最果ての村アヒレス10 羅針盤
アヒレス村での話はこれで終わります。祐司がリファニアで最初に訪れる都市ヘルトナではいよいよヒロインが登場します。とは言っても祐司はヒロインが登場する前に、二人の年上の女性と結構よろしくな関係になってます。
次の日、祐司はテスラの母親が死に、テスラがオオカミ憑きになった崖にでかけて、丹念に水晶で巫術のエネルギーを消去した。
グネリとヨスタには、出かけるのは近隣の祠を巡礼するためだと言った。祐司は巡礼と言って何日も村に滞在しながらそれらしい振る舞いをしないのは不自然だと思ったからだ。
その作業が終わると、偶然からか二日ぶりに太陽が姿をのぞかせた。オオカミ憑きは、この周辺ではかなり減るだろうと思いながら祐司は、グネリに聞いた幾つかの祠を回ることにした。
祐司はその途中で街に行った時に何かしら売れないかとスヴェアに習って見知った薬草を採取した。そして、目についた巫術のエネルギーが溜まった場所を中和した。
祐司は昼過ぎまでに、ノーマ神や土着の神を祭った祠を五つほど回った。どれも、故郷の祠を思い出させるほどよく似た石造りの祠で、中には石板に彫ったレリーフ状の神像があった。
巫術のエネルギーは祠そのものや、祠の近くにあることが多くリファニアの信仰の基盤に巫術のエネルギーがあることがうかがわれた。
雪がちらつく天候になってきたので、祐司は早々に引き上げようと、コートのフードを被ろうとした。
「なぜ、こんなところにいる」
太く低い声がした。道端の木立から突然 髭面の男が飛び出てきた。
「ドラホーミ親方!親方こそなんで?」
祐司は、驚きのあまり数歩下がってからようやく声を出した。二日前にテスラがオオカミに憑かれた崖に案内してくれた猟師の親方である。
突然、ドラホーミ親方が右手に持っていた山刀を振りかざすと祐司に突進してきた。
祐司は自身の感覚からは手を抜いたような速度で襲いかかってくる山刀を軽く左に避けた。避けてからまた左に動いてしまったと悔やんだ。
ドラホーミ親方は、勢い余って祐司のいた場所を通りすぎてあわてて方向転換しようとする。祐司はその隙に刀を抜いて上段に構えた。
その仕草の間に祐司はドラホーミ親方の進路が祐司のいた場所とは微妙にずれていたことに気付いた。
「いや、お見それした。おぬしは名のある戦士か?」
ドラホーミ親方は刀を構える祐司に山刀を持ったまま両手を挙げて言った。
「僕を試したんですか?」
祐司は、怒るよりもあきれかえって聞いた。
「そんなところだ。オオカミを一人で倒したっていう噂がにわかには信じられなくてな」
祐司に敵意がないことが伝わったとわかると、ドラホーミ親方は早々に手を下ろした。
「納得してくれましたか」
祐司は今度はうんざりしたように言った。
「いや、もうわかった。でも、お前さんは一体何者なんだ?」
「シャギール・祐司。ただの巡礼です。この先の祠に用があってここにました。身のこなしは護身のために自然と身についたもので我流です」
祐司はそう言いながら抜刀していた刀を一降りすると鞘に収めた。
「そうか。悪かったな。この間の荷物を運んでくれたことと併せて今日のことは貸しにしておいてくれ」
それだけ言うとドラホーミ親方は出て来た森の中にもどっていった。
その夜は、いよいよ明日、ヨスタが街に帰るというので、グネリが二人を夕食に招いてくれた。
「まかせた鍛冶の仕事具合もありますが、後、二三日は滞在しなければなりません」
大方、食事を終えるころに祐司が話を切り出した。
「そこで、お二人がいる時に、先入観念なしに僕がどこを目指すべきかご意見を聞きたいのです」
「王都タチがある南西海岸でしょうかな」
ヨスタが迷わずに言う。
「そうですね、無難でしょう。そこで、この夏に、王都と二三の都市を巡って過ごす。南西海岸の街や村には有名な学者や巫術師がたくさんいますよ」
グネリも申し合わせたかのように続ける。
「もちろん評判の良い者も、行状が定かならぬ者もね。そして秋には王都か西岸を北上して適当な街で越冬する」
今度はヨスタが言った。スヴェアが祐司に勧めた場所と二人の意見は一致した。
「翌年はマルタンに行かれることをお奨めします」
グネリは指示するような口調で言った。
「マルタン?」
「わたしが学んだ学院がある神殿を中心としたリファニア第一の信仰の街です。”太古の書”をはじめユウジ様の求める知識が得られると思います。各神殿の神官宛とは別にマルタン大神官宛の紹介状も書きますわ」
グネリにここまで言われては、祐司の翌年までの行く先が決まったも同然だった。
