オラヴィ王八年の政変24 ランバリル子爵家の苦闘
祐司とパーヴォットが、煙突から救い出されたのは、パーヴォットが大声を上げてから、四半刻ほどしてからだった。
祐司が脱出路と思っていた屋根窓から、ロープで体を確保して、雨に濡れた屋根をバーリフェルト男爵家で、祐司を裏口の馬車に案内したバーリフェルト男爵家家令レクセンテリア配下のバロォーミーが煙突に辿り着いた。
「申し訳ありません。わたしが迂闊でございました」
バロォーミーは何度も、祐司とパーヴォットに謝った。
祐司とパーヴォットは二人で バロォーミーを落ち着かせると、バロォーミーが体に巻き付けてきたロープを伝って無事に、屋根窓のある部屋に入ることができた。
「ジャギール・ユウジ殿、ご無事でよかった。貴方に万が一のことがあれば、バーリフェルト男爵家は…、
いえ、体面など関係無いのです。貴方に万が一のことなどあれば、わたしは一人でも斬り込んでランバリル子爵家の者を根絶やしにするつもりでした。短い付き合いですが、貴方ほど胸襟を開いて話せる方はおりません」
部屋にいたアッカナンは半分泣きながら祐司に抱きついて言った。
「旦那さん、お嬢様、申し訳ありませんでした。わたしが騙されたばかりにこのような危険な目にあわせてしまいました」
声のする方をみると、御者のサトスコが大きな体を縮めるようにしていた。
「ユウジ様、お顔が真っ黒です。服も煤だらけで御座います」
パーヴォットが、びっくりして言う。
「パーヴォットだってそうじゃないか」
パーヴォットの右の小鼻と、左の頬に上手く塗りつけたように、特に煤が濃くついていた。
祐司はパーヴォットの煤けた顔を見て、”可愛らしい靴磨きの少女”なんていうフレーズが頭に浮かんだ。
祐司達のいたのは使用されず何年も放置されてきたとはいえ煙突である。薄暗かったので、見えていなかったが、当然、その内側は煤だらけである。
「ともかく、風呂だ。それから」
「それから?」
パーヴォットは、すぐに答がわかったのか目を輝かせた。
「遅いが夕飯を食おう」
「はい、腹ぺこです」
パーヴォットは、元気よく答えた。大食漢とまではいかないが食欲旺盛なパーヴォットが、大暴れをして腹をすかせないはずはなかった。
祐司とパーヴォットは、安心感と互いの顔を見て、大きな声で笑った。
祐司とパーヴォットは、取りあえずバーリフェルト男爵家に、新しくバーリフェルトから提供された馬車で向かった。
ランバリル子爵家を出発する時は、疲れ切った、そして、ほっとした顔の筆頭家老カマル・レリオドルバル以下、十人ほどの主だったランバリル子爵家家臣が二人を見送った。
おかしかったのは、馬車に乗り込むときに、ランバリル子爵家の二人の侍女が来ているのを見つけてパーヴォットが近寄った時だった。二人の侍女はパーヴォットが近づくと、恐そうに後ろずさりした。
パーヴォットは、二人に「ごめんなさい」と言って頭を下げた。
その時、パーヴォットが腰に下げていた剣がずれたので、パーヴォットは剣に手をやった。すると、一人の侍女が「お許しを」と言って一目さんに逃げ出した。
「恐がられています」
パーヴォットは、ちょっと悲しそうに言った。
サトスコは、修理が終わった馬車で、祐司の屋敷にもどってエリエル達に祐司とパーヴォットの無事を知らせに帰った。
「ランバリル子爵家は、きっと、今日は徹夜で後片付けだな」
祐司がランバリル子爵家の正門を通過する時に気の毒そうに言った。
「今日は遅いので明日にするのではありませんか」
パーヴォットが、不思議そうに言った。それを、祐司はちょっと感傷めいた言い方で返した。
「いや、ランバリル子爵が帰って来た時に、屋敷が荒れていると悲しむだろうから、きっと、明日までに総出で片づけると思うぞ」
祐司とパーヴォットは、バーリフェルト家では、バーリフェルト男爵、令嬢サネルマとサンドリネル師匠の出迎えを受けた。
