嵐の後9 舞台裏3 郷士ファティウスの推測 下
「さて、ユウジ殿もおられなくなった所でもう少し真相を推論したい」
ファティウスは、祐司とパーヴォットの姿が見えなくなるとダンダネールとゴットフリーを交互に見ながら言った。
「いいでしょう。でも、わたしが合図したら話は止めてください」
ダンダネールは、居直ったように答えた。
「わかりました。このような歳になっても命は惜しい。監察官のゴットフリー殿が居る場という機会がなければ一生話すことはなかったでしょう」
ファティウスが話し始めようとすると、ゴットフリーがダンダネールに意味深長なことを言い出した。
「真実を暴露するのと、隠すことや嘘をつくことの損得がわからない場合は、馬鹿になって本当のことを言うというのが、わたしの信条です。明らかにしてもいいことを、隠すと余計に面倒なことになります。
友人として言いましょう。リファニア王の権威をこれからも必要とするのなら、その対価を王に出すべきです」
「正直に言うと、我々も、完全に全容がわかっているわけではない。是非にファティウス殿の推論と独自の情報を聞きたい」
ダンダネールは、ゴットフリーが言ったことに反応せず、一息ついてから言った。
「このファティウス殿と父は王都では親密な知り合いだったのですよ。この方がマールに来られてからも手紙のやり取りをしていました」
ゴットフリーは、さらにダンダネールを牽制するような事を付け加えた。そして、姿勢を正すとゴットフリーは監察官の顔になって言い放った。
「わたしは、貴方方地元派が今度の騒乱の背景についてどの程度、真相を把握していたのかを知りたい。それが、今度の監察についての最大の任務です。
いらぬ情報をもって、それに左右されることを避けるためか、わたしは全てのことを知らされているわけではありませんから、トンチンカンなことを言うかもしれない。それはご容赦願いたい」
ダンダネールは、ゴットフリーが単なる三等監察官ではないことを認識した。しかし、それを口にして問うてみるということはなかった。
「今度の騒乱で死んだ伯爵妃は、本当の伯爵妃ではない」
ファティウスが唐突に言った。
「それは、王も承知です」
ゴットフリーがそれに続く。
「では、誰だと」
ダンダネールは、できるだけ落ち着いて言った。
「お互いに、この樹皮紙に偽伯爵妃ランディーヌの本名を書いてみませんか」
ゴットフリーが三枚の樹皮紙と矢立を机の上に置いた。
「いいでしょう。ただし、フルネームで」
ファティウスはそう言うと、樹皮紙に書き込みをしてから樹皮紙を裏返して胸に押し当てた。ファティウスに続いて、ダンダネールとゴットフリーも同様のことをした。
「まずは、卑称だけ言いましょう。では。」
ゴットフリーの合図で三人が同じ名を言った。
「ナゲラリ」
「珍しい卑称ですから間違いないでしょう。さあ、紙を表にして机に並べましょう」
リファニアでは、よい名は神々の羨望をかうということから、名の前に卑称を付ける。卑称は取りあえずの名であるから、よく使われる一般的なモノが何種類かある。
祐司の卑称であるジャギール(うずら、びくびくする者)は、代表的な卑称ではないが、珍しい類のモノではない。
パーヴォットの卑称であるローウマニ(ウスノロ、古語ではおぼろげな光)は、古語を元にした珍しく、かつ優雅な卑称である。
ナゲラリとは、”名を名乗る価値のない者”という意味の言葉で、ほとんど使用されることのない卑称である。
ゴットフリーは自分の持っている樹皮紙を机の上に置いた。ダンダネールとファティウスも樹皮紙を机の上に置く。
-ナゲラリ・セレスティナ・ハレ・バナヴォト・バッケス・ディ・タチニア-
三人の樹皮紙には同じ名が書かれてあった。
「どこから話しましょう」
