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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第八章 花咲き、花散る王都タチ
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王都の熱い秋10 フルセ浴場

「掃除がおわりました。寝具も用意できました。何かお望みはありませんか」


 女中達と掃除をしていた祐筆のアッカナンが祐司に聞いた。祐司の見ていたところでは、アッカナンは、女中達の仕事の邪魔をしているほうが多いように見えた。 


「一汗かきました。風呂屋がどこにあるのか教えてください」


 祐司はダメ元で聞いて見た。


「風呂屋ですか。風呂ならこの屋敷にもあります。でも、今日は風呂の日ではありませんので」


 アッカナンは思わぬことを言われたような顔で答えた。


「大きな街では必ず風呂屋に行きます。風呂屋に行きたいのですが近くにありますか」


 祐司は、予想された返事だったので、間髪を入れずに聞いた。


「一番近い風呂屋なら通りの端にあります。屋敷を出て左に行けばつきます」


 アッカナンは、道を聞かれた人間のように答える。


「では、パーヴォット、風呂屋に行こうか」


 祐司はパーヴォットの方を見て微笑んで言った。


「はい、王都の風呂屋となると楽しみですね」


「ちょっと、お待ちを」


 アッカナンが、あれてて廊下を走って行った。


「用意ができました」


 ほんの数分で、アッカナンが息を切ってもどってきた。そして、「どうぞ」と祐司達を屋敷の裏手の方へ案内した。


「用意ってなんですか?」


 屋敷の裏手から外に出ると祐司がたずねた。


「護衛が三人つきます。馬車で王都第一の風呂屋にご案内します」


 アッカナンが言うように、屋敷の角を曲がると、屋敷に乗ってきたのとは別の馬車と家臣と思える若い男がいた。


「それではこれでお出かけ下さい」


 アッカナンは馬車の後部の出入口を開けた言った。祐司とパーヴォットは馬車に乗り込んだ。


「ありがとうございます。でも、護衛は三人と仰いましたが、一人では?御者さんをいれても二人だと思います」


 祐司はアッカナンが言い間違えたのではないかと思って聞いた。


「はい、もう一人はわたしです。そして、三人目は風呂屋の前に先に行っています」


 アッカナンは、そう言いながら、もう一人の家臣らしい男と自分も馬車に乗り込んできた。


 馬車は人が歩くほどの速度で動き出した。屋敷街を離れると、すでにかなり暗くなったから時間がたつのに通りをかなりの人が歩いていた。馬車はどんどんと繁華な街中に進んで行った。


「ここは、フルセ浴場といい王都第一の浴場です。ジャギール・ユウジ殿とパーヴォットさんには着替えのための個室を用意しました。どうぞごゆっくり。わたし達は、ここで待っております」


 馬車が止って、アッカナンの手引きで祐司達が馬車から降りると目の前には、二階建てで三つの破風を持った大きな建物があった。

 建物の全ての窓に明かりが灯って、ひっきりなしに老若男女が出入りしていた。入り口の扁額のような形の看板には”フルセ浴場”と書いてあった。


「急に何の用?」


 その時、通りの向こうからフルセ浴場の前に、三十歳前後の威勢の良い感じの女が大声を出しながら祐司達の方にやってきた。女の後には三人目の護衛であろう若い家臣風の男がお供のように付き添っていた。


 女は長目の薄い色のブルネットの髪を頭の後ろでくくっていた。娼婦とまではいかないが、玄人といった感じの化粧をしており堅気の女ではないような感じだった。


 現代日本の化粧とリファニアの化粧技術は雲泥の差があるので、厚化粧をした女は真っ白な顔に真っ赤な口紅と目の周りの隈取りのような赤いアイシャドーといった感じで、仮装パーティーなら似合いそうな化粧である。


「間に合った」


 祐司達を浴場に案内してきた、アッカナンは、その女性を見て嬉しそうに言った。


 堅そうな府内警備長官の家臣が、一見、玄人筋の女性と懇意なのは個人的な繋がりもあるがやはり役職が関係している。


 府内警備を担う役人はリファニア王の直参である。そして、その長官は領地持ちのリファニア王家臣から選ばれる。


 領地持ちの長官は、自分の家臣を役職を担っている間は府内警備に人数を出す決まりである。府内警備長官は個人に任命されるものであっても、自分の家臣全体も任命されたとするからである。


