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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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最果ての村アヒレス9  ハンマー無双

悲しみと後悔にくれる祐司ですが、旅の目的を忘れたわけではありません。

 祐司は翌朝、店に出て行くヨスタに半日だけ休ませてもらいたいと言った。ヨスタは一日休めと言ったが、祐司は昼前には店に現れた。


 その日も、前日に何事も起こらなかったかのように、ヨスタの店は本村以外で暮らす者を中心に多くの客で賑わっていた。


「いいんですか?」


 ヨスタが心配そうに聞いた。


「くよくよしていても、ヨスタさんやグネリさんに迷惑をかけるばかりです」


 祐司はそう自分に言い聞かせた。そして、岩石採集に使っていたハンマーを見せてヨスタに言った。


「用心棒っていっても、危なそうな人は来ませんよね。今日は、この集会所の椅子を修理します。だいぶガタがきている椅子があります。

 グネリさんを通じてですがこの村にご厄介になっていますしね。それで、釘を二十ほど売ってくれませんか。それから釘抜きの代わりにやっとこを貸して下さい」


「それでしたら、世話になっているのはわたしの方です。釘の代金はいりません」


 ヨスタの言葉を聞きながら祐司は机の上に積まれたある品物に目を留めた。


「これって、紙ですか」


 祐司は思わず日本語でカミと表現した。


 祐司は二三十枚積み上げられたA4ほどの大きさの紙のようなものを触ってみた。見た目は紙だがさわり心地が違う。


「ユウジ様の故郷ではカミというのですか。樹皮紙です」


「樹皮紙?」


 ヨスタの説明では白樺などから剥ぎ取った樹皮を一度バラバラにして叩いたり蒸気を当てて作るのだという。

 元が木だから折り曲げることは難しいが丸めることはできる。羊皮紙のような耐久性はないが安価であるので、ちょっとした契約書や手紙等に広く使われているという。


 祐司は後で何枚か買ってちょっとしたメモや記録のために使おうと思った。


 代金を受け取るのを拒むヨスタから釘とやっとこを受け取った祐司は、ガタがきている椅子を選ぶと裏口から持って出て表で修理を始めた。


 祐司が三つ目の椅子に取りかかろうとしていると、ヨスタが裏口のドアを開けて祐司を呼んだ。


「ユウジさん、鍛冶師がきてますよ」


「鍛冶師?」


「はい、スティアンっていうんですが、変わり者でね。本村に住んでいるくせに今頃来るんですよ。ユウジさん、持っている刃物を棒につけて槍に仕立てたいと言っていたでしょう。

 ヘルトナの街の職人を紹介しようと思ってましたが、スティアンは武器の細工もなかなかの腕前でね。頼んで見たらどうですか」


 本村以外の周辺に住む人間が遅れてヨスタの店にやってくるのは、情報が遅れることもあるが、本村の人間が一通り終わった後でという不文律のようなものがあるらしい。

 一度、品物の入れ替えはあるが、本村に住むということはなにがしかの特権を有しているのだろうと祐司は感じていた。その特権を行使することなく本村の人間がこない日にわざわざやってくるのは確かに変わり者だろうと祐司は思った。


「鍛冶って巫術で金属を加工する人でしょう?」


 祐司は巫術で作られた道具、それも武具を使う気にはなれなかった。


「いや、スティアンは巫術は使えないんですよ。でも、絶対に鍛冶をしたいと言って腕を磨いたんですね。村にもう一軒あった巫術を使う鍛冶屋はどうしてもスティアンの作る製品に勝てなくて廃業して、今じゃ羊を飼ってますよ」


 ヨスタの言葉に祐司は望み得もしなかった邂逅の喜びを感じた。


「じゃ、お願いしてみましょうか。すみませんが、相場は幾らほどですか」


 祐司は気を落ち着かせてヨスタに聞いた。


「槍の長さや、木の材質にもよりますし、街か村かでも違います。銅貨五十枚から銀一枚ぐらいでしょうか。でも、スティアンは値段で仕事をする男じゃありません。気に入ったらもっと安くしてくれます。

 でも、わたしは銀二枚でも頼みますよ。


 普通に頼みにいっても、村の人間以外の仕事はなかなか引き受けてくれないんですよ。でも、今は急ぎの仕事もないそうで、第一機嫌が良い。良い機会です。大きな男だからすぐわかりますよ。名前はバロォーミー・スティアンです」


