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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手21 伯爵館包囲戦十三 ランディーヌ

包囲二十日目


「ユウジさま、伯爵館で異変が見られます。総動員がかかりました」


 祐司が午前中の乗馬の訓練をしている最中に、副司令のバルガと包囲陣の様子を見に行っていたパーヴォットが走りながら伝えてきた。

 副司令のバルガがパーヴォットの驚異的な視力を当てにしていたのと、伝令役をさせるために二三日前からパーヴォットを連れ出すようになっていた。


「いよいよ打って出てくるのか」


 祐司は馬上からパーヴォットに言った。祐司は一瞬、乗馬したまま配置場所に向かおうかと思った。そう思うほどに祐司の乗馬の技量は向上していた。速歩なら落馬しないで、伯爵舘まで行く自信はあった。


 しかし、リファニアでは乗馬は見せ物の類で、あまりに目立つ姿である。祐司は馬から降りると、壁に立て掛けてあった短槍を手にした。


「いえ、どうも様子が変だそうです」


 パーヴォットはいつになく低い声で言った。


「どういうことだ」


「はい、今朝、伯爵舘から矢文が包囲陣に届けられました。噂では宛先は伯爵殿下で、今までの無礼を許すということと、伯爵舘の中にいる者達の命を保障せよという内容だったそうです。

 それから、それが受け入れられるならば伯爵妃が全ての責を負ってもよいと書かれていたそうです。

 矢文はすぐにサモタン城塞の伯爵殿下に届けられましたが、矢文を最初に見た者が字を読めたそうで大方の内容は信用できるそうです」


「えらく上から目線だな。しかし、自分が責任を取るから伯爵舘の中にいる者の命乞いをするとなると投降を考えていると言うことか」


 祐司とパーヴォットが話している最中も、ダンダネールの屋敷からは、ダンダネールの属するクルム家の兵士、向かいの接収した王都派の屋敷からは農民兵が走って包囲陣に向かっていた。


「さあ、遅れるわけにはいかない。いくぞ」


 祐司はそう言うとパーヴォットを引き連れて小走りで走り出した。


 祐司とパーヴォットが駆けつけた時には、ほとんどの兵士が総攻撃時に決められた場所に待機していた。

 伯爵舘の正門前にはシスネロスから来た破城槌、先日、王都派が内部から城壁を破壊して出撃してきた場所には、急遽作られた手持ちの破城槌が待ち構える。


 王都派が出撃してきた部分は板で塞がれていたが、そこは手製の破城槌でも容易に突破できると判断されていた。


 そして、全ての兵士の待機場所には、大量の梯子が用意されており、いつでも城壁に取り付けるような状態になっていた。


 城壁全体に一斉に取り付いて、王都派に反撃を許さないような一斉飽和攻撃が指示されていた。

 そのために、三四日前から付近の民家を使用して、すばやく梯子を移動させ民家の屋根に登るような訓練が行われていた。


 強襲の手筈は、投石機による連続投弾で伯爵舘内部を攪乱、巫術師は”屋根”に全力を注ぎ込んで、城壁に接近する破城槌を含む攻撃部隊を援護する。

 破城槌の援護はシスネロスから同行してきたドノバ候麾下で、よりすぐりの四人の巫術師が行うことになっていた。


 祐司も総攻撃に参加することになっていたが、パーヴォットは免除して貰っていた。また、祐司もできるだけ危ないことは避けようと思っていた。

 祐司の属するクルム家隊の突入箇所は破城槌で破壊した後の正門になっていた。一番乗りなどもってのほかで、充分な人数が突入してから、ゆっくり入っていこうと祐司は算段していた。


 ダンダネールに頼まれた手伝い戦の上に、勝敗は明らかである。そのような戦いで万が一にも怪我をするようなことは避けたかったのだ。


 祐司が伯爵舘の方を見ると明らかに異変が起きていた。城壁に守備兵の姿が見えないのである。

 祐司は黒澤明の代表作である”七人の侍”が思い浮かんだ。敵である野武士を単騎にして、村の中に誘い込んで農民が始末するという場面を思い出したのである。


「少しずつ突入させて内部で討ち取ろうという算段ですか?」


 祐司は副官のバルガに聞いた。


「いや、中で二派に分かれて睨み合っているようだ。こちらのことは無視している」


 その時、投石機から発射されて石弾が二つ伯爵館に着弾した。中に異変が起こってからも時々は石弾は撃ち込まれ続けていた。


「巫術師の”屋根”がないようですね」


 リファニアの人間には”屋根”を視認することはできないが、祐司にはおぼろげながら空間の歪みのような感じで見える。

 昨日までは石弾を少しでも伯爵舘からそらすように展開していた”屋根”はひどく薄くなっており”雷”をかろうじてそらす程だった。


 それでは、重量のある石弾どころか矢をそらすのも難しいだろうと祐司が思った。”屋根”が見えることを悟られないように、祐司は石弾が曲がらずに着弾してからバルガに言った。


