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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ5  練兵

 練兵場は、ヘルトナの西側市壁外側に面した平地だった。小さな西門を出るとすでに守備隊が整列していた。二百ほどの数だろうと祐司は算段した。

街の物理的な大きさからすれば少ないが、街の人口が負担できる数としては妥当なのだろうと祐司は思った。


 キンガは聞かれもしないのに祐司に色々と解説をしてくれた。守備隊は基幹兵力で非常時には、街で家屋、地所、営業権を持った市民で構成される無償の市壁守備隊と、無産市民対象の有償の補助軍が組織されて数だけは二千の兵力になるという。


 祐司はヨスタの息子が剣術や弓術の習い事をしていると、ヨスタが言っていたことを思い出した。


「市民兵は以前は、年に二三回のオママゴトみたいな訓練でお茶を濁していたが、南クルトの情勢が不安定になってきたから最近は結構真面目に訓練をするようになった。ほら、城壁の上に人影が見えるだろう」


 祐司が見上げると数十人ほどの人影が城壁の上にいた。ほとんどは男だが着飾ったような姿の女性の姿も散見された。


「市民兵が真面目になるにつれて、自分達が金を出している守備隊を見る目も厳しくなってな毎回、ああやって市会参事や裕福な奴らが見学してるわけさ。おかげで守備隊の方もいいかげんな練兵をしなくなったから、多少は見応えがあるかもな」


 キンガはそう祐司に言うと、唯一戦車に乗った指揮官らしいの方へ向かった。


「司令官のプリャーニル・ジャベンジャだ。挨拶しておこう」


 祐司は初めて、実戦で使う本物の戦車を見た。御者と指揮官、無理をして射手が乗れば満員御礼になるほどの小さな二輪立ての装飾も何もない無骨な二頭立ての戦車だった。


 戦車には、金属板の胸当てを着込んだ目つきの鋭い金髪の中年男性と、御者らしい無武装の若い男が乗っていた。

 その周囲は数名の帯剣した将校のような男達がいたが、キンガが軽く会釈すると、それに返礼して黙って通した。


「プリャーニル・ジャベンジャ隊長、お久しぶりでございます。ご息災とお見受けして嬉しゅうございます」


「おお、テシュート・キンガか。貴殿も息災のようだな。その男は?」



「新しい弟子でございます」


「ジャギール・ユウジ、ジャギール・ユウジ・ハレ・マコト・トオミ・ディ・ワと申します巡礼でございます。ヘロタイニアのはるか東よりまいりました。この街ではヨスタ商会の世話になっておるのものです」


「ほほう、ナチャーレ・グネリ殿の紹介状を持ったものが入市したと聞いたが、お主のことかな」


 祐司は真面目に街の治安業務が遂行されているのだと感じて、この守備隊隊長に好感を持った。


「はい、御察しの通りでございます」


 祐司は敬意を持って頭を下げてから答えた。


「テシュート・キンガ、来月、新兵が五人来る。また、槍の取り扱いを叩き込んで欲しい」


「承知しました」


「それから、ジャギール・ユウジ。変わった剣をお持ちのようだ。手近に見てみたい。あいにく今日は市参事会との夕食会があるので、明日の夕刻にでも守備隊兵舎にこられよ。今、証明書を出す故、それを門衛に見せればよい」


 ジャベンジャ隊長は、戦車の傍らにいた平服の男に首を振った。男は書記なのだろう、肩から提げていた大きな皮袋からかまぼこの板のようなものを取り出してなにやら書き込むと、筆記具とともにジャベンジャ隊長に渡した。


ジャベンジャ隊長は板に署名して、また書記に板を渡す。


「確かに、明日伺います」


 祐司は書記がうやうやしく渡す板を受け取りながら言った。


「では、練兵の邪魔になりますので」


 キンガがそう言ったのを潮に、いつものようにうつむいているパーヴォットを含めた三人は西門にもどっていった。


「キンガ師匠は、やはり名のあるお方なのですね」


 門をくぐりながら祐司はキンガに言った。


「こそばがゆいことを言うな。退役前にプリャーニル・ジャベンジャのもとで副官をしていた縁だ。それで、新兵の教育の時にオレを贔屓にして小遣い稼ぎをさせてくれるだけだ。オレの槍なんぞ大したものじゃない」


キンガは前を向いたまま、門の横にある狭い階段を上がって城壁の上に向かう。


 城壁の上には先程、見えていた人々が練兵の始まるまで思い思いに雑談をしていた。確かにキンガの言うように、彼らの服装は街で見る服装から比べるとかなり上等な感じがした。


「さあ、始まるぞ」



 低い太鼓の音が連打される。


 ほぼ正方形に整列していた兵士は、隊列を保ったまま二段になり横に広がる。そこで、一旦制止すると、再び、二段に分かれて最初の四倍の長さの横隊になった。大楯を隙間無くして持った兵士が最前列に揃っている。

 

 太鼓の音が短く二つ鳴った。


 戦闘の兵士は頭上に掲げていた槍を前につきだした。人数の少なさゆえ深縦はないが、密集隊形ファランクスのようなものかと祐司は思った。


 太鼓が短い間隔で連打される。


 横隊が前進を開始した。練兵場は学校のグランドのような平らな場所でなく多少の凸凹でこぼこがあるが、横隊はまったく崩れることなく前進する。

 指揮官の号令で立ち止まり、きびすを返して、その場で百八十度向きをかえて今度はこちらに向かってくる。数度そのようなことを隊列は繰り返した。


 太鼓が一段と大きく打ち出される。


 横隊は右翼を機転にして九十度の方向転換をした。そして、再び二段に別れて、二列の長い横隊になった。兵士達が互いの間隔を開ける。


「巫術防御の隊形だ」


 祐司の横でキンガが言った。


 いつの間にか、横隊の前方に四人の男が立っている。いずれの男も赤っぽい光を出していた。強弱はあるが街でよく見かける光とは一段上の光だ。流石に軍用巫術師だと祐司は思った。


