王都の熱い秋6 バーリフェルト家の謁見 上
人が軽く走るほどの速度の馬車に二十分近く揺られて、祐司とパーヴォットはバーリフェルト男爵の屋敷に到着した。
人家が密集した王都であるので、敷地は幾分小ぶりだが流石に王都貴族の屋敷だけあって、今まで見た貴族、領主の屋敷の中ではドノバ候の私邸についでりっぱな屋敷だった。
祐司が馬車から降りると、すぐに、略礼服をきた四十年配の偉丈夫が二人近寄ってきた。一人は剣を腰に吊っていた。
「当家にようこそ。わたしは筆頭家老のマーヌ・ラーシュロフと申します」
剣を腰に吊った男が、丁寧な口調で祐司に挨拶をした。祐司も頭を下げて自己紹介をする。
祐司は細かいリファニアの”言葉”におけるニュアンスの相違まではわからないが、ラーシュロフという名が、例えば、”光宗”といったような大仰な感じの名であることはわかった。
「ジャギール・ユウジ殿、わからないことはこの男に聞いてくれ。わたしは一足先に失礼する。それでは、謁見室で会おう」
バーリフェルト男爵は祐司にそう言い残すと、筆頭家老ラーシュロフと玄関で待っていた共を二人引き連れて屋敷に入って行った。
「当家の家令ヴォガン・レクセンテリアでございます」
玄関に残った略礼服を着た男は自己紹介をした。
貴族や領主といってよい上位郷士となると、家臣の種類が増えて仕事が細分化される。表向きの政は、家老、奉行、組頭、与力、手代、女官といった役職のものが行う。
これに対して、領主の家庭内の仕事、接待、場合によっては、表向きの仕事の補佐として領地の管理を行うのが家令、執事、侍女といった名で呼ばれる役職の者である。
小規模な家では後者の役職のみが設けられる。
「御家令様、申し訳ありませんが、このような旅装束で、正式に御当主に謁見できません。着替えていいでしょうか」
祐司は家令に恐縮して言った。
「それでは、控え室がございますからご案内します」
家令のレクセンテリアは、そのまま祐司とパーヴォットを屋敷に招き入れて廊下をどんどん奥に進んだ。
「申し訳ありません。家令様に案内していただくなんて」
祐司はレクセンテリアにそう声をかけると、パーヴォットに小声で囁いた。
「どうもおかしい」
玄関にも廊下にも誰も人がいなかった。祐司は廊下の突き当たりの小部屋に案内された。
祐司は今までドノバ候の私邸、バルバストル伯爵居住のサモタン城塞、その他の郷士の屋敷に招待されたことがあるが、必ず玄関では女中などがおり歓迎の礼をされた。
それが、バーリフェルト男爵の舘では下働きの女性の一人さえも見なかった。
祐司が着替えている間に、バーリフェルト男爵は自分の居室の隣にある小部屋で、祐司の案内から急いで駆けつけてきた家令のレクセンテリア、筆頭家老のマーヌ・ラーシュロフと話し込んでいた。
バーリフェルト男爵は、最初に、家令のレクサンテリアと筆頭家老のマーヌ・ラーシュロフに、祐司をバーリフェルト男爵家の客としてもてなし、自分と同様の尊敬を持って接するように言いつけた。
バーリフェルト男爵領代官所からの急使では、街道筋でバーリフェルト家の評判が落ちている。
王都に出入りする商人の間でも噂話になっているらしいことはバーリフェルト男爵家でも頭の痛い問題になっていた。
「折角、サネルマが入れ知恵をしてくれて、できるだけ人目を引くようにジャギール・ユウジを歓待して、わしが直接出迎える。
そして、手ずから金貨二百枚をネルグレットの命を救い、領地での不正を暴いた礼として渡すという算段はグラウスのおかげで滅茶苦茶だ。無理をして集めた折角の金貨二百枚も渡せなかった」
バーリフェルト男爵は、心底、困った顔で言った。
バーリフェルト男爵が言ったように、すでにバーリフェルト家が吝嗇であるという街道での噂を打ち消すために、バーリフェルト男爵自身が市門まで赴いて、平民であるジャギール・ユウジに異例の歓待をする。そして、手ずから褒美をジャギール・ユウジに与えるという計画は破綻していた。
歓待どころか、自分の管轄下の者がユウジを牢に入れるという失態をさらした。それを、ケルマン男爵家の家老ベイエルス準男爵にまで知られてしまった。
その上に、迂闊者といっていい家臣マメダ・レスティノが、娘のネルグレットから預かってきた金貨二十枚をユウジに渡してしまった。
貴族が与える褒美は吟味したうえで一回という慣例がある。そして、褒美をいう名目で、ケルマン男爵家の家老の前で、マメダ・レスティノがユウジに金貨二十枚を渡した以上は、金貨二百枚を渡すことができなくなった。
