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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第二章  北クルト 冷雨に降られる旅路
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最果ての村アヒレス8  オオカミ憑き 下

 グネリやヨスタからの情報、自分でも祐司は、神殿から休息のために出てきた村人に尋ねたりして情報を集めて、テスラがオオカミ憑きとして拘束された状況を把握してみた。


 今朝、母親のラァムズリー・ホンリーネルが逃げ出したテスラを探しに行くと言っていたが、これはすぐに探す者と探される者が逆転したようである。

 午前中、母親の行き先を尋ねるテスラが、あちらこちらで目撃されていた。そして、母親のホンリーネルがダグニュの崖の方へ行ったということを聞いたテスラは急いで走っていった。

 

 このホンリーネルの行き先を教えたのは、ホンリーネルの幼なじみの女性であり、テスラのただならぬ様子に自分も心配になり、近くにいた息子とテスラのあとを追いかけた。


 その女性がホンリーネルが崖の下で倒れているのを見つけた。ホンリーネルのすぐそばにはテスラがいたが、雄叫びをあげたり、四つんばいになって威嚇するような姿勢をとっているので、不審を感じた女性は近寄らずに息子に応援を連れて来るように言った。


 息子は運良くヨスタの店に行く木樵の一団に出会った。十人ばかりの屈強な男達がテスラとホンリーネルに近づくと、テスラはさらに威嚇を繰り返した。この時点ではホンリーネルの生死はまだ不明だったので、木樵達は一斉にテスラに飛びかかり拘束した。

 

 テスラの抵抗はすさまじく、噛まれたり引っかかれたりで腕や頭に裂傷を負う者がでたが、ようやくテスラを縛り上げた。その間もテスラはオオカミのように、吠えたり唸ったりしていた。


 騒ぎを知らされた村人の加勢も得て、丸太に縛り付けられたままテスラは神殿に運ばれてグネリの審査を受け”オオカミ憑き”と判断された。


 ホンリーネルの死体は後で回収されたが転落によると思える傷以外にはなく、テスラのオオカミ憑きとの関連は不明だった。ホンリーネルは現在でも村民であるので死体は村の協同墓地の死体安置所に使っている小屋に置かれている。


 以上がテスラのオオカミ憑きとホンリーネルの死に関して祐司が得た情報だった。


 テスラは極度のストレスによる解離性障害、祐司はそんな疾患であると考えていた。オオカミ憑きは迷信である。テスラは病気なのだ。


 医者でもない祐司は、オオカミ払いの儀式を始めようとするグネリや村長以下の村民にその疾患を説明して、儀式をやめさせる自信もなく途方に暮れていた。

 目に見えた証拠でも無い限り、余所者の祐司の言うことなど取り上げられるどころか祐司にまで嫌疑がおよび事態を悪化させかねないだろうと祐司は思った。


 その夜、祐司はまどろんでは目が覚めることを繰り返した。


 明け方、もう寝ることを諦めて出かける支度を始めた。何か心に引っかかっていた。何かを忘れていた。そんな思いが祐司にあった。



 祐司はヨスタについて店に出かけた。神殿の戸は閉まっていた。


 祐司はヨスタとの約束で刀を持って店の椅子に座っていた。


 ヨスタは店の一角にテーブルを置いて数脚の椅子を配していた。遠くからきた客が少しやすめるようにという配慮だった。


 店にやってきた村人は、箝口令がひかれているのか、あえて口に出さないのかはわからなったが、午前中は始まっているであろうオオカミ払いの話題は店では誰も口にしなかった。