サンドリネル師匠に対する、バーリフェルト男爵家の者の物腰は、完全に男爵妃の扱いだった。
祐司とパーヴォットは風呂に案内され、小部屋で用意された遅い夕食を食べた。
「今日は、本当に調子に乗りすぎてしまいました。ランバリル子爵家の女中さんは、きっと今でも洗濯をしたり、掃除をしているでしょうね」
パーヴォットは、最初はがっついて食べていたが、途中で感傷的に言った。
「まあ、仕方ないさ。自業自得だが、これから、大事をしでかしたランバリル子爵のとっばちりで、使用人はヒマを出させたりするだろうな」
祐司がそう言うと、パーヴォットは、ちょっと溜息をついてから言った。
「いつも、何かがあると弱い立場の者が苦しみますね」
「そのことを思いやれるパーヴォットは、きっと、いい郷士のお嬢さんになれると思うぞ。明日は、休んで明後日から、また勉学に励んでくれ」
祐司の言葉に、パーヴォットは小さな声で「はい」と言った。
祐司は、自分の屋敷に帰ると言ったが、今晩だけは泊まってくれというバーリフェルト男爵の頼みを受け容れて、王都の最初の夜を過ごした部屋で再び就寝した。
祐司が起床した時は、すでに太陽が出てしばらくたっていた。
祐司は、窓のカーテンを開けてバーリフェルト男爵家の庭を見下ろした。最初にバーリフェルト男爵家の庭を見た時は、まだ夏の名残で幾分かの花が咲いていたが、今はなんの粧いもない寂しげな庭だった。
「ユウジ様、お早うございます。ゆっくりお休みになれましたか」
隣の部屋で寝ていた、パーヴォットがノックをしてから部屋に入ってきた。パーヴォットはすっかり着替えが終わっていた。
「すまない。寝過ごした。急いで身支度をする」
「わたしは、ユウジ様の従者でございます。ユウジ様が謝ることは御座いません」
パーヴォットは、このような内容のことを言う時、以前は悲壮な声でしゃべっていたが、今日は、にこやかな顔と声で言った。
祐司はパーヴォットが、シスネロスの支都市タイタニナで、祐司が購入した鳶色のドレスを着ていることに気がついた。
「おい、どうしたんだ。ドレス?」
「修理がおわったそうです。丁寧に洗ってくださったのか新品みたいです」
パーヴォットの鳶色のドレスは、侍女頭セラヴォ・レハンドリアの意を受けた女中によって引き裂かれていた。バーリフェルト男爵はその修繕を約束していた。
祐司は、パーヴォットのドレスに手を触れてまじまじと見た。
切り裂かれた背中の部分の布地は新しいモノだった。どうやら、一度、ドレスを解体して新しい布地とともに、前の布地を同じ染色材で染色しなおして違和感がないようにしたようだった。
新しいモノを買った方が安くついたのでは祐司は思ったが、パーヴォットが気に入っているということからバーリフェルト男爵家が誠意を見せたということである。祐司はその誠意に感謝して受け取ることにした。
「それから、これがユウジ様の服です。先程、バロォーミーさんが持ってきてくれました」
祐司はパーヴォットから、昨日、バーリフェルト男爵家の査問会の前に着替えた自分の服を受け取った。
「ところで、昨日、ランバリル子爵家で借りた服はどうした?」
「はい、丁寧に洗濯をしてランバリル子爵家に返すそうです。そのとき、昨日、ユウジ様が着ていたバーリフェルト男爵家の服を返してもらうと言っていました。
なにしろ、バーリフェルト男爵家の紋章が、胸のところに刺繍してありますから、是が非にでも返してもらわないと困ると、バロォーミーさんが言っていました」
パーヴォットは、何気なく言うが祐司がランバリル子爵家から借りた服は、煤まみれである。かたや、バーリフェルト男爵家から借りた服は血まみれである。
祐司は、どちらの洗濯女中も絶句するだろうなと思った。
祐司が着替えを終えて廊下に出ると、寝ずの番でもしていたのか、バーリフェルト男爵家の兵士が二人椅子に座っていた。
「ご苦労様です」
