嵐の後15 快楽と苦痛の一夜
祐司は旧領主であるスピリディオンの弟の寝室でベッドに座って夜伽に来る女を待っていた。
本来なら屋敷の主人であるスピリディオンの寝室が祐司の割り当てられるはずであったが、今回はダンダネールが同行しているので、スピリディオンの部屋はダンダネールに譲った。
パーヴォットはスピリディオンの妹であるジェリーヌの部屋が割り当てられていた。つい最近、非業の最期を遂げた三兄妹の部屋である。
現代日本では、そのような部屋は忌避されるだろうが、リファニアでは、賓客は良い部屋にという考えしかない。
スピリディオンの弟の部屋は、ベッドの他は椅子しかなかった。何も飾り気のない壁も剣や甲冑が飾られていたような痕跡があった。
反逆者の武具の略奪は伯爵によって認められていたが、大方の家具も略奪されてしまったようだった。
祐司とこれからやってくる三人の女性のためのものか備え付けの棚には水差しと、カップが四つ置いてあった。
最初の女はノックもなしにいきなり部屋に入ってきた。
「ダニエラさん」
祐司は女の顔を見てびっくりした。
「今日はわたしから希望しました。このような女でよければどうぞお抱き下さい」
「しかし、旦那のボフミルさんは」
「知っています。前にユウジさまに受けたご恩と、失礼にもボフミルがユウジさまに乱暴しようとしたお返しがこのようなことでしかできません」
「お返しなど」
「返しはボフミルを納得させるためです。わたしは本当にユウジ様に抱かれたいのです」
ダニエラは真剣な目で祐司を見つめた。ダニエラの発する光は、一見安定しているようだが、時々、細かく、そして時に大きく揺らめいた。嘘を言っているのだ。
光の具合から発言全てが嘘とは思えなかった。部分的に嘘を言っているようだった。
ただ、今の祐司ではダニエラの言っている嘘は発言のどの部分かはわからない。恩を返しに来たのか、乱暴を侘びにきたのか。そして、祐司に本当に抱いて欲しいのか。
子供に毛が生えたような夫婦であるボフミルとダニエラの些細な諍いの当てつけで、ダニエラが祐司に抱かれにきたということも考えられる。
一番考え易い嘘は最後の祐司に本当に抱いて欲しいと言う部分だ。祐司は初めて自分の能力を悔やんだ。
「では、こちらへ」
祐司は夜伽を受け入れた以上は大人の対応をしようと思った。その大人の対応がゲスなものであっても。
祐司はダニエラに口づけをした。
「パーヴォットさんの体もわたしと同じような感じです」
「え?」
祐司はパーヴォットがダニエラに夜伽をしてくれと言って、しばらく、二人で部屋に籠もったことを思い出した。そこで、何があったかは知らないがダニエラの言葉からは、秘め事のようなことがあったのだろうと思われた。
「わたしは十八歳です。パーヴォットさんは十五歳ですからまだまだ体つきは変わっていくでしょう。
ユウジ様はパーヴォットさんに手を出すような人でないことはわかっています。だから、今のパーヴォットさんと同じような体つきのわたしで…」
祐司は自分の唇でダニエラの言葉を遮った。
祐司はダニエラが新妻であるということと、パーヴォットに似ている体つきということで二重に背徳感に襲われてた。
その上、リファニアは数え年であるからダニエラは十七歳で、日本で言えば高校二年生である。しかし、その背徳感は祐司の劣情を掻き立てるものであった。
「ずっと、ユウジ様の横にいたいのですが、交代の時間になってしまいました」
ダニエラはそう言うと。横で上を向いて寝ていた祐司にしがみついてきた。
「わたしは帰ります。本当は朝までいっしょにいたいのです。でも、まだ…」
ダニエラは、つらそうに祐司から離れた。
「明日は、またその素敵な笑顔を見せてください」
最後に、そう言い残してダニエラは部屋から出て行った。
数分するとドアをノックする音がした。
「どうぞ」
祐司の呼びかけにゆっくりとドアが開いた。入って来た女は三十代手前といった風情の少し大柄な女だった。
祐司は宴会で紹介された人間の中から必死で誰だったか思い出そうとした。確かに見覚えがあった。女は大きな額で長い黒髪に近い焦茶色の髪を肩の辺りでくくっていた。やや灰色が混じった茶色の目にも見覚えがあった。
「確か、鍛冶屋さんの奥さん」
