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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第七章 ベムリーナ山地、残照の中の道行き
232/1161

ベムリーナ山地の秋霖1  パーヴォット、シェイクスピアを斬る

 祐司とパーヴォットが昼頃に着いたバーリフェルト男爵領西端の関所では代官所の方から連絡があったということで関銭を取られなかった。


「よかったで御座いますね。僅かでも、関銭を取られなかったとなると嬉しいもので御座いますね」


 関所を通過するなり、パーヴォットが嬉しそうに言った。


「ああ、でも、監査の仕事を引き受けるときに約束した銀貨を貰うのを忘れた。報償金など出す素振りもなかったな」


 祐司は早々に旅立ちたかったので、金のことをすっかり忘れていたのだ。


「でも、ユウジ様が言わなくとも、向こうが言い出したことですから先に出すのが本当でしょう。貰いに引き返しますか」


「いや、これ以上厄介ごとに巻き込まれたくない。先を急ごう」


「そうで御座いますね。手切れ金だと思えばいいですね。それにしても、本当に性悪な女でございましたね」


「ネルグレット様のことか」


「はい、貴族は偉そうにするのではなく、言葉遣い、態度で信服させるべきでございます」


「パーヴォットも言うようになったな」


「申し訳ございません。言い過ぎました。でも、あの女だけは貴族として尊敬できません。大嫌いでございます」


 パーヴォットは、”大嫌い”という部分に力を込めて言った。祐司は、半ば嫉妬心もあるのでは思っている。

 ネルグレットは貴族の令嬢にしては口が悪い。しかし、黙って座ってみれば中々の美形である。


「今日は山道ばかりを十リーグ以上行かないと、まっとうな集落までたどり着かない。先を急ごう」


「山深い所でございますね」


「ああ、この辺りからベムリーナ山地でも険しい場所に入るそうだ。だから、住んでいる人間も少ない。農家ではなく、木樵や猟師の居場所だ」


 祐司の言うように、何リーグ進んでも人家は周囲に見えなかった。


 祐司はできるだけ早くバーリフェルト男爵領から離れたかったので、ようやく辿り着いた宿のある集落を見逃して先を急いだ。

そして、まだ夏の残照のおかげで時間は遅くなったが、祐司とパーヴォットは暗くなる寸前に、小さいながら巡礼宿舎のある集落に辿り着いた。集落に宿屋がない場合の方が多かったので祐司はほっとした。


 久しぶりに数名の巡礼と相部屋になったが、それはそれで、これから行く先の情報を聞けたりするメリットもあった。


 巡礼の中にバーリフェルトでの祐司の働きを知っている者が何人かいた。当主の令嬢を救ったのだからどのくらいの褒美を貰ったのだと興味津々で聞いて来た。


 これがパーヴォットの、憤懣に火を付けた。ドノバ候やバルバストル伯爵は大層、祐司によくしてくれたのに、バーリフェルトでは褒美など何も貰わなかったこと。大層な不正を暴いたのにただ働きだったこと。

 褒美を貰わなかったのは、報酬に執着していると思われたく無かったことと、手切れ金だと思い請求しないのだと、少し話を盛ってパーヴォットは巡礼達に聞かれるままにしゃべった。


 祐司の父親の形見の服を破っておいて、修繕もしてくれなかったことをパーヴォットが悔しそうに言っているときに、ようやく祐司が気がついて止めた。しかし、それまでにパーヴォットは、自分で心ゆくまでしゃべっていた。


 巡礼と言ってもあちらこちらから集まった庶民である。ベムリーナ=サルナ州の農民が最も多かったが、マール州のバルバストル伯爵家領に隣接した領主領から来た職人や、遠くはドノバ州シスネロス市直轄地の隠居夫婦までいた。


