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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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嵐の後2  姉弟、レティシアとアルカン 上

 祐司はパーヴォットを連れて伯爵舘の陥落した翌日の夕刻に、シスネロスから来たガークが宿泊している宿屋に行った。

 バナミナの宿屋は、バナミナ自体が、やって来た地元派家臣や農民兵であふれかえっているのにもかかわらず閑古鳥が鳴いていた。


 それらの人間はサモタン城塞や地元派の屋敷、接収した王都派の屋敷に寝泊まりしていた上に、通常の隊商や行商人が一揆騒ぎで激減していたからである。

 その宿屋が一息ついたのは、シスネロスからの兵士と、包囲戦の後半から戦争のための物資を運んで来るようになったシスネロスからの商人のおかげだった。


 伯爵舘の包囲戦が終わったこの日からは、戦利品の買い取り、そして、捕虜になり一生奉公と決まった者を買い取るための商人が、続々とシスネロスからバナミナに向かって来ることになる。バナミナの宿屋は、一気に稼ぎを取り返す日々が目の前に迫っていた。


 祐司が訪ねたガークの宿泊している宿屋は、バナミナでも一二の大きな宿屋だった。宿屋のカウンターでガークに面会を申し入れると、すぐに二階からガークがやってきた。


「ユウジ殿、今回の戦での数々の手柄を聞いたぞ。シスネロスなら金貨千枚という手柄だな」


 ガークはシスネロスの出身ではないが、大概のことは金に換算するシスネロスの習慣に染まっているようだった。

 ガークのすぐ後ろに、郷士姿の男が二人いた。どうも、地元派の郷士と部屋で話していたようだった。


 郷士姿の者達は顔を見合わせた。


 シスネロスでも金貨千枚という手柄ではないだろうと祐司は思った。どうも、金貨千枚は祐司にではなく、ガークが郷士達に聞かせる値のようだった。


「ガーク隊長は、このユウジをご存知なのですか」


「ご存じなかったのか。ドノバ義勇軍の戦友だ。ユウジ殿はカタビ風のマリッサを討ち取ったことだけが有名になっているようだが、その他にもモンデラーネ公軍の郷士や郷士格の兵士を十人ばかり討ち取っている。

 年俸として金貨百枚でドノバ連合軍に召し抱えたいくらいだ。話によるとバルバストル伯爵殿下のお命を直接救ったそうではないか。ドノバ候ならそれだけで、金貨四百枚は出すな」


 ガークの話には少し誇張があるが、長らく大きな戦火のなかったバルバストル伯爵領の人間に相場を教えているようだった。


「まあ、ユウジ殿がどのくらいの褒美を貰ったということも、オレの報告書に書かんとな」


 ガークが言った言葉に再び、地元派の郷士らしい男達は顔を見合わせた。


「それでは、われわれはこれで失礼する」


 二人の郷士らしい男は、走り去るように宿屋を出た。


「まあ、ビールでも奢らせてくれ」


 ガークは一階の食堂のテーブルに祐司の返事も聞かずに座った。


「今日は、石を飛ばしていた時よりも忙しかったぞ。投石機を点検して分解する作業を監督してから、報告書を書いていたらさっきの二人がやって来た。

 あの二人は、契約金を値切りに来たんだ。オレもシスネロスを出る時に、値段の交渉には一切乗るなと釘をさされているので、そんな交渉はオレにはできないと言うのに、二刻近くも粘るんだ。せめて口を利いてくれとな」


「バルバストル伯爵殿下は手元が寂しいのでしょう。というかマール州は、豊かなドノバ州とは違います。シスネロスのように金で解決はできないでしょう」


 リファニアでは中立的な立場の祐司は解説をするように言った。


「そうは言っても契約だからな。多分、オレがシスネロスに引き上げる時に、値切りの交渉のために誰かが付いてくるんじゃないか」


 ガークの言ったことに、祐司はマール州がシスネロスによって経済的に、いいようにやられている理由の一端がわかった。

 祐司も短期間とはいえ営業の仕事をしてきた人間である。やむを得ない場合が多いが、避けることができるのなら相手のホームグランドで商談をすべきではない。


「それは止めておいた方が身の為です。シスネロスなんかで交渉したら、一見、トクに見えるが、履行していくうちに、最初の言い値を払っておけばよかったってことになりますよ」


