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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ6  鍛錬

 次の日、祐司が目覚めたのは下宿の親父が起こしに来たからだった。天候が悪く、どんよりとした雲と相変わらずの霧雨が朝を暗くしていた。


 祐司はあわてて着替えると、下宿の朝食を詰め込む。そして、短槍の穂先を厳重に布で巻いて半ば走るようにキンガの家に急いだ。


 祐司は何年かぶりで遅刻しそうになって走るという行為をした。


「師匠、遅くなり申し訳ありません」


 祐司は、ドアのノックももどかしくキンガの家のドアを押し開けた。


「こんな天気だ。オレも寝過ごした」


 祐司の顔をちらりと見たキンガは着替えながら言った。キンガは着替え終わると、二メートルほどの長さの棒を二本持ちだしてきて肩に担いだ。


「ともかく朝飯にしよう」


「あ、はい」


 祐司が返事をすると、キンガは表に出て、昨日の定食屋に祐司を連れ込んだ。昨日と違って、行商人や職人のような客が数人おり空いているテーブルは一つだけだった。


「女将、羊の炙り肉と黒パンを頼む」


 キンガは奥にいる女将に怒鳴り声で言う。


「ユウジは何にする」


 祐司は無理に朝食を詰め込み走って吐き気がするほどであったので、できれば炙り肉の匂いも嗅ぎたくはなかった。


「わたしはもう食べてきましたから、ハーブ茶でいいです」


「いや、喰っておけ。昼飯が喉を通らないかもしれないからな」


 祐司の意向にはかまわずキンガが女将に追加注文した。


「女将、さっきのやつをもう一人前だ」


 祐司が苦労して半分ほど料理を食べたところで、キンガは残った料理を、女将からヤナギの枝で編んだバスケットを借りて詰めた。


「ユウジは小食だな。これは後でおれの昼飯にしていいか?」


 女将に祐司が料金を払っているのを待つこともなくキンガは通りに出て歩き出した。祐司はあわてて後を追いかける。




 キンガは市壁に突き当たった所で止まった。そこは市の北辺で密集した住宅と壁の間には十メートルばかりの幅で空き地があった。


「今日はここがよかろう。一汗かくわ。濡れたでは身体に悪いからな」


 キンガの言葉で祐司は風が北向きなので、城壁の際は雨が降りにくくなっていることに気がついた。


「さて、ユウジ、お主の業物わざものを見せろ」


 祐司は急いで刃を覆う布を取ると、短槍をキンガに渡した。


「曲湾しないグレイブ(ヨーロッパ式の薙刀)といったところか?あまり見かけん形だな。ユウジが短い槍といったのはこういうことか」


 口をとがらせながら短槍を見ていたキンガが独り言のように言った。


「よし、基本的には槍の術、防御はグレイブの術がよかろう。とりあえずこの槍を仕舞え。雨に当てて錆びでも出したら目も当てられん」


 祐司が短槍にもう一度布を丁寧に巻い終えると、キンガは持って来た棒の一本の棒を祐司に投げてきた。がっしりとして、本当の槍にでも使えるような硬木だった。


「まずはこれで腕試しだ。構えてみろ。おれと同じ格好をするんだ」


 キンガはそう言うと、自分も棒を足を左前にして構えた。


「こうですか?」


「聞かれた時だけ返事しろ。だめならこっちから言う」


 キンガの厳しい口調はまったく別人のようだった。そして、キンガは数回棒を突き出して見せた。


「突いてこい。本気でだぞ」


 祐司はワッワッと声をかけながら、キンガと同じようにして棒をキンガに突きだした。その度にキンガは祐司の棒を叩いて軌道をそらせた。


「ユウジ、お前、槍は少し訓練しただけだとかいっていたが、本当は相当やり込んだじゃないか。棒の動きはなっていないが、速さはもの凄い」