 巡礼があちらこちで話す噂は、すぐさま街道に沿って広まっていった。



 次の日からは、霧雨が降る続く天候になった。秋霖の季節に入ったのだ。


「本当に性悪女のおかげで山道で難儀します。本当なら、こんな険しい所で雨に降られなくともよかったのでございます」


 降り止まない雨に苛立ったように、パーヴォットが言った。


「もうネルグレット様のことは許してやれ。この雨を降らしているのはネルグレット様ではない」


「ユウジ様はお優しすぎます」


 いつになく、パーヴォットがユウジに反論した。


「ネルグレット様は、婿を取って、バーリフェルト家を継ぐという重責がある。色々我慢していることもあるだろう」


「あんな性悪女を嫁にする貴公子などいません」


「男女の仲は当人同士でしかわかわない。ネルグレット様が好みだという貴公子もいるぞ」


「そうで御座いましょうか。まあ、貴族ですから愛のない政略結婚で結婚はできるでしょう」


 パーヴォットはネルグレットを貶めるように言った。


「手厳しい言い方だな。でも、純愛が幸せになれるとは限らないぞ」


「そうですか」


 パーヴォットがそう言ってから、四半刻ほどして急にあたりが明るくなった。朝から絶え間なく降っていた小雨が上がり雲の隙間から陽光が出て来たのだ。



挿絵(By みてみん)




「オレの知っている純愛の話には、悲しい結末になった話がある」


「どのようなお話ですか」


 何気なく祐司が言ったことに、パーヴォットが、興味深そうに言った。


「オレの知っている話に”ロミオとジュリエット”という話がある。偉大な劇作家が書いた作品だ。道すがら話すには丁度いいだろう」


 そう言った祐司は、”ロミオとジュリエット”の以下のような話をパーヴォットに聞かせた。



 昔、ヴェロナの街にキャピュレット家とモンタギュー家という二つの名家があった。この二つの家は代々仲が悪く事ある毎にいがみあってきた。

 ある日、二つに家の召使のいがみ合いから市民も巻き込んでの大騒ぎに発展した。騒ぎを聞きつけて、ヴェロナの太守エスカラス公爵がやって来た。そして、今後このような街の平和を乱す騒ぎを起こしたら死罪を申し渡すと宣言した。


 モンタギュー家には一粒種の嫡子ロミオがおりロザラインという少女に恋をしていた。ところが、どのような誠意を見せてもロザラインはロミオにつれない。 


 そんな苦しい恋にやつれ果てたロミオを心配した従兄弟のベンヴォーリオは、キャピュレット家で開かれる舞踏会に忍び込もうとロミオに提案した。


 ヴェロナ中の美人が集まりロザラインも来る。しかし、本物の美人たちを見れば薄情なロザラインのことなどすぐに忘れるとベンヴォーリオはロミオに言った。

 ロミオはロザラインに会えるならと、ヴェロナの太守エスカラス公爵の親戚でもある友人のマキューシオも含めて行くことにした。


 キャピュレット家には十三才のジュリエットという一人娘がいた。キャピュレット夫妻は掌中の玉のように一人娘を大事に育てていた。

 そのジュリエットにはパリス伯爵という求婚者がいた。パリス伯爵は太守エスカラス公爵の近い親戚で申し分のない花婿候補であった。


 キャピュレット夫人はジュリエットにパリス伯爵の申し込みを伝えた。ジュリエットは両親がいい相手だというのならお好きにして欲しいという返事をした。


 舞踏会の夜、ロミオはベンヴォーリオそして太守の親戚である親友のマキューシオらとともに仮面をつけて招待客の中に紛れ込んだ。

 そんなロミオの目に美しいジュリエットの姿が飛び込んで来た。ロミオはロザラインのことなど忘れてジュリエットを見つめていた。


 そんなロミオの様子をジュリエットの従兄弟のティボルトが見つけた。舞踊会ということでティボルトは我慢したが、キャピュレット家の舞踊会に忍び込んだロミオに対する復讐心で心は一杯だった。


 ロミオは美しい少女に近づき二人の視線が交わった。その途端、さっきまで幼い面影を残していた美しい少女ジュリエットは、一瞬にして恋に落ちた。ロミオはまずはジュリエットの手を取り接吻した。そしてその次には唇に接吻した。


 その時乳母がジュリエットを呼びに来てその場はそれきりになったが、乳母を通してお互いにその素性を知り驚くことになった。こうして仇同士の両家のたった一人の跡取りである少年と少女は運命的な恋に落ちたのであった。


