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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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嵐の後3  姉弟、レティシアとアルカン 下

「さあ、狼藉者を立たせろ」


 守備隊兵士のリーダーが、守備隊の兵士に命じた。その時、群衆の中から年配の女が飛び出して来た。そして、守備隊のリーダーに跪いて言った。


「後生でございます。お嬢様と、お坊ちゃんに傷の手当てをお願いします」


 年配の女は顔は四十代後半という感じだったが、髪の毛は半分以上が白髪になっていた。そして典型的なバナミナ庶民の亜麻製のワンピース型の服を着ていた。


「お前は誰だ」


 守備隊兵士のリーダーが不審な年配の女に誰何した。


「はい、ハヤル・リストハルト様に、以前、乳母としてお仕えしておりましたロティルという婆でございます」


 ロティルと名乗った年配の女は、地面に座ったまま答えた。四十代とおぼしき女が自分で婆というのは、現代日本の感覚では不思議であるが、五十代は老境とされるリファニアではそう違和感はない。


「では、この者達は元剣術師範ハヤル・リストハルトの令嬢と子息か」


 守備隊兵士のリーダーが、鋭い口調でロティルという女に聞いた。


「はい。今更隠し立てしてもすぐに露見しましょう。確かにハヤル・リストハルト様の令嬢であるレティシア様と、子息のアルカン様でございます」


「ロティル、黙っておれ。わたしたちは親の仇を仕留め損ねたのだ。名が露見するなど恥の上塗りだ」


 少女が怒鳴った。


「親の仇?」


 守備隊兵士のリーダーが不思議そうに聞いた。


「ジャギール・ユウジは、父の仇だ」


 少女が吐き捨てるように言った。確かに祐司はエネネリの裁判の日に、バルバストル伯爵の命を狙う、剣術師範のハヤル・リストハルトを切り伏せた。

 しかし、目の前でリストハルトに伯爵が襲われており、祐司が伯爵を庇って逃したという状況で親の仇と言われるのは祐司には心外だった。


「考え違いも甚だしい。お前の父親のハヤル・リストハルトは反逆者で伯爵殿下を殺害しようとしたのだぞ。ジャギール・ユウジ殿は身を挺してお前の父親とやり合ったのだ。

 第一、お前の父親は十人ばかりの手下を引き連れて、一人で伯爵殿下を守るユウジ殿に襲いかかったのだぞ。

 それを、逆に討ち取られて仇とは片腹痛いわ。仇とはリファニアでは万人が認めないぞ。大勢でかかりながら討ち取られた不甲斐ない親父を恨め。そして、その父親の子であることを恥じろ」


 守備隊兵士のリーダーも呆れたように少女に言った。祐司は守備隊兵士のリーダーの言葉でいつの間にか、自分が相手をした人数が増えているのに驚いた。

 実際は相手にしたのは、四人である。その後で、三人を威嚇したことはあるが、それを含めても七人である。


「父上のことを辱めるな。父はりっぱな剣士だ。ジャギール・ユウジなどのような、どこの馬の骨とも知れぬ平民とは違う」


 少女は泣き叫ぶように言った。


「では、お前がいう何処の馬の骨とも知れぬ者に、多人数で挑んでおきながら、お前の父は切り伏せられたのだな。その男が剣術師範と名乗るとは、とんだ詐欺師だ」


 守備隊兵士のリーダーは、ますます嘲るように少女に言った。少女は悔しそうに俯いた。


「名は確かレティシアというのか。お前はジャギール・ユウジ殿を父の仇で狙ったと言うが、お前はわたしを狙っていたぞ」


 ガークが少女に声をかけた。


「他国から来て、ランディーヌ様に非道な行いをしたガークとやらはマールの仇だ。今のうちにマールの気概を見せてやったのだ。マールの争いに他国の者が口を出せばどうなるか身を持って知ってもらおうと思ったのだ」


「何がマールの仇で気概だ。ナネボーン・ガーク殿は伯爵殿下が招聘された。そのナネボーン・ガーク殿は反逆者を成敗する手助けを行ったのだ。マールの仇どころか恩人だ」


 少女の言葉に、守備隊兵士のリーダーはせせら笑うように言った。


 ただ、祐司には意識しているのか、していないのかはわからないが、少女の言った事にも一理あるような気がした。


 バルバストル伯爵以下、地元派は戦いを有利にするために、シスネロスから投石機部隊を招聘した。


 やってきたのは、新設されたドノバ州の国軍と言っていいドノバ防衛隊のメンバーである。そのドノバ防衛隊がどのような性格の軍かをバルバストル伯爵以下、マール州の誰もが正しく認識していないのだろうと伯爵舘包囲戦の間から祐司は感じていた。