 祐司はヨスタの言葉に、急いで店の中に入った。ひときわ目立つ大男がいた。小柄な者の多いリファニアでは大男と言っても祐司と身長は同じくらいか、少し低いかもしれない。


 ただ、体幹は太く、がっしりしており祐司がたじろぐほどの威圧感があった。


 三十代後半くらいだろうが、数ヶ月は髭に手をいれたことはないらしくぼさぼさである。顔の造作が大きさと相まって夜に一人で会いたくない雰囲気だった。


「鍛冶屋のバロォーミー・スティアンですか。わたしは巡礼のジャギール・ユウジです。実はわたしの持っている刃物を槍に仕立てて欲しいのですが」


 祐司は買った布地を折りたたんで帰り支度をしている大男に声をかけた。


「槍か。その刃物を見てからだ。オレは鍛冶場に帰るから持ってきな」


 スティアンはちらりとだけ祐司を見て言った。ところが、店を出て行こうとする時にいきなり祐司の方へ近づいてきた。祐司は思わず後ずさりをした。


「ちょっとそのハンマーを見せろ」


 祐司は最初は何のことかわからなかった。急いで店に入っていたので、腰のベルトに挟んでいたハンマーのことを忘れていたのだ。祐司は急いでハンマーをスティアンに渡した。

 

 祐司が岩石採集用に使っていたハンマーは先切り金鎚という、片方が平面で釘を打つようになっており、片方は先細りになって細かい打撃が出来るようになった形のごく一般的なもので柄も木製である。


「少し貸してくれるか?」


スティアンはしばらくハンマーを振ったりしてから言った。


「いいですが、後で返してくださいよ」


 祐司はそう言ってから、相手の気分を害するような言い方だったかと心配した。


「ちょっと、使ってもいいか」


 スティアンは祐司の声が聞こえなかったかのように言った。祐司が頷くとスティアンはそのまま店を出て行った。



 ヨスタの勧めで祐司は椅子を片付けると、巡礼宿舎に、スヴェアから貰った剣鉈を取りに戻った。ヨスタから聞いたスティアンの鍛冶場に行こうとした時にグネリに出会った。


 グネリは断る祐司を説き伏せて、鍛冶場に案内すると行って同行してきた。


 スティアンの鍛冶場は本村の家屋が建ちならんでいる場所からは少し離れた場所にあった。かなり遠くからでも金属を打つ音がきこえる鍛冶場は、祐司が想像する村の鍛冶屋そのままの姿だった。


 傾きかけたような比較的大きな平屋、戸板を支え棒で押し上げた窓、村の他の家と違い板張りの石を置いた屋根、そこから延びる煙突、大きく開かれた引き戸の玄関である。


「祐司です。刃物を持ってきました」


 祐司が声をかけながら、玄関から中を覗くと土間でスティアンが金床の上にある赤く熱せられた鉄塊を打っていた。皮のエプロンを着たスティアンは祐司のハンマーで大型の玄翁げんのうのようなものを叩いていた。


玄翁は祐司のハンマーに巫術のエネルギーを吸い取られてしまたのか、まったく巫術のエネルギーによる光を発っしていなかった。


 弟子か下働きのような少年が横で火の番をしていたが、祐司を目で見ただけで返事はしなかった。


 ステファンは叩き終わった玄翁で、今度は熱して赤くなった車軸にするような金属棒を叩き出した。


 祐司が驚いたことに玄翁の打撃のたびに、金属棒から飛び散る火花以外の光が同心円状に玄翁から漏れることだった。

 明らかに金属棒は巫術の力を借りた金属塊なのだろう、それが玄翁の打撃によって叩き出されようとしているのである。


 やがて、巫術のエネルギーは全て放出されたのか金属棒から飛び出すのは火花だけになった。スティアンはたっぷり数分間その仕事に没頭して最後に思いの形になったのか金属棒を水で焼き入れてから返事をした。


