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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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霧雨の特許都市ヘルトナ3  ペリナ神殿

 結局、ヨスタの誘いで一夜の宿を世話になった祐司は、家族での朝食にもつき合わされた。ヨスタは昼過ぎには下宿の世話ができるというので祐司は、それまで、ヘルトナの見学がてら出かけることにした。


 雨は上がっていたが、空は曇天だった。


「街の人間は鈍感になってますが、この天候を眺めては、ここいらの農家はため息をついているでしょうな」


 ヨスタが少し暗い口調で出かける祐司に声をかけた。祐司はそれを肯定するように返事をしてから、思っていたことをたずねた。


「では、神殿に礼拝に行ってきます。それから、ちょっと習い事の師匠を捜したいと思いますが心当たりはないでしょうか」


「習い事ですか?」


「ええ、短槍を作ってもらいましたが、その使い方がわかりません。これを故郷で『泥縄』といいます。どうかお笑いください」


「剣術や弓術の師匠なら何人かしってますがね。息子も習いに行っていますから。でも、槍術そうじゅつとなるとね。その手の人材はわたしは無頓着です。確か神殿の神官に詳しい人がいましたな。

 そう、マシューバニ・ハーシュナン神官です。グネリ様の紹介状とヨスタの所で世話になっていると言えば邪険にはされませんよ」


「ありがとうございます。早速紹介してもらいます」


「それでは昨日の小僧を案内につけましょう。気が利かない上に無口な奴で商売に向いていないので、他の従業員の世話役みたいなことをさせようと思っています。申し訳ないが、小僧の修行がてら連れていってください。

 ユウジ様のことで少しばかり先走りして考えて行動しなかったら叱ってやってください。もう、言われたことしかできないどうしようもない奴なんで」


 祐司は言われたことを抜けることなくできるならたいしたもんじゃないかと思った。「言われたことしか出来ないヤツはいらない」と以前、勤めていた会社の上司が良く言っていたことを思い出した。


 言われたことをきっちりする社員だけの会社なんて最強じゃないかと思った。言われたこと以外のことをしたら、誰が責任を取るんだとも思った。


「どうします」


 祐司は物思いにふけっていてヨスタへの返事を抜かっていた。


「いいですよ。でも、言われたことをちゃんとできるのは大したものです」


 祐司はヨスタに言った。


「ユウジ様はわかってらっしゃる。昨日の小僧は役に立ちますよ」


 祐司の言葉にヨスタは嬉しそうな口調で言った。


「ローウマニ(薄のろ)!」


 ヨスタは廊下に向かって大声で言った。


 祐司はローウマニとは名前の前に着く字名あざな、形容的な名称だろうと思った。リファニアではいい名前をつけたとしても、形容的名称は神々の嫉妬を避けたり、邪悪な存在から難を避けるため、蔑称に近いような字名をつける。


 いわゆる卑称というものである。


 ジャギール・ユウジのジャギールとはウズラのことである。名をつけてくれたスヴェアによると、こそこそ隠れる奴という意味があるらしい。


 スヴェアの卑称であるマミューカネリ(コケモモ、可憐なという形容詞)などは非常に珍しい例で、裕福な家の赤ん坊を育てる時に、わざと美称をつけた卑賤の赤ん坊を貰いうけていっしょに育て、災厄を被せるような場合などに限るらしい。


 直接聞くことはなかったが、マミューカネリとはスヴェアの厳しい幼少期を表す字名だということを祐司は理解していた。


 祐司はナチャーレー(内気な女、めそめそ女)・グネリぐらいは普通だとしても、ローウマニ(薄のろ)とは少し行き過ぎる気がした。


 しばらくすると、昨日の小僧が小走りでやってきた。


「飯は食ったか?」


 小僧は頭を振って肯定した。


「ちゃんと返事をしろ。今日も客人の案内だ」


 ヨスタの言葉に小僧は小さな声でハイと答えた。


 祐司は急いで身支度を調えると、早くも人通りが増えだした通りに出て行った。神殿への案内を頼んだ小僧は祐司の少し前を黙って歩いていた。


「君はなんて名前?」


 祐司は神殿が見えてきた時にあまりに黙々とあるく小僧に声をかけた。


「ローウマニ」


 小僧は小さな声で言った。


「そうじゃなくて、本当の名前」


「ローウマニ(薄のろ)だからローウマニでいいです」


 小僧はうつむいたまままた小声で言った。



 小僧に案内されてやってきたヘルトナ第一の神殿は、さすがに街の神殿だけあって、二メートルほど高さの石作りの塀で取り囲まれており、アヒレス村の神殿の優に十倍ほどの大きさがあった。


 神殿は三階建ての体育館のような方形の建物で、一階が石造り、二階と三階は木造だった。


 神殿の周囲には、供物の花や果物、祭具、あるいは遠方からの参詣客用目当ての土産物屋のような店が数軒あった。祐司はその中の一軒に入って、小さななめし革と灯明にする小さな蝋燭を購入した。



 祐司は、一般の参詣客と同様に神殿の中に入った。神殿の中はがらんどうみになっていて、奥にノーマ神を中央にして数体の神像が安置してあった。


 スヴェアによるとリファニアの都市には、その都市の守護神を祭った神殿が必ずあるという。ヘルトナの守護神はペリナという名の女神である。そのため、ヘルトナの神殿の固有名はペリナ神殿である。


