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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
203/1161

嵐の後8  舞台裏2 郷士ファティウスの推測 中

 執事がハーブティーと焼き菓子を持って食堂に入ってきた。そこで、自然と、あまり公に出来そうもない話は途切れた。


「遅くなり申し訳ありません」


 執事はそう言ったが、話の腰を折るのを避けるために間を置いたのだなと祐司は感じていた。


「何で、王都派の人は伯爵様を殺害するんですか。実権を維持するために王都派は無理に伯爵妃と結婚させてたんでしょう」


 執事が食堂を退出すると、焼き菓子を食べ終わったパーヴォットが不思議そうに言った。


「子供ができれば現伯爵は用なしだ」


 ファティウスがさも当たり前のように答えた。


「でも、伯爵妃は、その手の行為を拒んでいたのでしょう」


 ゴットフリーが聞きかじった噂話を持ち出した。


「拒んでいたのは伯爵だ。自分の命を守るためにな」


 ファティウスが即座に答えた。


「伯爵様が御結婚して十五年でしょう。おつらかったでしょう」


 パーヴォットがしみじみとした声で言った。祐司は心の中で同調したが、その言葉が日本で言えば、中学校二年生の女の子から出たことに気がつくと、一寸、複雑な気持ちになった。


「いや、伯爵だからな。まあ、その手の女性はおる。心配無用だ」


 ファティウスが微笑みながら答えた。


「地元派貴族のヴェルシュタム準男爵は、伯爵家の分家筋にあたる。その当主の次女であるグンネルリーナ様はバナミナの北にあるストランド城という小さな城に住んでいる。バナミナでは周知の事実だ。

 時々、バルバストル伯爵殿下は狩りを名目に出かけられる。バルバストル伯爵殿下とグンネルリーナ様の間には、七歳と五歳になるご子息と、三歳のご令嬢がいる。この秋にはもう一人、お子様が誕生する予定だ」


 ダンダネールはバルバストル伯爵の愛妾であろうグンネルリーナに”様”をつけることで、地元派がグンネルリーナという女性をどのように見ているか言外に語った。


「伯爵殿下は、かなり狩りがお好きなのですな」


 ゴットフリーが軽く笑いながら言った。経験的に貴族間での性交渉における受胎は平民間におけるより確率が低いことが知られている。

 平民の女性では五人以上の子がいることは珍しくない。あるいは十人の子を産んだとしても、そう驚かれる数字ではない。


 しかし、貴族の女性で三人以上の子を産む者は二人に一人程度である。リファニアは中世段階の社会であるから、貴賤を問わず乳幼児の死亡率は高い。その中で、貴族間の出生率はかろうじて貴族の人口を維持する程度でしかない。


 その理由から、貴族の女性は尊ばれ政略結婚に利用する重要な戦略物資でもある。もちろん、貴族間でも受胎の機会を増やせば出生率は上がる。


 ゴットフリーは数年で、グンネルリーナという女性が伯爵殿下の子を四人も成すには、相当の性交渉を行っただろうということを遠回しに表現したのである。


「あの、ひょとして伯爵妃は別の種を仕込んで、伯爵が騒ぎ立てる前に亡き者にしようとした」


 祐司は恐る恐る聞いてみた。


「それは、本当は伯爵を愛していた伯爵妃の本心ではなかった。ただ、王都派の意向には逆らえなかった」


 ファティウスは断定的に言った。


「うん、大筋で正解だ。…だと思う」


 ダンダネールがそれに続いた。


「大筋ですか」


 パーヴォットが唸るように言った。


「伯爵妃は伯爵を愛していた。いや、何とか愛され抱かれようとした十五年だった」


 ファティウスの言葉にパーヴォットは、すぐさま反論した。


「でも、あの態度では」


「二人になると、かなり従順な女性だった。それは何度となく目撃されている。伯爵妃ランディーヌはなんとか伯爵に愛されようと王都派と地元派の和解まで踏み込んで考えるようになった。子が出来たら養育を地元派の人間に任せようとまで思い詰めていた」