祐司が兵士に声をかけると、一人の兵士が丁寧にお辞儀をした。
「これから、朝食に案内いたします」
兵士に案内された部屋は本式の食堂ではなかった。テーブルと椅子が置かれた部屋は小さいながら瀟洒な造りだった。気の置けないような客を接待する部屋ではないかと祐司は思った。
部屋に通されると、すぐにサネルマがやってきた。
「ジャギール・ユウジ様、まことに申し訳ありませんでした。本来なら父も挨拶をしたいと言っておりましたが、父は、朝早くから王宮に出向いております。どうか、ご容赦ください。
せめて、今日はここでおくつろぎ下さいと言いたいところですが、余計に、お気を遣わせると思います。今、使いを出しましたので御朝食が終わるころには、迎えの馬車が来ます」
サネルマの貴族が平民にかける言葉としては、異例に丁寧な物言いに祐司は恐縮してしまった。
サネルマが部屋を出て行くときは、流石にパーヴォットも最敬礼に近い格好で見送った。
祐司とパーヴォットが、朝食を終えると、再びサネルマ、そして、祐司の世話係であるアッカナンと家令のレクセンテリアがやってきた。
祐司は、まず、パーヴォットのドレスを修繕してくれたことに深い謝辞をしました。
そして、この三人は、女中が運んできたハーブティーを飲みながら、昨日、起こったことを詳しく祐司とパーヴォットに話してくれた。
サネルマ達の話によると、祐司の御者であるサトスコはバーリフェルト家の家臣と名乗る男から裏口に馬車を回すように言われ、さらに、祐司が呼んでいるからと屋敷につれこまれた。
サトスコが廊下でいくら待っても祐司が来ないのと、嫌な予感がして馬車の所にもどると、馬車は全速力で屋敷を出るところだった。
サトスコは、あわてて馬車を追いかけたが、すぐに見失ってしまった。そこで、バーリフェルト男爵家にもどり、アッカナンを呼び出してことの次第を告げた。
バーリフェルト男爵家は上へ下への大騒ぎになった。
屋敷にいた者は総出で目撃者を探した。すぐに三人のラトラーメが馬車が通過したことを証言した。
ヘロタイニア人系の罪を犯した子を町内の雑用の為に配分したラトラーメは、常に町内の定められた一角にいるので、その証言から、馬車の行く先はすぐにランバリル子爵の屋敷だと知れた。
その間に、ランバリル子爵家で剣戟があったことが噂として流れてきた。そして、直接、目撃した者が数名見つかった。
また、ランバリル子爵の屋敷に隣接した屋敷の者から祐司が一人で何十人も相手に戦っていたという証言も得られた。
それらの屋敷には、ランバリル子爵派の家中もあったが、オラヴィ王の”顛末書”の効果でランバリル子爵家を庇うような者はいなかった。
これだけの目撃証言があっても直接ランバリル子爵の屋敷に乗り込むのは勇気がいる。貴族の屋敷は治外法権であり、本来は他者の侵入を拒む軍事拠点である。
府内警備隊といえども貴族の屋敷は不入の権があり乗り込めない。そこに、バーリフェルト家が祐司を出せと言って乗り込むには、一戦を覚悟する必要がある。
このために、多少、ランバリル子爵家に乗り込むことに躊躇いがちだったバーリフェルト男爵の後押しをしたのが、娘のサネルマと前妻のサンドリネル師匠、そして、多くの家臣達だった。
なにしろ、ランバリル子爵家の手の者が、バーリフェルト男爵家に入り込んで祐司の乗ったバーリフェルト男爵家の紋章がついた馬車をランバリル子爵の屋敷に引き込んだことで、バーリフェルト男爵家の面目が丸つぶれになった。
貴族、特に王都の貴族にとって紋章とは、命を賭けても守るべきもので、紋章付の馬車が奪われるのは、軍旗を争奪されたような感じである。
このことに、今までランバリル子爵に気脈を通じようとしていた家臣を含めて家臣団は憤慨した。
バーリフェルト男爵は、特に同行を願い出た御者のサトスコを含めて、いきり立った数十人の家臣団をともなってランバリル子爵家の門の前で、「ジャギール・ユウジ殿と、その従者を迎えに来た」と、巫術師の拡声術の助けを借りて大音声で告げた。