 午後になると、今までやってきていた村人達とは少し雰囲気の異なる客が多く訪れるようになった。

 猟場や伐採地の関係から本村から遠いところに住む猟師、木樵、炭焼き。不都合を起こしたため、本村への立ち入りが制限されて周辺の集落で生活している者達である。


 午後に数人の寡黙な猟師の一団がやってきた。持ち込んできたのは、白テン、銀ギツネ、黒ミンクなどの高級品ばかりだった。


「ドラホーミ親方、さすがだな。良い品だ。北クルト一番の猟師だ」


 ヨスタが感心したように一番年かさの猟師に言った。


「オレたちのことも忘れるなよ。それにドラホーミ組は、北クルト一番じゃなくてリファニア一番だ」


 テンの毛皮で作った帽子を被った若い猟師が口を挟んできた。


「何と交換する?小麦なら四袋、布地なら、麻でも羊毛でも八尋は出すぞ」


 ヨスタはそれに構わずドラホーミ親方に提案した。


「しぶいな」


 ドラホーミ親方は、自身もしぶい顔をした。


 一悶着あったが、結局、ドラホーミ親方は、小麦三袋と麻五尋、大鍋一個で手をうった。


「あれを見せてくれ」


 品物を受け取ったドラホーミ親方が指さしたのは、今朝方店に届いたのをヨスタが壁際に置いた、なめしの下準備が終わった祐司のクズリだった。


「目が高いな」


 ヨスタはクズリをドラホーミ親方に渡した。


「いい獲物だ。しかし、矢の跡がないのはいいが、首筋に大きすぎる傷がある。誰が持ち込んだんだ」


 ドラホーミ親方はクズリをヨスタに投げて返した。ヨスタは祐司を指さした。

 

「見かけない顔だな」


「ジャギール・ユウジ。巡礼です。今はここの用心棒ですが猟といっしょで素人です」


 髭面、強面のドラホーミ親方に祐司は緊張して答えた。


「ジャギール・ユウジ、おもしろい御仁だな」


 ドラホーミ親方が笑い顔で言った。


「まあ、取引が早く終わってよかった。さあ、野郎ども、これからダグニュの崖を通って帰れば夜までには帰り着けそうだ」


 ドラホーミ親方が配下の猟師に声をかけた。


「ダグニュの崖を通るんですか。僕をそこに連れていったもらえませんか。何ならそこまで荷物も持ちます」


 祐司は飛ぶ勢いで椅子から立ち上がって言った。


「なんでダグニュの崖なんかに行きたい」


 ドラホーミ親方の問に、祐司とヨスタは顔を見合わせた。


「昨日のオオカミ憑きの件だろう。いいだろう。小麦の袋を二つ持ってくれ」


 祐司は一つが五十キロはありそうな袋を見てたじろいだ。ドラホーミ親方が祐司を連れて行くことを嫌がっているのは明らかだった。


「ジャギール・ユウジ、何か異変があったらその事件が起こった場所は見ておくべきですね。いいでしょう、馬を一頭貸しますから背に小麦袋を二つ積みなさい」


 ヨスタの言葉に、ドラホーミ親方は肩をすくめた。




 村の西外れにあるというダグニュの崖まではなだらかな山道だった。


「オレがはぐれオオカミがいるから村に退治しようと言ったのに誰も聞かない。で、ろくなことにならないんだからな。だから、ダグニュの崖へお前を連れていくのは心配だ」


 ドラホーミ親方は愚痴っぽく言った。


「オオカミが出るからですか?」


「ああ、ダグニュの崖なんて一番出そうな場所だ」


 祐司の問に、ドラホーミ親方は脅かすような口調で答えた。


「ところで、ダグニュの崖ってなんか話でもあるんですか」


 祐司はダグニュという人名を感じさせる名前に興味を持って聞いた。


「ダグニュの崖の話か。良いだろう。話してやろう」



 ドラホーミ親方の話は次のような内容だった。


 昔、見目麗しく清らかな心のダグニュという乙女がこの村に住んでいた。ある日、ダグニュはここを統治していた伯爵公子の行列に出会った。ダグニュは跪いて伯爵公子の行列を出迎えた。ところが、ダグニュは伯爵の跡継ぎがどのような顔をしているのか見たくなった。

 我慢できなくなったなったダグニュはそっと上目遣いで伯爵公子の顔を見たのだ。それはそれは、美しい貴公子だったそうだ。ダグニュはたちまち恋に落ちた。しかし、伯爵の跡取りと村娘が添い遂げることなどできぬ。