 ファティウスは、更に自信ありげに言った。


「でも、伯爵とは」


 パーヴォットは中々納得できないようだった。


「相手が伯爵でなくとも別の男でもいいではないか」


 ゴットフリーが、屈託のない声で言った。


「どんな種でもいいから伯爵妃に仕込んで子をなす。近衛隊隊長のデルベルトを筆頭に王都派の主要人物の間ではそれが多数意見だったろうな」


 ファティウスはゴッドフリーの言ったことに付け加えた。 


「神々が許しませんよ。養子を取って育てればいいではないですか」


 パーヴォットが悲鳴のような声を出した。


 貴族が、不義の子を成そうとしているという話に、パーヴォットが取り乱したように驚いたのは理由がある。


 リファニアでは貴族は平民からは尊敬の対象である。それは身分が高いという理由以上に、尚武の気質の高いリファニアでは貴族は武人としての文化を保持しており、身にあった質素な生活を行うことを貴族が心掛けているからである。


 ドノバ州のような豊かな地域の領主、すわなわち貴族は屋敷に凝ったり、衣装を競ったりするが、暗黙の了解で身にあった程度というものが存在する。

 特にドノバ州では太守であるドノバ候家が存在しており、その太守を凌ぐような贅沢はできない。その上、ドノバ候家は伝統的に質素倹約を旨とする家風である。


 有力な貴族が日本の戦国大名のように群雄割拠しているリファニアでは、誰もが生き残るために富国強兵政策を取る。

 高位貴族、有力領主になるほど自分自身の贅沢は戒めて軍事力の保持増強を画策する。高位貴族ほど質素倹約を指向するのはドノバ州以外でもリファニアでは一般的に見られる風潮である。


 戦乱の続く、リファニアでは貴族は公家と言うより、中世ヨーロッパの非キリスト圏に対峙する地方領主や日本の戦国期の武士階級に近い価値観を持っている。


 そのために平民は、自らを律している貴族階級に対して、多少の誤解と憧れが混じったとしてもモラルの高い人々であるという畏敬の念を持つのである。

 その貴族が不義の子を成して後継ぎにしようとするなど、リファニアの平民からすれば驚天動地の所行である。


 不義の子を密かに仕込むなどと言う過激な方法を模索しなくとも、パーヴォットが言うように、子のない貴族の夫婦に間の後継ぎとして養子という合法的な手がある。


 以前にも述べたが、リファニアでは世襲時に争いが起こりやすい。領主階級では世襲できるのは嫡子だけである。庶子には権利はない。


 もし嫡子がいなければ、世襲できるのは兄弟、そして従妹ということになる。この相続規定はあいまいなもので、一応年長者が優先される習慣があるが、戦乱が続くリファニアでは、一族の中で有能な人物が継ぐべきだという現実的な要望がある。


 このために、有能な主君の元で安心安寧を画策したい家臣や、自分の影響力が行使できる者を後継ぎにしたい有力領主が、それぞれの候補者について対立することはよく見られる現象である。


 このために、南クルト州における泥沼の内戦などということも起こる。(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路霧雨の特許都市ヘルトナ2 初めての街 下 参照)


 しかし、貴族階級間での出生率が低いという背景から養子も広く認められている。ただ、家名以外に巫術に対する耐性の遺伝といった現実的な問題から血統はリファニア社会では絶対的な要素となる。

 貴族は巫術への耐性がある故に貴族であるが、その耐性の特性は、遺伝により種々多様である。貴族の家名は巫術への耐性への特徴と結びついている。


 このために、自分達より高位の家の出であるといっても、他家の者を養子にすることはない。


 江戸時代に将軍家がその子女を養子として他の大名家に押しつけ、押しつけられた大名家でも唯々諾々と受け入れて、大名家に徳川の血筋が入ることを容認して、家名を守るなどという事は、リファニアではあり得ないということである。


 リファニアの養子で一般的な形は、貴族の母を持つ庶子を改めて養子として、当主と正妃の子と成して嫡子にする形である。

 次は従妹や又従兄弟を養子にする場合だが、これは誰を養子にするかで争いが起こりやすい。当主が高齢の場合は、嫡子がいる当主の弟を養子にするような場合もある。


 ただ、血統が重視されるリファニアの貴族社会で養子を公的に認めて貰うには、リファニア王の認定と、神殿の許可が必要であり、その手続きのない者は養子とは公的に認められない。