 ただ、急に府内警備を担当しろといっても無理があるうえに、既存の組織にそのまま組み込むことも無理がある。


 そこで、府内警備長官の家臣は、現代日本で言えば機動隊のような役職につく。府内、すなわちホルメニアと呼ばれる王領での騒乱が起こった場合にその鎮圧の任務を行う建前である。


 府内警備とは、本来ホルメニア府の警備のことである。リファニアでは州という行政単位がある。これは、日本で言えば旧国名や県という単位となる。有名無実になっている州もあるが、州の領主の中の第一等は、その州の太守と呼ばれる。


 ドノバ候は”ドノバ州二十五万戸の太守”と呼ばれる。


 その州の上の単位が府である。リファニア王国初期には府長と呼ばれるリファニア王に任命された役職があったが、現在では名実共に消滅している。


 ただ、王都のあるホルメニア地方だけが、名だけホルメニア府という単位で残っているので、ホルメニアの治安を担う役職を府内警備長官という。


 ホルメニアでは、騒乱に至るような事態はこの百年は起こっていないので、家臣団は府内警備長官個人の護衛隊としての任務、大きな捕り物がある場合の助っ人、府内警備隊本部周辺の警察任務だけを肩代わりする。狭い地域の警察任務といっても数年もすれば、その地域との繋がりも出てくる。


 前近代的な社会ほど治安に要する人員は少ない。そのために反社会的な組織や個人の中で、コントロールできるようなものを取り込んで治安維持の一助にする。


 一見、お堅い感じのバーリフェルト男爵家家臣が、多少、いかがわしい感じのする女性と顔見知りであってもおかしくはない。



「こちらは?」


 祐司は、アッカナンに聞いた。


「ネラルヴァって姐御です。”花ウサギ亭”という公認娼館の女将です。あの手の女を紹介してくれたりで…、わたしらバーリフェルト男爵家の若い家臣はよく行きます。なんせ、バーリフェルト男爵家の家紋はウサギですから」


 ネラルヴァという女性を連れてきた家臣風の男が答えた。ただ、家紋がウサギと店の名を結びつけるのは牽強付会だと祐司は思った。



挿絵(By みてみん)




「店を人に頼んで来たんだよ。何の用だい」


 ネラルヴァという女は不機嫌そうに言った。


「実は護衛をお願いしたいのです」


 アッカナンが街の女に対して名家の家臣とも思えないような丁寧な言葉でネラルヴァに頼み込んだ。


「護衛?」


 ネラルヴァは素っ気なく答えた。どうも、常からネラルヴァという女はアッカナンらの若い家臣を対等以上に扱っているらしい。


「こちらは、ジャギール・ユウジ殿です」

 