街道での不面目をただすどころか、郷士が自分の孫を救出したジャギール・ユウジに金貨十五枚を渡したのに、バーリフェルト男爵家は娘の命を救った男に、最低でも金貨十枚はするという領地の監査をさせて、金貨二十枚しか与えなかった家というさらなる不面目を王都で上塗りした。
ベイエルス準男爵が、バーリフェルト男爵の失態を言い回ることはないだろう。
しかし、ベイエルス準男爵の「数年の働きでバーリフェルト男爵家の将来は大きくかわるでしょう。たった一人の一願巡礼をも扱いかねるようなら働きがいのある場所は得られません」と言う言葉がバーリフェルト男爵に重くのしかかっていた。
「金貨を渡せなくなったために、多少でも不面目を挽回するつもりで、当家の所有する一軒家を貸すと言ってしまった。空き家はあるか」
バーリフェルト男爵は家令のレクセンテリアに聞いた。
「あるにはありますが、長屋の部屋が数件です」
家作の管理も行っているレクセンテリアが、渋い顔をしながら答えた。
「長屋などもってのほかだ。ケルマン男爵家の家老ベイエルス準男爵に、相応の屋敷と言ってしまったのだ」
バーリフェルト男爵は強い口調でレクセンテリアに言い返す。
「家臣の誰かの屋敷を空けさせて一時的提供することもできますが、それは、すぐにばれてしまいお互いに気まずいでしょう」
筆頭家老ラーシュロフも、渋い顔で言う。
「なんとかならんか。それも今晩中にだ。明日の朝、ケルマン男爵家から使用人が屋敷にくる。早朝にでも場所を教えなくてはならんのだ」
バーリフェルト男爵は懇願するように言った。
「あまりに急でできるかどうか」
レクセンンテリアが自信なさそうに言う。
「なんとかしてくれ」
バーリフェルト男爵は必死である。レクセンテリアとしても主君の危難を救いたいが妙案があるわけではない。
「このさいだ。金のことはいい。幾らでも出す。ラーシュロフ、詳しいことは後日話すがケルマン男爵家との約束を反故にするわけにはいかないのだ。
そして、ジャギール・ユウジに相応の接待をせねば、バーリフェルト男爵家に危難がくると思ってくれ」
バーリフェルト男爵は財務を担う筆頭家老ラーシュロフを説得するように言った。ラーシュロフは、レクセンテリアの方を見て頷いた。
「わかりました。人を出して屋敷の斡旋をしている商人すべてに当たらせましょう。ただ、あまりに急ですから相手の言い値になります」
ラーシュロフが金は心配するなと、合図をしたのでレクセンテリアは物量作戦にうって出ることにした。
「奥向きの者では手がたりないようだったら家臣も動員しよう。何人か」
ラーシュロフが、レクセンテリアに言った。
「では、若い家臣を二十人ほど屋敷で待機させてください。何事が起こっても対処できるでしょう。それから現金です。できるだけ多く用意してください」
レクセンテリアの策で、夜中近くになって屋敷が見つかった。それは、王宮に近いかなり大きな屋敷で、その値は金貨六百八十枚という途方もない値段だった。
また、維持費もかなりの額になり使用人も十人以上は必要なほどの屋敷だった。ケルマン男爵家家老ベイエルス準男爵との約束では、ケルマン男爵家が出す使用人は三人ないし四人ということになっていた。
あまりに大きな屋敷だと、ケルマン男爵家に嫌がらせをしていると取られかねない。
それを無視しても、家令レクセンテリアと筆頭家老のラーシュロフはバーリフェルト家の財政状況を考慮せざる得なかった。もちろん、全ての事情を知っているバーリフェルト男爵なら即刻購入しただろう。
幸か不幸か、バーリフェルト男爵は就寝していた。
窮地に陥った筆頭家老ラーシュロフは、この時に名案を思いついた。
筆頭家老ラーシュロフは、立場上、バーリフェルト家のかなりの情報を知っていた。
その中に、バーリーフェルトの代官バンガ・ヴァジームの屋敷が金貸しの抵当になっているという情報があった。
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き 虹の里、領主領バーリフェルト9 監査官、遠見祐司 上 参照)
早速、自分でその抵当を得ている金貸しの家に行き、金貸しをたたき起こした。証文によると金貨七十八枚で抵当になっていたので、家中にあった手持ちの金を集めた金貨八十五枚で無理に証文を買い取った。
そして、数名の手勢をつれてバンガ・ヴァジームの屋敷に行き、主家の要請だと言って無理に入り込んだ。