まだ、ランバリル子爵が王宮からもどらない中で、筆頭家老のカマル・レリオドルバルは、切羽詰まった決断を強いられた。
カマル・レリオドルバルは、祐司を、馬車の修理が完了した時点で丁重な礼をもってバーリフェルト男爵家に送る算段だった。ところが、馬車の修理は手もついていない。
祐司を送り帰すことを決めている以上、祐司などいないとも言えない。しかし、祐司を帰す準備はできていない。
筆頭家老カマル・レリオドルバルは、一旦、バーリフェルト男爵と、その家臣団を客として屋敷内に入れて時間を稼ごうとした。
ところが、この様なときに、柔らかく来客を迎える役割の、女官や侍女がパニック状態にあった。死者はでなかったが、パーヴォットの大暴れで、三人が大怪我をして、数名が逃げ出すときに手当が必要な負傷をしていた。
そのうち、一人は剣で手の平を貫通されるという大怪我である。
これだけでも、普段血など見たことのない女官や侍女は動揺していた。
そして、パーヴォットがいなくなった後、奥屋敷の惨状を見て、幾人かの侍女は卒倒してしまったり、いつまでも泣き続けていた。
特に、女官と侍女を嘆かせたのは、衣装の惨状だった。
王家、そして名家の公式行事で、女官や侍女が着用する正装は、個人の持ち物ではなく、数十年は、その家で受け継がれて着用するものである。
そのため、そういった衣装を着る女官や侍女は、後の者のために、衣装を傷めないように細心の注意をはらって着用する。
衣装を傷めないために急いで動かないことに始まり、着用中は便所にいかないようにするために、二三日前から水分も控えるほど気を使う。
それほど気を使ってきた衣装が切り刻まれ、水溜まりに泥だらけで放置されていた。特に便所の肥だめの中から衣装が見つかった時は、悲鳴が上がった。
女官や侍女は精神的に打撃を受けていた上に、他家の客を出迎えるための衣装は、すべて使い物にならなくなっていたのだ。
動揺を隠せない女官や侍女を平服のままで、来客の前に出せば、来客を低く見ているとの合図になってしまう。数多くの貴族が蝟集する王都では、細かいしきたりや、慣習がある。
そのために、種々の冠婚葬祭、相手と自分の身分や家柄の差で出迎える為に服装も微妙に異なる。
バーリフェルト男爵家一行を屋敷内に招き入れるのは、貴族間の謝罪のためであるから、できれば最上位の服装で迎える必要があった。
バーリフェルト男爵一行に門前で、祐司を引き渡すこともできるが、それでは礼を尽くして送り返したとは言えない。
今後のことを考えれば取り返しのつかない事態を起こしたことを礼をもって謝罪する必要が、ランバリル子爵家にはあった。
筆頭家老カマル・レリオドルバルは、屋敷にいたランバリル子爵家の奥方を筆頭に一族の子女と、こましな服装をしている女官、侍女を総動員して、バーリフェルト男爵の一行を屋敷内に入れた。
迎賓室でもある、大広間に通されたバーリフェルト男爵一行に、カマル・レリオドルバルは、すぐに祐司とパーヴォットを連れてくると告げた。
ところが、カマル・レリオドルバルの顔はすぐに蒼白になる。
祐司とパーヴォットの姿が見えないという報告が入ったのだ。あわててカマル・レリオドルバルは、家臣数名を連れて祐司とパーヴォットが閉じ込められてにいた場所に向かう。
カマル・レリオドルバルは、ここで祐司とパーヴォットを幽閉した組頭を思わず殴りつけると怒声をあびせた。
何しろ自分が思っていた部屋ではなく、家中で地下牢と戯れに呼ばれていた、使用されていない食料庫に、祐司とパーヴォットを閉じ込めたことがわかったからである。
祐司とパーヴォットを閉じ込めた食料庫は、南京錠がかかっているが中には、祐司とパーヴォットはおらず、血にまみれた服が残っているだけである。
