嵐の後1 トトルトの企み
祐司とパーヴォットは、ダンダネール家の居間で、ダンダネールの奥方であるフスラヴァとハーブティーを飲んでいた。
「ユウジ様もこれでようやく王都に向かえますね」
フスラヴァの言葉に祐司は謝辞を述べるような感じで答えた。
「正直、最初は面倒ごとに巻き込まれたと思っていました。しかし、ダンダネール様やフスラヴァ様のような方と親しくしていただき、今では果報者だと感じております。わたしはこのような若輩者です。色々と勉強させていただきました」
「皮肉ではなく言葉通りだと受け取っておきます」
フスラヴァがにこやかに言った。
その時、兵士を率いて屋敷に帰ってきたバルガが帰還の報告を行うために居間に来た。通り一遍の報告をバルガがフスラヴァにすると、待っていたように祐司はジェリーヌの安否をバルガに聞いた。
「ジェリーヌの死体は、元伯爵妃ランディーヌの首無し死体のすぐ横で見つかりました。火が回った伯爵舘を脱出して、城壁の下まで逃げたところで襲われたようです。
そこに、五人ばかりの近衛隊兵士の死体と、女官姿のまま剣を持ったジェリーヌの死体がありました。ジェリーヌは他の兵士と同じように槍で滅多突きにされておりました。あの姿からすると、如何ほどの抵抗が出来たか」
バルガは嘆息したように言った。
「ジェリーヌの死体はどうなりますか」
祐司はジェリーヌが哀れに思えてバルガに聞いた。
「伯爵殿下もいたく感心したそうで、通常の手順で墓地に埋葬されるそうです。忠義を貫いた義女として墓碑も作られるという話も聞きました。皆は伯爵殿下は度量の大きいお方だと言っております」
バルガが言った通常の埋葬とは土葬のことである。ただ、これは仮埋葬で数年すると骨になった死体は掘り出されて新たな墓地に葬られる。死刑になったような者や反逆者の死体は、墓所でない場所に目印もなく埋葬して終わりである。
「そうですか。それを聞いてほっとしました」
祐司はそう言いながら、伯爵は自分の名声も気にして取った処置だろうと思った。リファニアは尚武の気質のある土地柄である。
手弱女が非力ながら主人の為に、戦って命を落としたというような話は誰しもが感心する。そして、敵ながらその女を手厚く葬ったとなとなると、葬った者も称賛の対象となる。
「いくら、反逆者ランディーヌに殉じたとはいえジェリーヌは義女です。マール女の手本です」
奥方のフスラヴァがいつになく感情を込めて言った。
リファニアでは庶民も含めて、このような芝居がかった話が好まれるのである。
このあたりの感覚は、明智光秀の股肱の家臣である斎藤利三が、その武勇を讃えられ娘の福が春日局として権勢を振るっても、謀反人の家臣の娘だと、後ろ指をさされなかったことに近い。
「それに引き替え、兄貴のスピリディオンは、女官の服を着て逃亡しようとしたところを捕まった。
郷士どころか、男の風上も置けないクソ野郎だ。その女の服のままで吊してしまえと言う兵士も多い」
バルガは吐き捨てるように言った。
怯懦で命に執着する兄と、義に殉じた妹となると、数年のうちに芝居になるなと祐司は思った。
「バナミナはこれでようやく落ち着きますね」
パーヴォットは嬉しそうに言ってから、すぐに暗い顔をして言い足した。
「でも、もうすぐ収穫の農繁期というのにこの騒ぎだと、今年の冬はどうなるのでしょう」
「本当の収穫期ではないことがミソだな。ぎりぎり農民も刈り取りに間に合うだろう」
祐司はパーヴォットを慰めるように答えた。
「じゃ、王都派もあと数日粘っていれば少しはいい条件で降伏できたかもしれませんね」
祐司はパーヴォットが頭の回る女の子だと感じるのはこのような発言がある時だった。
「それまで我慢できたかどうか。今日の兵士の様子だと数日で餓死者が出始めただろう。家族はもっとひどい状態になる。
自分一人ならなんとか持ち堪えても家族が目の前で衰弱していくのを見るのは耐えられないだろう。実際、数十人の子供と年寄りが死んでいたそうだ」
祐司の説明に、パーヴォットはまた暗い顔になった。
「見栄の為にですか」
「見栄を餌にした出来レースというヤツだ」
「デキレース?」
パーヴォットが不思議そうな顔で復唱した。出来レースという言葉は、リファニアの”言葉”にはない。
「そうだな。”トトルトの企み”みたいなものだ」(話末参照)
