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千年巫女の代理人  作者: 夕暮パセリ
第六章 サトラル高原、麦畑をわたる風に吹かれて
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あやかしの一揆、逆巻く火の手16 伯爵館包囲戦 八 ルティーユ

包囲十三日目 夜


「ルティーユ姐さんから時間があるのなら会って欲しいって言われているんです。でも、時間がないなら」


 シデリアが別れ際に、祐司に何気ない感じで言った。


「ルティーユさんて誰?」


「ベーリージア横町一番の売れっ子です。一見はお断りで、平民なら余程の大店の主人しか相手にしません。郷士様で忍んでくるお方が沢山います。噂では貴族も来るそうです」


 シデリアはルティーユという女性を知っていることが自慢のように言った。


「そんな人をなんで、シデリアさんが知っているの」


 祐司は商売を始めたばかりのシデリアが、ルティーユという売れっ子を知っていることに疑義を感じた。


「この店の個室。個室と言っても、この二階じゃなくて一階の料理を楽しむ個室です。そこに、お客さんとよく見えるんです。

 わたしはここの給仕ですから、よくお世話をしました。この間、この商売を始めてユウジ様が客として見えたことを話したんです」


「怒られただろう」


 祐司は少し微笑みながら言った。


「どうしてわかったんですか」


 シデリアは豆鉄砲を食らった鳩のような表情で言った。


「客のことをしゃべるもんじゃないってね。どこの世界でもこの商売のイロハだ」


「そうです。でも、もしユウジ様がまた来たら会いたいと伝えてくれと言われました。なんでも、ユウジ様を客にしたと言えば格が上がるそうなんです」


 祐司はルティーユという女に会って見たくなった。シデリアは姐さんとか言っているが高級娼婦のようである。


「会って見たい。都合をつけてくれるか」


「はい。店の主人に言ってきます」


 部屋を出て行こうとするシデリアに祐司は声をかけた。


「シデリアさん」


「何ですか」


 祐司はシデリアの手に銀貨二枚を握らせた。


「こんなにはいただけません」


「金はあった方がいいでしょう。もう来ることはないので餞別も含んでいます」


 シデリアは銀貨を押し頂くようにして、祐司に頭を下げた。


「ここで待っていてください」


 そう言ったシデリアは四半刻もしないうちに戻ってきた。


「すぐに来て欲しいそうです。案内します」


 祐司は二階の食堂で待っていたバルガ達に、事情を話して先に帰ってもらうことにした。


「パーヴォットが起きていましたら、ここで話が長引いているので先に寝ているように伝えてください」


 祐司の言葉にバルガは、黙ってうなずいた。



 祐司はシデリアに連れられて料理屋の裏口から細い路地に出た。


 時間は九刻半(午後九時)ではあるが、高緯度のリファニアの夏は夜は短くまだ薄明が始まったばかりだった。おかげでまだ路地は全体が見通せるほどに明るかった。


 路地からベーリージア横町の方へ向かと、頑丈な石の壁があり、そこに木戸が設けられていた。

 木戸の前の建物の一角が凹んでおり、そこに人が一人入れる位の詰め所のような物が置かれていた。中には誰もいなかった。



挿絵(By みてみん)




「ここの木戸から向こうがベーリージア横町西側の店の裏になります」


「ここは誰が詰めているの」


「そこは守備隊の詰め所です。ベーリージア横町の治安維持も守備隊の仕事ですから。でも、大概はそこには誰もいません」


 シデリアは木戸を少しだけ開けて向こう側を覗いた。


「この先は路地に誰もいないことを確認してからでないと入れません。今は誰もいませんから大丈夫です」


「お忍びの客用ってわけか」


「まあ、そんなものです」


 祐司はシデリアに続いて木戸をくぐった。木戸の向こうの路地は百メートルほで行くと、今、くぐってきたのと同じような石の壁と木戸があった。木戸と木戸の間がベーリージア横町の店裏に面しているのだろうと祐司は思った。


 祐司はシデリアに連れられて、木戸から数十メートルほど進んで、頑丈そうな三階建ての建物の裏口についた。


「ここです。”銀の鹿亭”という店です。ここはルティーユさんが差配している店です」


「ルティーユさんは、店の主人なのかい」


「そうです。自分では特別なお客しか相手にしません」


 シデリアはドアをノックした。するとドアの小さなのぞき窓が開いた。


「シデリアです。ユウジ様をお連れしました」


 ドアが開いた。祐司はシデリアに引っ張られるように中に入った。ドアのすぐ傍には、髭面の、いかにも用心棒という風情のがっしりした体格の男がいた。のぞき窓から見ていたのはその男のようだった。