 祐司はどう説明していいのか迷った。祐司には、投石や弓矢はゆっくり動き出してからしだいに速度を上げるというこの世界の巫術のエネルギーが効かない。

 どうやら、繰り出す棒の動きも、キンガの棒の動きを見ていると投石や弓矢ほどではないが同様の傾向があるようだった。


「いいえ素人です。でも、師匠の言うように子どもの頃から、武器を動かすことだけは速いと言われていました」


 とっさの祐司の答にキンガは感心したように返した。


「えらい才能だな。気に入った教え甲斐がある」


 キンガは棒を構えると、単純に突く、引くという動作を数回繰り返した。


「最初に、突く、引くの鍛錬だ。槍の最大の威力は突くことだ。しかし、突いたままの槍は無力だ。突くためには、突くより早く引かねばならん。これは、基本中の基本だ。やってみろ」


 祐司はキンガのやったように、左前に構えると棒を前後に動かした。


 キンガは時折、祐司を止めて細かな指示をした。武芸の鍛錬と言うよりトレーナーやコーチに近い教え方だと祐司は思った。

 ジャベンジャ隊長にキンガが新兵の訓練を頼まれていたことから察するに、兵隊相手の訓練では、この教え方の方が理にかなっているのだろう。


 小一時間近くその単純な訓練を続けると、若い祐司でもさすがに息があがってきた。


「よし、ようやく形が整ってきた。次は応用だ」


 キンガは市壁の窪みから隠してあったような長い棒を持って来た。そして、その棒を数日間の雨で柔らかくなった地面に斜めに突き立てて、その先にヒモを結ぶ。そして、ヒモのもう一方の端には布きれを縛り付けた。


 布は祐司の顔の高さぐらいのところで、風に吹かれて左右に揺れていた。


 その布に向かってキンガは棒を突き出した。祐司の目には、幾分ゆっくりとした速さで棒が突き出される。その全てが、左右に舞う布の中央を突く。


 キンガの棒の速度が遅いだけに、布の動きを読んで的確に方向を決めて突かねばならない。地味に見えるが祐司が突くのと比べて何倍もの難度があり、驚くべきはキンガはそれを易々とクリアーしているということである。


「よし、棒でこの布を突くんだ」


 祐司が感心して見ていると、キンガが祐司に指示した。


 祐司は風で時折激しく揺れる布を狙って棒を突く。しかし、布をかすめるだけといったことを含めても布を捉えられるには十回に二三回である。


「せっかくの速さを無駄にするな。よく見て突け」

「突くより早く引け。引くことに集中しろ。引いていない槍は敵には脅威ではないぞ」


 時折、キンガの叱責にちかい言葉が飛ぶ。キンガの様子は段々と武芸鍛錬の様相を帯びてきた。


「よし、それまで休憩だ」


 キンガが祐司に言ったのは、祐司が汗まみれになって、立っているのもやっとというくらいになってからだった。


 祐司はそのまま、地面に大の字で寝転んだ。


「どれくらい、この街にいられるんだ」


 キンガは祐司の横に座り込んで聞いた。


「わかりません。キリオキス山脈の天候はまだ回復しませんから一週間ということもありません。でも一月なんてこともないと思います」


 祐司はようやく整ってきた息をつぎながらあえぐように言った。


「そうか。手練れ相手には無理だが、数を頼んで襲ってくる連中を相手にできるくらいにはしてやる。ユウジは才能がある上に、手抜きをしないからなんとかしてやる」


「お願いします」


「ところで飯を食わないか」


 キンガは食堂で祐司が残した朝食を入れたバスケットを自分と祐司の間に置いた。


「無理です」


「鍛錬止めるか?」


「止めません」


 祐司はやけくそで言った。自分から望んだことを途中で止めることは祐司には考えられなかった。


 キンガが一人で昼食を終えた後に、祐司の地獄の時間がまた動き出した。それこそ、午前中の鍛錬がウォーミングアップであったと思えるほどに。


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