 そこでダグニュは森に出かけるとオオカミを呼んだ。貴公子と結婚したい。そのためにオオカミに我が身のものでオオカミが望むものを何でも捧げようと約束した。


 オオカミはダグニュに対して伯爵令嬢にすることの対価にその容姿か清らかな心のどちらかを求めた。ダグニュは少し考えて清らかな心と引き替えに大きな領地と大勢の家臣にかしずかれる伯爵令嬢になった。


 ダグニュは意気揚々と公子に会いに行った。ところが、傲慢不遜な伯爵令嬢になったダグニュを公子は嫌い遠ざけた。

 そこでダグニュは再びオオカミに会いに行った。オオカミは莫大な財宝をお前の容姿と交換してやろう、それで公子の心を繋げば良いと言った。


 ダグニュはこの提案を受け入れた。たちまち、ダグニュは年老いたオオカミのような醜い容姿になった。いくら財宝をひけらかしても、醜い上に伯爵令嬢としての気品がないダグニュに公子はなびくことはなかった。


 ある日、公子が貧しい村娘と親しげに歩いているのをダグニュは見た。その村娘はダグニュの清らかな心と見目麗しい容姿を得たオオカミだった。


 気も狂わんばかりに、ダグニュは二人に飛びかかった。しかし、駆けつけた公子の家来達に追い払われてしまう。そして、追い詰められたダグニュは呪いの言葉を吐きながら高い崖から飛び降りた。


 その崖をダグニュの崖といい、今でも嫉妬に燃えるダグニュはオオカミに姿を変えてこの崖にきた人を自分の世界に引き込もうとする。



「ねえ、なぜオオカミはダグニュの心や容姿を得ることができたんですか?」


 祐司はなるべく謙虚に昔話を聞こうと思ったので一番の疑問点を聞いた。


「そんなの巫術に決まっているだろう」


 ドラホーミ親方は質問自体が意味がないという口調で答えた。


「今の話は本当の話ですか?」


「さあ、どうだか。こんな所に伯爵様の跡継ぎが来るなんておかしいよな。案外、普通の男だったか、せいぜい村長の息子くらいかな」


 テンの毛皮で作った帽子を被った若い猟師が答えた。


「ここがダグニュの崖だ」


 ドラホーミ親方はちょっとした上り坂を登り切った時に言った。


 祐司は自分の思っていた地形とはかなり異なっていることに驚いた。祐司がちょっとした上り坂だと思って歩いていた道の右側はいつの間にか道すれすれの断崖になっていた。崖際に沿って草が生えており、悪天候の時や夜間はかなり危なそうな場所だった。


 崖は一番高いところが三十メートル程で登り始めてから下りきるまでは三四百メートルあった。横から見たら縁を道が通る逆U字の崖なのだ。


「俺たちは帰る。お若いのは気の済むまで知りたいことを調べろな」


 逆U字型の坂道を下りきった所で馬に積んでいた小麦袋を若い二人の猟師に背負わせながらドラホーミ親方は言った。


「今年の冬はここから二人落ちている。でもな、人間ってのは危なそうなところは慎重に歩くもんだ。むしろ、油断したときに怪我をするんだ。ここは、ちょっと慎重に歩けばなんてことはない場所なんだ。


 だからよ、オレらは、はぐれオオカミの仕業だと言うのに村の連中は耳を貸さなかったんだ。オレたちに言わせれば、今度の騒ぎだって防げた騒ぎだ。それじゃ、若いのも、オオカミには気をつけろ。嫌な感じがしたらすぐに立ち去るんだ」


 ドラホーミ親方は祐司に別れを告げた。その時、ドラホーミ親方がかすかだが恒久的な光を発したのが見えた。


 ドラホーミ親方も巫術の才があるようだが、あの光の様子では本人も巫術の才があるとは気がついていないだろと祐司は思った。ただ、その光の色は祐司が今まで見たことのない色のように感じたが薄すぎてよくはわからなかった。


「ありがとう。気をつけます」



 崖の下を通過すれば登らずに済むし、崖際の道を進むことない。下りきったところで、その理由がわかった。崖の下は近くを流れる川の河原なのだ。

 崖下は大小の石や岩が散乱している上に、川は雪解けの水で増水している湿地になったような場所も多く、まったく通行に適さない状態だった。


 祐司は足下に気を遣いながら馬を曳いてダグニュの崖の真下にやってきた。



挿絵(By みてみん)




