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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手18 伯爵館包囲戦 十 ジェリーヌ 上

包囲十六日目


 祐司の乗馬の練習は順調で、人が少し早く歩く速さほどの並足から、人の軽いランニングほど、いわゆる速歩はやあし程度でも馬に安定して乗れるようになってきた。

 ここまでくるのに祐司は数回落馬した。良馬ということもあるが、怪我もすることもなくこれたのは自分でも上出来だと思った。


 パーヴォットは剣術の稽古に余念がなかった。パーヴォットは、ダンダネールの知行地であるガゼット村から来た農民兵に混じって木刀でかなり真剣な稽古をしていた。


 ガゼット村の農民兵で手狭になっていたダンダネールの屋敷だったが、三日前からの向かいにある王都派郷士の屋敷を接収してガゼット村の農民兵が寝泊まりしている。

 そのため、なんとなく屋敷が落ち着いて、包囲戦が日常になってきた祐司とパーヴォットはゆっくり休息できるようになった。



 祐司とパーヴォットが包囲陣のシフトに従い、包囲陣に赴いた時に、時々、包囲陣から歓声が上がっていた。”雷”が”屋根”をかいくぐって伯爵館に撃ち込まれたことに包囲陣の兵士達が反応していた。


 二日前から包囲陣から時折放たれる”雷”のうち四半分程度が”屋根”に阻まれずに着弾するようになった。


 噂では、包囲戦が始まった時には伯爵舘に五人の戦闘能力を持った巫術師がいた。そのうち一人は”屋根”を展開していない時に”雷”の直撃を受けて死亡したらしい。

 残りの四人の巫術師も消耗していて、元伯爵妃ランディーヌがいる伯爵舘周辺を中心にした”屋根”だけはなんとか維持しているが、あとの部分はかなり手薄になっているらしかった。


 低いとはいえ城壁の向こう側を当てずっぽうに狙っているのだからどれほどの被害を与えているのかはわからない。


 普通の男でも”雷”の直撃を食らえばショックで死んでもおかしくない。”雷”自体で命を失わなくても衝撃で数メートルは飛ばされる。”雷”の至近弾でも距離に比例して飛ばされる。


 ましてや、伯爵館に立て籠もった人数の三分の一から半分は、女子供といった非戦闘員である。

 ”雷”には目がないから兵士と同様に非戦闘員も傷つけているはずだが、包囲している方は、幸いなことにその惨状を目にすることはなかった。


「炊事の煙が、ほとんど昨日から出なくなりました」


 祐司は見回りにやってきたダンダネールに言った。


「食糧もないが、薪や炭もすでに尽きただろう。昨夜、脱走してきた捕虜の話では井戸もほとんど干上がって一日コップ一杯程度の水しか支給されないそうだ」


 包囲陣の見回りの時は、影のようにダンダネールに従っているファティウスが言った。


「脱走者が出たのですか」


 祐司の問にダンダネールが答えた。


「昨日、一気に五名ほど脱走してきた。とても走って逃げるような体力ではなかったので二人が伯爵館から射られたが命は助かった。

 脱走者の話では脱走しようとして、三人ばかりが斬られたのでおとなしくしているが、脱走の機会を狙っているのはかなりいるらしい」


「いよいよ統制が乱れてきましたね。一か八かで打って出てくるでしょうか」


「そうなれば話は早いが」


 ダンダネールは憂鬱そうな表情で言葉を続けた。


「まあ、農民もそろそろ刈り入れの時期だ。農民兵もそわそわしている。一揆も大方静まった。バナミナにいる一揆の代表者が次々と帰村の願いを出している。刈り取りの季節だからな」


「いよいよ強襲ですか」


 祐司はゆっくり聞きながらダンダネールの発する光を注視していた。


「準備はしている。相手が相当に弱っているから、農民兵を帰村させても包囲を続けても問題はないしな。また、王都派が苦し紛れに打って出るかもしれぬ」


 ダンダネールは躊躇することなく言った。ダンダネールの光は安定していた。ダンダネールの言葉には裏も表もない。


「王都派は打って出て勝算はあるのでしょうか」


「彼らは一揆で王都派の領主領が一掃されたのを知らない。矢文で教えてはいるが信じてはいないだろう。

 ここを脱出して王都派の領主領を目指すつもりだろう。しいて言えば家老のバルマデン準男爵領かな。あそこの館はちょっとした砦だったからな」


 ファティウスが補足するように言った。


「だった?」


 ファティウスの言葉が過去形だったことを聞き逃さずに祐司が聞いた。


「一揆で焼き払われた。もちろん反逆者の財は切り取り勝手という命で一揆勢に略奪されてからだ。

 一揆勢はかなり理性的でほとんどの王都派の屋敷などは焼き払わずに残して自分達の物にしたようだ。焼き払うとなるとかなり領主を恨んでいたのだろう」


 ファティウスの説明に、ダンダネールが別の話を始めた。


「神官長の骨折りで、こちら側の軍使の受け入れを王都派がようやく承知した。先程、軍使が伯爵館に入った。だが、今となっては和睦の相場が上がっているから、こちらの条件を飲めるかな」