 神殿の許可は、身分に応じた布施によって大概は出るが、リファニア王の認定はリファニア王が恣意的に行える。

 このため、今までリファニア王の存在を疎んじてきたような領主であるとかなりの出費を覚悟する必要がある。また、リファニア王が認定を渋ったことで養子を得られなかった家も存在する。


 リファニア王が貴族の叙任権を持っていることと併せて、養子の認定に関する権限は、形式的とはいえ、リファニア王がリファニア全土に君臨するための大きな武器でもある。



 これがパーヴォットが「神々が許しませんよ。養子を取って育てればいいではないですか」と叫んだ理由である。



「そう、庶子を養子として育てる。それが正当な意見だ。そうしたかったのが、元家老のバルマデン準男爵を代表とする少数派だ。

 バルマデン準男爵はなんとか、バルバストル伯爵とグンネルリーナとの間にできた子をバルバストル伯爵と伯爵妃ランディーヌの養子にしたかった。そして、その子を王都派の影響の元で育てたかった。そうすれば、王都派と地元派の確執も多少は軽減できると考えていた」


 ファティウスが淡々とした口調で言った。


「どうして、その妥当な手段を他の王都派の人々は拒絶したのですか」


 なおも、パーヴォットがファティウスに聞いた。


「金の問題だ。それも将来の漠然とした不安からだ」


 ダンダネールが横合いから答えた。その内容をファティウスが語り出した。


「王都派は伯爵妃ランディーヌの存在によって、地位や領地を保っていることは重々承知していた。それが、代が代わり伯爵妃ランディーヌの血が繋がらない伯爵が誕生することに言いしれぬ不安があった。

 切実なのが金だ。領地から年貢の前借りだけでなくバナミナの商人で王都派に掛け売りをしていない者はいないだろう。

 バナミナの商人が掛け売りに応じてくれるのも、伯爵妃ランディーヌがいてこそだ。これが、金の問題と将来の漠然とした不安というわけだ」


「養子をつくらなくても、将来の結果は同じだと思います。伯爵の種でない子をつくってもきっと天罰が下ります」


 パーヴォットは、まだ得心していなかった。


「天罰はあるとも、ないともわからない。それよりも、今の状況を続けるために伯爵妃ランディーヌの血を引く子が伯爵を継いで欲しかった」


 ファティウスが苦笑しながら言った。 


「まっとうなのは、元家老のバルマデン準男爵だったということですか」


 祐司は、これ以上、パーヴォットが暴走しないように口を挟んだ。


「バルマデン準男爵はほとんど借財もなく、年貢の前借りをしていない珍しい王都派有力者だった」


 ダンダネールが静かに言った。


「何故、バルマデン準男爵は借財もなく、年貢の前借りも無かったのですか」


 祐司は今度は興味本位で聞いた。


「分相応なことをしていたからだ。例えば、子の結婚式には、披露宴で一人あたり銀一枚から二枚程度の料理を用意するのが相場だと聞いたとする。

 元々、出自のよくない王都派は見栄をはって銀二枚の料理を出す。しかし、そこを銀一枚の料理を出すのがバルマデン準男爵だ」


 ファティウスが丁寧に説明してくれた。


「他の王都派からは吝嗇家と言われて軽んじられておった。バルマデン準男爵は吝嗇家ではなく、他の王都派が贅沢者だっただけだがな」


 ダンダネールが可笑しそうに言った。


「でも家老なんですから、正しい意見を押し通せばよかったのでは」


 我慢できないのか、また、パーヴォットが言った。


「性格の問題だ。ユウジ殿は謁見室でバルマデン準男爵を見たな。どう思った」


 ダンダネールは祐司の方を見やって聞いた。


「はい。影の薄い方だと思いました。近衛隊隊長のデルベルトに仕切られて謁見が無茶苦茶になっていくのに、最後の方で仲介するようなことを言っただけでした」

(第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて 虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ10 謁見 および 虚飾と格式、領主直轄都市バナミマ11 マロニシア巡礼会 参照)