 ダグニュの崖を下から見るとぼんやり点滅するようなはかなげな光を発していた。一目見るなり崖全体がかなりの巫術のエネルギーを持っていることが見て取れた。



 突然、祐司はスヴェアがオオカミについて言ったある言葉を思い出した。


『巫術使いのオオカミにならユウジは更に無敵だな。オオカミが巫術を使っても少しの間、相手を錯乱させるくらいだがな』


『オオカミは知恵が足りないゆえ巫術によって何が起こっておるのか理解できぬ』


 そして、昔話に関してドラホーミ親方が言った言葉を。


『そんなの巫術に決まっているだろう』


 祐司の頭のピースが埋まっていった。テスラは解離性障害なんかじゃない。オオカミ憑きは村人の迷信でもない。偏見でものを見ていたのは、村の人間じゃなくてオレだったんだ。祐司は激しく自分の思い込みを恨んだ。


 この世界の人間は人間と他の動物を絶対的な差があるものとして捉えていない。この点はアジア的な考えかもしれない。

 ただ、祐司は住民達の容姿がヨーロッパ系に近いことから、自分で勝手にキリスト教的な人間と動物の関係を絶対的に異なったものとしてとらえる世界を頭の中で構築していた。


祐司は、巫術を使うオオカミを比喩的な表現だと勝手に決めつけていたのだ。


 祐司はテスラから出ていた飛び散る暗い火花のような光を思い出した。祐司はそれを錯乱した人間が出す光だと判断した。


しかし、それはオオカミによって発せられた感情に支配された巫術のエネルギーの光だったのだ。


 巫術のエネルギーを発するオオカミはホンリーネルに、そのエネルギーを発して錯乱させて崖から落とした。そして、その肉を食らうつもりだったところに、テスラがやってきた。

 オオカミはテスラにも巫術のエネルギーを発してオオカミ憑きのような状態に陥れた。しかし、すぐに他の人間がやってきたので近くに潜んでいたのだろう。


 人間の巫術師でも、最大限の術力で矢継ぎ早に術を出すことは難しい。まして、加減を知らないオオカミなら巫術のエネルギーが一時的に枯渇したとも考えられる。そのために、他の村人はオオカミの餌食にならなかったのだろう。


 祐司は自分の思い込みが目の前の出来事さえ自分の間違った考えの傍証だと思い込んでいたことに激しい後悔の情が湧いてきた。


 何かが見ている。祐司は気配を感じた。


 祐司は近くにあった背丈ほどの大石の裏に馬を繋ぎ止めるとその大石の上にのった。祐司は左肘に埋め込んだ水晶のかけらに集中した。

 スヴェアといた時の経験から、自分に巫術が発動された時に、吸い込まれる巫術エネルギーによる微かな水晶の震動から気配を察することがあった。


 祐司は自分に対する巫術を感知して正しい行動を取る必要があった。


 しばらく祐司は、じっと立っていた。来たと祐司は思った。祐司は出来るだけ自然に石の下に飛び降りると俯せに倒れた。


 それは百メートルほど先の茂みから飛び出してきた。灰色の大きなオオカミだ。




挿絵(By みてみん)






 水たまりのような軟弱な湿地と、岩が点在するためオオカミは蛇行しながら祐司が伏せている場所目がけて走ってくる。


 祐司は刀を鞘から引き抜き立ち上がった。オオカミは一瞬たじろいだが、そのまま向かってきた。


 祐司から数メートル程の距離でオオカミは祐司に向かって飛びかかってきた。


 その直前に祐司もオオカミの方へ走り体を左にひねった。予想のようにオオカミは祐司から見て、スピードを上げながらもゆっくりと空中を移動している。


  祐司は刀を振り下ろした。


 オオカミの首の部分に刀が食い込む。その反動でオオカミは少し下向きに軌道を変えた。祐司のいた場所に首の骨を半ば切断されたオオカミが着地した。


 痙攣しているオオカミに祐司はトドメをさした。


 祐司は急いで、嫌がる馬にオオカミの死体を積み込み馬を曳きながら走り出した。


「オレは大馬鹿者だ」


 祐司は走りながら叫んだ。




 祐司が神殿に到着した時はすでに日は大きく西に傾いていた。


 神殿の玄関には槍で武装した村人が三人立っていた。村人は祐司が巨大なオオカミを馬に積んで駈けてくるのを見て度肝を抜かれたようだったが、あわてて槍を突き出して構えた。