「おう、見せてみな」


 祐司は皮布に巻いた剣鉈けんなたをスティアンに渡した。


「ほう、お前は珍しいというか、初めて見るような物ばかり持ち込むな」


 スティアンは丸太のような腕で持ち上げた剣鉈けんなたを見て感心したように言った。


「これを槍の穂先にして欲しいんです」


「槍というか、片刃の鉾だな。短槍仕立てでいいか」


 スティアンは、今度は剣鉈を裏表にひっくり返しながら言った。


「はい、わたしは旅の者、護身用にしたいだけで戦をするわけではありませんから」


 祐司がスティアンに声をかけているとグネリが作業場に入ってきた。


「バロォーミー・スティアンおひさしぶりです」


 軽やかな口調でグネリが声をかけた。


「あ、神官様、いらしたのですか」


 明らかにスティアンは動揺していた。


 祐司はいきなり親しい関係からグネリと向かい合ったため、グネリの村での立ち位置というものがもう一つよく把握できない。


「この者は陰ながら村の難儀を色々と救ってくれておるゆえ、よろしく頼みます」


 グネリの口調はたたみかけるように、そして明らかな目下に対する言い方である。


「は、はい」


 スティアンはそう返事すると逃れるように作業場から一本の棒を持ってきた。


「これだ。素材はオークだが、古木から取れた最良の素材だ。手に入れてから、いつかは使おうと思って油で塗って手入れしてきたが、今が手放し時のようだ」


 スティアンは多少威厳を取り戻して祐司に言った。


「代金は?」


「銀一枚と銅二十枚と言いたいが、銀一枚でいい。ただし、このハンマーをもう四五日貸してくれ。その頃には槍も完成する」


 スティアンはよほど祐司のハンマーに執着があるのか、力を込めて握ったハンマーを祐司の目の前に突き出して言った。


「ヨスタさんと、ヘルトナの街に行きます。ヨスタさんは、今日を含めて後三日しかいませんが、できますか?」


「難しいな」


スティアンは少し間をおいて言った。


「いいでは、ありませんか。ジャギール・ユウジ、槍が完成するまで滞在を延ばせば」

 

 グネリが口を挟んできた。


 祐司はあまりよろしくないと心の中で返事をした。ヨスタがいなくなると巡礼宿舎に夜は一人になってしまう。




 次の日、祐司は午前中にヨスタの店で過ごして人間観察をした。昼頃から急に風が強くなって、時折みぞれ混じりの雨が降り客足が遠のいた。


 そこで、祐司は油抜きしていない上にワックス状の植物の油を塗り込んだ羊毛でできた防水着をヨスタから買った。


 この世界では工業製品がなく、衣服も工芸製品であるため現代の日本的感覚からすれば非常に高価であるが、祐司はこれからの旅のことと、まがい物は売らないであろうヨスタからの買い物と言うことで防水着を入手しのだ。


 祐司はその防水着を着込むと、リファニアにおける金属加工について見聞を広めることと、頼んだ槍の進捗を見たくて作業鍛冶場にでかけた。


 祐司が鍛冶場につくと昨日と同じようにスティアンは助手の少年に火の番とふいごの操作を任せて一心不乱に金属塊を打ち付けていた。


 スティアンは祐司のハンマーや先程使っていた玄翁ではなく、ずっと大きな金槌を使っていた。ところが細工している短剣のようなものから、金槌を振るうたびに巫術のエネルギーが同心円状の光の輪に逃げていく。


「その金槌は?」


 作業が一段落ついたのを見て祐司は声をかけた。


「これか、昨日、あんたのハンマーで加工したやつだ。ぐっと、使いやすくなった。なんか打つたびに短剣から余計な物が飛び散るような感覚だ」


 スティアンは大振りの金槌を祐司に見せながら言った。


 祐司は素早く思考を巡らせる。


{日本から持ってきたハンマー→日本から持ってきたハンマーにより巫術のエネルギーを失ったこの世界のハンマー→日本から持ってきたハンマーにより巫術のエネルギーを失ったこの世界のハンマーによって巫術のエネルギーを失うこの世界のハンマー→「?」}