 ドノバ防衛隊は、ドノバ防衛という名称ではあるが、初陣はマール州での戦いになった。ドノバ防衛隊は事情によってはドノバ州の外でも戦うという前例を作った。そして、ドノバ州とマール州は隣接した州である。


 もとより、マール州とは規模の違うドノバ州に、一括した指揮系統で動く軍が出現したのである。

 その軍の一部とは言えマール州側の人間がマール州で行動させたことは、将来、マール州にとって大きな禍根になるかもしれないと祐司は思った。


 例えば、マールが今回の騒乱以上の混乱に陥った場合に、ドノバ州やシスネロスの利権を保護するなどという理由で、ドノバ防衛隊がマール州に入ることに対してドノバ州側でも賛否はあるだろう。

 しかし、一度、マール州で軍事行動を行ったドノバ防衛隊をドノバ州が州外に出兵させることに、ドノバ州側はかなり抵抗がなくなるだろう。


 そして、マール州にドノバ防衛隊が出兵するかどうかはドノバ州が完全に決定権を持っているのである。


 祐司は少女の言うように、内乱は当事者同士の争いに留めるべきである。外部の勢力を入れれば、その見返りがとてつもなく大きくなる恐れがある。



「そちらの少年は、左の二の腕からの血が止まっていません。すこしばかりの間でしたら血を止める方法を知っております。いいでしょうか」


 祐司は右手で左肩の傷口を押さえている少年が不憫になった。


 姉に続いて飛び出した少年は、脇腹を二度に渡って槍の石突きで強打され、左肩をパーヴォットの剣により傷つけられた上に、握りしめた短刀をガークが力一杯剣で叩き落としたのだ。


 少年が、苦しそうに息をしているのを見ると、祐司は少年が肋骨が折れているのだろうと思えた。

 また、ガークに短剣を叩き落とされた衝撃により手首や手に多少なりとも損傷があるだろうとも思った。


「是非、ユウジ殿の言うようにしてやってくれんか。オレも子供が血を流しながらサモタン城塞に連れられて行くのは見るに忍びない」


 ガークも守備隊兵士のリーダーの方を見ながら言った。


「パーヴォット、布をくれ」


 祐司は守備隊兵士のリーダーが何も言わないのでパーヴォットに声をかけた。パーヴォットは慌てて、いつもたすき掛けにしているショルダーバックから布を取りだした。祐司は緊急時に使うつもりでいつもパーヴォットに布を持たしていた。


