も見たいとなると取りにもどるのも面倒なので祐司は短槍も持って行くことにした。
祐司は短槍に布を巻きながら、この街にいる間に鞘も作ってもらおうと思った。下宿の前にはパーヴォットがいた。
「よう、パーヴォット、なんか用か?」
「ヨスタ旦那がお供しろって。たとえ子どもでも従うものがいると、一人で行くのとは門衛の扱いが違うそうです」
パーヴォットはいつもより少しばかり饒舌になったようだ。
「なんか楽しそうだな」
「そんなことありません」
祐司の何気ない言葉にパーヴォットは顔を真っ赤にして答えた。
「まずは守備隊兵舎まで案内してくれ。それから兵舎が近づいたらこの槍を持ってくれ」
祐司はパーヴォットに何を持たせようかと少し迷ったが、結局、お供が手ぶらでは格好がつかないのでそう言った。
兵舎は街の南門にほど近い壁に面した位置にあった。南が正門で祐司が最初に入市した門でもある。
兵舎はヘルトナの街の治安期間でもある。正門の横には治安上の布告や、お尋ね者の似顔絵が貼ってあった。
領主から派遣された守備隊は街の治安機構でもあり刑事事件は守備隊が担当していた。
リファニアの絵画表現は、それなりに発達しているのか、或いは才能がある人間がいるらしく、祐司にも馴染みのあるような写実的な似顔絵や手配書を祐司は見た。
また、手配書からリファニアでの犯罪がどのような処罰に相当するのかも読み取れるので、祐司は思わず読み込んでしまった。
夜盗の類や、家畜泥棒などの手配書の他に、都市らしい詐欺などで告発された者の手配書が張ってあり、被害者が懸賞金をかけているものもあった。
ひとしきり、手配書を見た後で祐司は兵舎の門衛に、昨日、渡された、かまぼこ板のような証明書を見せた。
祐司が新兵だろうと思っていた門衛は、立派な顎髭を蓄えた下士官らしい年長者だった。普通の兵舎ではなく街の有力者などもしばしば訪れる都合かなと祐司は考えた。
「お聞きしております」
門衛は証明書を一見すると自分が指揮しいる兵隊に祐司の案内を命じた。祐司が通されたのは、執務室のような場所だった。
「では、ジャーギル・ユウジ、その剣を見せてくれ」
祐司とジャベンジャ隊長とのとりとめのない挨拶の応酬の後で、ジャベンジャ隊長は本題に入った。
「どうぞ」
祐司は両手で恭しく刀をジャベンジャ隊長に渡した。ジャベンジャ隊長は鞘から刀を抜きはなって刀身をなめ回すように眺めた。
「曲湾した片刃の剣か。突くのではなく切ることを目的にしているのか?」
「わたしの故郷で古来から伝わる刀です。武人の魂ともされます。ただ、人を斬れば刃こぼれもいたしますので、これを持って戦場で敵を次から次になぎ倒すような物ではなく護身用です」
祐司の言葉に、ジャベンジャ隊長は少し興味が失せたようだった。そして、もう一度刀を眺めると鞘に収めて祐司に返した。
「で、従者が持つ物は?」
ジャベンジャ隊長は目だけを、パーヴォットの方へ向けた。
「短槍でございます」
祐司はパーヴォットに目配せをした。パーヴォットは短槍を祐司に渡した。
「わたしは兵士でも武芸者でもなく、ただの巡礼でございます。これも護身用です」
祐司は穂先の布を解きながら言った。
「おもしろい形の刃が付いているな」
ジャベンジャ隊長は祐司から短槍を受け取ると、早速に構えた。祐司は一日、槍の鍛錬をしただけだが、その構えが姿になっていると感じた。
ジャベンジャ隊長は二度三度と槍を突き出す。
「上等な柄だな。まだ新しいようだがどこであつらえた?」
ジャベンジャ隊長は、そう言うとそう広くもない執務室の中で槍の柄の真ん中を両手で交互に持ちながら頭上で回転させた。
「アヒレス村のスティアンという鍛冶に仕上げて貰いました」