「シデリア、ここからはオレが案内する。ご苦労だったな」


 男はそう言うと、シデリアを押しだしてドアを閉めた。


「剣はここで預かります」


 男は振り返って祐司に言った。祐司は気押されて刀を男に渡した。


「この刀で、次々手柄をたてたのかい」


 刀を受け取った男は戸棚に刀をしまいながら感心したように言った。


「近衛隊司令のデルベルトと剣術師範のリストハルトとは、その刀で手合いをしました。でも、わたしの本来の武器は短槍です」


「こちらです」


 男はそれだけ言うと、廊下の横にある人がようやく一人だけ通れるほどの階段を上がり始めた。祐司が階段を上がると、一坪ほどの大きさの空間があった。その左右の壁にはドアがあり、男は右側のドアをノックした。


 中から鍵を開ける音がした。祐司のいる空間のドアは、鍵どころかノブもついていなかった。ドアは中からしか開け閉めができないような構造だった。


 ドアが開くと、男は祐司と体を入れかえた。祐司は男に押されるようにドアの向こうの部屋に入った。


「お待ちしておりました。ジャギール・ユウジ様ですね。わたしはマラニ・ルティーユです」


 そう微笑んで言った女は、座っていた椅子から立ち上がった。祐司が想像していた女性より少し老けており、三十代前半のような感じだった。

 もっとも、意外だったのはリファニアの女性の中でも小柄なエネネリと同じような背格好だったことだ。


 顔つきは丸顔に近い感じで、濃い緑の瞳、濃い金髪とも、薄いブルネットともとれるような感じの髪をボブほどの長さに切りそろえていた。

 体つきは豊満でリファニアの美人の条件を満たしていたが、肥満というような感じは受けなかった。しいて言うならば顔つきからしてよく似合った体型である。


 着ている服は上等な生地と仕立てのドレスだったが、派手でなく髪型を含めて商家の若奥さんといっても通用しそうだった。


 祐司はルティーユが色街の売れっ子というからには、妖艶な女性を想像していたがはるかに地味な感じに戸惑った。


「どうぞ、おかけ下さい。お酒がいいですか。それともハーブティーですか」


 祐司はルティーユに促されて四人程が食事できる比較的大きな机の前の椅子に座った。


「ハーブティーをお願いします」


 ルティーユは少し微笑んで机の上にある小型のサモワールのような機能を持った注ぎ口のない焼かんから、柄杓でお湯をくみ出して金属製のティーポットにお湯を注いだ。このあたりは日本の茶釜の感覚に近い。



挿絵(By みてみん)




「どうしました」


 カップにハーブティーを注いで祐司の目の前に置いたルティーユが不思議そうに聞いた。


「いえ、正直、想像していたような感じの方ではありませんでしたので」


「正直な方ですね。男の方の下の欲望を叶えるだけなら、女でありさえすれば誰でもいいことです」


 ルティーユは自分のカップにもハーブティーを注ぐと椅子に座った。


「失礼ですが、芸術や学問などにも造詣が深いということですか」


「殿方が口に出されたことには一通りは、何を言っていらっしゃるのかがわかるほどには」


 祐司は一口ハーブティーを口に入れた。祐司は思わずその液体を口中に留めて味を確かめた。そして、一気にティーカップの液体を飲み干した。


「これは茶ではありませか」


 祐司は久しぶりの茶の味を堪能すると、はやる気を落ち着かせながら聞いた。


「チャかどうか知りませんが、ヘイロタニア(ヨーロッパ)のまだ東からもたらされたハーブでネファリア(アフリカ)で栽培されているそうです。チカイとかいう名のようです」