「総攻撃に備えて体力を温存するつもりだろう」


 バルガは常識的な返事をした。


 

 総攻撃の準備を整えて包囲陣にいる全員の目と耳は伯爵館の方に集中していた。


 伯爵館を俯瞰できるように急遽作られた物見櫓には正規の見張りの他に鈴なりになるほどの兵士が登っていた。


「どんな様子だ」


 実際の戦闘指揮を任されている守備隊隊長のガスバ・ウレリアノが、物見台の上の兵士に声をかけた。


「はい、半刻ほど二つの集団に分かれて睨み合ったままです。一つは確かに近衛隊の集団です。伯爵舘の前で代表者同士が話をしているようです」


 物見台の兵士はそう答えてから、急に身を乗り出すようにして伯爵舘を見た。


「内輪もめだ。今です。突然、殺し合いを始めました。剣や槍でやり合っています」


 物見台の上から兵士が怒鳴った。


物見台から入ってくる話では、伯爵館を巡って二派に分かれて争いが起こっているようだった。


 その報告で、投石機による投弾がとりやめられた。そして、”屋根”で援護された重防御の五人一組になった三組の偵察兵が梯子を持って城壁に近づいた。

 偵察兵は誰にも邪魔をされずに、城壁に梯子を取り付けるとすぐさま登っていって伯爵舘の内部を探り始めた。


「多分、伯爵妃に忠誠を尽くそうとする者と投降したい者の争いだろう」


 祐司が誰に言うことなく言うとパーヴォットが呆れたように言い返した。


「じゃ、争わないで投降すればいいのに」


「いや、投降するからには土産がいるんだろう。お嬢ちゃん」


 いつも気を使ってくれるバルガがパーヴォットに声をかけた。


「え?」


 祐司とパーヴォットはお互いを見やった。


「いや、申し訳ない。この間、パーヴォットさんがションベンするところを見てしまってな。わざとじゃないぞ。たまたまだ」


 バルガがあわてて言い訳をした。


 リファニアには公衆便所などと言うものはない。尿意や便意を出先で起こしたら、街中では町内ごとにある貧窮した後家さんが管理をする有料便所を探すか、路地の排水路か空き地を探してするしかない。


「お察しのこととは思いますが、訳があって女を男と偽っております。なにとぞご内聞に」


 祐司はそう言いながら、あわてて財布から出した銀貨をバルガの手に握らせた。


「気にせんでいいのに」


 バルガはそう言ったが銀貨は懐にしまい込んだ。


「この方がユウジ殿も安心だろう」


 バルガはそう言いながら立ち去ろうとしたが急に伯爵館の方を指さして叫んだ。


「伯爵館から火の手が上がったぞ」


 伯爵館から煙が立ち上ったと思うと、すぐさま炎までが見えだした。リファニアの家屋は外側が石造りでも内部は冬の寒さを防ぐために木が多用されている。


「あれは明らかに放火だ。それもあちらこちらに一度に火を付けたんだ」


 祐司はそう言うと、包囲陣に集まった大勢と同じように武具を整え配置についた。伯爵館は四半刻もしないうちに、吹き出した炎で屋根が崩れ落ちた。



「正門が開くぞ」


 物見台の上の兵士が怒鳴った。


 開いた正門から槍や、剣が投げ出された。リファニアにおける降伏の印である。正門から丸腰の兵士達が現れた。兵士達は遠目にも汚れて疲れ切った様子だった。

 百人ばかりの兵士が正門を出ると。長い槍を真上に突き立てた兵士が出て来た。槍の先には首が突き刺してあった。

 