すると、上手い具合に男出入りがあるという噂の奥方は、若い男を自分の寝室に連れ込んでいるのを見つけた。
ラーシュロフは、不義の現場を押さえたとして、これも寝ているところを無理矢理連れ出してきた奥方の両親と奥方を脅かして即刻退去させ実家での謹慎を申しつけた。
そして、そこから、家令のレクセンテリアに連絡してバーリフェルト家で待機していた若い家臣と使用人を総動員して、バーリフェルト家から使っていない家具を、その屋敷に運び込んで元の家具と入れかえた。
すべてが終わった時は、太陽が昇って、ケルマン男爵家からの使用人が屋敷にくる直前だった。
舞台裏でこのようなドタバタ劇が進行していることを知らない祐司は、別の意味で追い詰められていた。
すでにお忍びの様な形で、バーリフェルト男爵との会見をすませていたが、正式な形での謁見となると失礼な失態が身の危険になる可能性もあるからである。
半公式的な謁見ならドノバ候やバルバストル伯爵の謁見を受けたことがある。それも、クチャタとダンダネールという導き手が一切を仕切ってくれた。
地方の領主は戦乱の影響で謁見の形式には五月蝿くない。心ある領主ほど平民でも実力のある者に謁見する。
(第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏 ドノバ連合候国の曙23 夏至祭の日 参照)
(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ10 謁見 参照)
(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 嵐の後11 祐司への恩賞 参照)
ただ、王都はそれなりの格式を重んじている筈であり、平民である祐司は貴族との正式な謁見となると気を使わざるえない。
「ユウジ様、りっぱなご様子です。どんな貴族様の前に出てもひけを取りません」
パーヴォットは、祐司がバナミナで買った礼服を着た祐司を見て言った。
(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 嵐の後12 祐司の礼服とパーヴォットのドレス 上 参照)
「それが困る。多少はひけを取るくらいがちょうどいい」
祐司は困ったように言った。
「ジャギール・ユウジ殿、大殿がお待ちです。こちらへ」
控え室のドアが開いて家令のレクセンテリアが入ってきた。
「従者は?」
祐司は頭を下げてレクセンテリアに聞いた。
「ごいっしょにどうぞ」
レクセンテリアもちょっと頭を下げて言った。詳しい事情までは知らされていなかったがレクセンテリアも祐司が特別の客であることは理解していた。
「この服で失礼にならないですか」
祐司はおずおずと聞いた。
「いいえ、お似合いです。むしろ、喜ばれるかと」
レクセンテリアは微笑みながら言った。
祐司はレクセンテリアに導かれて謁見室に案内された。彼は案内する途中に、祐司に謁見の作法を説明した。謁見室のドアはすでに開いていた。
レクセンテリアに続いて謁見室に入った祐司は、思っていた以上の数の人間がおり、その者達が一斉に祐司を見たことでたじろいだ。
謁見室はテニスコートほどの大きさの部屋で、正面には椅子に座ったバーリフェルト男爵夫妻、その横に次女のサネルマ。
三人が座った椅子の後ろには、正装した男女が八名立っていた。祐司はバーリフェルト男爵の弟たちだろうと思った。
祐司から見て部屋の左手には、筆頭家老マーヌ・ラーシュロフ以下の家臣団、左手には女官や侍女と思える女性が立っていた。
祐司は左膝を床につけて跪いた。貴族の当主に謁見する場合は両膝で跪かなければならないが、当主から招待された場合は、片膝でいいとレクセテリアに教わったからである。
「両膝で跪くのだ」
侍女の中から、三十半ばと思える堂々とした女性が一歩前に出て来て言った。祐司はその女性が侍女頭のセラヴォ・レハンドリアだと判断した。
セラヴォ・レハンドリアと思われる侍女の発する光の色は祐司が予想したものであり、そして予想外のものだった。
レハンドリアの発する光の色は祐司がかつてシスネロスで見たランブル市参事の光と同様の光の色である。すなわち、人を扇動して自分に従わすことのできる能力をもった人間の光の色である。
(第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏 黒い嵐8 閲兵 参照)