「最初はどのような条件で手を打つつもりだったのですか」


「伯爵殿下は伯爵妃ランディーヌ以外の公認愛妾を持つ。そして子がいれば、伯爵殿下と伯爵妃の養子として、その子に伯爵位を相続させる。

 近衛隊は解体して新たな隊士を募集する。首謀者の領地は没収。後の者は二十年前に王都派に対して伯爵直轄領から分け与えた領地の半分を返納する。ここまでの事態を引き起こしたのだから相当穏当なものだろう」


 ダンダネールの言った投降条件は、祐司にとっても驚くほど寛容に感じられた。公然と伯爵に反抗したのにもかかわらず誰の命を取るとも言っていない。


「でも、王都派はそう考えなかったんですね」


 祐司は少しため息を出して言った。


「そうだ、全ての案を拒絶した。伯爵妃に呼応する者がいると考えていたようだ」


 ダンダネールが鼻で笑いながら言った。


「今の案は?」


「もう水面下での交渉は終わった。最終の和睦案はバナミナ市民にも布告という形で公表される。少し早いが教えよう。

 伯爵妃ランディーヌの廃止、すなわち離婚だ。これはすでに神殿に認められているから異議を神殿に出さないという誓いを出してもらう。伯爵妃はこちらが指定した王都の親類衆の屋敷に居住する。

 そして、伯爵妃の命を助ける代わりに伯爵妃をそそのかした側近は処刑する。王都派に加わった者はそれなりの処分を受ける。伯爵直轄地の全面返納。反逆の度合いに応じて放逐から直轄地よりの年貢で捨て扶持を与えるといったものだ」


 ダンダネールが説明してくれた現在の案でも包囲戦が長期化している背景から考えて寛容な案だと祐司は思った。


「やはり、反旗を翻した近衛隊兵士は処刑ですか?」


 祐司は先日の、残酷な近衛兵とその家族の絞首刑を思い浮かべながら聞いた。


「この間の近衛隊兵士は伯爵殿下の殺害を計画していたから処刑された。平の兵士の命まで取ろうとは思っていない」


 祐司の問にリファニアの法からすればこれも寛容な内容をダンダネールは言った。


「呑むでしょうか」


「厳しいと言っても、幾人かの領主や郷士、近衛隊の幹部には詰め腹を切ってもらうが、後は命までは取らない。十年程度の奉公をしてもらう。これを、今日明日にでも呑まなければ全面的な破滅だ」


 ダンダネールの発する光がゆっくり波打った。祐司には言えない話がありそうだった。ダンダネールはまた話をかえた。


「ユウジ殿、明日はまた別の見せ物がある」


「また処刑ですか」


 祐司は自分でも少し陰鬱だと感じる口調で言った。


「裁判だ。それも反逆罪で告発された女だ。だから、処刑もあるやもしれぬ」


 ダンダネールは薄ら笑いを浮かべながら返事をした。


「ひょっとして、その女とは?」


「先日、ユウジ殿が情報をくれた伯爵殿下のお命を狙う女が捕まった。その裁判を行う」


「誰ですか」


 祐司は伯爵の暗殺を企てる女が捕まった以上、是非、その正体を聞いてみたかった。


「スピリディオンの妹、バブニン・ジェリーヌという女だ。一昨日、短剣を隠し持って伯爵殿下に近づいていたところを捕らえた。幾ら言い訳をしようとスピリディオンだけは、連座で処刑は免れないだろうな」


 祐司はビルボラ村長の息子であるマチュイからスピリディオンの妹が逃げたという話を思い出した。その逃げおおせたスピリディオンの妹というのが、バブニン・ジェリーヌだった。


「そんな女が何故、バルバストル伯爵殿下に近づけたのですか」


 ずっと話を聞いていたパーヴォットが驚いた様に聞いた。


「正々堂々とサモタン城塞の正門から入って女官の振りをして伯爵殿下に近づいた。手引きをした男がいるのだ。

 女官の服を着て堂々と入れば怪しまれないと教唆した。そして、何処で入手したのか、女官の着るような服をバブニン・ジェリーヌに与えた。


 バブニン・ジェリーヌはそのままバルバストル伯爵殿下の執務室に入った。入るなり短剣を振りかざして伯爵殿下に駆け寄ろうとしたが、二三歩も行かないうちに後ろからつけてきていた二人の男にとり押さえられた」