「そうです。鍛冶屋のデルメルの妻で、リャニーメルと申します。先程のダニエラとは異母姉妹でございます」
異母姉妹と言われると、リャニーメルの先がちょっと上を向いたような鼻はダニエラの鼻にそっくりだった。ダニエラの目は薄い茶色だが目の形なども似ていた。
祐司は異母姉妹と言いながらも姉妹を抱くのかと思うと、今夜は背徳の末に地獄へ堕ちるのではないかと思った。
そして、祐司はパーヴォットの母親の名がリャニーメルだったことを思い出した。姉妹を続けて抱く背徳感、パーヴォットに似たダニエラを抱いた後で、パーヴォットと母親と同じ名の女性を抱くという擬似的ながら母娘を抱くという幾重もの背徳感に祐司は襲われた。
「ダニエラさんのお姉さんですか」
祐司は自分を落ち着かせるように言った。
「はい、父が鍛冶屋の妻だった母との間に作った子でございます」
リャニーメルは、さらりと言った。
「?」
「何かご不審なことでも」
「いや、あなたの父上は村長ですよね。母上は鍛冶屋の奥さん。あなたは鍛冶屋の妻。どんな関係ですか」
「ああ、そうですよね。村の者は皆知っていますから、その調子で話してしまいました。わたしは鍛冶屋の娘で夫は入り婿でございます」
「ああ、それはわかりました。でも」
祐司にはもう一つの疑問があった。性にはおおらかなリファニアではあるが、それは独身者や後家さんに関してであり、他人の妻を妊娠させるのは御法度のはずである。
「何故、わたしが村長の子かということですね。実はわたしの父、鍛冶屋の父ですが、結婚してから山犬に襲われて股間に大怪我を負ったのでございます。それで、父と母は村長さんに頼み込んで子種をもらったのでございます」
「ひょっとして、鍛冶屋さんの父上か母上は、村の他の人の種は嫌だったのですね」
「そうです。村長さんは立派な方ですから。それに皆が父を村長と知っていれば色々と」
リャニーメルの発する光が少し揺らいだ。リャニーメルの言葉には皮肉があるようだった。祐司の目からも村長はそつのない男のようであるが、旧領主のスピリディオンの言いなりに三姉妹を差し出した。
また、今日でも娘であり、新領主祐司に新妻のダニエラを差し出してくる男である。性に関しては他人も自分も許容度の高い男なのかもしれないと思った。
「いや、どうも身の上話ばかり聞きまして」
「いいえ、御領主様ですから隠し立てすることはありません」
「どうして今日は夜伽に」
「はい、実は結婚して八年になりますが、未だに子ができません。わたしは亭主と結婚する前に一度、子を流しておりますので、亭主が種がないのではと思っていました。
それでも、結婚して何年もたって子ができる夫婦もありますが、亭主はこの二年ほどすっかり出来なくなってしまったのでございます」
「率直に言います。まさか実の父親の村長に種をもらうわけにはいかないので、わたしの種をですか」
「その通りでございます。村長の長子のマチェイもわたしの兄でございますから。もし、御領主様の種がつかなければ、お代官様や神官様にお願いするしかございません」
「それは、ひょとして鍛冶屋の父上が言っておられるのですね」
「いいえ、母でございます。母は村長の奥さんの妹です」
祐司は鍛冶屋の男二人が可哀想になってきた。そして、リャニーメルがダニエラと異母姉妹という割によく似ているのが母同士が姉妹ということで納得した。
「御領主様の種となりますと子も鼻が高こうございます。わたしも村長の娘ということで、人から嘲られることなく生きてこられましたので是非、子にも人に嘲られるようなことがないようにしとうございます」
祐司はリャニーメルの口調や子への気持ちが有名校へ我が子を入れようとする母親の口調に似ていると思った。リファニアは身分社会であるから生まれが重要なのである。
祐司の気持ちは少々落ち込んでいた。
祐司は村長から夜伽の希望者がいると聞いて、自分もまんざらではないと思っていた。ところが、一人目のダニエラは恩返しないし亭主が犯した暴力沙汰の侘びの為。
それに亭主ともう一つ上手くいっていないことが背景にあるようだ。二人目のリャニーメルは、あからさまに支配者の種欲しさである。
「では、次もありますので頑張りましょう」