祐司はバーリフェルト男爵家と関わる以上は、侍女頭セラヴォ・レハンドリアとの対決は避けて通れないだろうとすでに覚悟していた。
(第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き 虹の里、領主領バーリフェルト14 バーリフェルト家の陰 下 参照)
ただ、祐司はそれが一筋縄でいかないことにも気がついた。
セラヴォ・レハンドリアが、無自覚にしても巫術のエネルギーで他人を操っているのなら、少々、無理をしてセラヴォ・レハンドリアに水晶を押し当てて、そのエネルギーを吸い取ってしまえばいい。
ところが、セラヴォ・レハンドリアの発する光の色は予想した色合いだが、光の発し型が予想外だった。
セラヴォ・レハンドリアの発する光は激しくスパークするように点滅していた。極希に見かける光のパターンである。
そして、最大の予想外の事由はセラヴォ・レハンドリアが発する光は巫術師が巫術を発動させている時に発するタイプの光であったことである。それも、自身で制御できない弱い巫術を慢性的に発動させている。
セラヴォ・レハンドリアは巫術師すれすれの常人であるが、彼女が知らずに発動している弱い巫術が人を操るタイプであることがやっかいである。
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<図の巫術師の説明>
・スヴェア
不出生の大巫術師 ほぼ全ての巫術が高いレベルで行える。齢は数百歳と思われるが巫術により二十代後半の姿で祐司に接していた。
図で確認すれば、当代を代表する巫術師という評価を得ていたマリッサと比べても、スヴェアが隔絶した能力を持った巫術師かがわかるだろう。
・ディオン
千年巫女神殿の神官長グネリを脅かし愛人同様にあつかう。動物に巫術をかけ大型化させて操ったり、離れた場所から他人を操って自死させるなど高度な巫術が行えた。
祐司を呪い殺そうとするが術が、祐司の巫術を排斥する能力によって、巫術が自分に返ってきたために悲惨な死体となって発見される。
・アハレテ
潜在能力の高い巫術師だが鍛錬を嫌い巫術のコントロールが困難である。普通に鍛錬を行えばそこそこ名を残しただろう。パーヴォットに性的暴行を行い怒り狂った祐司に殺害される。
・ガオレ
シスネロス市義勇軍の巫術師 シスネロス市民軍で巫術師として働いていたが高慢な性格と術の衰えから解雇される。一人娘のヴォテルを娼舘で働かせるほど落ち目になり、自身も瀕死の病にかかっていたが祐司に巫術のエネルギーを注入してもらい死の前に一花咲かせる。ヴォテルに大金を残す。
・マリッサ
現代のリファニアにおける最上級の巫術師で、指揮能力もありモンデラーネ公自慢の巫術師集団のトップであった。難度の高い巫術を駆使して幾たびもマンデラーネ公軍に勝利をもたらす。
”バナジューニの野の戦い”で、突進してきた祐司を”突風術”で吹き飛ばそうとするが、術は発動せず祐司の短槍によって致命傷を負わされた直後にシスネロス軍傭兵に斬首される。
モンデラーネ公の戦場での性的な相手をつとめており、モンデラーネ公の子を宿していたが、胴体は他の戦死者と一緒に埋葬されたためにマリッサのみが知っていた秘密となる。
・エネネリ
バルバストル伯爵領で天候改変の大巫術を行う。祐司に巫術のエネルギーを抜き取られエネルギー源だったマール州にあるベストラス山の巫術のエネルギーも祐司に無効にされたため、巫術師ではなく本来の農婦となる。巫術のエネルギーはエネネリの体に負担をかけて妊娠しにくい体質になっていた。
*Xの位置にいるのは、モンデラーネ公の巫術師集団から逃亡して、祐司の紹介でヘルトナ守備隊に雇われたスェデンとナニーニャの夫婦 二人で一人前という巫術師 威力はそうないが”突風術”という難度の高い術ができるのが売り。
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スパークするような巫術のエネルギーによる光を最初に見たのは、祐司が誘拐されたパーヴォットを救出する時に見た巫術師アハレテの発する光である。
スパースする光に関してとは祐司は二つの場合があることを理解していた。一つは制御がされていない巫術のエネルギーの発動である。これが、巫術師アハレテの例である。