「このオオカミがオオカミ憑きの正体だ。もう、オオカミ祓いの儀式は中止してくれ」


 激しい息をしながらも血相を変えて大声を絞り出す祐司に村人は槍を構えたまま無言でお互いを見合った。


「さあ、早くグネリ様に伝えるんだ」


 祐司の一喝で村人の一人があわてて神殿に駆け込んで行った。

 

祐司はオオカミを馬から降ろすと肩に担いで開けたままになっている扉から神殿に跳び込むように駆け込んだ。大声を出して槍を持った村人が追いかける。


 祐司が一般の建物のホールに当たる控えの間に入ると正装したグネリと村長が、先に中に入った村人から話を聞いているところだった。


「何事です」


きつい口調でグネリが祐司を制した。


「オオカミを仕留めました。こいつがオオカミ憑きのオオカミでテスラを操っていました。テスラへの儀式を止めて下さい」 


 祐司はグネリと村長の前にオオカミを投げ出した。後から入ってきた村人が祐司の肩を押さえた。


「離してあげなさい」


 グネリはそう言うと礼拝所の扉を開けた。村長が祐司を押さえている村人に目配せをした。村人が祐司を離すと祐司はオオカミを抱きかかえて礼拝所に入った。天窓から入って来る光の下に十字に組まれて床に置かれた丸太にテスラは昨日の見たように縛り付けられていた。


 その傍らには神官服を着た四人の男が憔悴したような表情で立っていた。


「ユウジ様、少し遅かったかもしれません」


 ユウジのすぐ後ろでグネリが心苦しそうに言った。



 祐司はオオカミを礼拝所の床に置くとテスラに近づいた。テスラは微かに息をしていた。


 祐司は唇をかみしめると懐から水晶を取りだしてテスラの傍らに座った。テスラは祐司に気がつくと、犬が威嚇するような声を上げた。ただ、もう身体を動かすような体力は残っていないようだった。


 祐司は水晶でテスラの身体を撫でた。


 テスラを狂わしていた巫術のエネルギーは消滅した。獣のうめき声ではなく人の息の音がステラから聞こえてきた。


「床に寝かせて。苦痛を与えないようにゆっくりと」


 グネリはテスラを挟むように立っていた四人の男に命じた。返り血を浴びた神官服を着た男たちは太いロープを解いて言われたようにゆっくりテスラを床に横たえた。


 テスラの顔は燻されたのか煤けたようになり髪の毛と眉毛が焦げており瞼が殴られたように腫れ上がっていた。太ももには太い釘にでも刺されたような傷跡が幾つもあり少なくない出血の跡がある。


 焼きごての跡なのか幾筋ものみみず腫れのようになった火傷が腹とようやく膨らみかけてきた右の乳房にあるのを見て祐司は鳥肌が立つ思いがした。


 右手は奇妙な形に折れ曲がり骨折しているのがわかった。縛られていた手足の部分は酷い裂傷になって肉がむき出しになっていた。


 白い頼りない光が時々消え入りそうになりながらテスラの周りを取りまいていた。リファニアでは人が死ぬときに見える光だと祐司は直感した。少なくとも落ち着いた心でテスラは死んでいくのだと祐司は考えるようにした。


「母ちゃん、ごめんよ」


 テスラが弱々しく薄目を開けると呟いた。


 思わず祐司はテスラの左手を握った。


「母ちゃん、寒いよ」


 テスラは祐司の方に顔を向けると、そう言ったきり動かなくなった。



 祐司は薄幸の少女の痛ましい死体の前で、グネリが見かねて連れ出すまで泣いた。


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