「よろしくお願いします。ダニエラより先にお願いしたかったのですが、幸い月のモノが近いのできっと種が付くと思います」
リャニーメルが頭を下げて言った。
その時に祐司は、顔見せで紹介された鍛冶屋一家のことを思い出した。かかあ天下な一家だなという感じを持った一家がいた。
五十年配の夫婦に娘とその婿、夫と婿は、それぞれの妻から退くように立っており、祐司とのやり取りは母親と娘が全て行っていた。
多分、弟子上がりの入り婿は数年子ができないことで肩身の狭い思いをしているに違いなかった。
リャニーメルの亭主は自分は村長との種だと言い回るリャニーメルと、その母親に子ができないと責められているに違いなかった。それで、亭主がSD(性機能不全)になったとしても不思議ではないと祐司は思った。
「大丈夫ですか」
少し心配そうに虚ろな目つきで天井を見ている祐司にリャニーメルが聞いた。祐司は小さく頷いた。
「もう、いいですね。また、次が」
祐司は肩で息をしながら言った。また、心臓の音が自分で聞こえるほどにしていた。祐司は肉体的な物だけでく精神の一部まで吸い取られたような気がした。
「名残りおしゅうございます」
抜け殻のようになってベッドに寝ていると言うより、倒れている祐司にリャニーメルが声をかけた。
リャニーメルが部屋から出て行ってすぐにノックの音がした。祐司は大いなる努力をして起き上がると毛布を体にまとった。
「どうぞ」
祐司が声をかけると入ってきたのは見知った女性だった。
「おひさしぶり」
「え、マグレッタさん。どうしてここに」
祐司の目の前にいる女性は、ダンダネールの領地であるガゼット村で祐司の夜伽をしてくれた村長の妻であるマグレッタだった。
「ガゼット村でユウジ様が御領主になられると聞きました。是非にお祝いがしたくてまいりました。主人に話したところ、この村の代官がダンダネール様ということで二つ返事で了解してくれました」
マグレッタはベッドの端に座った。
「実はわたしはこの村で生まれたのでございます。父は…」
「まさか、村長さん?」
「どうしてご存知ですの。母は早くに亭主に死に別れて二人の子を抱えておりました。その時に、ここの村長さんが色々と母の面倒を見てくれたので御座います。
それで、わたしが生まれました。わたしをガゼット村の村長、今の主人に紹介してくれたのもここの村長である父です」
「母上はご健在ですか」
「いいえ、二年前に亡くなりました。でも兄と姉がこの村に住んでおります」
「そうですか。奇遇ですね」
祐司はそう言いながら、夜伽の希望者三名とはすべて村長の娘であることに今更ながら唖然とした。そして時間節約の為に祐司に三人一度に相手をと提案した村長の感覚を疑った。
「ああ、もう会えぬかと思っておりました。好きです。ユウジ様」
祐司に近づいてきたマグレッタの発する光は揺らぐことなく光は安定しており祐司に近づくと光が濃くなった。マグレッタは嘘や企みもなく心底ユウジに惚れているようだった。
「マグレッタさん、自信がありません」
祐司はこれ以上は体どころか、命までが脅かされると思った。
「大丈夫です。女がかわればまた別の元気が出るものです」
マグレッタの言葉は本当だった。
行為の後で祐司は心から自分を慕ってくれるマグレッタと精神的にも健全な繋がりが持てたと感じた。
「今月はまだ月のものがありません」
突然、マグレッタが言ったことを理解するのに祐司は二三秒かかった。
「え?」
「ご心配なく。子ができても主人の子として育てます。主人もわたしに夜伽をさせる以上は覚悟の上です。ただ、ユウジ様に似ておりましたら、領主の子という後ろ盾が欲しいのです」
祐司はマグレッタの真意を考えてから答えた。
「いいでしょう。生まれた子がわたしの子であるという神官の署名付きの書き付けでよければ書きます。確認はダンダネールさんとここの神官にお願いしておきます。お二人が妥当だと認められたのなら書き付けはあなたの手に渡る。それでどうでしょう」
公正証書などないリファニアであるが、神官の署名がある念書は、一応、法的に有効なものと見なされる。
「ありがとうございます。きっとユウジ様の子ができている気がします」