「すみません。先程は痛かったですか」


 パーヴォットは祐司に布を渡しながら少年に声をかけた。祐司は真剣を二の腕に突き立てておきながら「痛かったですか」はないだろうと思った。


「後ろからとは卑怯です」


 少年が初めて口を開いた。


「実戦では、自分の身の安全を図りながら相手に斬りかかるのが一番だ。油断している相手の背中から攻撃するのは最善の方法だ。

 君は私たちの前に飛び出してくるのではなく、一度、私たちをやり過ごして、背後から襲えばよかったのだ。もう、二度目はないだろうがな」


 祐司の言葉に少年は、また黙り込んだ。


「すみません。このアルカンという少年の手首をくくった縄はまだ残っていますか」


 祐司はアルカンと言う少年の二の腕を取り巻くように布を当てると、ガークの護衛兵に聞いた。護衛兵はすまなそうに「ありません」と言った。


「これを使ってください。捕縛用の縄です」


 守備隊兵士のリーダーが一メートル程の長さの細い縄を祐司に差し出した。祐司は「ありがとうございます」というと、縄を少年の二の腕に巻きだした。


「パーヴォット、布を押さえておいてくれ」


 祐司はパーヴォットに指示を出した。パーヴォットがアルカンの二の腕に巻かれて布がずれないように両手で押さえた。


「下賤な従者が、弟に触れるでない」


 姉のレティシアが鋭い声で言った。パーヴォットは気にせず布を押さえていた。


「わたしも下賤な平民ですが」


 腕に止血用の縄を巻きながら祐司が、レティシアに言った。


「お前は、我が父を討ち取ったほどの武芸者だ。父は下賤な者の手にかかり果てたのではないぞ」


 レティシアは、先程は祐司のことを何処の馬の骨とも知れない平民だと罵っていたが、周囲の者に諭されて考え方を変更したようだった。


「この従者は訳あって、このような姿をしていますが郷士の子です」


 祐司の言葉にレティシアは返事をしなかった。


「さあ、できました。本当は血管を圧迫するのはよくないのですが、動脈を傷つけているようなので少しきつめに止血しています。

 サモタン城塞についたら医者に診せてしっかりとした止血をして、傷口を縫ってやってください」


 リファニアは慢性的な騒乱状態なので、中世レベルの社会といっても、外傷を手当てする治療法は幕末から明治初期ぐらいの水準がある。


「歩けそうですか」


 守備隊兵士のリーダーがたずねた。


「いや、肋骨が何本か折れていると思います。無理をして歩かすより、担架で運んだ方が早いと思います」


 祐司は、時々、苦しそうに息をするアルカンの様子を見て言った。


「しかたない。番所から担架を運んでこい」


 守備隊兵士のリーダーが一人の兵士に命じた。兵士は走って、通りのつき当たりに必ずある番所の方に向かった。


「ありがとうございます」


 アルカンが祐司とパーヴォットに礼を言った。育ちがよさそうな邪念のない、気持ちのいい口調だった。 


「担架が来るまでに、あなたの傷も見ましょう」


 祐司は右の側頭部から血を出しているレティシアに声をかけた。レティシアは槍の石突きで突かれて裂傷ができているようだった。


「大丈夫です」


 レティシアがぶっきらぼうに答えた。


「せめて、この布で傷口を押さえておいてください」


 跪いているロティルという年配の女が、跪いた状態でレティシアに近づくと、前掛けを差し出した。ロティルは台所仕事か、それに類似する仕事をしている途中に駆けつけてきたようだった。


 レティシアは前掛けを受け取ると、右手で前掛けを傷に押し当てた。


 ホンの二三分で、担架を持って守備隊の兵士が戻ってきた。守備隊の兵士達はアルカンを担架に乗せると、レティシアに立つように促した。


「婆さん。あんたもいっしょにくるんだ」


 守備隊兵士のリーダーが、まだ跪いている元乳母だというロティルを、肩を持ち上げるようにして立たせた。


「理由はわかるだろう。この者達は反逆者の子だ。見つけ次第、通報するようにと言うお触れは知っているな。

 今日までバナミナの街で逃げおおせたのは匿った者がいたに相違ない。婆さんはそれが誰か知っているだろう。だから、婆さんに話を聞かせて貰うんだ」


「ロティルは関係ない。わたしたちは、誰にも頼らずに隠れていたのです」


 レティシアが、大きな声で言った。


「郷士の子がこのような服を持っているとは思えないな」


 守備隊兵士のリーダーは、レティシアの麻の服を触りながら言った。


 亜麻製の服は、祐司達を襲った少年少女が着ていた麻の服より着心地がよく、庶民から郷士階級、貴族の普段着までに広く使用されている。それに比べて麻の服は、着心地が悪いために下層民が着る服として見られている。


「お前達も、この婆さんが痛い目にあうのが嫌なら正直者になるんだな」


 守備隊兵士のリーダーはレティシアとアルカンに言った。


「ロティル、ごめんなさい。僕たちの浅はかな考えで巻き込んでしまって」


 アルカンが半分泣きそうな声で言った。祐司はアルカンはまだほんの子供だと感じた。いくら凶器を持っていたとしても、その子供に大の大人が二人掛かりでかかり、その上に、パーヴォットが背後から剣で突き刺したのだ。


「いいえ、わたしが目を離さなければよかったのでございます。このロティルの責任でございます」


 ロティルは涙で詰まったような声で言った。


「さあ、行くぞ」


 守備隊兵士のリーダーが出発を促した。


 サモタン城塞に行く途中で、ガークが祐司に話しかけてきた。


「ユウジ殿、先程は路地に隠れていたレティシアたちのことがよくわかったな。わたしはこれでも殺気を感じることには、かなり敏感だと自負している。それでも、ユウジ殿から合図を貰っても最初はわからなかった。