「どこで手に入れたのですか」


「王都からきた人に貰ったのです。たいへん高価ですが王都では手に入るそうです。あまり飲み過ぎると眠れなくなりますから一杯にしておいた方がいいですよ」


 ルティーユの言葉もそこそこに祐司は頼み込むようにして言った。


「ティーカップの中を見ていいですか」


「どうぞ」


 ティーカップの中には茎茶のようなものが入っていた。そして、ティーカップからは茶の香りが立ち上っていた。


「わたしの故郷の代表的なハーブです。リファニアでは飲めないと諦めていました。茶が飲めただけでもここに来たかいがありました。また、王都に行く楽しみも増えました」


 祐司の言葉にルティーユは、さらに祐司が喜ぶことを言ってくれた。


「よろこんで下さってわたしもうれしゅうございます。帰りに少しばかりお分けしましょうか」


「是非、お願いします。できれば、もう一杯いただけますか」


「どうぞ。でも寝られなくなりますよ」


 ルティーユは祐司のカップに茶を注ぎながら心配そうに言った。


「大丈夫です」


 祐司はそう言うと、茶の味を再び堪能した。


「何故、わたしを呼んだのでしょうか」


 茶を飲み終えた祐司はカップを静かに机の上に置いて聞いた。


「興味です。少し話しただけでユウジ様の人柄がよくわかります。謙虚で正直な方ですね。でも、大概の女にはそれは魅力ではありません」


 興味だと言った時にルティーユの発する光がゆっくりゆれたことからから、祐司はからきしの嘘はついていないが何かを隠しているのではないかと感じた。


「あなたには?」


 祐司はルティーユの話の後半であまり面白くないことを言われたので、ちょっと自棄になって聞いてみた。


「大層な魅力でございます」


 今度はルティーユの発する光は微動だにしなかった。


「でも、大概の女性からはもてないということですね」


「今はもてますよ。話題の人物ですから。特に、商売女は今であればタダで抱かれたいという女は大勢います」


 祐司はルティーユの発する光が安定していることから、ルティーユが手練手管でのし上がったわけではないと感じた。

 きれいな顔立ちだが、とびっきりの美人というほどではなく体格もナイスボディというほどでもないルティーユが売れっ子なのは頭のよさや会話の巧みさなのだろうと祐司は考えた。


「そう言われても一願巡礼の身ですからあまり無茶なことはできません」


「そうですわね。でも、ブルニンダ士爵を討ち取ったユウジ様はこの色街の英雄です。ブルニンダ士爵は色街では嫌われ者なのです」


「ブルニンダ士爵は無骨一辺倒でしょう」


「ええ、だからこのベーリージア横町を潰したかったそうです。伯爵妃も嫌っていたそうです。毎年、税を上げたりささいなことで営業停止にしたりするんです。

 自分達は不義密通にかまけながら酷い話です。伯爵殿下が庇ってくださらなかったらベーリージア横町はとっくの昔になくなっていたでしょう」


 ルティーユの言葉に、祐司は路地の木戸の入り口にあった守備隊の見せかけばかりの詰め所を思い出した。


「ここに来るときに守備隊の詰め所を見ました。あれも伯爵殿下のはからいですか」


「そうです。ここの治安は守備隊が責任を持ってみるという意志の表れです。実際にも日に何度か守備隊が見回りにきます。ここはバナミナで最も治安のいい地区です」


 ルティーユは祐司の質問を肯定した。治安の悪さを理由に潰されないための処置だろうと祐司は考えた。


「それにこのベーリージア横町で商売する者は変な言い方ですがまっとうな者ばかりです。税金は払っても、ならず者には所場代を払っていません。自分達の商売するところと住むところは自分達で守っています。

 だから、適正な値段で安心して遊んでもらえます。ここ以外の場所で遊ぶとなると裏によからぬ者がついていると思った方がいいでしょう」


「それでは、伯爵妃やブルニンダ士爵の思惑のようにここを潰したら闇で商売する女が増えて余計に手に負えなくではありませんか。ならず者が、そんな商売女を取り仕切ったりして碌なことはないということですね」