ファティウスが胸の前で指を組みながら言った。
「この女のことから。わたしは伯爵妃ランディーヌの本当の名は、ナゲラリ・セレスティナであるということしか教えられていない」
ゴットフリーは、樹皮紙を指さして、ファティウスの方の見て言った。ファティウスは頷くと口を開いた。
「二十年前、ハヤル・ゲルブレヒトの妻であるナゲラリ・セレスティナが、王都タチから到着後に若くして急死した。
ナゲラリ・セレスティナは、王都の貧乏士爵の三女で持参金がなく行き遅れかけていたのをハヤル・ゲルブレヒトが口説いて嫁にした。
セレスティナは内気な女であまり出歩くことはなかったが、セレスティナの身内の者達は伯爵妃ランディーヌとナゲラリ・セレスティナの容姿が似ていることを知っていた。
別の母親から生まれた姉妹といってな、伯爵妃ランディーヌとは他人ながら双子とまで言われておった」
「随分昔の話だな。ハヤル・ゲルブレヒトというのは誰だ」
本当に知らないのかゴッドフリーが真顔で聞いた。
「ハヤル・ゲルブレヒトは、郷士だが父親は王都のランバリル子爵家の庶子だ。貴族としては叙任されていなかったが貴族階級の末端だ。
ハヤル・ゲルブレヒトは王都派の一人で、今度の騒乱で死んだ。それも、エネネリの裁判の日にだ」
ダンダネールが静かに説明した。
「そのハヤル・ゲルブレヒトという男も、先程の、一願巡礼のユウジが討ったとしたら面白いな」
ゴッドフリーがさも面白そうに言った。
「まさしくその通りだと言いたいが、流石にそれはない。伯爵妃が伯爵館に逃走するのを援護して討ち取られた」
ダンダネールの言葉尻を噛むように、ファティウスが続けた。
「噂だが、ハヤル・ゲルブレヒトは死ぬ時に、逃げていく伯爵妃の後ろ姿を見てセレスティナと口走った」
「ほう、面白そうな話になってきましたね」
ますます、ゴッドフリーは面白い話を聞きたいというような感じで言った。ファティウスもそれに乗るかのように物語を語るようにしゃべった。
「王都派は自分達の権力の根源である伯爵妃、その頃はまだ成婚前であったがな。伯爵妃を失うのを恐れていた。
地元派による暗殺があるかもしれんとな。疑心暗鬼になっていた王都派の前に、伯爵妃ランディーヌにそっくりなセレスティナが現れた。
で、ハヤル・ゲルブレヒトと妻であるセレスティナを口説き落として影武者ならぬ影女をつくった。影女のセレスティナは死んだことにされた」
「死んだことにしたと言っても、貴族の娘だろう。葬儀でばれなかったのか」
ゴットフリーが不審げに言った。リファニアでは神官が葬儀を執り行うが、どのような状態の死体であっても、神官が遺体を確認をしないで葬儀を執り行うことはない。また、神官を買収するのは極めて困難である。
「本当の死体を用意した。わしもセレスティナの葬儀に参加した。若い女性の葬儀だからその遺体を見たことは、はっきり憶えている。
更に、お役目をしている時に、神殿の公文章保管庫で葬儀の記録を見たが、複数の神官の署名があった。神官を買収するより死体を用意したとする方が自然だ」
ファティウスが公職に就いていたのは十年も前である。ダンダネールは、ファティウスがそのことから証拠を漁っていたのかと内心驚いた。
「本当の死体?」
ゴットフリーは納得がいかないようだった。
「金を出せばどのような品物でも用意してくれる街が近くにある」
ファティウスは、顔を東の方に向けた。
「シスネロスか」
ゴットフリーが納得したように言った。
「繁栄した街には、悪の華も咲く。シスネロスの新市街地では闇の取引をする者がいる。実際に死体の売買を行う者がいることは調べた。
もちろん、死体が多くある子供や老人の死体は安いが、死んで間もない若い女となると今の相場で金貨七枚はするそうだ。
