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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ4  槍術使い

 祐司が牝鹿亭に来るとハーシュナンがくだけた人物であることがわかった。まだ昼前というのに酒を飲む男達で賑わっており、酌をする女達の嬌声が表まで聞こえていた。


 祐司は店の向かいにあった駄菓子屋モドキの屋台で麦のストローに巻き付けた水飴を小僧に買い与えると、まだ、遠慮する小僧に無理矢理に水飴を持たした。


 祐司は牝鹿亭に入りカウンターで注文した。


「すみません。麦酒を一杯」


 聞く駄賃だと思い、祐司は一口、素朴な味がする麦酒を飲んで、テシュート・キンガという人物の居所を聞き出した。



「小僧さん。ペルーニ通りの、アヤクラ神の祠ってわかるか?」


 祐司は槍術を教えてくれるというキンガという男の住居場所を教えて貰った。その場所を祐司は小僧にたずねた。


「知ってます」


 小僧は少し間をおいて答えた。


「案内してくれないか」


 小僧はこくりと頷くと、何も言わずに歩き出した。あわてて祐司がついていく。数分も歩くと道端に教えて貰った祠があった。

 祐司は祠の横の路地を入っていった。一メートルほどの幅の路地の両側は、背の低い石造りの壁に木の壁を付け足して、粗末な木の屋根を乗せた住居が続いていた。


 早い話が安普請の木石混合造り長屋である。同じような作りで粗末な荒削りのドアが三メートルおきぐらいに続いていた。


「ここかな?」


 祐司はドアに看板代わりの木製の剣を打ち付けたドアの前で止まった。祐司はドアを叩きながら大声で呼んだ。


「テシュート・キンガ殿はご在宅でしょうか?」


 突然、ドアが開いて白髪白髭の七十台半ばという風情で痩身の老人が出て来た。ただ、リファニアの人間は現代の日本人と比べて相当早く老けるようだから、まだ五十代後半から六十台初めぐらいかなと祐司は思った。


「パーヴォット!」


 老人は祐司の後ろにいた小僧を見て大声をあげた。


「知り合いですか?」


 祐司は素っ頓狂な声で聞いた。


「ああ、息子だ」


 パーヴォットと呼ばれた小僧さんは下を向いて、もじもじしている。


「息子を連れて何の用だ?こいつが何か粗相でもしたのか。いくらでも謝るが、金はないぞ」


「ご子息とはまったく偶然でございます。ヨスタ商会で案内につけてもらいました。わたしは槍術の師範を捜しておりまして偶然ここへたどり着いたのです」


 祐司は驚きながらも丁寧に言った。


「ふむ、あそこの息子には剣術を教えたし、何回かヨスタ商会には息子が世話になっておるので挨拶にはいったが、オレが槍術も指南しているとまでは言わなかったからな」


「あのー、槍術の基礎をご教授願いたいのです。わたしは旅の巡礼でこの街には長居いたしません。ほんの少しばかり槍は稽古しました。でも初心者同然です。本当の基礎だけでよろしいのでお教え願えますか」


 祐司の頼みにキンガは不審そうに聞いた。


「まあ、教えるのが商売だからな。しかし、りっぱな剣を持った若者が槍術とはどんな心境だ」


 キンガがそう言ったのは、剣は名のある者の武器であるのに対して、騎士による馬上突撃が存在しないリファニアでは槍は雑兵の武器だからである。


「わたしの持っている武具はグレイブ(薙刀)と槍の中間のような形状なのです。先程言ったように槍は少々訓練しましたが、わたしの武具はかなり柄が短いのでどのように扱っていいのかがわかりません。

 気に入った品物ですので是非とも使いこなせるようになりたいのです。なにしろわたしの旅はいつ終わるのかもしれませんから」


 祐司の言葉にキンガは祐司の上着にある一願巡礼の印であるオオタカの尾羽姿を見て答えた。


「よし、いいだろう。鍛錬は明日からだ。ユウジとかいったな。明日はお前の業物わざものを持ってこい。それを見て鍛錬の内容を考える」


「教授料はいかほどでしょうか」


「ユウジとらやはこの辺りの習慣に疎いようだな。武芸の鍛錬の報酬とはあって無きがごときだ」


「わたしの心がけということでしょうか」


「そうだ、ただし手付けとして飯をおごれ。オレはまだ今日は喰っていないからな」


 キンガはそう言うと、ドアを乱暴に閉めて簡単な構造の南京錠で戸締まりをした。


「この先に定食屋がある。この時間だとすいているぞ」


 それだけ言うとキンガは、もう表通りへ足を進める。祐司がその早足から察するにやはり、七十の老人ではないようだ。一分とたたないうちに、三人はキンガが定食屋と呼んだ五坪ほどの小さな食堂に入った。