 舞踏会はおひらきとなり、マキューシオやベンヴォーリオは一緒に帰ろうとロミオを探したが見つからず、仕方なく帰ってしまった。

 ロミオは新しく生まれた恋に心がざわめき、ジュリエットを求めてキャピュレット家の庭園に隠れていたのである。


 やがてジュリエットが2階のバルコニーに現れて独り言でロミオへの愛を語り始めた。 

 それを聞いたロミオはうれしさからたまらずにジュリエットの前に飛び出した。恋の告白を当の相手に立ち聞きされて最初は驚き恥ずかしがったジュリエットであるが、二人は激しい恋の情熱のおもむくままに真の愛を誓いあった。


 翌朝ロミオは、懇意にしている修道僧のロレンスを訪ね、ジュリエットと真の愛を誓いたいから神の前で結婚式を挙げてくれと頼んだ。

 

 修道僧のロレンスは、ロミオがジュリエットと結婚することによって長くいがみ合っていた両家が仲直りするいい機会だと思って二人に力を貸すことにした。


 ロミオの今日の午後に、修道僧ロレンスの庵室で式を挙げようという伝言はジュリエットの乳母によってジュリエットに伝えられた。

 ジュリエットは飛ぶように修道僧ロレンスの庵室に駆けつけ、二人は修道僧ロレンスにより結婚の誓いをして夫婦となった。



挿絵(By みてみん)




 式を終えたロミオが街中を歩いていると、マキューシオとティボルトが一触即発の状態となっているのに行き合わせた。

 テイボルトはロミオを見てロミオを挑発した。ロミオはティボルトとジュリエットとの結婚で親戚になっていために和解を求めた。


 ロミオの態度を情けないと思ったマキューシオがロミオの代わりにティボルトの挑戦を受けて立ちティボルトとマキューシオは剣を抜いてしまった。

 ロミオはなおも争いを止めようとして二人の間に割って入ったが、その隙にティボルトがロミオの腕越しにマキューシオを刺してしまった。


 マキューシオの傷は致命傷で、マキューシオは「お前が止めたせいで俺はやられた。お前ら両家ともくたばってしまえ」と恨みの言葉を残して息絶えた。


 親友の死に自制心を失ったロミオは怒りに任せてティボルトと剣を交えてティボルトを殺してしまった。


 ベンヴォーリオに促されて我に戻ったロミオは逃走した。刃傷沙汰が起こったとことを聞いてヴェロナの太守が駆けつた。そして集まって来たキャピュレット夫妻やモンタギュー夫妻の前でロミオの処罰を言い渡した。


 ロミオはヴェロナから追放され、もし戻って来た暁には死刑ということになった。


 ジュリエットはロミオとの初夜となる夜が訪れるのを待っていた。そこへ乳母がやって来てロミオがティボルトを殺してしまったことを知らせた。


 ジュリエットは、身内を失った悲しみよりもロミオがヴェロナから追放されたことを嘆き悲しんだ。そして初夜も過ごさずに処女のまま未亡人になるのかと嘆いた。


 ロミオは修道僧ロレンスの庵室に匿われていた。ジュリエットと会えなくなる追放よりは死刑の方がよかったなどと自暴自棄になって嘆いていた。

 そこへジュリエットの乳母がやって来てジュリエットの変わらぬ愛を伝える指輪をロミオに渡した。


 修道僧ロレンスは、ロミオにマンチュアの町に身を潜めるように言った。そして折を見て、太守にロミオの追放解除の許しを願い出るとともに、二人の結婚を発表して両家を仲直りさせるという計画をロミオに話した。


 ロミオは、待ちわびるジュリエットの元で初夜を過ごし、それからマンチュアへ旅立つことにした。


 そのころ、パリス伯爵がキャピュレットにジュリエットとの結婚はどうなっているのかと聞きに来ていた。キャピュレットはジュリエットに相談もせずに結婚を承諾した。喜んだパリス伯爵に結婚式はできるだけ早い方がよいといい結婚式は三日後に決まった。