当時はもう少し安かったかもしれないが、その程度の出費で伯爵妃ランディーヌの安全を確保できるとなると躊躇無く買っただろう。王都派は唯一の切り札である伯爵妃を守るために、時々、影女であるセレスティナとすり替えた」
饒舌にしゃべるファティウスにダンダネールは、小石を投げ込むように言った。
「証拠は」
「状況証拠ばかりだ。だから、この話は、わたしの作り話だ。ダンダネール殿が止めないので、作り話の先を話す。十五年前、前伯爵が急死した。今の伯爵の兄上だ。だが、もう一人死んだ人間がいた」
ファティウスは意味深長に言った。
「伯爵と噂のあった侍女ですか。公式には病気で実家に帰ったとあるが、姿はかき消すように見えなくなった」
ゴットフリーの問いかけにファティウスは思わぬ人物の名を出した。
「違う。伯爵妃ランディーヌ様だ」
「伯爵妃だって」
ゴットフリーは、小さく叫ぶように言った。ダンダネールは無表情でゴットフリーを制した。
「黙ってファティウス殿の話を聞こう」
「死んだ者の後先はまったくの推論だ。確かなことは伯爵妃はその献身的な態度でとうとう前伯爵の心を打ち解けさせた。
そして、二人はまともな夫婦生活を送るようになった。伯爵妃は懐妊した。そして、出来た子の養育を地元派に任せると言った。先程、ユウジ殿に言った、伯爵妃ランディーヌが伯爵との子をなして王都派と地元派の和解を画策したというのは二十年近く前の話というわけだ」
ファティウスにゴットフリーは、今度は冷静に聞いた。
「何故、伯爵妃がそこまで身内の王都派を退けてまで」
「ランディーヌ様の二人の姉は成人するとマールからすぐに出て行って王都タチでそれほど条件のよくない縁談に飛びついた。もともと、子供の頃に王都にいたから、マールの生活は嫌でならなかったのだろう。
でも、ランディーヌ様は王都の生まれだが、幼少よりずっとマールで暮らしていた。王都派の中で最も早くマール州に根付いた人かもしれん。
だから、考えもマール州を中心にした考えだった。ご存知かとは思うが、わたしは幼少のころからランディーヌ様の読み書きの師匠を命じられていた。だから、それは誰よりもよく承知していた」
ファティウスの言ったことに、二人が黙っているのでファティウスは先を続けた。
「ここで、狂ったのが王都派だ。自分達の既得権が侵害されると思ったのだろう。伯爵を殺した。
多分、毒殺だ。伯爵妃から子供を取り上げて自分達に都合のいい跡取りに育てようとした。ところが、そのことを知ったランディーヌ様は心が狂っておしまいになった。そして、自ら腹の子供を道連れに命を絶った。
また、自分達の意のままにならない伯爵妃を殺して、影女を代理にたてた。すぐに、伯爵に露見する。それで、伯爵も毒殺した」
ファティウスの言葉に二人はまだ黙っていた。
「まあ、わしは前者だろうと思っている」
ファティウスは、独り言のように言った。
「いや、びっくりした。わたしは影女のことは知らされていたが、伯爵妃がすでに死んでいるとは知らなかった。
てっきり、今度の騒乱で死んだのは影女で、伯爵妃はどこかに落ち延びたという話だろうと思い込んでいた」
ゴットフリーは、本当にそう思っていたのか、演技なのかはわからなかったが目を丸くしながら言った。そして、ファティウスに続きを催促した。
「その後は」
「簡単だ。影女を伯爵妃ということにして、今の伯爵を婿に迎えた。でも、影女というのが複雑な女だった。変に信心深いのだ。身を謀って伯爵と閨房をともすることはできなかった。
それに、今の伯爵は死んだ伯爵妃とは何度も会っている。いつことが露見するかもしれないという恐怖感もあった。最も厄介なことは、影女は現伯爵に惚れておった。