「ユウジさま、伯爵妃です」


 遠目の効くパーヴォットが言う。


 その首を旗印のようにして、疲れ切った兵士達が伯爵館の門からしだいに包囲陣に近づいて来た。


 包囲陣からあわてて地元派兵士が駆け寄って、投降した王都派兵士を跪かせて武器を隠し持っていないか検査をする。


「これはこれは、バルマデン準男爵殿」


 伯爵軍の総指揮官であるベントロート士爵マーヌ・リストフェルが、ランディーヌの首を掲げた兵士の近くにいた元家老のバルマデン準男爵に馬鹿丁寧な口調で声をかけた。


「ベントロート士爵、反逆者ランディーヌと配下である臨時の近衛隊司令ガバス・セレスティンを成敗した。近衛隊はほとんどを討ち取った。

 反逆者ランディーヌに従う者も殺すか捕縛してある。是非、伯爵様にお口利きをお願いしたい」


 バルマデン準男爵は、明らかに虚勢をはったような口調で言った。


「あなたはランディーヌ様、第一の寵臣でなかったのか。伯爵に反逆し今度はランディーヌ様に反逆したか」


「ランディーヌに誑かされていたのだ。近衛隊も大方始末した。ランディーヌは近衛隊だけを贔屓して我々には食い物を寄越さなかった」


 かつては少し肥満気味であったバルマデン準男爵の頬がこけて、腹がすっかりへこんだ様子や、周囲の兵士が飢餓からか顔が土気色になっていることから、バルマデン準男爵が言うことはまんざら嘘でもなさそうだった。


「今度のことはランディーヌ様と近衛隊だけが悪いと」


 ベントロート士爵は、頭上に掲げられている元伯爵妃ランディーヌの首を見てから眉をひそめて言った。


「そうだ。わたしは何度も投降を進言した。伯爵殿下のお慈悲にすがるように言った。しかし、ランディーヌは一切耳を貸さなかった。

 王都からの援軍が来るまで持ち堪えよと繰り返すばかりでなんの策も講じない。それどころか、我々を信用せずに、城壁での任務がある時以外は近衛隊が我々の武器を取り上げて管理していたのだ」


 バルマデン準男爵は、不快な感情を見せているベントロート士爵の様子などおかまいなしに吐き捨てるように言った。


「今日は、武器が無くてよく蜂起できましたな」


 ベントロート士爵は不思議そうに、そして皮肉を効かせて聞いた。


「総攻撃が近いということで、全員に武装するようにとの命令が出たのだ。わたしは今しか機会はないと思った。

 そこで近衛隊を攻撃して、ランディーヌを確保するように命令したのだ。心密かに伯爵殿下のお慈悲を信じる者達、いや伯爵殿下を敬愛している者達が立ち上がったのだ。我々はランディーヌと近衛隊を説得しようとした。

 ところが、伯爵館に立て籠もってしまい言うことを聞かない。あまつさえ、我々に武器を使用して攻撃まで仕掛けてきた。そこで、我々はしかたなく武力を行使せざる得なかったのだ」


 このバルマデン準男爵の言葉が真実ではないことを、ベントロート士爵は重々承知していた。


 物見台から降りてきた兵士からの詳細な報告で、伯爵舘の前にいた近衛隊に先に手出しをしたのは王都派郷士の軍勢である。

 また、城壁の上から詳細に伯爵舘内部を監察した偵察兵からの報告で、投降しようとしていた近衛隊兵士を王都派は有無を言わさないで殺害したのだということをベントロート士爵は知っていた。


 数に劣る近衛隊は、王都派郷士の兵士に伯爵館に閉じ込められるように押し込まれて立て籠もるしかなかった。

 そして、火が伯爵館に放たれた。堪らずに飛び出してくる近衛隊の兵士を王都派郷士の軍勢が討ち取ったのだ。


 バルマデン準男爵は、まだ何か言い足しそうだったが、ベントロート士爵は傍らの兵士に「連れて行け」とだけ言った。


「わたしは反逆者を成敗したのだ。この働きを伯爵様に伝えてくれ」


 バルマデン準男爵は兵士に連行されながらも大声で何度も同じ事を言った。

 


 祐司達の仕事は、伯爵舘から出て来た者の捕縛、伯爵館の捜索になったが、さすがに手伝い戦でそこまですることはないと思い、ダンダネールの許可を貰って一足先にダンダネールの屋敷に祐司はパーヴォットと帰った。


 後から聞いたところでは、投降して捕縛された者は貴族格の者が三名、郷士が三十六名、郷士格が四十九名、巫術師を含む配下が二百五十三名、家族四百十七名。

 最後まで抵抗して捕縛された者は、貴族格の者が四名、郷士が十七名、郷士格が二十名、その配下十名、家族十一名だった。


 すでに埋葬された者を含む死体として回収された者は、貴族格が四名、郷士が四十余名、郷士格が六十余名、配下二百九十余名、家族二百八十余名だった。

 死体の数が不明なのは最後の段階で、伯爵屋敷が焼け落ちたために判別できない死体があったからである。



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)


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