(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路 霧雨の特許都市ヘルトナ12 霧中の追跡 下 参照)
二つ目は、スパークする光を発する人間は巫術のエネルギーを溜め込む量が極端に少ない場合である。
巫術師アハレテを見た時は、よくわかっていなかったが、その後のマンウオッチングにより祐司はかなりの知識を蓄えていた。
普通の人間は徐々に巫術のエネルギーが体に溜まっていく。ある程度、溜まると体に入る量の限界になり入ってくる分だけ出て行く。
それが、人の発する光として祐司が視認している。
そのため、赤ん坊は光を発しない。十歳前後の子供になるとほとんどが薄いながらも光を発するようになる。
巫術のエネルギーは、体が小さいから早く溜またったり、体が大きいからゆっくり溜まる性質のものでもないことは、なんとなく祐司は感じていた。
もし体の大小に関係あるのなら小柄な子供ほど早く光を発し始める筈である。しかし、光を発する子供と、発しない子供の大小はまったく関係無い。単に個人差があるだけのようだった。
ところが幼児でも巫術のエネルギーによる光を発する者が希にいる。
そのような幼児が発する光はスパークする光である。最初は、巫術師アハルテが発していたスパークする光との関連性がわからなかった。
一度、そのようなスパークする光を発する幼児に出会った時に親に頼んで幼児を抱かせてもらった。祐司はその時に水晶で巫術のエネルギーを密かに吸い取った。
ところが、その幼児は四半刻ほどでまた光を発し始めた。
原因としては二つ考えられる。一つは極めて迅速に巫術のエネルギーを大気から補充することができる。
ただし、巫術のエネルギー自体を無効にしていまう祐司が近くにいるとエネルギーの補充はほとんどできない。
ところが、数十メートル離れた場所に祐司が居たのにもの関わらず幼児は再び巫術のエネルギーによる光を発し始めた。
考えられる二つ目の原因は、極めて巫術のエネルギーを溜めておく容量が小さいことである。
祐司は水晶を使って普通の人間から巫術のエネルギーを吸い取ってしまうと、確証はないが多分十年以上は元にもどらないだろうと確信していた。
巫術師は極めて迅速に巫術のエネルギーを取り込み、それを放出することによって巫術を発動する。
ただ、制御された巫術を行うにはかなりの量の巫術のエネルギーを取り込んでいる必要がある。
祐司に巫術のエネルギーを吸い取られたら、完全に放電してしまった蓄電池のように巫術のエネルギーがなかなか溜まらない。そのために、数日から数ヶ月は術はかけることはできない。
また、巫術師の溜め込むことのできる巫術のエネルギー量、溜め込む速さには個人差が大きい。
祐司が今まで出会った巫術師でスヴェアを例外にすれば溜め込む量の大きさではエネネリが第一である。
エネネリが天候改変という大巫術ができた理由である。しかし、エネネリがエネルギーを溜め込む速度は極めて遅い。
エネネリが巫術を発動できたのは、ベストラス山というとてつもなく大きな巫術のエネルギーが溜まっている場所に行くことで通常よりも迅速にエネルギー補充できたからである。
通常の地域で、その地にある巫術のエネルギーを急速に体内に取り込める第一は目の前の、セラヴォ・レハンドリアである。
普通は祐司が接近しただけで、かなりの範囲で巫術のエネルギーが無効になるが、セラヴォ・レハンドリアの激しくスパークするような巫術のエネルギーによる光は、祐司がいる方向には延びてはいなかったが、それ以外の方向には部屋を満たすほどに延びていた。
セラヴォ・レハンドリアの発する光のパターンと強さから慢性的に巫術を発動したような状態であると同時に、きわめて迅速に巫術のエネルギーを補充し、それがすぐに溢れてきているのだろうと祐司は判断した。
祐司はかなり厄介であると思った。
なんとか、口実を設けてセラヴォ・レハンドリアの身に巫術のエネルギーを吸い取ってしまう水晶を押し当てれば、セラヴォ・レハンドリアが他者を操ることができなくなり、その支配から他者を解放できると祐司は軽く考えていた。
ところが、セラヴォ・レハンドリアの様子からは彼女がすぐさま巫術のエネルギーを補充してしまうだろうと祐司は思った。
さらに、巫術のエネルギーを溜め込む量が少ないが故に、祐司が巫術のエネルギーを吸い取っても外部に発することのできる量がすぐに溜まる。
祐司はセラヴォ・レハンドリアを無力化するために何か手を考える必要があった。