祐司が言った”トトルトの企み”とは、とんち話の混じったリファニアでは良く知られた物語である。
「誰と誰がつるんでいるのですか」
「主役はダンダネールさんを中心とした在地の領主、それと、勢子役は領民。黒幕はバルバストル伯爵殿下、農民動員の組織として動いていたのがマロニシア巡礼会」
その時、居間にダンダネールが入ってきた。祐司はこれみよがしにしゃべり始めた。
「発端のエネネリ裁判での事件は突発事件じゃない。元々、計画されていたものではありませんか。
だが、多くの計画や企みがそうであるように、ちょっとした手違いや思い違いで首尾通りには運ばない。まあ、次善の策程度には上手くいったのでしょうか?」
祐司はダンダネールの方を見やった。
「流石だな。まあ、いいだろう。事がここに至っては隠す必要もない。確かにあれは次善の策だった。勢いで実行してしまったが、予想以上の出来に終わった」
ダンダネールは苦笑しながら答えた。そして、小声で言った。
「当代のバルバストル伯爵が叙任された十五年前から計画は始まった」
「褒め殺し作戦の開始ですね」
祐司は悪戯げに横目でダンダネールを見ながら言った。
「褒め殺しか。上手いことを言うな」
ダンダネールはそう言ううと、祐司が今まで見た中では最も大きな声で笑った。そして、祐司に念を押すような感じで言った。
「王都派は格式第一だったからな。その格式第一も血筋に自信がないことの裏返しだ。彼らの唯一の自慢は王都で培ったという優雅な身振り手振りだけだからな。
しかし、悲しいかなその出自の低さから門番、御者の身振り手振りだ。本当の貴族や郷士の身振り手振りなど知りはしなかった。だから、金をつかって表面だけでも取り繕うとしたんだ」
「それにつき合うフスラヴァ様も今まで遣り繰りに苦労したことでしょう」
祐司は奥方のフスラヴァに感心したような口調で言った。
「何の為の遣り繰りかがわかってしていたのですから苦労ではありません。しめるところはしめていましたから、王都派の人達と違って借財などもありません」
フスラヴァも笑いながら答えた。それに続いてダンダネールがしてやったりというような感じで言った。
「できるだけ奴らに金を使わせるようにした」
「王都派が金を使えば、その領民が苦労する。王都派は嫌われて、全ての領民は地元派に心を寄せる」
祐司が説明するように言った。
「それも地元派が耐え得るまでだが」
最後の一言はダンダネールが付け加えた。
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-トトルトの企み-
リファニアでは良く知られた昔話である。地方によっていくつかのバリエーションがある。芝居でも上演されるが、支配層を揶揄するような場面があるので、上演する芝居一座は、その土地の領主に事前に許可を取ることが多い。
もっともよく知られた話は以下のようなものである。
昔、勤勉な行商人のトトルトが何度か郷士の家で商売をしているうちに、郷士の娘に恋をしました。郷士の娘も若くて男だてのよいトトルトを心憎からず思うようになりました。
所詮はかなわない夢とトトルトはわかってはいましたが、恋い焦がれる気持ちは抑えることができませんでした。
ある日、トトルトは領主の娘が、年老いた地頭に後妻に行くという話を聞きました。それ以来、トトルトは胸が張り裂けんばかりな苦しさのあまり食事は喉を通らず、夜も寝付けなくなるほどでした。
あまりの苦しさに、トトルトは神官に告解しに行くことにしました。すると、神官は話を聞く前からトトルトの顔を見るなり、自分の望みを叶えることができなければ死ぬだろうと恐ろしい予言をしました。驚いたトトルトは急いで家に帰りました。
その夜はうなされながらもトトルトは浅い眠りにつきました。
すると、明け方近くに、夢の中で、まばゆい光に包まれた恋の神であるペイトラ神が現れて「北風が寒ければ、乞食が真面目に働き出す(”風が吹けば桶屋が儲かる”のリファニアでの言い回し)」「人に嘘をつかさなければ、その対価は真である」「借りたものは約束通りに返すこと」と言いました。
トトルトは、ペイトラ神の言ったことを考え抜いた挙げ句、この数年必死でためた銀貨を手にして地頭のもとで女中をしている叔母を訪ねました。