ことさら、人前で伯爵殿下を目下に見るような態度を取っていたのは演技だ。わしも若い頃は王都で、素人の女を相手に遊んだ口だから、細かな仕草からそれはわかった」
「惚れていてあの態度ですか」
ゴットフリーが苦笑いをしながら言った。
「現伯爵が妻に頭の上がらない腰抜けだと王都派に思わせておく必要があったのだ。少なくとも聡明と評判だった兄と比べてな。聡明だと王都派による暗殺の恐れがあるからな。そのために、味方である王都派も信用できない。
それで、王都派から伯爵を守るためにも、自分が前に出てできるだけ王都派の意向に従った政治を行う必要があると考えたのだろうな。
だが、偽ランディーヌは、とことん聡明な女ではないので、王都派の意向に沿って出す命令は支離滅裂。王都派だっていくつかのグループに分かれているから、すべての意向を果たそうとすると命令には統一性がなくなる」
ファティウスは、そこまで言うとダンダネールの方を見た。ダンダネールは続きをと言わんばかりに手の平を少し傾けて見せた。
「王都派から言いくるめられて伯爵が要求すれば身をまかせるつもりだったようだ。それに伯爵に惚れていたから抱いて欲しいとはずっと思っていた」
「どうして、そんなことが言い切れる」
ダンダネールが、少し尊大な感じで聞いた。
「わしはランディーヌ様に読み書きを教えたといったろう。だから、偽ランディーヌから直接聞いた」
「それは、地元派が逆立ちしてもできないことだ」
ダンダネールが感情を押し殺したように言った。
「ファティウス殿は、いつからランディーヌが入れ替わったと感じたのですか」
ゴットフリーは気楽な第三者であるので思いついた疑問をすぐさま口に出した。
「前伯爵の弔いで、ランディーヌに弔意を述べに行った時だ。匂いが違ったんだ。わしのように遊びが過ぎると、女は見てくれや、仕草、性格ではなく、匂いで判別するようになるのだ。だから、伯爵妃が入れ替わった時に、すぐにわかった」
ファティウスは、また、ダンダネールの方を見た。ダンダネールは先程と同じように続きをと言わんばかりに手の平を少し傾けて見せた。
「それから、前伯爵が亡くなってから、ご機嫌伺いということで何度も訪ねた。それ以前も、何度となくランディーヌ様の所へはご機嫌伺いに行っていたから急に断るのもおかしいと王都派は判断したのだろう。
そこで、わしはカマをかけた。昔のように困ったことは何でも相談して欲しいと言ったのだ。最初は偽ランディーヌも警戒していたがしだいに打ち解けると言外に、色々なことを訴えてきた。
それは、直接的な表現ではなかったが、偽伯爵妃は何度もわしの誘導尋問に引っかかって知りたいことは全て教えてくれた。偽伯爵妃は、本当の伯爵妃とは違って、そう聡明な女ではないからな」
「どんな手練手管を使ったのです」
ゴットフリーが興味深そうに聞いた。
「何も。わしの人柄だ。誰でも心を割って心配事を相談してくれる」
もしも、祐司がこの言葉を聞いていたら、ファティウスの発する光のパターンが人と少しばかり違うことと併せて、ファティウスの特殊な能力に気づいただろう。
この能力は巫術のエネルギーとは関連はない。現代の日本にも何故か、相談事を話して見たくなる人間がまれにいる。
「ただ、自分が偽ランディーヌであることは、最後まで隠し通していた。わしも匂いが違うからと言う理由では人に証明できんしな。
ただ、地元派の者には、伯爵妃は前伯爵が亡くなってから、悲しみでご様子が変わったとは何度も言っておいたがな」
「それが、きっかけだった。そのことに関しては、地元派を代表して礼を言う」
ダンダネールはそう言うと、少し頭を下げた。
「でも、そのことに伯爵や地元派が気付いた。いや確信を持ったのは最近のことだろう」
ファティウスの言葉に、ダンダネールは肩をすくめて見せた。