 ロミオは夜に紛れてジュリエットの寝室を訪れた。そして、二人は束の間の初夜を過ごした。ロミオは心を引かれながらもマンチュアへ旅立った。


 ロミオが去った後、キャピュレット夫人はパリス伯爵との婚礼が三日後に決まったとジュリエットに告げた。

 ジュリエットは何とか断ろうとした。そこへキャピュレットもやって来た。ジュリエットが結婚を承諾しないことに、キャピュレットは怒り結婚を断ることは許さないことを告げた。


 追い込まれたジュリエットは最後の望みの綱である修道僧ロレンスに相談に行くことにした。

 ジュリエットはパリスと結婚するぐらいなら短剣を胸に突き立てて死ぬと修道僧レンスにすがった。


 考え抜いた修道僧ロレンスはジュリエットに二日間仮死になる薬を与えた。そして薬を飲んで死んだフリをして、キャピュレット家の霊廟に埋葬されたら使いを出してロミオを迎えにやらせるからロミオとマンチュアへ行くと良いと言った。


 ジュリエットは、本当に死をもたらすかもしれない仮死になる薬を勇気を出してあおった。


 翌朝、ジュリエットは仮死状態で発見された。そして、キャピュレット夫妻や乳母の悲しみの中、キャピュレット家の霊廟に埋葬された。


 ジュリエットの葬儀はロミオの従者バルサザーが見ていた。バルサザーは驚いて早速マンチュアへ飛んで行き、ロミオにジュリエットの死を伝えた。


 ロミオにはすでにロレンスからの手紙が届いて計画を承知しているはずであったが、手紙を託された使者は疫病の疑いをかけられてまだヴェロナに足止めされたままだった。


 ロミオは本当にジュリエットが死んだと思い込んでしまった。絶望したロミオは薬屋から毒薬を買い求め、せめてジュリエットの側で息絶えたいとヴェロナのキャピュレット家の霊廟へと急いだ。


 ロミオが霊廟に入ると、ジュリエットの死を痛んでパリス伯爵が花を手向けていた。パリス伯爵は、ロミオがジュリエットの遺体に侮辱を加えにきたのだと思いこんで、剣を抜いた。パリス伯爵の従者はあわてて人を呼びに駆け出した。


 もはやジュリエットの側で死ぬことしか望みはないロミオは、パリス伯爵を斬り捨ててしまった。そしてようやくたどり着いたジュリエットの側で毒薬をあおって命を絶った。


 そこへ、使者がマンチュアへ旅立つことができず、ロミオに事情が通じていないことを知った修道僧ロレンスが駆けつけてきた。

 しかし時はすでに遅く、修道僧ロレンスはパリス伯爵とジュリエットの側で息絶えているロミオの亡骸を見た。


 その時、ジュリエットが仮死から目覚めた。そこへパリス伯爵の従者が呼んできた夜警が駆けつける物音が聞こえてきた。慌てた修道僧ロレンスは逃げ出した。


 ジュリエットはロミオの死を嘆き、ロミオの短剣で胸を突いてロミオの後を追った。



挿絵(By みてみん)




 夜警の通報で太守エスカラス公爵、キャピュレット夫妻、モンタギューらが駆けつけた。

修行僧ロレンスとバルサザーの口から真相が語られた。

 エスカラス公爵は両家の憎しみがこのような悲惨な結末を招いたとキャピュレットとモンタギューの反省を促した。


 翌日、二人の葬儀が行われて、ロミオはジュリエットとともにキャピュレット家の霊廟に葬られることになった。ようやく両家に和解の道が開かれたのであった。 


 四半時ほどもかかって祐司は、”ロミオとジュリエット”のストーリーをパーヴォットに語って聞かせた。


「結局、愛する二人は、理由もよくわからない二つの家の不仲のために、死んでしまったというわけさ」


 祐司は、祐司の属する世界を代表する有名なラブストリーを語り終えると、ちょっと、自慢気にパーヴォットに言った。


「ユウジ様、ジュリエットという女の子は幾つでしたか」


 パーヴォットは祐司の予期しないことから聞いてきた。


「十三歳だよ」


「リファニアでは結婚は御法度の歳です。わたしより年下です。その年で色恋沙汰に夢中になるのはいかかがでしょう。

 ジュリエットという女は初夜を向かえずに処女のまま未亡人になるのは嫌だと言ったとユウジ様は言っていました。十三歳でそんなことを考えたり、言ったりするとは末恐ろしい淫乱女でございます」