カマル・レリオドルバルは、組頭が祐司とパーヴォットを殺害したのではと疑い組頭を、剣の柄で殴った。組頭は、土下座するような姿勢で、ちょっと脅かしてやろうとしただけで、殺害などしていないと言い張った。
この時の騒ぎで、煙突の横穴部分にいた祐司とパーヴォットは、気配を消すようにして身を潜めた。
実は、ランバリル子爵の二人の家臣は、最初の梁の上まで上がっていた。ところが、この家臣達は、パーヴォットを縛っていたロープのことなど知らなかった。
そのために、ロープを使用しなければ、さらに上の梁にあがったり、横穴に入ることなど出来ないと判断してより上部の探索をやめてしまった。
パーヴォットほどの視力なら、一番上部の梁と横穴の間にからロープがあることに気づいたかもしれないが、ほとんど光がなく、なんとなく一番上の梁と横穴がかろうじて判別できる状態では、家臣達にロープなどは見えていなかった。
そして、間が悪いのは二人で梁に上がったことだった。一人で梁に上がったのならば、梁の上の埃の乱れ具合で、誰かが梁に上がったことに気がついたかもしれない。
ところが、二人で上がったために、自分がいない場所の埃が乱れていても、相手が乱したものだと、双方が無意識に受け容れてしまった。
筆頭家老カマル・レリオドルバルは、時間稼ぎのために、正直に、祐司とパーヴォットへの襲撃事件の顛末を包み隠さずバーリフェルト男爵に説明した。
祐司とパーヴォットを掠ったのは、マール州のバルバストル伯爵の元家臣七名と、その縁者で、彼等にそそのかされたランバリル子爵家の家臣五名であること。十二名のうち十名が襲撃に参加したこと。
死んだ四名を除いて残りの八名は拘束しており、ランバリル子爵家が責任を持って処罰を与えるために拘束していることを最初に説明した。そして事の顛末をバーリフェルト男爵に何度も謝罪の言葉を入れながら告げた。
次に傷つけたバーリフェルト男爵家の馬車は修理中であり、できればその馬車で、祐司とパーヴォットを、礼を持ってバーリフェルト男爵家に送り届けるつもりだったと言った。
以上のことを、ランバリル子爵家筆頭家老カマル・レリオドルバルはバーリフェルト男爵とその一行に説明して、当家の願いを受け容れて欲しいと懇願した。
そして、カマル・レリオドルバルは、一つ嘘をついた。祐司とパーヴォットを見失ったことである。祐司とパーヴォットは、入浴中ということにして、しばらく待って欲しいと言ったのだ。
時刻は夕刻にさしかかったので、カマル・レリオドルバルは、さらなる時間稼ぎの意味もあって、バーリフェルト男爵一行に、最大級の礼をもった晩餐を提供するように命じた。
ここでまた、支障が出た。ランバリル子爵家は、この時点で客に出すような食器の大半を失っていた。
来客用の食器は、多くの貴族の屋敷では、台所と配膳室に隣接した食器保管室の一角にあり、家令の配下である雇員の食器保管係あるいは、使用人の女中頭が管理している。
ところが、権勢があり、四大公爵をはじめ高位の貴族の訪問が多い、ランバリル子爵家では、最高級の食器を、配膳室と渡り廊下で結んだ奥屋敷の来客用食器保管室において、家臣である専門の侍女に、より丁寧厳重に管理させていた。
これが仇になって、パーヴォットに奥屋敷の食器を破壊されたのである。
筆頭家老カマル・レリオドルバルは、出入りの食器をあつかう商人の元に馬車を出した。買い取ることは出来ないが、有料で貸してくれと頼んだのである。
カマル・レリオドルバルは、食器の手配をすると、計画的に祐司とパーヴォットの行方を追うことにした。
最初に確定させたのは逃走経路である。祐司とパーヴォットを監禁していた食糧庫には、小さな明かり取りの窓がある。窓には鉄格子があるが、肩は無理そうだが頭が入るほどの幅があった。
よく鉄格子を観察すると、大きな力を加えたようにホンの少しだが鉄格子が曲がっていた。これは、祐司が棚板で鉄格子に力を加えた跡である。