「オレもそう思う。だが、シスネロスは今のオレには金主みたいなものだから儲けてもらって損はないぞ」


 武人ガークは今はすっかりシスネロスに染まっているようだった。しかし、その方が、多少とでも近代化された人間のようにも思えた。

 へんに義理や名声に囚われる人間より、基本的に自分の利を考える人間の方が安心して付き合えると祐司は感じた。自分の利を本当に考えられる人間は、相手の利も考えるからである。


「それより、リューディナさんはお元気ですか」


 パーヴォットがガークの新妻であるリューディナのことを聞いた。


 リューディナはシスネロスの色街であるルール通りの売れっ子だった。祐司も誘われて一度遊んだことで、ガークとは穴兄弟になっている。

 それだけに、祐司はテレがあって聞けなかったのだが、パーヴォットが聞いてくれて祐司は助かったと思った。

(第五章 ドノバの太陽、中央盆地の暮れない夏 ドノバ連合候国の曙22 葬列と婚礼 下 参照)


「おお、元気だ。ヌーイ殿の奥方キリーナ様に、すっかり気に入られた。心配していたが、郷士連中の奥方への挨拶回りに、キリーナ様がいっしょに行ってくれた。

 それで、なんとか郷士の奥方グループの末席には入れてもらえたようだ。オレがシスネロスを出るまでの間にも、二回ほど、奥方グループの集まりにも誘われた」


「色々、難しそうですね」


 パーヴォットが溜息をつくように言った。


「まあ、付き合いではこれから苦労をかけるだろうが、行かねばならん道だ。それも、納得でいっしょになってくれたし、オレが仕官することも勧めてくれた。オレにはできすぎた女だ。

 まあ、リューディナは元々字が書けるし、最低限の礼儀作法は身についているからなんとかなるだろう」


「リューディナさんは字が書けるんですか」


 今度は、パーヴォットは驚いた様に言った。識字率の低いリファニアでは、女性の識字率は男性よりも更に低く、色街で働くような女性が読み書きできるとは普通思えなかったからである。


「リューディナは人を使っていたような商家の出だ。親が商売をしくじって、ああいった仕事をしていたが、元々はお嬢さんだ」


「だから家事も得意なんですね」


 リファニアではかなり大きな商家の娘でも、使用人を差配する為に一通りの家事は仕込まれる。家事を知っている女主人だと使用人は手を抜かずに仕事をするという理由である。


「だから言っているだろ。オレにはできすぎた女だと」


 ガークは自慢げに言った。


「それから、さっきの郷士達には、褒美の相場を教えておいたからしっかり貰えよ」


 そうガークが言った後は、半刻ほどビールを飲みながら祐司と談笑した。


「今日は、この後でシスネロスから来た兵士達と飲む約束があるので失礼する。四五日はここにいるから困ったことや、頼み事があるなら来てくれ」


 ガークのこの辞令的な言葉は実行されることになる。


「さて、明日はベーリージア横町に部下といっしょに行こうということになっているんだ」


 ガークの言葉にパーヴォットが祐司の顔を見た。歓迎している顔ではない。性におおらかなリファニアではあるが、既婚女性には貞節が求められる。

 しかし、男性は他の女性に本気になって妻をないがしろにしたり、離縁を求めるような事態にならない限り他の女性と性的な関係を持つことはなんら問題にされない。


「ところで、ユウジ殿がお奨めの店はあるか」


「そうですね。”銀の鹿亭”という店があります。そこの女将は、ルティーユと言ってベーリージア横町でも名の知れた高級娼婦です。

 一見はお断りなので、その手のことに詳しいバナミナの貴族や郷士に紹介してもらえばどうでしょう」


 祐司はルティーユのことを思い浮かべながら言った。


「そうか。ルティーユのことは聞いたことがある。シスネロスでも好き者は、バナミナまで出向いてもいいから一度は抱いてみたいというほどの女だ。噂では王都からわざわざやってくる者もいるという。