 その後ろには二十人ばかりの集団がいた。後ろにいた連中が前に出て来たと思うと投石を始めた。

 兵士達はそれを楯で防ぐ。時折、楯に、命中した石の音が祐司の所までも聞こえてきた。当たったら冗談抜きで怪我をするような代物だ。



 しばらくすると、二人の男が手を挙げて術を開始した。砂塵が舞い上がってきた。


 兵士達は跪いて風に耐えている。特に楯の始末に苦労しているようだ。楯を立てていると風で押し出されそうになったり楯が飛ばされそうになる。

 ところが、地面に平行にして風の抵抗を逃そうとすると、風にのって威力を増した投石を避けることができなくなる。


 ただ、救いは風が強く吹く範囲は限られているようで、兵士達のいる場所で横方向に精々二三十メートル程度の範囲らしい。

 巫術師は風の吹く範囲をひっきりなしに変えているので、個々の兵士は数秒ほど我慢すればやり過ごすことができた。


 また、太鼓が鳴った。風が突然止んだ。


 別の二人の男が前に出てくる。風を起こしていた巫術師も含めて他の男達は足早にその場から立ち去った。


 兵士達は楯を地面に置いて立ち上がった。楯を持っていた左手には革手袋を着用していた。全ての兵士が持っていた槍を地面につけてまっすぐに上げた。


 兵士達に緊張感が走るのが遠目にもわかった。


 唐突に稲光がする。あっという間にその雷声が祐司の周囲でも響き渡る。


 祐司は息を飲んだ。兵士達を稲妻が襲っているのだ。


 光を放つ棒が兵士達の槍を直撃する。槍全体から微かな煙がたなびく。頭を低くしてそれに耐えている兵士は微動もしない。


「ああして、槍を通じて雷の力を地面に逃してやらないと、吹っ飛ばされたり体が麻痺して動けなくなる。ユウジの故郷でも同じような術があるのか?」


 唖然として見ている祐司にキンガが声をかけた。武人の声だった。


「いいえ、雷を兵器として使う術は知られていません。風の塊を詰め込んだもので吹き飛ばすことばかりです」


 祐司は爆発物をそう表現した。


「しかし、今日は雷の調子がもう一つだな。無駄弾が多すぎるし、あのように、やすやす雷が地面に抜けては度胸試しの訓練にもならんぞ。巫術師の調子が悪いのかな?」


 キンガに言われてみると、兵士の頭上がさっと光って終わる雷が多い。いわゆる不発なのだろう。


 祐司は多分自分の仕業だろうと思った。スヴェアから聞いた話を持ってすると雷の術は巫術をもってした大気内の電位差を利用した術のはずである。

 かなり広範囲からエネルギーを集める必要があるとすると、巫術の力を無効にする祐司の周囲は、エネルギー獲得のためには利用できない上に、周囲からの電位差エネルギーの流れを妨害するのだろうと祐司は考えた。


「さて、練兵も後は行軍訓練ぐらいだから、ここらでお開きにしよう」


 キンガはそう言うと、階段の方へ足を進めている。


「ユウジ、明日は日の出後、半刻で稽古を始めよう。それまでにオレの家にこい。業物わざものを忘れるなよ。それから、パーヴォットは商人の家で奉公するならもっと愛想を憶えろ」


 キンガは一度だけ振り返えって言い放つと祐司とパーヴォットを置いて去ってしまった。




 祐司とパーヴォットが、ヨスタの店にもどるとヨスタが待っていたとばかりに表に出て来た。昨日、話の出た下宿が決まったので見に行こうというのだ。


 下宿屋はヨスタの店からほんの二ブロックほど離れた区画にあり、表通りから大家と共通の玄関で入った二階の部屋だった。短期間の下宿ということで、朝夕の賄い付きで、三畳ほどの広さというか狭さの部屋にベッドだけという部屋だった。


 料金は三日ごとに銅貨四十枚とういことだった。これが宿屋だと掃除をしてくれたり洗濯をしてくれるが、銀貨一枚以上はかかるそうだ。


 ヨスタは、うちに持ってくれば手間はいっしょなので洗濯は自分のところで引き受けると言ってくれた。出来るだけ衛生状態には気をつけておこうと考えている祐司はありがたくその申し出を受けた。


 ただ、馬の面倒を無料で見てもらうのは気が引けたので、飼い葉代と言うことで、ヨスタに銀貨一枚を預けて出発の時に残金を返してもらうということにした。


 ヨスタが帰って、祐司がベッドで寝転んでいると、パーヴォットが祐司の荷物を届けにきてくれた。祐司は今日も風呂屋に行くことにして、パーヴォットを誘ったがどうしてもと固辞した。


 祐司のヘルトナ二日目は、風呂上がりの麦酒、リファニアの家庭料理、ささやかながらも自分のベッドという小さな満足の中で時は暮れていった。


 

 まだ、祐司の旅は始まったばかりだ。


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