 パーヴォットは、”ロミオとジュリエット”に予備知識がないだけに手厳しい。


「そう言われればそうだな」


 リファニアでは数え年なので、多分、ジュリエットはリファニアでは十四歳のはずである。リファニアでは十三歳以下では性交が忌避される年齢である。

 現代、日本では十三歳はだめだが、十四歳なら良いと言うことはない。祐司はパーヴォットから指摘されてジュリエットの幼さにあらためて気付いた。


「そのような子供を誘惑するロミオという男はおかしいです。大体、ロミオという軽率な男は一体幾つですか」


 パーヴォットは批判の矛先をロミオに向けてきた。


「多分、十六か十七だったと思う」


「そのような年齢なら、もう少し分別があっておかしくありませんか。今まで、ロザラインという女にのぼせ上がっていたかと思うと、ジュリエットを一目見てとっとと乗り換える。キャピュレット家とモンタギュー家というのは、貴族の血を引く偉い郷士の家柄でございましょう。

 そのような家柄の貴公子が、街の与太者のように、すぐさま、相手の唇を奪い、庭に忍び込むとはいかがでしょう。とんだ、犯罪者ではありませんか。ユウジ様の国では、貴族や郷士に、そのような所行が許されるのですか」


「そうかな。いや、そうだな。やり過ぎだな」


 祐司はパーヴォットに反論できなかった。


「大体、恋の話なのに筋が滅茶苦茶です。登場人物が全て頭のどこかが欠けているように思えます。まともな、人間が考えぬいて悩んでこそお芝居はおもしろいのではないでしょうか」


 パーヴォットはストーリーの展開の不自然さをついてきた。


「どこがだ?」


「そのお話は、始まってから終わるまで五日間でした」


「そうだったかな」


「その短い間に、ジュリエットの従兄弟のティボルトはロミオの親友であるマキューシオを殺して、ロミオは、そのティボルトとパリス伯爵を殺すのですよ。

 ティボルトは、まだ、親友を殺されて激情に走ったということでわかりますが、いくら相手が怒っていると言っても、何故、何の咎もないパリス伯爵をロミオが殺すのですか。

 ロミオが事情を話してもパリス伯爵が斬りかかってくれば正当防衛ですがロミオはパリス伯爵に事情さえ説明してませんよ。

 

 そして、最後はロミオもジュリエットも死んでしまいます。無茶苦茶なお話です。ロミオとジュリエットは、ウィンバルトとレニスと比べても、飛び抜けたバカップルです」

(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 嵐の後17 吊り橋の男と女 ウィンバルトとレニス 上 参照) 


 祐司は頭の中で時系列を考えてみた。


一日目

 ロミオとジュリエットが出会って婚約する。


二日目

 二人で秘密結婚をする。ジュリエットの従兄弟ティボルトが、ロミオの親友マキューシオを刺し殺す(一人目の殺人)。ロミオはティボルトを刺し殺す(二人目の殺人)。ロミオは追放処分となる。親の決めたジュリエットの婚礼が木曜(五日目)に決まる。


三日目

 ジュリエット仮死状態になる薬を入手し、寝る前に飲む。


四日目

 ジュリエット仮死状態で埋葬。


五日目

 ロミオ、霊廟でパリス伯爵を斬り殺す(三人目の殺人)。ロミオ、ジュリエットのお墓で毒薬を飲んで死亡(一人目の自殺者)。復活したジュリエットもロミオの遺体をみて自殺(二人目の自殺者)。