「そうです」


 はっきり言い切ったルティーユは茶を一気に飲んでから祐司に聞いた。


「ところで、伯爵妃が逆転できる方法があるとお思いでしょうか」


 予期していなかった質問に祐司は少しどぎまぎした。そして、少し考えてから答えた。


「そうですね。伯爵の暗殺くらいかな。でも、伯爵も用心しているでしょう」


「暗殺者は自分が助からないことを前提にすれば、できないことも成し遂げるかもしれません」


 ルティーユは祐司の答にすぐさま対応した。そして、ルティーユの発する光が明らかに強くなった。祐司はルティーユの隠していたことは暗殺のことだと確信した。


「何か情報をお持ちなのですね」


 祐司は間を置いて言った。


「タダでは出せません」


 ルティーユの目が急に真剣になった。


「対価は」


 祐司の問にルティーユは微笑んで言った。


「わたしを喜ばせてください」


 祐司は頷いた。


 ルティーユは隣の部屋に祐司を連れて行った。そこには、キングサイズほどのベッドがあった。祐司がリファニアで見たベッドの中ではとびきりの品だった。


「いいベッドですね」


「商売道具には金を惜しみません」




 祐司はルティーユが、何故売れっ子であり、貴族や郷士がお忍びでやってくるのか実感した。


 トロイ戦争は美女ヘレネをめぐって行われたというが、一人の女のために戦争をすることもあるかもしれないと祐司は思った。


 祐司は最大限の理性を持ってルティーユから離れた。


「わたしばかりがいい目をみさせていただきありがとうございます」


 祐司は心の底から言った。


「わたしこそ。お約束は果たされましたよ」


 何事もなかったかのようにルティーユは言った。ルティーユはもとの部屋に祐司を誘った。


「チカイ、いやユウジ様の故郷ではチャでしたね。もう一杯飲みますか」


 ルティーユはそう言いながら茶をティーカップに注いでいた。


「お願いします」


 祐司はティーカップを受け取りながら言った。ルティーユは椅子に座り直してから、先程ベッドの上で祐司を、その体を使って弄んだ女性とは思えないほどの理性的な口調でしゃべり出した。


「シデリアのような境遇の女は何人もいます。シデリアよりも思い詰めた女なら不埒なことを考えるかもしれません」


「名は言えないのでしょうね」


 祐司はルティーユの発する光の変化を寸分まで見逃すまいとしながら言った。


「ええ、ここにはここの仁義があります。でも、今、バルバストル伯爵殿下が殺されたらどうなりますか」


 ルティーユの発する光は安定していた。祐司に隠し立てはしないようだった。祐司は目上の者に自分の考えを述べるような感じで言った。


「今更、伯爵妃のランディーヌが逆転できるわけもありません。もう、正式に離婚も認められています。でも、王都派の一掃には時間がかかるでしょう。

 その後はバルバストル伯爵を失った伯爵領は世継ぎの問題で混乱、いや南クルトのような内戦が始まるかもしれません。それにつけこんで、周囲の領主が介入するかもしれない。平和になるとは思えません」


 ルティーユは祐司の言葉に一度、目を閉じてから言った。


「ここで商売をして家族を養っている女も大勢おります。単に女を抱かせる商売なら戦争であってもかまいません。でも、戦争になれば女達が身を削って養っている肝心の家族が巻き込まれます。

 自分の身を隠すためにだけ、ベーリージア横町に入ってきた女に、そのようなことを起こして欲しくはないのです。わたしも自分で商売をしながら七人の女の面倒を見ています。その子達の生活を守らねばなりません。

 それに、色街には色街の風情があります。私たちのような女にも、いささか意地と風情を守っているという誇りがあります。風情を守るには平和が必要です」


 祐司はルティーユの発する安定した光の様子から、ルティーユの言っていることにまったく嘘のないことはわかっていた。


「わたしにも子がいます」


 ルティーユが唐突に言った。


「失礼ですがそんな風には見えません」


 祐司は一寸驚いて言った。


「十の男の子と、七つの女の子がいます。わたしが人一倍平和を望んでいることがわかりますね」


 ルティーユの言葉に祐司は頭を振った。


「暗殺を企てているのはシデリアのような境遇の女で伯爵に近づける可能性のある女というだけで、十分容疑者が特定出来ると言うことですか」


 祐司はできるだけルティーユから情報を聞き出そうとした。


「シデリアのような境遇と言われましたが、シデリアは王都派の借金のある使用人の娘です。借金さえなくなれば普通に生活していけます。でも、どうにもならない者はやけくそになるものです」


「王都派の血縁者の女と言うことですか。わたしはダンダネール準男爵に寄食しています。話はしていいですね」


 祐司がダンダネールの名を出してもルティーユの光は安定していた。祐司はルティーユが祐司を招いたのはダンダネールの客分だったからかもしれないと思った。


「ええ、多分、その方なら今の話で大方目星はつけられるでしょう。わたしの名を出してもらってもかまいません」


 祐司はひょっとしてダンダネールもルティーユの客なのではないかと思ったが、それを口にすることはなかった。


「それなら直接、ダンダネール様やその筋に方に話せばいいのでは」


「これからもこの土地に住む者は余計な恨みは買いたくありません。でも、あなたはもうすぐここを出ていかれるでしょう」


 ルティーユは少し意地の悪そうな微笑みを浮かべながら言った。


「そうですね。王都派が皆殺しになるわけではないでしょうから」


 祐司もそう言って苦笑した。



 祐司はダンダネールの屋敷に帰ると寝る直前のダンダネールに、ルティーユとの間にあったことも含めて、ルティーユから聞いたことを一つ残らず報告した。



挿絵(By みてみん)


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