 ダンダネールの説明に祐司は素朴な疑問を持った。


「後ろからつけていた?」


「そうだ。正門を入るずっと前からつけていた」


 ダンダネールがそこまで言うと祐司は、バブニン・ジェリーヌが全てを把握した伯爵側によって踊らされていたのだとわかった。


「ひょっとして、手引きをしたという男は?」


「さて、何処に行ったのか。バブニン・ジェリーヌはベーリージア横町で客引きをしているハヌボという男だと言うが、さんざん聞き込んでもそんな男はベーリージア横町にはいなかった」


 祐司の問にダンダネールは台詞でもしゃべるかのように言った。


「ハヌボも、地元派の手の者ですか」


 祐司の質問にダンダネールは答えなかった。祐司は答えないのが肯定の意味だろうと理解した。


「こちらが、そそのかしたわけではない。バブニン・ジェリーヌは暗殺などしないという選択をバブニン・ジェリーヌ自身がすればよかった話だ。

 まあ、暗殺など考えずに身を潜めていても証拠を固めて王都派の身内として連行はしただろうがな」


「でも、危ないマネをしましたね。もし、ジェリーヌをつけていた者がまかれて、ジェリーヌだけがサモタン城塞に忍び込んだかもしれません」


 祐司が心配そうに言うことに対して、ダンダネールはすました口調で返した。


「つけていたのは二人ではない。もっと人数がいた。ジェリーヌの目的地はサモタン城塞だとわかっているしな。第一、つけている者の合図がなければサモタン城塞に入ることは出来なかった」


 ダンダネールはジェリーヌの行動が完全に伯爵側が把握していたことを明かした。


「ジェリーヌは、そのままバナミナから逃げ出したかもしれません。その時は連座の罪で逮捕する予定だったのですか」


 祐司の質問にダンダネールは更に手の内を話した。


「いや、自称客引きのハニボが追っ手が迫っている。捕り手がすぐに来る。城壁には近づくなと忠告したからな」


「ジェリーヌはどうせ捕まるなら、暗殺しかないと思い込んだんですね」


 祐司は少し肩を持ち上げて言った。


 ジェリーヌという女は、ビルボラ村長の息子であるマチュイから聞いた話では、面白半分に引き込んだ村の青年が兄によって水牢で殺されても平気だった性悪女である。しかし、祐司には伯爵側の策謀に乗せられた哀れな女のように思えた。


「何度も言うが、それを決めたのはバブニン・ジェリーヌだ」


 ダンダネールは祐司に念を押すように言った。


「でも、何故、そんな手のこんだことをなさったのですか」


 パーヴォットが素朴な質問をした。


「聡明なユウジ殿ならわかるだろう」


 ダンダネールは答を祐司に振った。


「だから裁判なのですね」


 これからも伯爵の暗殺を企む輩が出ないとも限らない。その見せしめだろうと祐司は思った。


「明日の見せ物を見てくれ」


 ダンダネールは笑いながら言った。


「一つ聞いていいですか」


 また、パーヴォットが横からダンダネールに聞いた。


「何だ?」


「何故、ビルボラ村の屋敷から逃げ出したジェリーヌが、警戒の厳しいバナミナに入れたんですか」


 パーヴォットのように、人間の出入りを厳重に管理される城壁のある都市で暮らしてきた者には、バブニン・ジェリーヌという女がバナミナに入ったことは意外なことだったからだ。


「それだけは白状させた。粋がっていても所詮は、乳母日傘の令嬢だ。すぐに口を割った。バブニン・ジェリーヌはかなり色恋沙汰の好きな女で、ヒネナル川の東に住んでいる川漁師だが、上民になっている網元の息子をたらしこんでいたんだ。

 その男の手引きで、上げ底になっている荷車に隠れてバナミナに入った。ついでに、その男の世話でベーリージア横町に潜伏したんだ。

 最初は、伯爵館に逃げ込む算段だったが、警備の厳重さに諦めたのと、味方の敗勢を悟って伯爵暗殺を考えるようになったというわけだ。手引きした男も逮捕して裏を取った」


 ダンダネールの発する光は安定していた。ダンダネールも祐司の情報によって、初めて行方不明になっているバブニン・ジェリーヌがバナミナに潜伏していることを知ったようだった。