トトルトは考えついた自分の計略を叔母に打ち明けて協力を求めました。叔母はトトルトの話を聞くと、そのような企みが本当に上手くいくのか疑問に思いましたが、しばらく考え込んでからとうとう承諾してくれました。
叔母が女中をしている地頭は領主の娘の結婚相手だったのです。その地頭は阿漕で領民は大層難儀をしていました。
地頭の使用人も法外な税が払えなかったために、タダで使われている者ばかりでした。そのために使用人達は、心底、地頭を恨んでいたので、地頭に”嘘は言わずに”という約束と銀貨一枚を報酬にトトルトが計画した叔母の話に乗ってくれました。
また、トトルトは”嘘は言わずに”誰が地頭かを聞かれたらその名を答えるように頼みました。
それからトトルトは、地主に難儀している農家を一軒一軒尋ねて頼み事をしました。流石に全ての農家に銀貨を渡すことはできなかったので、一人あたり銅貨二枚で、もし地主が来て赤ん坊を見せたら”嘘は言わず”正直にその赤ん坊のことを話すという条件でトトルトに協力してくれることを約束してもらいました。
また、トトルトは地頭の使用人と村人に誰が地頭かを聞かれたら、”嘘は言わずに”その名を答えるように頼みました。
次にトトルトは今度は近所の医者を訪ねました。トトルトの企みには医者の協力が是非にも必要だったからです。
医者はちょっとした風邪でも地頭に呼ばれていましたが、診察代を払ってもらったことは一度もありませんでした。
医者はトトルトの話を聞くと最初は渋っていましたが、トトルトが「自分が正しいと思う処方を地頭に施してもらえばいい」と言ったのと、トトルトが銀貨五枚を見せましたので金に困っている医者は二つ返事で承諾しました。
トトルトは今度は、神殿で働いている下男を訪ねました。下男は昔はかなりの土地を持っていたのですが地頭にたびたび逆らっていたので冤罪に陥れられ、財産を没収された男でした。
そして、生きていくためにしかたなしに神殿の下男になった男でした。下男も最初はトトルトの誘いを渋っていました。
しかし、下男は「自分の満足のために一肌だけ脱いでくれればいい」とトトルトが言ったのと、トトルトが銀貨一枚を見せましたので二つ返事で承諾してくれました。
こうして準備が整うと、トトルトは叔母に計画を実行するように伝えました。
地頭はかなりの歳でもう孫がいてもおかしくなかったのですが、去年初めての子が生まれました。
その時に地主の奥さんは珊肥立ちが悪く亡くなったために、たった一人の身内である子供を溺愛していました。
トトルトの叔母はその赤ん坊を、先月生まれたばかりの犬の子と取り替えて揺り籠に入れました。
やがて我が子を見に来た地頭は、犬の子を見て大慌てで使用人達を呼びました。「どこのどいつだ。わたしの子を犬と取り替えたのは」と叫んでいる地頭に、使用人達は口々に「可愛いお子さんです」と言いいました。
なにしろとても可愛い犬の子だったからです。
地主は不審に思い、村に行って犬の子を見せてまわりました。村人は「かわいいお子さんです」と異口同音に言った。
なにしろとても可愛い犬の子だったからです。
わけのわからなくなった地頭は今度は医者の所に行きました。医者は地頭の訴えに、「歳で目が悪くなったに違いない」と目薬を処方しました。
その目薬は目を霞ませる薬だったので、地頭は目の前のものもぼやけてしか見えなくなってしまいました。
年を取れば余計に嫌なものを見てしまいますから、という医者の判断です。
また、医者は歳で耳も悪くなったに違いないと耳に入れる薬も処方しました。その薬は耳を遠くする薬だったので、耳のすぐ傍で怒鳴られてようやく聞こえるくらいに、地頭の耳は遠くなってしまいました。
年を取れば余計に嫌なものを聞いてしまいますから、という医者の判断です。
そして、医者は最後に「もうわたしに出来ることはありません。後は神々に祈るだけです」と地頭に言いました。
そして、医者はトトルトの叔母さんが届けた赤ん坊を犬の子と、そっと入れ替えて地主に渡しました。
地頭は赤ん坊を抱いて、よろよろと神殿に出かけました。そこには下男の手引きで神官の服をきたトトルトがいました。
なぜ、トトルトが神官服を着ていたかというと、トトルトは一度だけ神官の服を着てみたいので、少しでいいので神官服を着させて欲しいと、神官服の洗濯を任されていた下男に願ったからです。