 キンガの言うように、客は他にはおらず四つある手作りのような粗末なテーブル席の一つに祐司たちは座った。


「おや、キンガさん、久しぶりだね。顔を見せなかったのは金の使い過ぎかね。もう、いい歳なんだから、過ぎた遊びを少しはひかえたらどうなんだい」


 奥から、そう言いながらエプロン姿の女将が出て来た。


「オレもそう思うが、何故か男がいつまでも枯れないんだな。おかげで、今月も手元不如意でな、残飯屋通いだ」


 キンガが照れ隠しのように笑って答えた。


 この言葉に祐司はびっくりした。後で知ったことだが、街では駐屯地、宿屋や人の多い裕福な商家などから出る残飯を引き取る商売がある。これを加熱したり別の料理に仕立て直して販売するのが残飯屋である。


 その販売品はピンからキリである。ピンは贅沢な晩餐の残りで加熱し直して配膳すればほとんど味も変わらずに食べられる程度で、中程度の家庭でもよく利用する。

 キリは得体の知れない食材がごった煮になったものや、カビの生えかけた石のように硬くなった黒パンで最下層民が利用する。


 祐司はキンガは古くてもまともな服装をしていることから、残飯といってもピンに近い物を利用していたのだろうと思った。


「金づるでも見つけたのかい」


 女将はエプロンで手を拭きながら聞いた。


「まあな、それより今日のお奨めはなんだ」


 キンガは聞こえないふりをして女将に切り返した。


「今、もってくるよ。三人前か?」


 女将はあきらめて奥にもどっていこうとしたがパーヴォットに気がついて顔をのぞき込んだ。


「おや、その子。パーヴォットじゃないか。大きくなったね」


 女将はそう言うといそいそ奥にもどっていった。




「年甲斐もなく、こんな年の子と思っておるだろうが、わし自身が一番そういった心境だ」


 女将がいなくなったのを見て、キンガは自分から子どものことを切り出した。


「こいつの母親は、牝鹿亭の給仕でな。わかると思うが、ああいった店の給仕は客も取る。酔っておれも何回か世話になったことがあってな」


「パーヴォット、今年は幾つになった?」


 キンガの問に、パーヴォットは少し顔を上げて答えた。相変わらず小さな声である。


「十五だよ」(リファニアは数え年なので満十四才である)


「じゃ、もう七年も前だ。その女は寄る年波に勝てずに店を追い出されたんだ。そんで、子連れでおれのとこに転がり込んできやがった。こいつは、オレの子だと言うんだ」


 キンガはパーヴォットを無視して話を続ける。


「パーヴォット、こっちを向いてみな」


 パーヴォットは少し顔を上げて灰色の大きな目でキンガの方を見た。


「どうだい」


 キンガは言葉は暗に”似ているか”という質問をしていた。


「なんとなく」


 祐司は無難に言った。


「で、母親は今は?」


 祐司は何気なく言ってしまってから後悔したがキンガは話を止めることなく続けた。


「こいつの母親は、パーヴォットといっしょにオレの所へ転がり込んできたんだ。オレも通い詰めた女だったから、情が出てしまって、なし崩しで暮らしたんだ。

 ところが、一年程したら男とヘルトナから逃げやがった。後で知ったことだが、借金を含めてあちこちにかなり不義理があったらしい。オレと暮らす前は、その男とは何年もいっしょに暮らしていたんだ。まあ、ヒモだな」


 キンガがパーヴォットの目の前で、母親の悪口のような話を進めるので祐司は心配になってきた。


「逃げる時に、お荷物を厄介払いしたってことさ。どこかに売ったり始末することをせずに、おれに預けたのが最後の母親としての気持ちだな」


「で、今は?」


「それ以来、この街では見かけないから、どこかでおっちんでるんじゃないか」


 祐司が自分の横に座っているパーヴォットを横目で見るとパーヴォットは最初と同じようにうつむいていた。


 女将が大皿に盛った料理を持って来た。


「おまちどおさん」


 料理は、魚料理だった。それも祐司がリファニアに来て初めて見る鮮魚であった。祐司はヨスタから入手したのであろう魚の干物はスヴェアのところで何度か食べたことがあった。

 女将が持って来たのは、マスのような姿の川魚を焼いたもので香草と岩塩で味付けした熱い油がたっぷりかかっていた。祐司としては、かなわない望みで、ご飯と単純な塩焼きの方が好ましかった。


 祐司が後で調べてみると、魚はカワマスのようだった。


 祐司は黒パンを食べるためのおかずとしては、このような魚を油漬けにしたような料理が合うのだろうと思った。



 腹がくちくるとキンガは、今日の祐司の予定を聞いてきた。


「守備隊の練兵を見学しようと思います」


「そうか、練兵か。よし、オレが連れて行ってやろう」


 支払いを祐司に任せると、キンガは頼みもしない案内を買って出た。


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