 祐司の情報がなければバブニン・ジェリーヌがバルバストル伯爵の暗殺を行う可能性は僅かながらあった。



包囲十七日目


 十八日前にエネネリの裁判が行われたような裁判のための台が伯爵館前に急遽作られた。


 判事は冷徹な法の番人であるガンデナ・バルタサルと、その弟子ハヤル・セレドニ。そして、バルバストル伯爵と残りの判事によってガバス・パウティス判事が罷免されたために、ダバン・フェリクという温厚そうな中年の人物が新たな判事に任命された。


 被告は王都派の有力郷士スピリディオンの妹バブニン・ジェリーヌである。エネネリの裁判と異なっていたのは、バブニン・ジェリーヌが郷士身分の娘であることからX型の尋問台に縛り付けられることなく普通の椅子に座っていたことだ。


 そして、裁判台を取り巻いていたのが、エネネリの裁判では、裁判台を取り巻いたのが大半が市民、バブニン・ジェリーヌの裁判では市民と非番の兵士が半々であった。


 祐司が想像していたよりジェリーヌは年上だった。領内では貴族扱いを受けるような有力郷士の娘となると、二十歳前後には結婚しているのが普通であるが、裁判で明らかにされたところではジェリーヌは二十四歳だった。


 祐司が後で聞いたところでは、ジェリーヌの色恋沙汰は有名で、それが原因で縁談が中々上手くいかなったからという話だった。


 ジェリーヌは顔の造作が大きく、意志の強そうな顔つきでだった。先端が軽くカールした金髪に近い髪の毛は美しかった。服装は少し地味な感じのするドレスを纏っており、捕まった時の女官姿のようだった。

 しかし、顔つきで判断するならリファニア女性全体では平均的、貴族や有力郷士の女性の中では醜女に近い。それだけに、ベーリージア横町に潜伏したり女官に化けても目立たないだろうと思った。


 裁判自体はガンデナ・バルタサル判事の手腕もあって比較的静かに進んでいった。


 何しろ伯爵暗殺の現行犯であるので罪の認否も必要がない。焦点は暗殺の意志があったかどうか、背後関係はあったかどうかだけだった。


 これも、バブニン・ジェリーヌがあっさり暗殺の意志があったことを認め、自分一人の考えだという陳述が認められて裁判は四半刻もしないうちに、残りは結審だけに至った。


 ガンデナ・バルタサル判事は判事の協議による結審の前に、バブニン・ジェリーヌを見据えると一枚の書類を取り出して厳かにしゃべり出した。


「バブニン・ジェリーヌよ。我々は貴女が殺そうとしたバルバストル伯爵殿下より、貴女に対する恩赦の請願を受け取った。マール州の法では被害者が恩赦の条件を提示して示談にできる。

 伯爵殿下が出した恩赦の条件を今から読みあげる。バブニン・ジェリーヌよ。心して聞くように。そして、貴女が正しい選択をすることを衷心ちゅうしんより願う」


「どのような選択でしょうか」


 バブニン・ジェリーヌは、ガンデナ・バルタサル判事を反対に見据えるように言った。ガンデナ・バルタサル判事は、それに答えることなく書類を読んだ。


「判決の出る前に、恩赦の機会を与える。今、ここに留まり、最高の刑である名誉の斬首の刑を受ける覚悟をするか。

 もしくは、一切の罪を認めて反逆者に対しての情報を述べ、反逆者に対する戦いに参加する。

 そして、第三の道は反逆者として惨めな最後を遂げるために、伯爵館に追放されるかを選べ。

 ただし、ここに留まっても斬首の刑とは限らない。拘束刑かもしれない、あるいは無罪の可能性もある。よく考えて選べ」


「伯爵館に」


 バブニン・ジェリーヌは即座に答えた。


「よいのだな」


 ハヤル・セレドニ判事が少し驚いたように言った。今、伯爵館に行くことは暗殺の罪科を問われないかわりに、兄スピリディオンの反逆の罪に連座して結局は死罪となる可能性が高いからだ。


「今度、会うときは立場が逆転しております。貴方は伯爵妃より多くの恩を受けながら、自分の身の安泰を図ろうとした愚か者です。神々は正義はどちらの側にあるのかを数日のうちに示してくださるでしょう」


 バブニン・ジェリーヌはハヤル・セレドニ判事に不敵な感じの声で言った。


「伯爵殿下よりいずれの選択をしても直ちに実行せよとの勅命を受けている。バブニン・ジェリーヌを伯爵館に追放せよ。これにて閉廷」


 ガンデナ・バルタサル判事は裁判の閉廷を宣言した。



挿絵(By みてみん)


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