 アッカナンはそう言って、祐司の簡単な紹介をした。


「それで?」


 ネラルヴァは、祐司をかなり持ち上げたアッカナンの話を聞いても動じなかった。


「このパーヴォットさんという方と一緒に風呂に入って護衛して欲しい」


 諦めた様子でアッカナンが本題を頼み込んだ。


「ここはフルセ浴場だよ。間違いなんかおこらないよ」


 ネラルヴァは笑いながら言った。


「田舎者です。王都の風呂屋に一人で入る自信がありません。よろしかったら、色々教えてください」


 パーヴォットが、ネラルヴァにちょこんと頭を下げて言った。


「あんた、郷士の娘さんかい」


 ネラルヴァが腕を組んで聞く。


「どうしてわかるんですか」


 パーヴォットが驚いたように聞く。


「わかるとしか言いようがないね。まあ持って生まれた血筋じゃないか。よし、このは気に入った。風呂にいっしょに入ってやろう。金は出してくれるんだね」


 ネラルヴァはアッカナンに言う。


「風呂代と手間賃だ」


 アッカナンは最初から用意していたのか小さな布袋をネラルヴァに渡した。


「このと先に受付に行っててくれないかい」


 ネラルヴァはアッカナンにそう言いながら、袋の中身を確かめると祐司の方へ近づいてきた。


「あんたがジャギール・ユウジさんかい。一度、店に来て下さいな。あんたは女を大事する男だから良い娘を紹介するよ」


 ネラルヴァが祐司に言う。


 祐司はアッカナンが言うように、ネラルヴァは本当に売春の取り次ぎをしている女性のようだった。


「おい、いきなり商売ですか。わたしが女を大事にするってなぜわかるんですか」


 祐司は軽く受け流した。


「それは、わたしが女だからわかるんだよ」


 ネラルヴァは不敵な感じの微笑みをした。そして、小声で言った。


「あの娘には内緒だよ。あの娘はあんたに惚れているからね。でも、こっちも助けてやらないといけない娘がいるのでつらいところだよ」


 祐司は何も答えずに微笑みで返した。



 祐司は松山の道後温泉に行ったことがあるが、フルセ浴場はちょうどそのような雰囲気と造りをしていた。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)




 入り口を入るとホールのような場所がありカウンターで入浴代を払う。一緒に付いてきてくれたアッカナンは、個室を取ろうとしたが祐司はあえて共同浴場にしてもらった。


「頭や体も洗えますか」


 祐司がアッカナンに聞く。


「洗えますよ。個室の洗い場を使えばできます。最初にどのような施設を利用するかを決めた料金を払うとそれに見合った色の木札をくれます。それを中の係に見せればいいのです」


「アッカナンさん、わたしにつき合って下さい。わたしも田舎者ですから」


 祐司はカウンターで料金を払っているアッカナンに言った。アッカナンは、少し戸惑ってから「はい」と返事をした。


 貴重品を預けて、男女別の更衣室で裸になると、お馴染みの浴室用の単衣を借りて蒸し風呂に行く。浴室は三十畳ほどの大きさがあり二十人ばかりの男女が入っていた。


「あ、ユウジ様」


 中にはパーヴォットとネラルヴァがいた。


「個室に行ったのかと思っていたぞ」


 祐司が声をかけるとパーヴォットは嬉しそうに返した。


「ユウジ様こそ」


「風呂屋の醍醐味は大浴室に限るからね」

 

 そう言ったのはネラルヴァである。ネラルヴァはすっかり化粧を落としていた。祐司は下手な化粧をするよりネラルヴァは、素顔の方がよほど美人だろうと思った。ただ、女性に余計なことを言って地雷を踏むのを恐れ祐司は黙っていた。


 最初に入った浴室は、天井と床は木製だったが壁は隙間をモルタルで詰めた石でできていた。

 その石壁の一方が出っ張っており低い木の柵で近づかないようにしてあった。その壁が外から熱せられて乾いた感じの浴室内の温度を上げていた。


 このようなサウナ式の乾いた浴室は、今までの街の風呂屋にはなかった。


 石壁は直接火で暖められるのではなくお湯で暖めるということで、浴室はそう熱くなく七八十度ほどだった。祐司達は、いっしょに入ってくれたアッカナンを含めて十分ばかり雑談をした。