 ユウジ殿がそういうなら、戦で親しくなった郷士がいるので頼みに行くか。その手のことはいつでも相談してくれと言われているのだ」


 祐司は一度、ルティーユに相手をしてもらっているだけに噂は本当だと言いかけたが、すんでのところで、パーヴォットの存在を思い出して言葉を飲み込んだ。


「何という名の郷士ですか。わたしも何人かの郷士とは知り合いになりました」


 祐司はあわてて別の話を持ち出した。


「ファティウスという男だ。ユウジ殿が世話になっているダンダネール殿の軍師だから知っているだろう」


 祐司とパーヴォットは思わず顔を見合わせた。そして、パーヴォットは驚いた口調で言った。


「ファティウスさん。いい年ですよ」


「やはり、知り合いか。ちょうどいい。今から酒でも持って明日にでも同行してもらえないか尋ねてみよう」


 季節は夏至と秋分の中間あたりである。高緯度のリファニアでは夜の八時くらいまでは、まだ昼間のように明るい。九時前後になりようやく薄暮の時間帯になる。

 正式な訪問には非常識な時間であるが、気が置けない頼み事をするにはちょうどいい時間帯である。


「途中まで同行してくれないか」


 ガークの頼みだと断りにくい祐司は、それでも、パーヴォットの手前、渋々という感じで答えた。


「まあ、いいですが」


「よし。ドルガ、マキャン。ちょっと出かける。ついてこい」


 ガークは食堂の奥でビールを飲んできた二人の兵士に声をかけた。ガークの護衛らしかった。

 ガークはシスネロスから来た士官で、バナミナにいる間は四六時中公務みたいなものであるから、個人的な用事と言えども単独で行動することはない。



 祐司とパーヴォット、ガークは二人の兵士を引き連れて道中、すでに思い出話になりつつあるバナジューニの野の戦いのことなどを話ながら、ファティウスの家に向かった。


 まだ、薄明の時間帯なので、通りには数は少ないながら人通りがあった。


 三ブロックばかり進んだところで、祐司は前方の路地から薄い光が漏れていること気が付いた。

 昼間なら距離がありわからなかっただろうが、あたりが薄暗くなってきているので見えたのだ。


 その光は確かに人が発する巫術のエネルギーを排斥する光だった。路地に隠れた人間がいるようだった。


 その光は、強く心臓の鼓動に併せるかのように波打っていた。路地に隠れている人物は余程緊張した状態のようだった。光は恐れや怒りと言ったような感情で満ちあふれているように祐司には見えた。



挿絵(By みてみん)




 祐司は歩みを少し遅くすると、今、ガークとしている話を中断させずにガークに目配せをした。そして、小さく路地の方を指さした。


 瞬時にガークはその意図を理解して、背後の護衛兵に路地の方を指さした。そして、数回指を動かした。祐司は何かの信号のように思えた。護衛兵達はゆっくりと祐司とガークの前方に出た。


 後で、ガークに聞くとガークが護衛兵に使用したのは、敵に接近した斥候や夜襲の時に使う指言葉というものだった。三十ばかりの単語を使用して、簡単なやり取りが出来ると言うことだった。


 一人は護衛兵は何食わぬ顔でそのまま歩いて行く。もう一人の護衛兵は路地の近くで、壁際によって持っていた一間半ほどの槍を構えながらじりじりと路地に近づいた。


 ガークの手短な手だけの合図で動く護衛兵は、かなりの熟練兵だろうと祐司は、その行動を感心して見ていた。


 この様子にパーヴォットも緊張した顔をした。それでも、何も祐司には聞かずに刀の柄にそっと手を伸ばした。


 護衛兵が路地の前を通り過ぎる。路地から発する光は今まで見たこともないような強い光になった。


 祐司とガークは路地の前に出た途端に、止まって一歩下がった。


 路地から「ばーーー」と甲高い声を発しながらガークの方を目がけて人が飛び出てきた。その人物に路地の横で待機していた兵士が咄嗟に槍の石突きを突きだした。槍の石突きは飛び出てきた人物の頭を側頭部から強打した。


 石突きで突かれた人物は横に飛ばされるように転倒した。脳震盪でも起こしたのか倒れたままその人物は動かなくなった。


 護衛兵が穂先ではなく、石突きで襲撃者を突いたことから、ガークは襲撃者を生きて捕まえろと合図したようだった。

 