 祐司は、悲劇のラブストーリーと思っていた話が僅か五日で殺人が三人、自殺者二人というとんでもないスプラッターな展開であることに戦慄した。

 特に、マキューシオとパリス伯爵は、単に燃え上がった二人の恋の進路上にいたばかりにとばっちりを食って殺され損である。


「言われればそうだな」


 祐司は口ごもりながら言った。


「ロミオのモンタギュー家とジュリエットのキャピュレット家は対立していたのですよね」


「そうだ。だから二人は苦しむんだ」


 パーヴォットの質問に、祐司は、この話にまだ悲劇性があることに思い立った。愛する二人を死に追いやった理不尽な両家の対立である。

 しかし、次のパーヴォットの質問で祐司は再び、この話の理不尽さ、不自然さを思い知らされることになる。


「でも、ロレンスという神官によって結婚するのですよね」


 祐司はロレンスをパーヴォットにわかりやすいように神官という表現を使っていた。


「そうだ。秘密の結婚だ」


「何故、秘密にするのですか」


「キャピュレット家とモンタギュー家が対立しているから」


「リファニアではそのような場合は婚姻によって対立を避けます。ロレンスという神官によって結ばれた二人の仲を裂くことができますか」


「いや、信仰の問題から無理だろう」


「だったら、結婚してしまったと公開すればいいではないですか。そうすれば、モンタギュー家とキャピュレット家は仲良くなるか、ロミオとジュリエットを追放するしかない。追放されても二人は一緒にいることができるでしょう。

 ロレンスという神官もとんだ間抜けです。自ら二人を結婚させたことを公表すればいいものを、隠し立てした上に、ジュリエットに怪しげな薬を飲ませるのですよ。自分の興味本位の行動としか思えません」


 パーヴォットの理路整然とした言葉に祐司は少しだけ反論した。


「若い、生活の術をしらない二人が追放されることを恐れたのではないかな」


 祐司は自分でも苦しい理由付けだと思いながら言った。


「二人とも親から追放されることはないと思います」


「どうして」


「ヴェロナという街はエスカラス公爵が仕切っているのでしょう。その、エスカラス公爵はモンタギュー家とキャピュレット家とを仲良くさせたいのですから、ロミオとジュリエットの結婚をネタに二つの家に圧力をかけたと思いますよ」


 パーヴォットは容易く、祐司の反論を打ち砕いた。


「だな」


 祐司はパーヴォットに反論することを諦めた。



 祐司とパーヴォットが、巡礼宿で過ごした夜、バーリフェルト男爵領の代官所では一悶着起こっていた。ネルグレットが、起きた時には、すでに祐司は出立していた。

 何故、起こすか、出立を止めなかったのかとネルグレットは一日中荒れ狂っていた。そして、夜になってから、さらにネルグレットが激怒することが発覚した。


「何故、気がつかなかった」


 ブアッバ・エレ・ネルグレットの怒気鋭い声に、次席家老のハプティス、代官のヴァジームが、頭を下げたまま動かない。


 祐司に約束した、監査を行うための対価である金貨一枚を、ハプティスとヴァジームは双方が相手が払うものだと思っていたために、祐司に対価を渡さずに出立させてしまったのだ。


「我が身を救ってもらったことには、まだ、何の褒美も与えておらぬ。その上、我が命で監査を行わせ、見事に不正をあばき年に金貨百枚の損失を断ち切ったジャギール・ユウジに約束した金を支払っていないなど、バーリフェルト家の沽券にかかわる。一大恥辱だ。

 すぐさま、ジャギール・ユウジに対価を渡すのだ。そして、不正を暴いた手柄に、わたし個人からの褒美として金貨二十枚を渡せ」


 頭を上げないハプティスとヴァジームに、ネルグレットは厳命した。


「渡すと言っても。もう、バーリフェルト領を出ましたでしょう」


 代官のヴァジームが、申し訳なさそうに言った。


「そんなことは関係ない。すぐに追いかけろ。なんとしてでも、ジャギール・ユウジが王都に着く前に渡すのだ」


 一歩も引かないネルグレットに、次席家老のハプティスが言った。


「それでは、マメダ・レスティノを走らせましょう。随員の中では一番若く足も達者です」


「グズグズ、せずに至急出立させよ」


「御意」


 ハプティスとヴァジームは、急いで部屋を出て行った。


「プロシウス。今朝方の虹は見事だったな。ジャギール・ユウジも見たであろうか」


 ネルグレットは、部屋の残ったプロシウスに何気ない口調でたずねた。


「見られましたでしょう」


 プロシウスの答えに、ネルグレットは『わたしも、ジャーギル・ユウジと虹に向かって王都への帰り旅をしたかった』と心の中で言った。


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