 祐司は脚色無く自分の感じていたことを正直に言った。


「そうなのだ。押しが弱いというか。自身の役職からすれば王都派を押さえつけてでも一つにまとめることができる。

 それなのに、デルベルトあたりに、文句の一つでも言われると黙ってしまう。王都派ではまともな人材だったのにな。最後の最後に、伯爵妃を殺して投降する気力があるのなら何故もっと早くその気力を振り絞らなかったのかと思う」


 ダンダネールは、嬉しそうな口調で言った。パーヴォットも口を出し過ぎると自覚があるのか、一度、祐司の方を見た。祐司は目を和らげた。


「自身の役職に何か弱みでもあるのですか。それとも、準男爵と言っても、元は他の方より出自がよくないとか」


 パーヴォットが聞くと、ファティウスが答えてくれた。


「反対だ。バルマデン準男爵の家は、王都では本当の郷士の出だ。本家は士爵で貴族の端くれだ」


 ダンダネールは真顔で言った。


「貴族の家柄なのに。にわか郷士のデルベルトに押し切られるのですか」


 祐司はパーヴォットに目配せをして、黙らせてからダンダネールに聞いた。


「王都では士爵などごまんといる。その中で、士爵に連なる郷士程度として、腰を低くして生きていくのがバルマデン準男爵家の生き方だった。それが、マール州にきても直らなかったということだ」


 ダンダネールはゴットフリーの方を見た。ゴットフリーは大きく頷いた。


「ただ、出自がよいだけあって王都の習いも知っていた。だから、調子に乗らずに贅沢はせず堅実な生活をしていた。

 そして、将来を見通す目もあった。だからこそ、今まで邪険にしていた地元とは宥和を図れる養子縁組をしたかったのだろう。バルマデン準男爵は王都派が数百年、この地に根を張った地元派と宥和していかなければ立ちゆかなくなるとわかっていたのだ」


 ダンダネールに続いてファティウスが補足してくれた。


「結局は、伯爵妃の懐妊を画策する強固派が思い通りのことをした。ところで、伯爵殿下の暗殺計画が実行されたということは伯爵妃は懐妊したのですか」


 祐司が最大の疑問を聞いた。


「先程から話が出ているように一部の者が伯爵の暗殺を考えていたことはわかっている。妊娠したので伯爵殿下にばれる前に殺そうとしたのかもしれない。

 それは今となっては永遠の謎だ。残っているのは伯爵妃の首だけ。残った体はすでに、反逆者の死体として火葬された。暗殺を計画していたような人物達は死んだ」


 ファティウスが腕を組んでから言った。


 リファニアでは通常は火葬は行わない。死体は一旦土葬されて数年後骨になってから掘り出されて正規の墓所に葬られる。


 ただ、処刑された犯罪者の死体は火葬する。そして、骨はすぐに無縁墓地に埋葬してしまう。伯爵妃ランディーヌは反逆者という大罪人の上に、首のない死体になっていたために、伯爵妃という身分でありながら火葬されていた。


「伯爵妃は本当は伯爵殿下を愛していたのでしょう、だから、手を握ってもらえなくても十五年の間、操を守っていたのでしょう。なのに何故、他の男の種を?」


 パーヴォットが何か思い詰めたようにファティウスに聞いた。


「王都派が説得したのかもしれない。特にブルニンダ士爵は伯爵妃ランディーヌ一筋だったから、ついに口説き落としたのかもしれない。ひょっとしたら、無理矢理ということもあろう」


 ファティウスは先程組んだ腕をそのままにして言った。


「やめてください。悲しすぎます。男の方を立てていくのが女です。わたしもそう思っております。

 でも、無理矢理なんて悲しすぎます。それでは、伯爵妃でもランディーヌという方は、男の道具ではありませんか」 


 突然、立ち上がったパーヴォットの目は少し濡れていた。


 祐司はパーヴォットが、巫術師のアハレテに犯されて虚ろな目で縛られていた姿が脳裏に蘇ってきた。

 祐司はパーヴォットと、その話は一度もしたことはないが、パーヴォットの心には今でも大きな傷が残っているに違いなかった。

(第二章 北クルト 冷雨に降られる旅路霧雨の特許都市ヘルトナ14 襲撃 中 参照)