 ペリナの神像は、ノーマ神より一段低い石の土台の上に安置してあった。大きさもノーマ神より一回り小さいが二メートル近い。多分、銅を鋳造した立像である。

 ペリナ像は銀の街でもあるヘルトナらしく、表面は銀メッキが施され天使のような羽を背中で折りたたんだ優しげな顔の女神像だった。


 祐司は他の参詣客がするのを真似て、購入した蝋燭に火をつけた。そして、跪くと手を合わて心底からペリナ像に旅の安寧を願った。


 気が付くと、案内をしてくれた小僧も祐司の隣で跪いて何事か祈っていた。


 祐司は形通りの礼拝を済ませると、小僧に神殿の前で待っているように言った。菓子でも買えと銅貨を渡したが小僧は遠慮してなかなか受け取らないのを手を握って無理矢理持たした。


 小僧の手は柔らかな手だった。


 小僧が神殿を出て行ったのを見届けてから、祐司は近くにいた見習神官らしい若者に声をかけて神官控え室の場所を教えて貰った。


「どなたかにご用ですか?」


「はい、マシューバニ・ハーシュナン様に。ここにわたしの紹介状もございます。また、商人のメジーガルテル・ヨスタ殿の屋敷に世話になっているものでございます」


 祐司から受け取った紹介状を見た見習神官は、すぐに自分で神官控え室へ案内してくれた。


「わたしに用というのは、あなたですか?」


 暫くして、控え室にやってきたのは、四十くらいのすこし小太りの神官だった。


「ジャーギル・ユウジという巡礼でございます」


 祐司はグネリに書いて貰った紹介状を差し出した。ハーシュナン神官は一通り読むと、少し小さい声で言った。


「ほほう、一願巡礼ですか。願いが成就いたしますように、夕刻の祈りの時には、わたしも祈りましょう。さて、ナチャーレ・グネリ様は息災ですかな?」


 ハーシュナン神官は片方の眉だけを少しつり上げて言った。興味津々といった顔つきである。

ヘルトナは小さな街である。グネリは隠したと思っているディオンとの逢い引きも噂になっていたのかも知れないと祐司は思った。


「はい。来月にもここへ参るとおっしゃっておりました。詳しいお話はご本人から聞かれた方が良いと存知ます」


「うむ、まあここでも噂は聞こえてきたが、難事は無事に解決したとか?」


 ハーシュナンが、どの程度のことを知っているのか分からないので祐司はただ首を縦にふって肯定の意味だけを伝えた。


「で、わたしに特になにをご所望かな?」


 祐司はグネリのことで細かなこと聞かれたらやっかいだと思っていたので、ハーシュナンがすぐに本題を切り出してくれたのを幸いに、神殿の図書館で”太古の書”の写本をしたいと申し出た。


「これはお布施でございます」


 祐司はヨスタに聞いていたように、銀貨二枚を、神殿の近くの店で購入した小さな四角い鞣し革の上に置いて差し出した。これも、ヨスタに教えて貰ったお布施をする時の作法である。


 現代日本と物価を比較するのは難しいが、銀貨一枚で一万五千円から二万円くらいの価値はある。


「これは、御奇特な」


 ハーシュナンは両手で、鞣し革と銀貨をおしいただくと、自分の横にある小机の上に置いた。それから、机の上に置いてあった筆記具で、お布施の受取証を小さな羊皮紙に書くと祐司に渡した。

 日本で神社や寺に高額の寄進をした人間の名を張り出すような習慣らしかった。それでも、あまりに直接過ぎる感じかして、お布施の受領書には祐司は多少違和感を持ったが、リファニアでは、お布施の受取証を多く持つのもステイタスの一つらしかった。



 一通りの、儀礼儀式がすむと、祐司は本来の目的をハーシュナンに頼んだ。


「実はヨスタ商会に世話になっておりまして、ヨスタさんからあなたがこの街の武芸の師範に詳しいと聞きました。槍術の師範のような人はいるでしょうか?」


「剣でなくて槍ですか?」


 ハーシュナンは驚いたように言った。祐司は黙って頭を縦に振った。


「テシュート・キンガかな。結構な年だが、もともとは傭兵です。伯爵様の護衛隊で百人長の副官とか半隊隊長までした人だ。本人は郷士の家系って言っているがどうだか。

 遊びが過ぎて傭兵隊からの年金では少々苦しいらしい。それで、武芸の師匠もしてるんだと言ってましたね」


 ハーシュナンは少し考えながら言った。


「で、どちらに行けば会えるでしょうか?」


「詳しい住処は知りませんが、この神殿を出て右にまっすぐ行くと牝鹿亭という居酒屋があります。そこで聞いてみるといいでしょう。わたしも何回か、そこで会ったから常連だと思いますよ」


 

 神殿の外では、祐司に言われたように小僧が待っていた。小僧は祐司の姿を見つけると、さっき無理矢理に持たした銅貨を祐司に差し出した。


「小僧さんは欲がないな」


 祐司はそう言うと、小僧から銅貨を受け取った。




挿絵(By みてみん)


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