{これが延々と続けば、金属製品から巫術のエネルギーはなくなり、新たなる技術革新が迫られる。

 スティアンは名匠ということもあるのかもしれないが、巫術のエネルギーがなくなった本来の金属製品の方が使いやすいという}


{ともかく「?」の部分が続くのか確認してみる必要がある}


 祐司は短時間でこのようなことを考えた。


「あんたのハンマーでオレの道具のいくつかを鍛え直したい」


 ぼんやりしていると思われた祐司はスティアンに大声で声をかけられてすこしびっくりした。


「それはいいですが、槍の方は?」


 祐司は思わず言った言葉がそれだった。


「道具を鍛え直してからにしてくれ。あんたもいい槍に仕立てて欲しいだろう」


 髭まで笑ったようにスティアンは豪快に笑った。祐司は断るという選択肢はないことを悟った。


「それはそうですが」


「一度、受けた仕事はきっちりする。ただ、気に入った仕事をしたい」


 スティアンはそう言いながら、祐司のハンマーで別の金槌を鍛えだした。


「親方の道具を鍛え直すのにどれくらいかかるんですか」


「二日くれ」


「わかりました。でも、追加注文していいですか?」


「なんだ?」


 スティアンは手を止めることなく言った。


「頭を守るヘルメットが欲しいのですが作ってくれますか」


「村のもんが時々注文するが、オレは専門の職人じゃないかから作れる形は限られるぞ」


 スティアンはようやく手を休めて祐司の方を見て言った。


「こんな形です」


 祐司は羊皮紙に描いたヘルメットのスケッチを見せた。一目見るなりスティアンは素っ気なく言い放った。


「これは無理だ。街の職人に頼みな」


 祐司はしばらく考えてから、あらためてスティアンに頼んだ。


「では、ヘルメットにするような厚さの金属板をお願いしたいのです。それを街でヘルメットにしてもらいます」


「引き受けよう」


「それから、僕のハンマーを使って鍛冶場で使う金槌を二つ造ってください」


「鍛冶屋でも始めるのか?」


「いいえ、売ります。親方が打ったとなると値打ち物です。でも、ヨスタさんに売ったという形でお願いします。僕が直接買うとまずいかもしれませんから」


 祐司は気押されないように事務的な口調で言った。アヒレス村での村人間以外の売買はヨスタが特許を持っているからだ。


「それは、決まりだから承知するが、律儀な男だな。金槌二つくらいは普通はお目こぼしだぜ」


 スティアンは祐司を不思議そうに眺めて言った。


「ヨスタさんには世話になってますから」


「いいだろう、こっちが無理を言っているんだからな。金槌二つだな。大きさは」


 スティアンは自分でも納得したのか乗り気になっていた。


「今、親方が持っているのと同じものを」


「承知した」


 スティアンは祐司の二の句を継ぐように言った。


「で、金額はいかほどになります?」


「このハンマーの借り賃と同じだ。ただし、金槌と鉄盤の鉄代として銅貨五十枚」


 スティアンは今度は少し考えて返事をした。


「お願いします」


 祐司は代金を払うと、祐司はグネリとともにスティアンの鍛冶場を離れた。冷たい雨はあいかわらず降り続いていた。


「これから、テスラと母親の遺体を埋葬します。いっしょに行きますか?村の一員として、共同墓地に葬る許可を村会が出しました」


 神殿とヨスタの店への分岐点でグネリが突然祐司に話しかけた。


「ええ、是非。よかったです」


 祐司はとっさにそう答えた。



 共同墓地は、神殿から数分歩いたところにある。腰ぐらいまでの高さの石壁で囲んだ一辺が数十メートルほどの空間である。

 人の背の半分くらいの自然石の一面だけを削って名と事績を刻んだ墓石が数十立っている。村の有力者や神官の墓である。


 テスラと、その母親の遺体は、荒い布に包まれて、板の上にのせられていた。また、雨がかからないように獣皮がテントのような形でかけられていた。


 墓地には数人の村人がいた。そのうちの一人は見覚えがある村会のメンバーのようだった。後の人間は埋葬に駆り出された村人のようで、手持ちぶたな様子で、木製のスコップなどに両手をのせていた。


「ナチャーレ・グネリ。お待ちしておりました」


 村会のメンバーらしき男が言った。


「遅くなりました」


 グネリは威厳のある声で言った。


 祐司は自分に対する、グネリのしゃべり方と、村人に対する言い方に違和感を感じていた。

 また祐司はグネリが、葬儀があるのに、祐司を鍛冶場へ案内することを優先させたのかと思ったり、この世界の時間感覚では当たり前のことかと考え直したりした。


 グネリは埋葬の言葉を唱えだした。村会メンバーも他の村人も頭を垂れた。


 祐司も雨に濡れるのもかまわず、雨よけで被っていた帽子を脱ぐと頭を深く垂れた。


「この二人の魂を神々が受け入れ、黄泉の国で永久の安息を得られんことを」


 数分の呪文のような弔いの言葉の最後に、グネリが大きな声で言った。村人も、それを復唱した。祐司はあわててその言葉をなぞる。


 村人は浅く掘った穴に二人の遺体を急いで安置すると土をかけてあっという間に埋めてしまった。


 祐司は後で知った事だが、有力者以外の遺体は数年して白骨化するころに、特定期間の埋葬遺体をまとまって掘り出す。そして墓地の中央にある共同埋葬のための地下につくった石室に、頭蓋骨と一部の骨を安置するという。


 すっかり二人の遺体が埋められて標識のための丸い石が地面に半分埋め込まれると、祐司は手を合わせて冥福を祈った。


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