次の瞬間、もう一人「ばーーー」と声を上げながら路地から飛び出してきた。


 先に路地をやり過ごして先に行っていた護衛兵が、槍の石突きで、その人物の脇腹を突いた。堪らずにその人物はよろめく。


 それでも、その人物は祐司を見るなり、姿勢を低くして祐司の方へ向かってきた。両手で短刀を握りしめていた。

 しかし、脇腹の打撃は大きいようで足取りは歩くのが精一杯のようだった。祐司は刀を抜きながら後退した。


 祐司はその小柄な人物が、恐怖に震えているのが、その人物が発する光から手に取るようにわかった。その人物はすでに祐司の脅威ではなかった。


「路地にはもう誰もいません」


 最初に飛び出てきた人物の側頭部を強打して昏倒させた護衛兵が路地の内部を見て言った。そして、その昏倒している人物の背中を槍の石突きで押さえ込んだ。


 その報告の間も祐司の方へ、歩きながらも突進を止めない人物に、ガークはその人物が突き出している短刀目がけて剣を振り下ろした。


 丁度、その人物の背後に位置していたパーヴォットが、あわてて抜いた剣で背中を突こうとした。パーヴォットの剣は切っ先が左の二の腕を刺した。


 さらに次の瞬間、その人物の脇腹に打撃を与えた護衛兵が、再び槍の石突きで脇腹を強打した。


 ガークによって短刀は地面に叩き落とされ、パーヴォットによって腕から血をしたたらせている人物は堪らずに跪いた。


 祐司は”タコ殴り”だなと冷静に思った。


「よし、そこまでだ。捕縛しろ」


 ガークが声をかけると、二人の護衛兵は手早く縄で倒れている二人の後ろ手に縛りあげた。


 二人はひどく小柄だった。バナミナの下層市民が着るような粗末な麻の単衣のワンピースを着ていた。そして、二人とも顔を隠すような麻の大きな帽子を被っていた。


 護衛兵が二人から帽子を脱がせた。


「おい、子供と女だ」


 ガークが驚いた声を上げた。


 最初に側頭部を槍の石突きで強打されて、頭から出血しているのはパーヴォットより一つか二つほど年上の少女だった。

 薄いブルネットの髪を頭の後ろでくくっており、目鼻立ちがはっきりしていた。血を流して捕縛された状態でも、顔つきに品があってかなり恵まれた階層の出身のようだった。


 もう一人は、パーヴォットと同じ年頃の少年だった。少女と同じ色の髪で、おかっぱ頭だった。おかっぱ頭は、貴族や郷士の少年の髪型である。


 少年の顔つきは少女に似ており、二人は姉と弟らしかった。


 二人は大人しくしていたが、口を真一文字に結んで一切しゃべることを拒絶しているかのようだった。


 騒ぎを嗅ぎつけて人が集まってきた。やがて、バナミナの治安を維持する守備隊の兵士が四人駆けつけてきた。


「何があったんだ」


 警護用の円錐形の穂先がついた短槍を持った兵士が、ガークと祐司にやや短槍を傾けながら言う。

 その様子に、ガークの護衛兵も槍を構えようとした。それを、ガークは手で制すると名乗りを始めた。


「わたしはドノバ州のドノバ防衛隊百人隊長ナネボーン・ガーク、先程、我々を狙って路地から短刀を持って飛び出して来た暴漢を捕らえた。

 自衛の為とは言え街中でこのような騒ぎをおこしたことは申し訳ない。番所に同行して供述をしたい」


 ガークが冷静に言った。流石に一騎当千の武芸者で、数百の軍勢を指揮して自分の体のように動かす統率力あるガークの言葉には威圧感があった。


「これはナネボーン・ガーク隊長ですか。そちらは?」


 守備隊兵士のリーダーらしい男が恐る恐る聞いた。


「おい。お前達、本当に守備隊か。この人を知らないのか」


 主導権を握ったガークは、今度は怒った口調で言った。


「ひょとして、ジャギール・ユウジ殿ですか」


 守備隊兵士の一人が恐る恐る聞いた。


「そうです。ダンダネール様の客分のジャギール・祐司です」


 祐司が答えると、守備隊兵士のリーダーは馬鹿丁寧な言葉で聞いた。


「お怪我はありませんか」


「怪我はないが、捕らえたのは女と子供だ。誰か何があったか証言してくれる者はいないか」


 ガークが集まった野次馬に声をかけた。


「おい、この方はバルバストル伯爵殿下が直々にバナミナに来るように要請された方だ。もうひとかたは、伯爵殿下の命を救い、その上にブルニンダ士爵を討ち取ったジャギール・ユウジ殿だ。誰か証言する者はいないか」


 守備隊兵士のリーダーも群衆に呼びかけた。二三十人ほど取り巻いていた者達の中で、三人がおずおずと手を挙げた。

 証言しても大過はないようだが、王都派の残党に恨まれるのは困るというのが野次馬の心理だった。


「これは大きなことになるやもしれぬのでサモタン城塞まで行くことになる。証言してくれる者は夜食も出そう。飲みたければ証言が終わったあとでオレがビールを奢ろう」


 守備隊兵士のリーダーが言った言葉に数人が顔を見合わせた。更に四人が手を挙げた。

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