「さて、ひとしきり汗が出た所で湯をかぶりに行きましょう」


 アッカナンは乾いた浴室から奥に進む。


 そこには、水やお湯を満たした大きな桶がいくつもあり、備え付けの木桶で水かお湯を選択してかける。


「さっぱりしますね」


 パーヴォットがお湯を頭からかけてから祐司に言う。


「ここでは飲み物が注文できます。といっても冷たいハーブティーか水です。酒はこの場所では御法度になっています」


 アッカナンは次の部屋に祐司達を誘う。そこは、いくつものテーブルと椅子が置かれており入浴者が飲み物を飲んでいた。

 祐司とパーヴォットはハーブティーを注文したが、アッカナンとネラルヴァは水を注文した。


「ここの水はマーレー山の泉の水です。神殿から流れてくる水の御利益があります」


 アッカナンは自慢げに言った。


「ただのコケ臭い水さ。王都の人間が勝手にありがたがっているだけだよ」


 ネラルヴァはそう言いながらも一気に水の入ったカップを飲み干した。


「次は体を洗います。体を洗うのは個室です」


 アッカナンが指さした方には、公衆便所のトイレのように十ばかりのドアが並んでいた。ドアの前には麻のタオルが入った篭が置いてあった。


「常連さんは垢すりを持参しますが、今日はこのタオルを使いましょう」


 アッカナンは篭からタオルを拾い上げて言った。


「皆さんに石鹸をおごります」


 祐司はカウンターで多めに買った石鹸をアッカナンに渡した。


「石鹸もいいけど、王都の女はこれだよ」


 ネラルヴァは祐司が石鹸を渡す前に小さな袋を浴場用の小物入れから出した。そして、袋の口を開けて中を祐司に見せた。


「なんですか」


 祐司がネラルヴァの顔を見て聞く。


「ムクロジって木の実を砕いたものが入っている。ベルタニア(ニューファンドランド島)やキレナイト(北アメリカ)から船で運ばれてくるんだ。

 これで体をこすると雪みたいな肌になるよ。どうだい、お嬢さんもこれを使ってみるかい」


 ネラルヴァの問いかけにパーヴォットは即座に答えた。


「パーヴォットも使ってみます。ネラルヴァさんて本当にきれいな肌をしているんですよ」


 ムクロジの実は界面活性作用があるサポニンを含んでいるため、日本でも石鹸がわりに使用されていた。

 祐司は実際にムクロジの実を石鹸として使用したことはなかったので、比較のしようがなかったが、リファニアで使用されているキレナイト産のムクロジは、日本のムクロジの数倍のサポニンが含まれており本当の石鹸なみの泡立ちがあった。


 ムクロジの実は女性用ということで、女性二人はムクジロ、男性二人は石鹸を使用することになった。


「四人だ」


 アッカナンが手を上げた大声を出した。暖簾のような布がかかった部屋から単衣の袖無しの服をきた年配の男が四人出て来た。四人は両手に湯が入った木桶を持っていた。


「体を洗ってくれます。お湯はいくらでも運んできてきてくれます」


 アッカナンが事も無げに言う。どうも、祐司が考えるに三助のような職種が王都の浴場にはあるらしい。


 祐司がパーヴォットの方を見ると後ずさりしかねないほど身を引いている。


「大丈夫だよ。この人達は仕事だから気にすることはない。中々、年季のいる仕事なんだ。湯運び三年といって、最初の三年は個室に湯を運ぶだけ。それで、女の裸にも平気になってからようやく垢すりをするんだ」


 ネラルヴァはそう言うとパーヴォットの肩を押して前に進ませると、最初にやってきた男の右手の手の平にムクロジの粉末を袋から取り出してのせた。


 男は「さあ、参りましょう」といって一番近くのドアを開けた。普通の椅子の半分ほどの高さの石が置いてあった。どうもそれが洗い場の椅子のようである。


 横合いから二人ほど四十年配の男が追加の湯が入った桶にを運んできた。ネラルヴァの言う湯運びのようだった。


「王都には王都の習いがある。ここはそれを楽しもう」


 祐司はパーヴォットにできるだけにこやかに言った。パーヴォットは情けなさそうな顔つきながら「ウン」というように頭を小さく上下に振った。

 

 それぞれが、個室に入って男達に丁寧に体を洗って湯をかけてもらう。手や肩を揺するようにしてマッサージもどきのことも三助のような男はしてくれた。


 個室で体を洗うとことが終わると、次は湯気で満ちた浴室に進んだ。この湯気の満ちた浴室はリファニアのちょっとした街にある風呂屋でお馴染みの施設である。


「どうだった。きれいに洗ってくれたか」


 祐司はパーヴォットに声をかえた。


「はい、でも体がひりひりします。あまりにひりひりするので途中から恥ずかしさなんか忘れてしまいました」


 そう言ったパーヴォットの手や足の露出したところは赤くなっていた。祐司はパーヴォットが、十四歳の女の子の柔肌なのだとあらためて思った。


「体を洗うと体中の毛穴が開くんだ。ここで、その毛穴から汗といっしょに余分な物を出してしまうんだ」


 ネラルヴァが上機嫌で言う。



挿絵(By みてみん)

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