翌日、ヨスタは昼過ぎに入手した毛皮や山羊の皮などを満載した馬車で街に帰っていった。入村したときとは異なり村の子ども達が峠まで、馬車を押すとの口実をつけて馬車にたかるようについてきた。
峠でヨスタは子ども達を並ばせると水飴でできた飴を配った。
「では、二三日中にはお世話になります」
いっしょに付いてきた祐司がヨスタに手を振りながら言う。
「夏には徴税の請負も兼ねて羊毛の買い取りにきますからそれまで滞在しててもいいですよ」
「ご冗談を」
「冗談です。お早いお越しを待っております」
巡礼用宿舎に帰った祐司は覚悟を決めていた。信者証明や紹介状などを書いて貰った手前、あまりにグネリの機嫌を損じるのは拙いという判断があった。『旅の恥はかきすて』という言葉を祐司は自分に言い聞かせた。
高緯度地域であるリファニアでは、この季節は目に見えるように夜が短くなり、日ごとに朝が早く来るように感じる。
部屋が明るくなってきたので少し寝不足気味だが祐司は、ベットから出ようかどうか迷っていた。
「ちょうど、祭祀のためにヘルトナのアキスス神殿に行く用事があります。もう、一月ほど後に出発する予定ですが、それまで滞在されたらいかかですか」
祐司の隣に寝ていたグネリが名残惜しそうに祐司の手を握りながら言った。
「いや、これ以上お世話になるわけには。それに、噂になってもグネリ様にご迷惑をかけます」
「もう噂になっております」
グネリはさらりと言ってのけた。
「でも、わたしが母なる神ダーヌの神官であれば認めた巡礼と夫婦の契りを交わすのは当たり前でしたのに」
「よく、わからないのですが?」
「そうでしたね。あなたはリファニアの風習に疎いのでしたね。その所属する共同体の承認を得て、母なる神ダーヌの女性神官は気に入った巡礼と夫婦の契りを交わすことが許されています」
「なぜ?」
「子種をもらうためです。田舎の村は時々新しい血をいれませんとね。前に言った村長の姪は、いずれ母なる女神ダーヌの神官見習いの資格ができればその役をしてもらうつもりです。
子どもができればわたしが教育します。村の神官は村出身者でという願いもありますからね」
グネリは口を開くたびに祐司の方へにじりよってきた。
「そうですか」
祐司はため息をついた。そして、ため息をつく祐司の口にグネリの口が覆い被さった。
太陽が昇る前に祐司は、愚図るグネリを神官館に追い返して鍛冶場に向かった。祐司は途中で持ち出した黒パンを囓って時間をつぶした。
まだ、太陽が昇りかけというのに、鍛冶場ではスティアンと弟子が仕事を始めていた。
「おはようございます」
祐司は鍛冶場に入って声をかけた。
「おう、早いな。できてるぜ」
スティアンはそう言うとウインクした。祐司はそれに気がつかないふりをしてスティアンが差し出した短槍を受け取った。
やはり槍というよりは、薙刀や長巻といった種類の武具である。
祐司は試しに短槍を構えてみた。亜寒帯には珍しい硬木の柄は刃に負けていない質感があった。柄の中央部を持っても素晴らしくバランスがいい。元の方が微妙に太くなっているようだ。
「どうだい、それだけのオーク材はめったに手に入らないぜ」
「気に入りました」
「当たり前だ。ハンマーの方は今日の午前中に片付けてしまう。また、ここに来るのも面倒だろうだから宿舎にとどけさせようか?」
「いいです。また、来ますから。ちょっと作業を見ていていいですか?」
「ああ、勝手にしな」
スティアンが使っているハンマーはようよう片手で持てる限界に近いかなり大きな物だった。打っているのは大きな鎌である。
祐司には、その鎌から火花とともに微かに巫術のエネルギーが飛び去っていくのが見える。
やはり、コピーしたものはオリジナルと比べると巫術のエネルギーを排斥する力は劣るようだ。
しかし、祐司は放っておいても徐々にこの村の金属製品からは巫術のエネルギーが抜けて本来の金属製品となっていくだろうと思った。
すでに、スティアンは巫術のエネルギーのある金属より、それを排した物を選んでいる。祐司はその過程でスティアンならば金属加工についての知見をさらに発見するだろうとも思った。
昼過ぎに再び鍛冶場を訪れた祐司は、自分のハンマーをスティアンから返してもらい、新たなスティアンの作った柄のないハンマーと分厚い金属盤を受け取った。
祐司は、その足で神殿に行って、明日出立することをグネリに告げた。
グネリは祐司の手をこれでもかというほどの力で握って言った。
「せめて、出立の時刻まではご一緒させてください」
祐司は明日の道行きは寝不足で辛いことになるだろう思った。