 二三歩近づいて、かすかな殺気を感じた。ユウジ殿はどこでそのような気配を察する術を身につけたのだ」


 ガークの言葉に祐司は心の中で舌を巻いた。


 祐司がレティシア達が隠れているのがわかったのは、巫術のエネルギーによる光が漏れていたのを見たからに過ぎない。

 ガークは、路地の奥から殺気を感じと言った。どれほど鍛錬すれば、そのような気配を察することが出来るようになるのだろうかと祐司は感心したのだ。


「偶然というか。一瞬、姿が見えたのです」


 祐司は、口から出任せを言って誤魔化した。


「そうか。それでも目敏めざといな」


 また、ガークは感心したように言った。



 祐司達がサモタン城塞につくと、レティシア達とは別にされて、祐司とガークは守備隊隊長ガスバ・ウレリアノの部屋に通された。その間、パーヴォットとガークの二人の護衛兵は別室で待たされることになった。


「大体、事情は聞いております。話を聞いて肝を潰しました。ガーク殿とユウジ殿に何かあれば一大事ですからな。まあ、あのような子供に遅れを取ることはないでしょうが」


 守備隊隊長ガスバ・ウレリアノの言葉に、ガークが本当に面目なさそうに言った。


「少々やり過ぎました。無傷で捕らえることもできましたのに面目ないことです」


「言いにくいのでが、このような事件が、バナミナでありますと当事者にお話を聞かせていただき調書を作らねばなりません。

 守備隊の任務ですのご協力をお願いします。それからユウジ殿の従者と、ガーク隊長の護衛兵にも話を聞いていいでしょうか」


 ガスバ・ウレリアノの要請を祐司とガークは二つ返事で承諾した。ただし、ガークは護衛兵に今回の事件以外のことは、一切しゃべるなと命令することを要求した。

 これは、ガスバ・ウレリアノは当たり前のことだとして、ガークを護衛兵の所に連れて行った。


 取り調べというより、丁寧な事情聴取は半刻ほどで終わった。祐司の事情聴取の方が早く終わりパーヴォットや、ガークの護衛兵といっしょにガークを待っていると夜食だと言って、牛の炙り肉や茹でたジャガイモなどが出された。


 パーヴォットと護衛兵は、四半刻ほど簡単に話を聞かれたということだった。ガークが控え室に入って来たのは、祐司達が食事に手をつけだしたからだった。


「申し訳ありませんでした。大変な目にあった上にお話まで聞かせていただき恐縮です」


 ガスバ・ウレリアノはガークに、そう言いながら控え室に入って来た。


「供述はあいましたか」


 ガークの問に、ガスバ・ウレリアは、機嫌よさそうに答えた。


「はい、全ての証人の供述に矛盾点はありません。何が起こったかもはっきりしました。後は何故そのようなことを起こしたのか。背後関係はないかを、あの二人に話して貰っています」


「わたしは、わたしで、この事件に関する報告書を書かねばなりません。あの二人からの話は教えていただけるのですか」


 ガークは丁寧だが断固たる決意が相手に伝わるような口調で言った。


「はい、明日の午後までには大まかなことは聞き出せるでしょう。正式な報告は後日、シスネロスへ伝えられると思います」


 ガスバ・ウレリアノは少しガークに気押されるように答えた。


「では、明日、第六刻(午後二時)に来ますがいいですか。ユウジ殿もいっしょにです」


 ガークのつづけさまの要求に、ガスバ・ウレリアノは頷いた。



 祐司とガーク達は、守備隊の護衛が十人ばかりついて帰路についた。ガークの護衛兵は護衛兵が護衛されていると苦笑した。


「リューディナに、ぞっこんで、オレが腑抜けになったなどという輩がいてな。それで、リューディナなどに遠慮はしてない。亭主が何処に行こうがぐだぐだ言わさない。色街に行くとぞと広言してしまったのだ。

 このような事件に遭遇したのは神々の思し召しかもしれぬ。人が何と言おうとオレはリューディナを愛している。色街なんぞに行きたいわけではない。

 人に言われたことで、妻を裏切ろうとしたオレが恥ずかしい。部下には色街に行くための小遣いをやってオレは行かないことにした」


 ガークは祐司と別れて宿屋に向かう時に思い詰めたように言った。



挿絵(By みてみん)


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