「パーヴォット、落ち着きなさい。ファティウスさんは真相は不明だと言っている」


 祐司がパーヴォットの袖を引いて椅子に座らせた。


「すみませんでした。でも、なんか王都派のやってたことってその場しのぎですね」


 パーヴォットは手で目をぬぐうと溜息とともに言った。


「そうだ。それが、王都派の没落の原因だ。王都派は全て王都から来た伯爵妃の家臣だ。上下の差はあっても全員を率いるトップはいなかった。

 その場で有力な者が相談しながら物事に対処していた。だから、厄介ごとは全て後回しになっていた」


 ダンダネールが、その場を落ち着かせるように、ゆっくりとした口調でしゃべった。


「王都派は伯爵妃が何と言い出してもこれを立てて結束していくしかなかったのに自らそれを手放してしまった。ところで、伯爵妃はエネネリの裁判の日に、何故、あそこまでかたくなだったのかわるか」


 ファティウスは、謎解きを持ちかけるように部屋にいた人間を見回しながら言った。


「それが、しっくりきません」


 祐司もそれは心の中にあった疑問だった。


 祐司が直接、伯爵妃ランディーヌを見たのは、伯爵との謁見の日と、エネネリの裁判の日である。

 伯爵との謁見の日の伯爵妃は、偽の祐司を連れてきた近衛隊長デルベルトのメンツを庇うように気を使っていた。祐司にも早くバナミナを退去した方が良いという忠告を与えていた。


 それが、エネネリの裁判の日は、暴君のように振る舞って王都派が決起するまでに事態を深刻化させてしまった。祐司は伯爵妃ランディーヌは周囲、特に王都派の意向を読み取りながら行動するのが本当の姿のように感じていた。


「わしは、王都派のメンツを守るという直接の動機の他に、無意識で自らの破滅を願っていたのではないかと思う。それが、伯爵の命を守ることになるからだ」


 ファティウスはそう言うと、また部屋にいる人間を見回した。誰もが何も言わないことを確かめると、続きを語るようにしゃべり出した。


「伯爵妃は伯爵の暗殺計画が行われたり、計画されていることに気がついていたのだと思う。伯爵妃はそれを咎めただろう。

 伯爵暗殺を計画していた者達は不忠の咎を逃れるために益々、伯爵妃を押し立てるしかなかった。

 それで、誰もが、伯爵妃の命じるままに勝算など皆無の伯爵舘での籠城戦に入った。王都派も真実を知っていたのは一握りだろう。多くの王都派、真面目な王都派の人士ほど伯爵妃のために死んでいった」


「伯爵妃のために死んだ人が黄泉の国でそれを知ったらと思うと切ないです」


 パーヴォットは落ち着いた声ながら感情を込めて言った。


「さて、わたしの話もこれで終わりだ。返事はしなくていい。これはわたしの妄想だ。そして、わたしは死にたくない。ユウジ殿も死なせたくない」


 ファティウスは、椅子に深々と腰掛け直した。


「大丈夫です。わたしも聞いておりましたから」


 ゴットフリーがにこやかな声で言った。


「ゴットフリー殿」


 そう口に出したダンダネールは、言い出そうとしたことを見失ったかのように黙ってしまった。


「さて、わたしも聞いたということで、ユウジ殿と従者には安心して退席願いましょうか」


 ゴットフリーは、優しいが断固とした意志を伝えるような口調で言った。


「そうだな。後はつまらない詰めの話ばかりで、部外者が聞いても退屈するばかりだ。それに王都で暮らした者がマール州で三人集まるのは珍しい。しばらく、お二人と歓談してから帰ることにする」


 ファティウスはダンダネールの方を見て言った。ダンダネールの発する光は、ゆっくりとゆれ出した。


 三人の間で、更に丁々発止の話が行われるのではないかと祐司は感じていた。祐司は一刻も早く、この場から姿を消した方がよいと判断した。


「ユウジ殿、そう言うことだ。わしも久々に悪友のゴットフリーと王都での悪行を懐かしみたい」


「では、先に失礼します」


 祐司はパーヴォットを促して食堂から退出した。三人の男は黙ってその姿を見送った。



挿絵(By みてみん)


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