槍の穂先が気になりながら祐司は答えた。
「槍は柄が勝負だ。先に付いている物はこけおどしでいい。ただし、短い槍は、自分の方にやってくる近くの敵しか倒せない。
短いが故に敵を防ぐには変化自在に振り回せる場所も必要だ。だから、集団の戦では使えない」
ジャベンジャ隊長は槍をパーヴォットに返した。
「どうだ、キンガの鍛錬は?きついだろう」
ジャベンジャ隊長は微笑みながら祐司に聞いた。
「今日からです。慣れると思います」
祐司はそう言ったが、自信はまったくなかった。
「先日、見た小僧と同じ小僧と思うが、そこの小僧はキンガの子か?」
「はい」
祐司が答える前にパーヴォットが返事をした。
「名は何という?」
ジャベンジャ隊長は穏やかな口調でパーヴォットに聞いた。
「ローウマニ・パーヴォットです」
「ローウマニか。優雅な仮名だ」
「優雅ですか?」
祐司は怪訝な口調で聞いた。
「ああ、この辺りでは薄ノロという意味しかないが、南西地方の古語では”おぼろげな存在”という意味がある。なかなか教養のある御仁がつけた名だな」
祐司は仮名の名付け親は、キンガだろうと思った。仮名は父親がつけるのが慣例だからである。
「ところで、これからの予定は?」
ジャベンジャ隊長は事務的な口調で聞いた。祐司は何か尋問されているような気がした。
「キリオキス山脈を越えてシスネロスの神殿を訪ねる予定です。夏が終わるまでには南西沿岸に行きたいと思っています」
「そうすると、シスネロスから、マール州を通ってベムリーナ山脈越えで王都タチといったところか。私も若い頃に、一度、タチに行ったことがある。
今の伯爵様が公子である頃に、タチで一年ほど御遊学されたのだ。その時に伯爵を護衛するためにだったがな」
「王都とはどのようなところですか。流石にこの辺りで王都に行った人は少ないようなので中々お話をきけません」
祐司の言葉にジャベンジャ隊長は、かなり昔の事だと言いながらも王都の話をしてくれた。そして、王都タチの話の最後に、唐突に別の内容を付け加えた。
「今日、ナミューナ・カセレトという男が街に入った。行商のための商品の買い付けということだが、警備兵の話では剣呑な感じがする男だそうだ。
南クルトにある神殿の信徒証明書を持っていたが、以前この街にいたベガウトという評判のよくない男に似ているとも兵は言っていた」
祐司が何を言っていいか迷っているとジャベンジャ隊長は,一番言いたかったことを口に出した。
「用心の為だ一言キンガに伝えてくれ」
「その男とキンガ師匠に何か因縁でも?」
「まあな。言えばわかる。まあ、キンガはどうせ気にはしないだろうな。ジャギール・ユウジ頼みがある。気になることがあったらそれとなくキンガを庇ってやってくれ。それから、ここにも連絡を頼む」
祐司は「はい」と短く肯定の返事を返した。
祐司は下宿に帰る前にパーヴォットを貸してくれたことの礼を言うためにヨスタの店に寄った。
「わざわざ、そんなことで寄り道をして下さったのですか。しかし、キンガ師匠が槍の師範もするとは、武芸に疎いわたしは少しも知りませんでした。”灯火のもと暗し”ですな」
ヨスタは少し大げさに恐縮して見せた。日本の”灯台もと暗し”という表現に似た”灯火のもと暗し”という表現がリファニアにはあった。
「キンガ師匠は有名なお方ですか?」
「はい、特に著名とも言えませんが、守備隊に長くおられて、そこを退いてからこの街で剣術などの武芸を教えております。
実直な方で信用がございます。ですから、息子さんのパーヴォットも一も二もなく引き受けた次第です」
祐司がパーヴォットの顔を盗み見ると、父親のことを褒められたせいか少しばかり顔が笑っていた。