地頭の話に神官の声色をつかったトトルトは、人の子が犬に見える病を治すよい薬を売っている行商人がいるから、その行商人から薬を買えと言いました。
地頭は家に帰ると使用人に命じて近所中の行商人を集めさせました。もちろん、その中にはトトルトもいました。
地頭が人の子が犬に見える病を治す薬を売って欲しいと言いますが、誰もそんな薬は売っていないので顔を見合わせるばかりです。
すると、トトルトが自分が持っていると名乗り出ました。そして、金貨千枚という値段を言い出しました。
地頭は驚いて負けてくれというと、トトルトは一度、人から地頭と言われたかったので一日だけ形ばかりでもいいから地頭の役を譲って欲しいと言いました。そして、それを実行してくれるならば、銀貨十枚で薬を売ろうと言いました。
強欲な地頭はその提案を呑みました。
トトルトは水薬だといって、壺からただの水を柄杓ですくって、トトルトは地頭の目を洗いました。すると医者の薬が洗い流されて目がはっきり見えるようになりました。
次にトトルトは地頭の耳を洗いました。すると医者の薬が洗い流されて耳がはっきり聞こえるようになりました。
地頭は赤ん坊がもとにもどって見えたので大層喜びました。
トトルトは地頭が感謝しているうちに、神殿に連れていって神官の証明のもとで、自分が指定するある一日、地頭をトトルトに譲るという誓約書を地頭に書かせました。
その誓約書ではその日の朝に地頭はトトルトに直接地頭職を譲り、トトルトは、次の日の太陽が昇ってから以降に地主に会って直接地頭職を返すことになっていました。
トトルトはその誓約書を持って村を回って、その日は自分が地頭だと村人に確認させました。
トトルトが地頭にしてくれるように指定した日は、郷士の娘と地頭の結婚式の日でした。
神官の前で式はおごそかに進み、神官がこの結婚に不同意の者がいるかと聞きました。すかさず、トトルトが不同意を言い立てます。
郷士は怒ってトトルトを追い出そうとしました。トトルトは、娘の結婚相手は過去に地頭をしていた者で、今は地頭ではないものかと聞きました。 郷士は今、地頭をしている者だと答えました。
トトルトは娘の結婚相手は未来に地頭になる者で、今は地頭ではないものかと聞きました。 郷士は今、地頭をしている者だと答えました。
トトルトが、しつこく何度も確認するので、領主は思わず「神々に誓って間違いない」と言いました。
するとトトルトは、ここの地頭は誰かみんなに聞いてくれるように郷士に頼みました。
郷士は参列していた村人に、今、ここの地頭は誰かと聞きました。すると村人は一斉に「トトルト」と答えました。
郷士は地頭の使用人らに、今、自分の主人である地頭は誰かと聞きました。すると使用人達は「トトルト」と答えました。
郷士は、それでも信用できずに神官に地頭の名を聞きました。神官は少し困った顔をしましたが「トトルト」と答えました。
そこでトトルトは自分が地頭だと言って、地頭の誓約書を郷士に見せました。
郷士は名誉と神々への信仰の篤い人物であったので、神々に誓ったように、地頭とかわってトトルトを急遽婿にして娘との結婚式をさせました。
この光景を見た地主は、その夜に憤死してしまいました。
地主の権利を返す者がいなくなったために、トトルトはその土地の領主から正式に地頭に任命されました。
トトルトと郷士の娘は、よき地頭と地頭の奥方になり人々に慕われました。そして、地頭が残した女の赤ん坊を育てて、自分達の子である男の子と結婚させたのです。
それからもトトルトと郷士の娘は、歳を忘れるくらいまで死に巡り会わずに家族に恵まれた生活を送りました。
やがて歳を取って亡くなったトトルトは黄泉の国で再会した地頭に、約束通りに地頭職を返してペイトラ神の言いつけを守りました。
しかし、そこは地頭職など何の意味もない世界だったのです。
「北風が寒ければ、乞食が真面目に働き出す」(リファニアの慣用句)
北風が寒い→人々が家に引き籠もる→人々は盛んに暖房で火を使う→火事が多発する→家を失った人々は家の再建で金策に走り回る→人々は乞食への施しをしなくなる→ただし、建築の仕事が増える→乞食が食うために働き出す