「また、わたしの子なら認められた時に、金貨二枚を贈ります。成人するまでは年に銀貨十枚。ここの年貢から出してもらうように手配します」
「そこまで心配していただかなくて結構です。第一主人が嫌がります」
「それでは出産祝いで金貨二枚だけは出させてください」
「それくらいなら」
「でも、落ち込ませるようなことを言いますが絶対妊娠したというわけではありませんから、はしゃがないでください」
「はい、心得ております」
マグレッタは祐司に軽く口づけをすると部屋から出て行った。
もう窓の外は明るくなっていた。祐司はランプの火を消してベッドに寝転んだが妙に目が冴えていた。
祐司は喉が渇いたので水差しから水を飲もうとしたが、一夜の痴態の果てに割合に大きな水差しには水が残っていなかった。
祐司は服を着込むと水を飲みに階下の台所に行った。祐司は水を飲むと台所からテラスに出て深呼吸をした。
不意にパーヴォットの声が後ろからした。
「ユウジ様、先にお休みかと」
パーヴォットと昨日紹介された村長の娘で三女のロヴィーサ、そして、村長がいた。
「いや、村会の皆さんに招かれて酒を飲んでいた。話が面白くてついつい夜更かしだ」
祐司はとっさに、村長から聞いていた言い訳をした。
「楽しかったかい」
祐司はパーヴォットに何かを聞かれるのが恐かった。
「はい、とても楽しかったです。特にロヴィーサさんには娘宿ではいろいろお世話になりました」
ロヴィーサという少女ははにかんだように祐司に頭を下げた。
「パーヴォット、少しばかりでも寝ておけ。わたしも少し寝る」
「はい、そうします」
パーヴォットはロヴィーサに別れを告げると屋敷の中に入って行った。
「村長、あなたの子はこの村には多いですか」
パーヴォットの姿が見えなくなると祐司は村長に聞いた。
「はい、家内の子が四人に、村内にわたしの種の子が七人います。それが、長子のマチェイを除いて全部女なのですよ。陰では女種と呼ばれています」
「全部で十一人。村外のマグレッタさんを入れて十二人ですか」
「いいえ、村外まで入れると十四人です」
祐司はほっと溜息をつくと、気になっていたことを村長に聞いた。
「ジェリーヌ様のことだ。いまだに、この村では評判は悪いか」
「まあ、義女として伯爵様が弔ったということで、そんなに悪い女ではなかったという者が多いです。中にはスピリディオンから庇ってくれていたと言う者もいます」
「そうか。それなら小さな墓でいいので神殿のそばに建立してやってくれないか。そこに改葬したときに骨を入れて欲しい。費用はわたしが全て出す。
金はダンダネール様に預けておく。今でなくていいのだ。ダンダネール様と相談して時期を見てでいい」
「わかりました。そういたします。では、しばらくお休みください」
村長は少し頭を下げると立ち去った。
その時、太陽が昇ってきた。地平線から出たばかりの太陽は赤みが強いはずであるが、祐司には太陽が渦を巻くように動いて黄色い色に見えた。祐司は股間に鈍い痛みを感じていた。
祐司は屋敷に入ると自分の寝室へもどりながら、村長の長女の姿が見えなかったのはダンダネールの夜伽をしていたのではないだろうかと思い至った。
村長の長女は整った顔立ちで村長の嫡子である三姉妹の仲では一番の器量よしだった。
祐司の考えは大方は当たっていたが、正解は祐司の考えの斜め上にあった。
祐司がスピリディオンの弟の寝室のドアを開けようとした時に、廊下の並びにあるスピリディオンの寝室、すなわち、ダンダネールがいる寝室のドアが開いて、村長の長女と村長の妻が出て来た。
第六章のマール州での話では、祐司はマグレッタ(漠然とした生活への不満?、二回目は明らかに祐司に対する恋愛感情)、シデリア(一回目は商売、二回目は淡い恋愛感情)、ルティーユ(最高級の高等遊女、祐司に対する挨拶代わり)、エネネリ(祐司への恩返し 祐司の恋愛感情)、ジェリーヌ(リファニア特有の死を覚悟した女性心理?、祐司への興味)、ダニエラ(亭主への意趣返し)、リャニーメル(権力者の子種欲しさ)と七人の女性と関係を持つことになりました。
同行しているパーヴォットがどこまで気がついているのか。次話は道行きの話になるので、四六時中、パーヴォットといっしょです。祐司のモテ期も終わりでしょうか。