ところが、ランバリル子爵家の者達は、祐司達は鉄格子を曲げて脱出して、また、鉄格子をもとに戻したのだろうと判断した。
第一、食糧庫に、南京錠がかかっているのなら、祐司とパーヴォットは、明かり取りの窓から逃げ出したとしか考えられなかった。
さらにそれを裏付けるように、窓の下部にこすったような跡があった。これは、祐司が逃げ出した時につけた単純な欺瞞であるが、ランバリル子爵家の者は、それに引っかかってしまった。
筆頭家老カマル・レリオドルバルは屋敷と敷地の図面を持ってこさせた。
カマル・レリオドルバルは、現在の時点で、探索が終わって祐司とパーヴォットがいない場所に、印をつけた。
食料庫とその周辺、そして、梁に上がった家臣の報告で煙突部分には、祐司とパーヴォットの姿がないことが確認されたとして印がつけられた。
元々、窓から逃げたと判断しているので、梁に上がった家臣の報告がなくとも煙突部分は除外されただろうが、祐司とパーヴォットが潜んでいる煙突の横穴部分は、最初の段階で探索部分ではなくなった。
さらに、屋敷外の出た可能性が考えられた。しかし、貴族の屋敷は、元々、外部からの侵入に対しての警護がなされている。
特に、祐司とパーヴォットを監禁した後は、より人数を増やして警護がなされており、人に見つからずに屋敷外に出ることは難しかった。
もとより、祐司とパーヴォットが屋敷外に出たのであれば、バーリフェルト男爵家に向かうであろうから、その報告があるはずである。
「屋敷内を徹底して捜索する」
そう宣言した筆頭家老カマル・レリオドルバルは、家臣を幾つもの組に分けて、それぞれの組に探索範囲を指示した。
その上で、室内であれば、およそ戸棚、ベッドの下はもとより、タンスなどでも人が隠れられるスペースがあれば全部開けて見る、天井に上がり天井裏も捜索しろ、野外であれば、井戸の中にも人を入れろ、草むらをかき分けて探査して、登れる木は全て登れとカマル・レリオドルバルは命令した。
さらに一組は、屋敷にいる使用人の名簿を持たせて、使用人を、急な晩餐にてんてこ舞いをする台所に集めた。
それで、一人一人の名と顔を照合して、祐司とパーヴォットが紛れ込んでいないかを確認した上で、配膳係を別にして、一室に使用人を閉じ込めた。これで、使用人の姿をしている人間が、屋敷で見つかれば祐司とパーヴォットの可能性がある。
また、探索する家臣も、合言葉を決めて、時々、小声でお互いを確認させた。
屋敷の探索が半ば進み、晩餐の料理が半ば出た時に、バーリフェルト男爵は、一体いつまで、祐司とパーヴォットは入浴しているのかと筆頭家老カマル・レリオドルバルを問い詰めた。
ランバリル子爵の奥方が、何とか間を持たせていたのが限界にきたのだ。
カマル・レリオドルバルは、完全に窮した。何しろ、祐司とパーヴォットが風呂に入っていると言ってから、ゆうに一刻(二時間)以上過ぎていたからだ。
カマル・レリオドルバルは、ランバリル子爵妃の顔を見た。ランバリル子爵妃は、ゆっくりと頭を上下に振った。
観念したランバリル子爵筆頭家老カマル・レリオドルバルは、床に膝をついて、全てを白状した。
バーリフェルト男爵家の家臣達は一斉に立ち上がり、剣の柄に手をかけた。それをバーリフェルト男爵は、手で制すると、カマル・レリオドルバルに、ランバリル子爵の者が探索しても、祐司とパーヴォットは恐れて出てこないであろうから、バーリフェルト家の者で探索したいと言った。
貴族の屋敷を他家の者が、自由に探索するなど想定外である。あるとすれば、敵が攻め込んできて掃討を行う時だけである。
カマル・レリオドルバルは、断腸の思いで「お願いします」と言った。
すっかり、暗くなったので、バーリフェルト家の者は松明を手に、雨の降る中を濡れることを厭わずに祐司とパーヴォットを探し求めた。
これに気がついて、助けを求めたのが煙突から、外の様子を見ていたパーヴォットである。




